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プロローグ
『どうしたの?』
(ん?ああ。ときどき俺、自分が嫌になる事があって)
『どうして?』
(だってそうだろ?俺は君にしかこうして心を開いていない)
『そんなことないよ。わたしだけじゃなく、あなたには友達がいる』
(そうだな。でも、その友達には今までの俺でいたいんだよ。だから俺はこうして君と話をする。こんな話は君にしかできないことなんだ。そうして俺は、今までの気持ちを持っていたいんだよ)
『今のあなたと、昔のあなたではちがうの?』
(ちがう……かもしれない)
『うん。それなら大丈夫だよ』
(どうして?)
『ひとは変わらないと生きていけないものでしょ?ずっと同じままだなんて、それはそのひとにとってもつまらないことじゃないのかな。だけどあなたはいいほうに変わってきていると思う。だから、大丈夫』
(そうかな)
『うん。だって、あなたは以前よりも周りのことに気を使うようになってるよ。迷惑をかけないようにって』
(ああ……そうかもしれない)
『うん。だからすくなくても、そう考えてあなたは今を生きているのでしょ?わたしをこうして見つめてくれて。だから大丈夫。あなたは、それくらいがんばっているもの。だって、わたしはいつもあなたを見ているんだから』
(そうだな。俺はなんとか頑張っているんだよな、リサ……)

―――――

 俺の両親が亡くなった。
 俺がその時その場所にいる事ができれば、実感として沸いたのかもしれない。でも実際、目の前にある二人を見た時は実感が湧かなかった。初めて鏡を見せられて、これがあなたなんだよ、と言われた時の気持ちに似ていた。それが自分なんだってわかるのに、自分の思っていた映像とかけ離れていて、それを見ている自分の現実に納得できない。
 他人から聞かされた情報なんてそんなものだ。
 なにしろ、俺がこの目でそうなったコトをみていないのだから、みんなして俺にタチの悪い冗談を見せているくらいの認識だった。
 いや、きっとその時の俺は、これからのことを想像するに容易なコトを、認めたくなかったんだな。
 これが実際に起こっていることなんだって、認めたくなかったんだ。
 だから、それが来たのは、ずいぶん経ってからの事だ。
 あの時に他人達から聞かされた、憐憫の言葉の意味。
 いつも行く学校も、俺の友人達も、今までとなにも変わらずに俺に振舞ってくれる。今までと変わらない毎日は続いていく。
 俺を取り巻く外の環境――外見は何も変わっていない。
 その俺の外見を見たとき、どうしようもないほどの、どこにも向けられない、終わる事のない、むなしさと、寂しさと、心細さがあることを知ったのだ。
 ここでの俺は、一人だけ。
 とりあえずの何かしらの目標……、心を始めとしていろんなことの支えとしてくれていた両親。それがもう、いないのだという現実。そのことを知り、じわりじわりと俺の心を蝕み、胸をかきむしりたくなるような後悔に似た感情。
 これが、絶望というヤツなのだろう。それを嫌というほど感じてしまった。
 だけど、この俺を取り巻く外の環境だけは変わらずにそのまま続けたかった。このむなしさと寂しさと心細さを外見にぶちまけ、俺を取り巻くこの外の世界まで壊したくはなかった。
 今の俺は、昔の俺のまま認識してくれる世界に俺はまだ頼りたいのだ。
 でも、両親が亡くなってしまう前の自分と同じようには、もう振舞うことはとても困難に思えた。
 例え無理をするにしても、そこまで器用にすぐ自分を変えることなんて俺にはできるわけがないのだ。
 だから、なにか一つでも、新しいものを見つけ出したかった。見つけ出して、ここの一人でいる世界からの現実逃避する理由を作ろうとしたかった。現実逃避して、俺の気持ちを外見に現させないようにしたかったのだ。
 いや、現実逃避じゃないな。俺はきっと、なにかにすがりたいのだと思う。これからの自分の目標になるようなものを見つけて、それをずっと目指しつづけたいのだ。
 そうでもしないと、この寂寥感をぬぐえなく、これから一人で生きていけない。そう思ったのだ。
 だから、探した。
 俺の知らない、まだ聞いたこともなかった、両親が俺に望んでいたようなことを。
 それは、両親の本意じゃなくてもいいのだ。
 ただ、俺は今これにがんばっているのだから、大丈夫だと、自分自身に納得させたかっただけなのだ。
 そんなときだ。
 俺にこの道を歩ませるきっかけを見つけたのは。
 それは、家の奥にあった、ほこりだらけの倉庫の奥で見つけた。
 半ばゴミのようながらくたの中にうもれていた、茶色い布に包まれた1枚の四角い板。
 ほこりだらけのその布から出てきたものは、学校で使っている机くらいの大きさの、一枚のキャンパスだった。
 そのキャンパスにに描かれていた絵を見て、俺はとても驚いた。
 俺はしばらく、その女の子に見惚れてしまっていた。
 妖精か?それとも女神?
 とても美しい女の子が、そこにいた。
 茶色の丸い大きな帽子をかぶり、そこから流れる長い黒曜石を溶かしたような黒髪がよく目に映る。風になびいているさらさらの髪は輝いて、闇夜に輝く天の川のようだ。
 横を向き、遠くの景色を見つめているその瞳の虹彩は、春の生き生きとした木々の葉を思わせる深い緑。どこか遠くを見つめているのに、俺を見ているような気もしてくる。とても優しくて、こうして見ている俺に、全てを任せきった、安心したような笑顔をみせていた。その美しい緑のなかに、俺は吸い込まれていくようだった。
 季節は冬、だろうか。バックは淡いグレーの雲に覆われて、彼女の周りには白く煙るような雪が舞っている。暖かそうなチェックのマフラーを巻き、その雪にも負けないほど白い肌の小さな指は、風で舞いそうな帽子をそっとおさえていた。
 年齢は今の俺と同じくらいか。少女のあどけなさが残っているのに、女性の燐とした美しさも兼ねそろえていた。
『―risa―』
 そのキャンパスの右隅に、その文字があった。
(リサ……?)
 それが、これからの俺を変えてくれた、この絵の女の子、リサとの出逢いだった。


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