プロローグ
―南斗区。
ぼくは騎法 久那。ここ、私立南斗学院高等部に、四月に編入してきた一年です。
今は五月下旬で、皆中間テストを目前に勉強していて、騒がしかったり、時々何故か、シーンと静かになります。
・・他人事のように聞こえますが、ぼくそれなりに頑張っています。
普通、部活動はテスト一週間前になると強制停止されて、勉強に専念できるように、配慮があるのですが。
ぼくの入部した、否、入部させられた部活、風紀部には、休みがないんです。
―風紀部というのはその名の通り、学院の風紀正す為に理事長直々に創った部活で、今はぼくを入れて6人部員がいます。
入部条件は、正義感と、理事長に対する忠誠心、それに風紀を正す為に少々手荒なことをする体力。
部室は一階の教員室、印刷室と並んだ廊下の一番端、過去に多目的室と書かれていた教室にあるわけで、今ぼくが立っているのはそこのドアの前。
放課後、教室に残っているのは先生に質問に来た生徒だけなので、廊下には誰もいません。
もう皆来てるかなぁ・・。
かつては透明であっただろうその曇りガラスをのぞき、これもピカピカだっただろう横開きのドア取っ手を掴んで、ガラガラと開けた。
―まず最初に見たのは女の子。でも部員の子じゃない。
椅子に座った誰かの膝上に、向かい合わせになって座り、少しYシャツを脱いでいて、誰かに抱きついて居た。
・・あきらかな、これから情事事を始める男女の姿である。
ぼくはポカーンとなって、そこにつっ立っていた。そして、やがて女の子の方がこっちに気づき、
「!やっ、やだっ!!」
と顔を真っ赤にして、誰かの膝から降りて、乱れた服を直そうとせず、ぼくの隣をすり抜け、部室からでていった。
誰かは呆れた顔で、
「あーあ、せっかく連れて来たのに・・久那、お前のせいで逃げられちゃったじゃんか。」
「・・え、ああっ、すいません先輩・・・っじゃないっ!」
咎める台詞に久那は反射的に頭を下げるが、はっとなって顔を上げる。
椅子に座った先輩―この風紀部の部長、真田 出雲―はキョトンとして、開けたままだったYシャツのボタンを閉める。
柔らかい茶髪に、外人と言われても違和感のない中世的な顔立ち。
それに成績もよく、運動神経もいい、性格は・・ともかく、不思議と男女共にを引き寄せる空気も持っていて、これで彼女がいないのがおかしいのだが。
本人曰く、「特定の彼女を作ると後々めんどくさくなる」らしい。
・・まぁなんというか、ものすごく羨ましい。
「ぶっ、部室に女の子連れてこないでくださいよ!!」
「どうして?」
久那が少し頬を赤らめながら、そう怒ると、出雲は意味がわかってないかのように首をひねった。
ぱっと反論された久那は一瞬黙り、頭の中で怒りたいことを整理すると
「先輩・・ここは何部ですか。」
「風紀部。」
「なんのためにある部活ですか。」
「学院の風紀を正すため。」
久那は出雲に簡単な問いを出すと、出雲は棒読みで答えた。
・・・ここまで言って、どうして自分から謝らないかな・・。
久那は怒りを通りこして、呆れながらそう心の中で呟く。
・・気を取り直して、
「風紀部の部長が、風紀を乱していいんですか!」
「・・だって、生徒手帳には<部室に女の子を連れこんじゃいけない>なんて書いてないじゃないか。校則は、破ってないよ。」
久那の一喝を、出雲はポケットの中から生徒手帳をだして、パラパラめくって、言う。
確かに・・・って、あれ、当たり前、だよね・・?
久那は自分が納得し始めてることに気づく。
「でっ、でも・・せめて人気のないところで、にしてくださいよ・・。ここだったら皆来るし、せめて屋上とか。」
慌てて久那がそう言うと、出雲はなるほど、と、たった今気づいたような素振りを見せた。
そして、出雲は久那にニッコリと笑いかけると、
「ありがとう、新しい場所を教えてくれて。よかったら久那の分の子を紹介しようか?」
と言ってきた。
久那は力いっぱい、いいです!!と拒否した。
出雲は残念、というように、生徒手帳を仕舞い込んだ。
―気を取り直して、久那は部室を見回し、他の部員の姿を探すが、いない。
「・・そういえば、皆はまだ来てないんですか?」
久那がそう聞くと、出雲は
「八雲と千神は補習。」
と答える。
八雲先輩は出雲先輩の双子の弟、・・という設定になっている。
・・まぁ、詳しい話は皆がそろった時にするので、もうちょっとまっててください。
山茶花 千神先輩は、風紀部の書記担当。部内の資料全て暗記している、とても記憶力のいい人だ。
・・そういえば、千神先輩、美人さんなのに、どうして出雲先輩、興味ないんだろ・・。
「あと、無月はアソコ。」
出雲は面倒くさげに、チラリと部室の四分の一を占領している、ダンボールの山を見上げると、その山を指差した。
え?と、久那が山を見上げた時、頂上にあった小さめのダンボールがボトリと落ちてきた。
久那が驚いて、退くと
「おや、気づいてらっしゃったんですか、センパイ。」
と頂上から明るい声が聞こえた。
ダンボールの上で、埋まってるようにしか見えない格好で笑う、一人の少年が居た。
倉田 無月、中等部3年で風紀部部員。
童顔で、背もぼくより低いけど、中身はぼくよりずっと大人だ。
出雲は無月を見上げながら、
「当たり前だろ。俺を誰だと思ってる?」
ため息交じりにそう言うと。無月は常にかかせない笑顔で、
「今は、高慢チキ、女好きのナル馬鹿生徒、ですね。」
と返した。
出雲がその台詞に口元を引きつらせる。
久那はそれに気付き、慌てて話しをそらそうと
「そ、そういえば、どうしてそんな所に居たの?無月くん。」
と、降りてくる無月を見ながら聞いた。
・・よく見ると無月は、片手にビデオカメラを持っていて、久那が気付くと無月は
「これで、センパイと女の子の情事シーンを撮って、ネットで流そうと思いましてね。売れば高値で売れたでしょうね。なんたってセンパイは、顔だけはイイですからねェ。」
背後に黒いオーラの見える台詞を吐いた。
出雲の額に青筋が立った。
ゆらりと立ち上がる出雲に、それに向かい合うようにニッコリと笑った無月。
久那は止めることができず、ただ青くなって慌てるだけ。
「・・もう一度言ってみろよ糸目坊主。その目抉り出して、ケツの穴にぶち込むぞ。」
「やってみてくださいよ。どうせなら、きっちりやってくださいよ?」
長身の出雲と比べると無月は、象と蟻の様な身長差で、二人の喧嘩文句に売り文句を聞いて、ますます久那は慌てる。
出雲は無月の制服の襟を掴み、自分に引き寄せる。
思わず久那は目をつぶった。
―が。
「いーずーもーさぁーまぁーーー!!」
突然部室のドアが開き、久那の横を猛スピードですり抜け、出雲に抱きついた人がいた。
「・・・八雲。」
あきらかに泣いてきました、という感じで目を赤くした八雲は、反射的に無月の襟から手を離した出雲に抱きついて、えぐえぐと泣き始める。
突然の出来事についていけない久那は呆然としていたが、出雲は手慣れた手つきで、よしよしと、出雲の胸あたりまでしか身長がない八雲を、撫でてやる。
すると八雲は顔を上げ、
「ひっく・・ちっ、千神がぁ、オレに無理やり・・。」
「ちょっと!誤解するような言い方はやめなさいよ八雲!!」
途切れ途切れで話はじめた八雲に、どうやら走ってきたらしい千神の荒い台詞が遮る。
やっと我に返った久那は、初めてみた八雲先輩の泣き顔に仰天する。
そして、千神に
「なっ、何をしたんですか!?八雲先輩に!!」
と聞くと、千神は久那の頭はぴしっと叩き、
「何もしてないっつの!!」
と怒る。久那は頭を抱えて、はい・・と返した。
千神は八雲の頭を撫でる出雲を指差し
「つか出雲!あんた八雲になんつー教育してんのっ!!」
と怒鳴る。
出雲は、は?と言う顔になり、久那も首をかしげる。
千神は出雲に指を突きつけたまま、
「2次方定式、いや、因数分解あたりからまるで理解してない!その上漢字は書けないし、科学式すら知らない!!なんなの!?この子!!」
信じられないっと言うように、頭を抱え、そう怒鳴り続ける千神に出雲は
「・・あぁ、八雲にはなんの教育もしていない。俺といれば必要ないしな。」
と面倒くさそうに答え、さりげなく八雲の涙を拭いてやる。
甘やかしすぎ!そんなんじゃ、ずっと出雲から離れることができないじゃない!!とか、千神がプリプリブチブチと文句を言う。
出雲は八雲を抱え上げ、椅子に座らせて、離れさせたいわけ?と、千神の討論に言い返し、千神が詰まる。
すると出雲は八雲の着ている、やけにぶかぶかなYシャツの襟を掴み、無月にした様に掴み上げるのではなく、優しく、その白い肌を晒した。
「離れたら困るのは俺。なんてったって、八雲は俺の食料だから。」
そう呟き、口を大きく開くと、人間の八重歯にしては大きすぎて、獣の歯にしては小さすぎる、その牙を、八雲の首筋に噛み付く様に突き刺した。
―・・ぁあ、全員そろったら説明するはずだったのに。
・・そう、出雲先輩は人間ではない。そして風紀部部員、ぼくも含めて全員、人間ではなかった。
風紀部の隠れた入部条件は、<人間ではないこと>。
ここの学院で、人間でない者は、風紀部に入らなくちゃならなかった。
だって・・この部を創ったのは、理事長、なのだから。
|