彼氏と彼女?
最近、不思議な夢を見ることが多くなった。
小さな子供達が出てくる。
俺はその子供達のやり取りを見ている。
そして、いるはずのない、みたことのないはずの、子供の頃のリサがそこにいる。
そのリサと仲がいい男の子がいつも楽しそうに遊んでいる。
その子たちはまるで……。
「ねえ、えをかいてみない?」
「えっ?おれが?」
「くすっ。あのね、わたしのおとうさん、えかきさんなの」
「そうなんだ」
「だからね、あなたも、えをかいてみない?」
「どうして?」
「くすっ。どうしてかな。わたしね、あなたにもえをかいてほしいなっておもったの」
「かいたほうがいい?」
「うん。わたし、あなたのかいたえをみたい」
「うーん、でもおれ、えなんかうまくかけないよ」
「だいじょうぶだよ。かけるよ」
「そうかな」
「うん」
「それじゃ、きみをかいてみたいな」
「えっ?」
「そのきみのきれいなそのめとかみのけ。かいてみたいんだ」
「ほんとう?」
「うん。かくんだったらそのえだけだ」
「それじゃ、かいて」
「うん。それじゃおれ、がんばってかいてみる」
「うん。きっとうまくかけるよ」
「ああ。おれがんばってみる」
その子たちはまるで……。
今の俺と霧沢さんのような二人だった。
女の子の姿が気に入って、男の子はその女の子をモデルにして絵を描く。
それは俺が、リサの絵を見ていたときに願ったそれと同じ夢。
こんな絵を描きたいって、願ったこと。
それは、今、本当に夢なのだろうか。
この夢の世界でも、現実の世界でも、違和感のない本当の世界のように感じられる。
そうだよな。
こうして楽しい世界が夢の世界だけってことはないんだよ。
これは、俺と霧沢さんがいつもしている楽しい日常の景色なんだ。
昔はよく、俺は家族の夢を見ていた。
そんなときは決まって、目が覚めると憂鬱な気持ちになっていた。
夢の中では楽しくても、現実は楽しくなかったからだ。
外見をいつも同じにしようとも、その外見を保とうとリサを見て自分を励ましても、やっぱり俺は、弱かった。
胡太郎の言っていた通りなんだ。
本当は俺、誰かに自分を変えて欲しかったんだ。
本当は、俺に何かをしてくれて、俺を励ましてくれて見てくれる人が欲しかったんだ。
それが今、俺に、そうしてくれる人……。霧沢さんという人が現れてくれた。
もう自分に、ごまかして、嘘をついて、外見を保つ必要がなくなってきたんだ。
楽しいと思える現実ができたんだ。
この夢は、俺を変えてくれた象徴なんだ。
そう、思える。
いじめられていた小さな女の子を助けた男の子。その二人がいつしか楽しく遊べるような二人になって。
その二人はいつも楽しくて。
ずっとこれからも、いっしょにいられると信じられる日常にいることができる世界。
辛いことがあっても、それを助けてくれた人と楽しく暮らす事ができる世界。
それが幸せってことなんじゃないかな。
そうなんだよ。
俺は今、幸せの中にいるんだ。
ずっと、このままで過ごしていきたい。
この夢の世界のように……。
――――――
「でさ、あの時の大樹の顔ったら。そいつがまた可笑しいんだよな」
「なんだよ胡太郎。霧沢さんにそんなことまでいうことないじゃないか。恥ずかしいだろ」
「くすっ。でも、そんなことがあったのね」
「だろ?おもしろいよな。大樹って」
「なんだよ。胡太郎だって、まだ『のこうば』って言うじゃないか」
「おいおい大樹。それじゃあまるで俺があほみたいじゃないか」
「あははっ。胡太郎ちがうのか?」
霧沢さんと、胡太郎と、俺とでよくこうして話をする。
気がついたら、俺は霧沢さんといつも一緒にいた。
「まったく、あれはのこうばでいいの。それ以外の読みは却下」
「ほんの漢字一文字読み方を変えるだけでいいのにね」
「そうなのか?」
「そうだよ。胡太郎がいつも本当のことを知りたがらないからそのままなんだって」
「じゃあ何て読むんだよ。やっぱり『やこうじょう』か?」
「それは自分で調べるんだな。胡太郎は成績いいじゃないか」
「くそう。最近大樹俺に冷たいなぁ。昔はそんなやつじゃなかったのにさ」
「そうか?」
「そうだ」
「くすっ。ほんと、二人仲がいいよね」
「おう。もちろんだとも。ナ、親友」
「まあ、仕方がないな」
「ほーらな。いつも大樹はこんな調子だ。まったく、友達がいのないやつだよな大樹って。霧沢さんも気をつけなよ」
「うん。気をつけるよ」
「おい、胡太郎」
「あはは」
「まったく、二人して……」
霧沢さんはあれ以来ずっと朝に迎えに来てくれて、毎日いっしょに登校している。
休み時間にはこんなふうに胡太郎とも交えて、たわいのないことを話して。
お昼には霧沢さんが作ってくれたお弁当をいっしょに食べて。
まあ、毎日だと霧沢さんも大変だろうから学食にする事もあるけど。
放課後になると次回のコンクールに向けての絵を描く為に、俺たちはいっしょに絵を描いていた。
霧沢さんのいなかったときが想像できなくなったほどに、俺の生活の中に霧沢さんが溶け込んでいた。
無理もない。
霧沢さんと一緒にいると、俺が一人でいるんだってことを忘れさせてくれたし、何より楽しかった。
最近じゃ、すっかりこのいつも持っていたリサの絵を見ることもなくなっていた。リサの絵を見ることよりも霧沢さんと話をすることが楽しくてしかたがない。
いや、むしろリサのことを忘れてしまっている。
持ち歩いている絵を見なくなったことはもとより、家に置いてあるリサの絵も最近じゃ出してもいない。
リサのような絵を描きたいというよりも、霧沢さんをより綺麗に描きたいと思ってきているのだ。
そんな毎日が、霧沢さんと出会ってから1ヶ月、続いていた。
今日も、いつものそんなあたりまえになって来た日常の一つだった。
「それでそのときさ、胡太郎はホストになるって言ったんだよ」
「ほすと?」
「ああ、あの郵便局の前にある赤い箱の事だよ霧沢さん。Tの字の上にもう一本線があるマークをつけたおしゃれなやつだナ」
「胡太郎、それはポストだろ?」
「あれ?」
「あはは。でも胡太郎には似合ってないか?」
「ああ、わかったよ。俺はポストになるさ。色んな人の手紙を受け取り、配るのさ。雨にも風にも負けずに毎日ナ」
「ああ、がんばってくれ。応援しているぞ」
「なんだよ大樹。せっかく俺が一人ぼけとのりつっこみしたのに、本気にするなよ」
「あはは」
「くすっ」
「そういえば大樹。最近笑うことが多くなってきたな」
「えっ?そうか?」
「そうね。大樹君、いつも楽しそうにしているよね」
「昔はいつも顰めっつらで、俺が遊びに誘っても冗談を言っても、たいして楽しそうな顔をしていなかったのにな」
そう言われれば、俺、前まではそんなに笑っていなかったような気がする。胡太郎と二人だった時は楽しかったが、笑っていたという思い出がない。
「やっぱり彼女ができると男は違うか。いいことだナ。森村君」
「えっ?彼女?」
「彼女?」
俺たちは顔を見合わせた。
「ん?なんだい。お二人さんともにとぼけちゃって。お前達二人の事はもうクラスの公認になっているんだぞ。しかも最もいいカップルとかって噂の種だ。他のクラスの連中まであんな二人になりたい、という目標にもなってるくらいなんだぞ」
「そうなのか?」
「そうなの?」
「なにを言うか。毎朝いっしょに登校してきて、霧沢さんが大樹にお弁当を作ってきてくれている。それに放課後になると二人だけで部活動に励む。かー、絵に描いたようなラブラブカップルじゃないか。皆が冷やかしたりどちらかに声をかけたりしないほどだからな。ほんと完全無欠のお似合いカップルだ。はあ……俺もお前らのようになってみたいわ。あ、そうか。俺邪魔者だった見たいだナ。俺はそろそろ退散するとするわ。お前らは今日もこれから部活なんだろ?」
「ああ、そうだけど……」
「それじゃ、俺は帰るわ」
「胡太郎、もう帰るのか?」
「ああ。俺は今日もこれから約束があるのでナ」
「そうか。ならしかたがないな」
「ああ、そうだ森村君」
「なんだ?」
霧沢さんに聞こえないように、俺の耳に近づいて話す。
「いくら好きあっているって言っても、ちゃんと避妊はしないとダメだぞ。特に学生のうちはナ。それが思いやりってもんだ」
「胡太郎!」
まったく、何てことを言うんだ。
「あはは。それじゃあな大樹。霧沢さんも」
「それじゃあね、吾妻君」
「まったく……、それじゃあな、胡太郎。また明日」
「ああ。それじゃ」
胡太郎がいつものように後ろ手で手を振りながら帰っていく。
教室で霧沢さんと二人きりになった。
「ねえ、大樹君。わたしたちカップルだって」
霧沢さんは俺を見上げるようにして微笑んでいる。
「らしいな」
うーん。それにしても色んな意味で複雑だ……。
俺はそんなことを意識しないで霧沢さんと接していたのに、あたりの連中は俺たちを恋人同士だと見ていたらしい。
胡太郎はよく誇張して物事を伝えることがあるが、嘘は言わないので、本当のことなんだろう。
よくよく考えると無理もない話だとは思うけど。
「ねえ、大樹君」
「ん、なに霧沢さん」
そういえば霧沢さん、いつのまにか俺のことを名前で呼ぶようになっていたな。それに前に比べてずいぶん積極的になっているような気もする。
「あのね。わたし一つお願いがあるんだけど……」
「お願い? なに?」
「この際だから、本当に恋人同士ってことにしない?」
「えっ? 恋人同士? えっ? それって?」
「もう。わたしの彼氏になってよ、って言っているの」
「……彼氏?」
「もう、大樹君。大体、こう言う事は男の子から言うものじゃないの? こうして言うのもわたし、すっごくどきどきしているんだから」
「でも、彼氏彼女って、一体どういうことをいうの?」
「うーん、そう言われるとわたしもよくわからないかな。でも、お互いにそういう意識をもつことが大切っていうことらしいよ」
「そうか、そういうものか」
「うん」
「それよりもさ、俺みたいな男が彼氏でいいの?」
「大樹君こそ、わたしじゃ嫌?」
「そんなことない」
「そんなことないよ」
見事に二人ではもってしまった。
「……」
「……」
ばつが悪くなって霧沢さんから目を離した。
なんだか本当に息があっているんだな、俺たちは。
「あ、あはは」
「くすっ……」
「それじゃ、これからもよろしくってことで」
「うん」
「まあ、今までとそれほど変るものじゃないと思うけど……」
「くすっ。そうだね。あ、それじゃお願いがあるかな」
「なに?」
「わたしのこと、名前の方で呼んで」
「えっ?」
「わたしの名前は、霧沢美裕。美裕って呼んでみて」
「えっ……は、はずかしいな」
「ほら。わたしの彼氏さんになるんだから。いつも『霧沢さん』じゃちょっと嫌かなって思ったの。だから、ほら」
にこにこしながら俺を見上げている。
女の子を名前で呼ぶなんて、すっごく恥ずかしくて霧沢さんを見ていられなくなってくる。
「えっと……みひろ……」
「なに?大樹君」
ほんと嬉しそうな笑顔を向けてくる。
俺は耳まで真っ赤になってるかもしれない。
「やっぱり恥ずかしいな……」
「そう?」
「あのさ、それじゃ、美裕…も俺のこと呼び捨てにしてくれない?」
「えっ?」
「俺は大樹。大樹って、呼び捨て」
もう恥ずかしくて照れてしまって、美裕にも同じ気持ちを感じて欲しくて。
「えっと、えっと……。大樹……君」
「あはは。美裕だって照れてるじゃん」
「もうっ。大樹君!」
美裕も顔が赤くなっていた。かわいい。
「ほらほら。俺の彼女なんだから、他人行儀の君付けはなしだよ。美裕」
「あー。なんだか大樹く…はもう慣れてる……」
「あはは。美裕は美裕らしいな。と、もうこんな時間になっちゃったな。早いとこ部室に行こう」
「あ、そうだね」
「続きは部室で」
「わたしは負けないから」
「俺も負けない」
「くすっ……」
「あはは……」
二人でいつものように部室で絵を描く。
俺はコンクール用の絵を描く為に、霧沢さん…じゃない、美裕とはいつものようにこうして向かい合って絵を描いている。
ああ、今日からこの女の子が俺の彼女なんだよな……。
スケッチブックと俺を交互に一生懸命見ている美裕。
なんだか意識すると美裕を見るのが恥ずかしくなってきた。
でも、こんな恥ずかしさは嫌じゃない……。
やっぱり俺、果報者かもしれないな。
俺の彼女になってくれた美裕に、俺、いろんなことをしてあげたい。優しくしたいって気持ちでいっぱいだった。
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