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それぞれの未来
 最初は怖かった。
 前を歩くときも、前に何かあるんじゃないかって。
 ぶつかって、躓いて、転んでしまうんじゃないかって。

 見えないことに嫌気が差して荒れてしまったこともあった。
 
 でも、いつも俺のそばには美裕がいてくれた。
 俺を助けてくれた。
 俺を励ましてくれた。
 甘えさせてくれた。 

 たくさん、たくさん優しさをもらえた。

 何もない俺に。
 弱い俺に。
 いつもずっとそばにいてくれた。

 そして、いつも。ずっと。ずっと……。
 俺に愛を注いでくれていた。

「それじゃ、これは?」
「えっと、私は……あなたを……、愛しています」
「はい、よくできました。それじゃ、ご褒美」
 美裕の柔らかな唇が俺の唇に触れる。
「ん。美裕……。でもこんな恥ずかしい文章はもう勘弁してよ」
「くすっ。それじゃ、今度はこれ」
「ん、えっと……。私も、あなたを、愛しています。って、美裕」
「うん。これはわたしから。はい、ご褒美。んっ」
「もう、美裕……。恥ずかしいって」
「くすっ。でも大樹はすごいね。もう点字もこんなにすらすら読めるようになって」
「なんの。美裕が色々教えてくれるし、ご褒美もあるから」
「くすっ。もう、大樹は」

 俺の目が見えなくなって、もう数年が過ぎていた。
 
 俺は美裕の姿を見ることはできなくなってしまったけれど。
 俺のそばには、大好きな美裕がいてくれる。
 美裕の姿を見られないことなんて、それはもう俺にとって、些細な不満にしか過ぎない。
 美裕が俺に優しくしてくれて。
 俺のことだけを見てくれて。
 俺が声をかければ、そこに必ず美裕がいる。
 大好きな、美裕が。

 でも、いつもこうして、俺に尽くしてくれる美裕に、何もしてあげられないことが、とても切なかった。


――――

「なあ、美裕」
「なに?」
「俺、いつも思うんだけどさ、いつも俺のためにこうして尽くしてくれて。美裕は大変じゃないのか?」
「大丈夫だよ」
「でも。俺。美裕に何もしてやれなくて。いつも苦労させてしまって……。好きな女の子に俺もいろんなことしてあげたい。男として、愛している女の子を幸せにさせてあげたいんだ。色々出かけたり。買い物したり。映画を見に行ったり……女の子が喜ぶことをさせてあげたい」
「……ねえ、大樹。約束したこと、憶えてる?」
「約束?」
「うん。大樹はわたしに約束してくれたもの」
「どんな?」
「大樹はわたしを幸せにしてくれるって」
「でも」
「わたしはいま、幸せだよ。だって……」

「大樹は、わたしを、心から見てくれてる。想ってくれてる。こうして、すっごく大事にしてくれてる。大好きな人が、わたしを、本当に心から想ってくれてる。それが幸せでないなんてことは、絶対無いんだよ」

「美裕……」

「だから、わたし。ほんとうに、すっごく幸せだよ」

「そして、大樹。私を幸せにしてくれて、ありがとう」

 言葉が、出てこない。
 ただ見えない瞳から、涙が出てきていた。


――――


「……ねえ、大樹。今日はあの公園に行ってみない?」
「公園?」 
「今日はね、雪が降っているんだよ」
「へぇ……。雪か。もう冬になっていたんだな」
「うん。今ふとね、あのとき、二人で行けなかったから、行きたいなって、ちょっと思ったの」
「そうだな……」
「それでね、わたし、あの絵のマフラーと帽子をしていくね」
「えっ?」
「あの公園はね、わたしのお父さんがあの絵を描いたところなの。あの公園は、今のような雪の降る日に、わたしのお母さんと出会った場所だからって。それで、わたし、大樹に会う前に、あの公園に毎日行っていたんだよ」
「そうだったのか……」
「それでね、このマフラーと帽子はお母さんのものだったらしいの。それをつけて、大樹といっしょに歩きたい」
「美裕……」
「だめ、かな……」

 昔見た、あの絵を思いだす。
 心に残った情景が、思い浮かぶ。

「きっと、美裕はあの絵に負けないほど綺麗なんだろうな」
「大樹……」
「よし、行こう。見えなくても、俺には心の瞳がある!そんな綺麗な美裕なら、心でも見える!」
「くすっ……。大樹……。うん」
「それじゃ、美裕、行こう」
「うん。それじゃ、ちょっと待っていてね。用意してくる」
「おう」

 あの公園か……。
 そういえば胡太郎、今どうしているかな。
 何度か見舞いに来てくれたけど、胡太郎も俺の目が見えなくなってしまったのは俺の所為だといって、何度も謝っていたっけ……。
 俺が退院する頃には胡太郎はもう引越ししてしまった後だった。
 あれから俺は学校を辞めざるを得なくなり、美裕もあれからずっと俺のそばにいてくれている。俺たちは何にも変わっちゃいない。
 だから、胡太郎、手紙の一つでもよこせばいいのに。ひやかしでもいいからさ。
「まったく、胡太郎のやつ……」
 そう独り言を呟いていたら、たたたたた……と、美裕がかけてくる音が聞こえてきた。
「大樹!大樹!」
「えっ?どうしたんだ、美裕」
「吾妻君から、吾妻君から手紙が!」
「えっ?」
「それが、吾妻君……」
「美裕、おちついて」
「う、うん……」
「手紙はなんて書かれていたんだ?」
「あのね、それがね……」


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