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彼は焦土の大気になる
作者:窓枠 曲壁
多分、ブログ開設してから、はじめて書いた(ブログのために)小説。
「無様ね」
彼女はカクテルをテーブルに置きながらそう言った。
「あなたは本当に無様」
彼は部屋の片隅のミニ・バーで片付けを済ませながら言う。
「あるいは」
「あるいは、という留保なんてないわ。あなたにはカクテルを作る才能しかないのよ」
昼下がりの彼の一室、カーテンは開けられ、窓の光は静かだ。
大型のサボテンが、バケツみたいな植木鉢に植えられている。彼が旅先から持って帰ってきたものだ。
「それで、今度はどこへ行くの?」
白いタオルで手を拭き、彼は彼女の向かいの椅子に座る。
彼はしばしば遠くを見つめる。
人によっては、それは彼の現実性のなさを表しているのだ、と言われる仕草だ。
そう言われてしまいがちな気質が彼にはあった。
「焦土へ」
彼はかもめが空中をひるがえるかのように自然に言った。
それを聞いて彼女は言う。
「止めはしないわ。しかし理由くらい聞かせなさい。理由によっては行かせない」
「矛盾しているけど」
「言動に矛盾のない人間などこの世にあって?」
彼は両手を挙げた。降参。
そして静かに語りはじめる。
「君も知ってのとおり、僕の心の膜は破れた。無茶苦茶だ」
「あるいは、という留保などなく」
「僕は『夜汽車』に乗って、夜の街を越えて、あの焦土へ行く」
「そして何をするつもりなのかしら? 稀代の魔法使いは?」
試すように彼女は言う。彼女の目は動かない。
「焦土に行ったことはあるかい?」
「いいえ」
「あれはね、本当に広いんだ。そこにいる人は、立っただけで絶望的になる。そして、空気は、大地は、焦げ付いている。焼け跡の匂いって、どうしてあんなに、いつまでも消えないように思うんだろうね?」
「何をするつもりなの?」
「魔法で僕の体を粒子にして、大気に拡散させる」
「で、どうするの?」
「見守るのさ」
彼はテーブルに両肘をつき、組んだ両手を額に当て、じっと目を閉じる。
「時にはささやかな奇跡だって起こしてあげようと思う。でも正直な話をすると、君が言った稀代の魔法使いでも、何千人のオーダーの人を幸福にすることは出来ない。僕が出来ることは……見捨てられて泣いている子供と同じなんだ。人も、生き物も、大地も。誰かが見守ってあげなければならない。誰かがそうしなくてはならないんだ。あるいは、という留保などなく」
彼女はそっとたずねた。見計らったかのようなタイミング。
「何年?」
「十年はかかるだろうね」
「そう」
彼女は彼の目をじっと見て、口を開く。
「どうしてそれをしなければならないの?」
彼女は静かに責めていた。
それはあなたにとって愚かしい行為よ、と、彼女は物事の真実を伝えようとしていた。
「僕は無価値だ」
彼は言う。
「僕はこの世の中にあってはどうやら無価値だ。僕がどれほど魔法を使えたとしても、人はそれを利用しようとするだけだ。物扱いをされるということは価値を認められることとイコールではない。僕はそれに疲れた。嫌気がさした」
彼は顔を上げ、今度は彼の方から彼女を見据えて言う。
それは消え入りそうな声で、響きはまるで、洞窟の中に吸い込まれていくかのような、あるいは、海に碇が沈んでいくかのようなものであった。
「僕は消え入るような形で誰かのために尽くしたい」
それを聞いて、彼女は目を閉じた。
少しの間、沈黙の時間が流れた。
午後一時の空気は澄んでいて、部屋の明かりは柔らかだった。
「あなたのカクテルを、私は『本当に』気に入っていたのだけどね」
「それは何よりだ。しかし、君はそういうことを言わない人間だと思っていたけど」
「言動に矛盾のない人間などこの世にあって?」
詰めが甘いなぁ……
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