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赤い傘
 雨の中。
 俺は一人で街を走る。
 見慣れた景色。
 この街並みと、ずっと胡太郎と遊んできた。
 でも、もう、これからはあいつとは一緒にいられなくなる。
 でも。
 胡太郎とは親友だ。
 そんなことで今生の別れになるなんてこともない。
 それよりも。
 今、美裕に出会って、そのことを伝えなければ、また胡太郎と交えたこの3人で仲良くやっては行けなくなる。
 そうお前は言いたかったんだよな、胡太郎。
 俺の家の前に着く。
 そこに……。
 美裕がいた。
 赤い傘をさして、俺の家の門に寄りかかるようにして佇んでいる美裕。
 美裕もきっとわかっていたんだ。
 だから、ここで、俺を待っていたのだろう……。
「美裕」
「……大樹」
 美裕は俺に緑の瞳を向けて。
「俺、胡太郎に会ってきたよ」
「吾妻君に……」
「胡太郎、美裕に謝っておいてくれって」
「吾妻君……」
「それでさ。胡太郎、今月で転校になるんだって」
「えっ……?」
「それで……美裕に昨日あんな話をしたんだってさ」
「……」
「美裕もてもてだな」
「ばか……」
「なあ、美裕。俺より胡太郎がよかったら、美裕は胡太郎を好きになってもいいんだぞ。胡太郎は俺なんかよりよっぽどかっこいいし、女の子には優しいだろ?」
「大樹。わたしは大樹が好き。誰に好かれようとも、他の人に優しくされても、わたし、大樹の事だけを想ってる」
「美裕……」
「吾妻君はいい人だけど、わたしの好きな人は大樹しかいないから。だから、わたし、吾妻君に断ったの……」
 美裕に、こんなにまで。俺は……。
「それとも、大樹は、大樹はわたしのこと嫌なの……?」
「そんなばかな事があるか。俺は美裕のことをが好きだ。本当に愛している。親友の胡太郎でも美裕に酷い事をしたら、なにをしてしまうかわからないくらいに。ただ……。美裕が幸せになるっていうのなら、俺じゃなくてもいいって……思っただけなんだ」
「大樹は……。わたしのこと、幸せにしてくれないの?」
「俺でよかったら、美裕が俺でよかったら、死ぬ気で一生美裕を幸せにしたい」
「本当?」
「当たり前だ。俺にはもう美裕がいないと、生きている甲斐がない」
「大樹、わたしも、そう。わたしも大樹といっしょにいないと、わたしじゃなくなっちゃうから……」
「美裕……」
「でも、ごめんね、大樹……。わたし、ほんのちょっとだけ、吾妻君の気持ちもわかって……」
「ああ。俺もわかる。この美裕のことが好きだっていう気持ちを、あきらめないといけないっていうのは、辛いものな」
「……」
「本当は、胡太郎、美裕に昨日そう話して、自分のわだかまりみたいなものを溶かそうって思ったんだって。昔の美裕への負い目を無くしたくて、そう言ったんだって」
「吾妻君……」
「だからさ。もう大丈夫だよ。胡太郎は優しいやつだし。また明日学校ではいつものように馬鹿な事を言ってくるさ。だから、もう、胡太郎のことは大丈夫だ。そうするあいつの気持ちも、わかって欲しい」
「本当?」
「ああ、本当だ。俺たちは親友だからな。よくわかるさ」
「くすっ……。そうだよね」
「だからさ。俺。胡太郎の分まで美裕を幸せにさせてくれないか?実は、胡太郎にもそう頼まれた。そうすれば胡太郎も俺たちのことを認めてくれるさ」
「本当?」
「ああ。美裕がいやだって言うまでな」
「くすっ。それじゃ、本当に一生だね」
「そうか」
「あ。でも」
「ん?」
「大樹も幸せじゃないと、わたしは幸せになれないよ」
「大丈夫だ。俺は美裕がそばにいてくれれば、ずっと幸せになれる」
「本当?」
「ああ。絶対」
「うん……。絶対」
 俺を見つめてくれる美裕の緑色の優しい瞳。
 その美裕の唇に、俺の唇を触れさす。
 冷たい雨の中。
 それでも美裕は暖かかった。
「なあ、美裕」
「なに……」
「俺の家に入らないか?こんな雨の中だ。家で色々話したい」
「……いいの?」
「彼女を自分の家に入れない彼氏があるか」
「くすっ……。そうだね」
「あ、それじゃ、ちょっとまってて」
「ん?どうしたんだ?」
「お昼ね、大樹に作ってあげようと思って。本当は昨日から材料を用意していたんだ。それを取ってくる。お弁当じゃなくなっちゃったけど、大樹に料理を作ってあげたいから」
「そうか?それは嬉しいな。喜んでお願いしたいよ」
「くすっ。うん。それじゃ、ちょっとまっていてね」
 今日出かけることはかなわなかったけれど、いろいろあったけれど、これで、きっとこれからもいつもと同じ毎日が過ごせる。
 よかった。本当に。
 美裕が傘をさし、家へと戻っていく。
 美裕の家の前にあるその先の交差点。
 あそこは日曜日になると車通りが激しくなる。
 そんな為、なんとなく今一瞬不安になった。
「あ、美裕、気をつけて……」
 美裕に声をかける。
「えっ?大樹、何か言った?」
 美裕が振り向く。
 その時だった。
 空気を切り裂くような高い音があたりに響く。
 車の急ブレーキをかけたような音だ。
 トラックがこっちに曲がってきた。
 いや違う。曲がってきたんじゃない。
 雨で濡れた道にタイヤを滑らせている。
 車体を斜めに傾きかけ、すごい勢いで滑ってくる。
 そして、そのトラックは俺たちの方へと突っ込んできた。
「きゃっ!」
 美裕がトラックに驚き、立ちすくむ。
 ちょっと、待て!
 いや、考えている暇はない!
 美裕はまだ俺の近くにいる。
 俺は飛び出して美裕に飛びつく。
「美裕っ!」
「えっ!」
 俺は美裕を後ろから抱きかかえて、トラックの迫る横へと飛んだ。
「きゃっ!」
 美裕の持っていた赤い傘が飛ぶ。
 美裕の体を両手でかばいながら倒れ込む。
 倒れ込んだそこには小さな街路樹が植えてあった。
 俺はその街路樹に頭を突っ込んだ。
 鉄と石のぶつかるような大きな音がして、何か色んな破片が俺たちに降り注ぐ感じがした。
 俺たちのギリギリ後ろでトラックが通過し、俺の隣の家に飛び込んだようだ。
「美裕!みひろっ!」
「大樹……」
 俺の胸の辺りで美裕の声がした。
「美裕、大丈夫か!?」
「うん……、びっくりしたけど、わたしはなんともないよ……」
「よかった……」
「大樹……。ありがとう」
「ああ、びっくりしたよな……」
 俺から美裕が離れる。
「た、大樹!」
「えっ?」
「大樹、怪我してない?!」
「えっ?美裕?……どこだ?」
 気が付くと……。あたりは暗闇だった。
 顔に手を当ててみると、ぬるっとする。
「大樹!」
「美裕……。あれ?」
 美裕が見られない。
 手に纏わりつくぬるぬるするこれは、なんだ?
 雨じゃない。なんだかすごく生暖かいもの……。
「大樹……大樹!」
「えっ?……」
 そういえば、なんだか顔が、頭がすごく痛い……。
 俺はどうなってしまったんだ?
「み、美裕……おれ……」
「たいき、たいき!たいきっ!!」
「み、ひろ……」
 息ができないほど強烈な痛み。
 痛みを感じたら、くらっと眩暈が襲ってきて、自分がなんだかわ
からなくなっていく。
 俺は、立っているのか倒れているのか。
グルグルと体が回って、下へ下へと落ちていくような感じがして。
「たいき、たいき………」
 美裕の声が、だんだん小さくなっていく……。
 俺はそのまま、気を失った。


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