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親友
 ザ――――。
 嫌になるほど雨が酷く降り続いている。
 こんな激しい雨を今日に限って降らせることなんかないのに。最近はほとんど雨らしい雨なんて降らなかったのに。なんで今日に限って……。
 くそっ。
 俺はなにを八つ当たりしているんだ。
 夕べ来た道を小走りで抜けて、やがて公園に着いた。
 公園の中に入り、昨日二人を見た辺りへと向かう。
 理由はない。そこにいるような気がしたからだ。
 しかし、やはり胡太郎はそこにいた。
 雨の中にひとりぽつんと佇んで。
「よう……早かったな」
「胡太郎……」
 胡太郎も傘をさし、元気のない表情を俺に向けていた。こんな胡太郎の表情を見るのは初めてだ。
「すまないな。こんな雨の中、こんな所に呼び出してさ」
「そんなことはいい。それよりも話ってなんだよ」
「……」
「胡太郎?」
 胡太郎は俯いて、傘で顔が見えなくなった。
「あ、ああ。すまないな。俺もなかなか話し出すのに苦労してな」
「どうしたんだよ」
「……あのさ」
 しばらくして、胡太郎は俺に向く。
「なんだよ」
「あのさ、大樹。俺、お前に一つ謝らないといけない事がある」
「なんだよ。謝ることって」
「……」
 押し黙って、いつもよく話をする胡太郎じゃないみたいだ。
「胡太郎……」
「……少し歩かないか?こんな雨だけどさ」
「おい……」
「な、頼む」
「……。わかったよ」
 俺たちは何も言わず、公園を歩く。
 懐かしい、昔胡太郎とよく遊んだ景色。そこを俺たちはゆっくりと横切っていく。
 昨日、ここで絵を描いたらいい絵になると思った景色のところで、胡太郎が立ち止まった。
「じつはさ、俺……」
「……」

「俺も……。霧沢さんに惚れていたんだ」

「えっ?なんだって?」
「俺も、霧沢美裕っていう女の子のことが好きだった。それも、ずっと昔から……」
「どういうことだよ、それは」
「大樹。ここで俺たち、よく遊んだよな……」
「胡太郎」
「まあ、俺の話を訊いてくれよ」
「……」
「ここでさ。昔、俺とお前が出逢ったってことは覚えているか?」
「ああ。なんとなく」
「あのさ。どうして俺の家からこんなに遠いこの公園でお前と出逢ったと思う?」
「えっ?そんなことを言われても、俺にはわからない」
「そうだよな……。実は、さ、俺、お前と出会う前に、たまたまきていたこの公園である女の子を見つけたんだ」
「えっ?」
「その女の子は、いつもここで数人の男の子にいじめられていたんだ。その子はどうしてここに来るのかはわからなかったが、いじめられても毎日ここに来ていたんだ」

「俺はその女の子の事が気になり、ここまで毎日来ていたんだ。そして、俺はその子を見るたび、話し掛けてみようと何度も思った。でも、そのときにいつも数人の男の子達が現れて、その子をいじめて、女の子は逃げるようにして公園からいなくなってしまったんだ」

「そんなことが続いていたある日、一人のいつもいじめている男の子とはちがう男の子が現れたんだ。そして、その男の子はいじめられている女の子を助けて。仲良くなっていった」
「それって……」
「その女の子を助けた男の子っていうのが大樹、お前だった」
「……」
「その日から、その女の子はいじめられなくなり、その変わりにその男の子とよく遊ぶのを目にするようになった」

「正直、俺は複雑だった。その子が楽しそうに笑顔でいる事が嬉しかった反面、あの時、俺が助ける事ができれば、あの子は俺とあんなふうに遊んでくれるんだって思って。今ならわかる。その気持ちは、あのときのお前に嫉妬と羨望の感情を抱いていたものだってことが」
「胡太郎……」
「そのうち、その女の子を見なくなってしまった。ただ、お前一人でぽつんとベンチに座っている姿を見るだけになった」
「……」
「そのとき、俺は思ったんだ。この男の子と仲良くしておけば、いつかあの女の子に出逢えるかもしれないと。そして、お前と……。大樹とここで遊ぶようになった」
「そんな……」
「すまないな。最初は本当に俺はそう思っていた。でも、お前といるうちにあることを知ったんだ」
「あること?」
「お前がすごくいいやつだって事だよ」
「えっ……」
「そう思ったら、俺にあの時あの女の子を助けられなかったのは俺の所為だって。あの女の子が大樹と楽しそうに遊んでいたことも大樹がいいやつだからってことに気がついたんだ。あのときあの女の子を助けられなかった俺なんかが、あの女の子と仲良くなれるはずがなかったのさ」

「だから、俺は、全ての女の子に対して優しくしようと思った。女の子にかっこいい男の子だってことを示したかった。影で努力して、勉強もして。もてる男を演出していたんだ。お前に負けたっていう負い目を糧として、いつか戻ってくるあの子が俺をみて、お前よりもいい人なんだって思って欲しくて」

「でも、それも……その女の子のことなんて、何年も経って、どうでもよくなってしまった。大樹は、俺のライバルでもあったし、何でも話せる相手だった。大樹といる事は俺にとってもすごく楽しかったんだ。なにしろ、大樹は俺のかけがえのない友人となっていたのだから」
「胡太郎……」
「でも、それも、突然霧沢さんが戻って来た事で、俺は当惑した。俺は本当は覚えていたんだ。成長しても、霧沢さんがあの子だって、すぐにわかった」

「でも、霧沢さんは俺のことなんか知らない。それに大樹のことを見ているようだった。無理もない……」

「でも、日に日にお前達が仲良くしているのを見るうちに、あの時の嫌な気持ちが出てきてしまって……。自分が嫌になってきた」

「……いや。違うな。昔のそのことの所為じゃない。そうしたいって思ってやったんじゃない。でも……同じことを俺はしてしまったんだ」
「えっ?」
「大樹も知っているように、俺にはいつも言い寄ってきてくれる女の子がいる。でも、そいつらは大抵、俺の外見しか気に入らなくてな。本当の俺を見てくれなかった。俺の外見がいいとか頭がいいからとかで彼氏にすると箔がつくからとか、俺がもてているようだから自慢できるとかの目的で近づいてくるやつらばっかりでさ。でも、最初の頃から俺はこんなふうに女の子にもてたいって思っていたから、俺もいい気になって、そんな女の子達を口説いてつきあったりもした。でも……。だからかも知れないけれど、俺は本当に相手を好きになるってことを知らなかったんだよな」

「それを教えてくれたのが霧沢さんだった。霧沢さんは大樹に好意を寄せている、それも本当の好意を。いつも俺を見ている女の子達とは違う感情をいつも大樹に与えていた。だから、俺はそんな霧沢さんに惹かれた。お前をうらやましく思った。俺も、霧沢さんのような女の子に好かれてみたいって。お前のように霧沢さんに愛されてみたいって」

「大樹があんなに不幸な目に会って。それでもようやく楽しそうになってきたっていうのに、その大樹を楽しそうにしてくれたのが霧沢さんだってことをわかっていても、俺のこの気持ちだけはどうしようもなかった……。ははっ。いつも女の子とよろしくやっている俺がだぜ」

「だから、昔を思い出したことを理由に昨日……霧沢さんをここに呼び出したんだ」

「呼び出して……。今大樹に言ったことを伝えた。そして、霧沢さんのことを好きだって言った。霧沢さんがお前のことを想っているって事を知っていても、言わずにはいられなかった」

「それで……彼女はなんていったと思う?」

 美裕なら……。

「……。大樹。俺に、霧沢さんに何も言わないのかよ」

 昨日美裕に胡太郎が言っていた情景を思い出す。
 いや、見なくてもわかる。
 美裕なら、胡太郎が美裕のことを想っているって事を知っても、心を痛めても断るだろうと。
 俺ももし、他の女の子にこんなふうに好意を打ち明けられても、絶対そうするのだから。
「くそっ……。お前ら、本当にうらやましいぜ。俺が霧沢さんにこんな事を言っても、お前は霧沢さんが俺にそんな気持ちを向けないってことを信じているんだな……」
「胡太郎……」
「わかっているさ。謝りたいのはそのことなんだ。すまなかった。俺、親友のお前が愛した女性に横恋慕して……。彼女を、お前を傷つけてしまった。本当にすまない……」
「胡太郎……。俺さ、昨日の夜、お前が美裕と何か話していたことは知っていたよ」
「えっ……」
「昨日、たまたま……通りかかって。そうか、そういうことだったんだな」
「そうか……。おまえ、ここに来ていたんだな。それでも、俺たちの間に入ってこなかったなんて。お前……」

「すまなかった……」
「胡太郎……」
「大樹は俺たちのことを本当に信頼していてくれたんだな……。本当にすまない。大樹。俺を殴ってくれ。俺はお前のそんな気持ちを考えずに自分だけのことを考えてこんな事をした」
「胡太郎……。俺がお前にそんなことできるはずないだろう?」
「大樹……」
「誰かを好きになるってのは自分じゃコントロールできないものだろ?誰にも責められるものじゃない。別に胡太郎が美裕のことを好きになっても、それは仕方がないさ。だって、美裕はあんなにかわいいし、美人だものな。性格も優しいし、尽くしてくれる。ああ、でもだからって、もう手を出すのは止めてくれよ。胡太郎が相手だと美裕がいつ俺を捨ててしまうかわからない」
「くっ……あははは……。こいつめ、のろけやがって」
「えっ?のろけだったか?」
「大樹……。やっぱり俺はお前には勝てないな」
「そんなことはない。胡太郎もいいヤツじゃないか。俺が一年前、あんなことになっても、気を使って、いつもの毎日を過ごさせてくれた。そのおかげで俺はどんなに助かった事か……。胡太郎は俺の親友だよ。本当に」
「大樹……」
「なんだよ、胡太郎」
「俺……、お前の親友でいいのか?」
「って、胡太郎が友人でなくなったら俺に友達と言える人ががいなくなる」
「くっ……あはははは。そうだな。俺もだ」
「だろ?」
「大樹……。すまなかったな」
「ああ。だからもうそのことはいいよ」
「ありがとう……。大樹」
「ああ。でもその前に胡太郎。一つだけ訊きたい」
「……ああ」
「どうして、お前がそんなことを今言うようになったんだ?どうして、わざわざ仲良くなった俺たちの間に入ろうとしたんだ?いつものお前なら、そんなこと考えてもしなかったはずじゃないか。いつもの胡太郎なら……冗談で済ますような話じゃないのか?それをわざわざ俺たちに嫌われるような事をして……。どうしちゃったんだよ?一体」
「……」
「胡太郎?」
「……すまない、大樹」
「どうしたんだよ」
「俺……やっぱりお前には隠し事が出来なかった」
「胡太郎?どうしたんだよ」
「俺……。俺さ、今月末で転校する事になってしまったんだ」
「えっ?なんだって?!なんでそんなことを早くに……」
「すまないな。俺も知らされたのは昨日なんだ」
「昨日……」
「だから……この気持ちのしこりを残したくなくて。いや、あの時に霧沢さんを助けられなかった俺の弱みを霧沢さんに晴らして欲しくて……。断られる事を願って……。そして、お前達に嫌われようと思って……。大樹にはもう別れるっていう辛い思いをさせたくなかったから……」
「胡太郎……」
「いや、すまなかった。こんなことで、俺は霧沢さんにも辛い思いをさせた。お前からも俺が謝っていたと、言っておいてくれ」
「そんなことはいい。本当におまえ、転校してしまうのか?」
「ああ……。本当だ」
「そんな……」
「大丈夫だ。俺も大樹とは親友だ。機会があればいつでも逢えるさ」
「そうだな。そうだよな」
「ああ……」
 ザ―――。
 雨が降っている。
 今まで雨の音を忘れていた。
 気が重い雨も、少し気を使ってくれていたのだろうか。

「……それじゃ、大樹。俺はこれで帰るよ」
「胡太郎……。なあ、これからどこかに行かないか?昔の……いつものように」
「ばかを言え。俺は霧沢さんに辛くしてしまったんだ。お前のことを想う霧沢さんの気持ちを踏みにじるようなな。霧沢さんは優しい。俺の気持ちをよく知って考えてくれている。だから彼女、だいぶ思いつめているはずだ。俺のこととお前の事で。その為にお前はこれから霧沢さんに逢って、話をしないとダメだからな。そうでないと、もう俺は霧沢さんに顔を合わせられない」
「胡太郎……」
「なんだよ、不肖の弟子。俺とどこかに遊びに行くっていうのなら少なくとも大樹が霧沢さんを抱いてからでないとナ」
「胡太郎!」
「ははははは。冗談だよ。お前らはもう誰かが何かを言っても壊れない絆なんだから。俺が言うんだ。間違いないさ」
「胡太郎……」
「俺が言えた義理じゃないんだが……。霧沢さんを幸せにしてやるんだぞ。俺の分までもナ。彼女、お前と同じなんだから」
「……」
 胡太郎も、知っていたのか……。
「本当にお前ら……。いや、もういい。さあ、早くいけよ」
「胡太郎……」
「すまん、親友。俺、不器用で」
「胡太郎……」
「また明日、学校でナ」
「ああ!また明日、胡太郎」
 ぐっと親指を伸ばし、俺に合図した胡太郎。
 俺も、胡太郎と同じ事をして……。公園を出た。


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