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八章 悪魔・鷹龍

敵が判明します。

そしてホークの力に関しても。

「光斗が、生きていたというのか……」

 一言一言、苦々しく噛みしめるようにして、夜真は言葉を吐きだした。

 そこは、夜真の執務室だった。

 椅子に体を預けた彼は、武術をたしなむものとしては、肥満気味の体を前のめりに倒す。

 公務を行うための大きく立派な机に両拳を置き、しばらく体を震わした。

「貴先! 奴は山で死んだはずだと、言ったではないか!」

 うつむいたまま、少し甲高い声で夜真が怒鳴る。

「生死の確認ができなかった、と申したのです。それに、まさか【神の廊下】をはずれて生きていようとは……」

 いつかと同じように、貴先は夜真の前に立っていた。

 その貴先の表情も、前とあまり変わりはない。

 違うのは、窓に貼られた薄紙の日よけを透けて、外の陽射しが部屋を明るくしていることぐらいであった。

「しかし、これはある意味で好機かもしれません」

 貴先の言葉に、夜真が怪訝な顔を見せる。

「先ほど申しあげたとおり、葉陰の話では謎の一行と、こちらにむかっている様子。上手くすれば、最初の予定どおり、混乱を装って、すべて反逆者一味の仕業に……」

「……そのように、首尾よくいくのか」

「奴らとて、白斗様の即位は食いとめたいでしょう。ならば、その前には動きを見せるはず」

「失敗は、許されぬのだぞ。同行する者たちの正体もわからないというのに」

「敵は、たかだか三、四人。どこぞの馬の骨でも、隠し持った金で傭ったのでございましょう。いざとなれば、力ずくでも……」

「……ならば、任す。なにがあっても目的を果たせよ」

 貴先は胸元で指を合わせて挨拶をすると、黙ってその場を立ち去った。

 部屋を出て、誰もいない廊下をゆっくりと進む。

 艶やかな木目が敷き詰められた床で、彼は踏みしめるように歩いていく。

(目的は果たせよ……か。言われなくともな)

 貴先は、身にまとった鎧を鳴らせながら、微笑を浮かべた。

 一本道の長い廊下。その途中の右側に中庭に出る張りだしがあった。

 貴先は、その部分に、すっと立ちよった。

 見とおしのよい、なにもない中庭だった。

 貴先の目は、その中庭に生える草が、風に揺らぐのをじっと見つめる。

 庭は、手入れがあまり行き届いているように見えなかった。

 雑草が所々に生え、掃除もあまりまともにはされていない。

 知らぬ者が見たら、この庭の持ち主に情緒が足らないと思うだろう。

 確かにそれもあるが、もっと大きな理由は別にある。この庭の持ち主は、この場所においそれと人を近寄らせたくなかったのだ。

 夜真にしてみれば、貴先と会っていることをあまり人には見られたくない。

 だから、この敷地内に、ほとんど人を見ることはないのだ。

 逆に、敷地の周りには、多くの私兵が警備を固めている。

 夜真が認めていない物は、一切進入できないように。

 だが、貴先が待っている相手には、そのような見張りなど意味をなさなかった。

「お呼びでございますか、貴先様」

 人影などないのに、声だけが聞こえた。

「奴らの動きは」

 貴先も慣れているのか、驚きもせずに返事をする。

 声は、屋根の上から聞こえているようだった。

「はい。やはり豊都こちらにむかっているようです」

「そうか。目を離すな」

「御意」

「それで、その異国の天仙とやらは、それほど強いのか」

 腕を組んで、貴先は視線を中庭の虚空にむけたまま話す。

「葉陰五人が、してやられたのであろう」

「申し訳ございません」

 姿の見えぬ声が、畏れいる。

「その天仙は、奇妙な術を使うらしいのです」

「奇妙……どのような術だ」

「それが、皆目見当がつきませぬ」

「お前たちさえ、知らぬ術か」

「はい。しかしながら、その天仙よりも、女二人の方が手強いようでございます」

「ふん。情けない話だ」

 貴先は、嘲る鼻息を捨てるように吐きだした。

「葉陰ともあろう者が、女子供にやられるとは」

「誠に面目ございません。されど、不確かながら、その幼子に関して恐ろしい情報がございます」

「恐ろしい? なんだ? まさかその子供は、魔物だとでも言うのか?」

「はい。似たような者でございましょう」

「…………」

 冗談めかした言葉をいとも簡単に肯定され、貴先はさすがに顔色を変えた。

 顎髭を撫でながら、「ほう」とつぶやき、聞き耳を立てる

「部下が西の国にて集めた情報の中に、【夜の守護者たち(ナイトガーディアンズ)】と呼ばれる者たちが、すべて転生をはたしたとあります」

「それは、確か……西王界の北にある【エジオン王国】の【魔黒王まこくおう】を守護するという【魔女】の称号を持つ五人……」

「さすがでございます。その中で最後に転生をはたしたのが、雷光の魔女。それは、ちょうど十年ほど前のことらしく」

「それが、その幼子だと言うのか。魔黒王に命を捧げられた贄の者が、なぜ異国の天仙と共にいる?」

「わかりませぬ。無論、推測でございますが、転生身だとすれば、幼くても高い法術を操ることも納得いきまする」

「しかし、覚醒が早すぎるのではないか」

「普通ならば。脳の働きがついていきませんが、何分にも相手は、魔術士をも超えた、最強とも言われる魔道士でございます」

「ふふん。普通の器ではないか」

「はい……」

「魔女だとすれば、なるほど魔物と言えなくもない。大女の方も妖気ただよう緑の髪を持ち、魔物の腕を持つという。そして、怪異なちからを司る天仙。光斗様は、どうやら魔物の仲間になられたらしいな」

 貴先が肩を揺らして、少しクックッと嗤った。

「光斗様。【神の廊下(ただしきみち)】から外れて、悪魔にでも魅入られたか……」


   ◆


 光斗は、まるで二人の女性に魅入られたようだった。

 彼が休めたのは、眠るときだけ。

 目が開いている間は、常にソフィアかリエがついていた。

 ソフィアは、まるでありとあらゆる体術を習得しているかのようだった。

 今まで知らなかった体捌き、歩術、棍術などを実戦で示してくれた。

 それはどうやら、光斗の体に染みついた泰斗龍神拳に親しみやすいものに絞ってくれたらしい。基本ができている光斗は、ちょっとした応用をきかせるだけで、技の幅が大きく広がった。

 また、ソフィアは組み手の相手としても、最適であった。

 力、速度、技において、すべて彼女は自分を上回っている。だが、彼女はそれを上手く調整してくれるようで、気がつけば彼女の動きにかなりついていけるようになっていた。

 一方、リエから教わる魔法は、最初の日から非常に悩まされた。

「いい? 法術には、仙術系、魔術系とかいろいろあるわ。でも、とりあえず魔術系の特徴は、魔力アウラ精霊力アイテルを操ることなのよ」

 もう、そんな最初の説明だけで、光斗は混乱した。なにしろ、精霊力なんていうものは、精霊の力であり、精霊とは龍のことである。そんなもの、人間が操るものではない。

「わたしの言う精霊は、龍ではないの。もっと意志もない自然的な力なのよ。雷光ライト大地アース天風ガスト火炎ブレイズ氷水アクアの五属性。そして、あんたは生まれながらにして、わたしと同じ雷光属性をもった人間なの」

 と言われても、もちろん光斗は、自分が属性を持つ実感はない。そもそも、その属性が、どうやってわかるのかもわからないのだ。

「人は、すべての属性を内包しているけど、人によって、その中で特に強い属性を持つ人がいるの。あんたは、ホークの言うとおり雷光属性を強くもっているのよ。これはね、なんというか感じるの。特に同じ属性だとね」

 ならば光斗は、リエから同じ属性であることなど感じることができるはずである。しかし、そんなものは、これまたまったく実感できない。

 このような五里霧中の状態で、本当に魔術が学べるのかと、説明を聞けば聞くほど不安が高まる。

「魔力は、この国でいう神氣と同じ。だから、もうあんたは、魔力の発現をクリアしているようなものなの」

 リエは、励ますように言った。

「そして、次の段階として、基本たる魔法を教えるわ。魔法は、『魔の法則』。これをマスターすることで、魔術と呼ばれる『魔の技術』を使えるようになるの。でも、あんたは魔術師になるわけではないのだから、魔法が使えれば十分なはずよ」

 そして、彼女は当たり前のことをつけたす。

「とは言っても、そう簡単に魔法が使えるわけがないんだけどね、ふつう……」

 それは、そうだ。

 たったの八日間。それだけで魔法使いになれるのならば、世の中にはもっと魔法使いがいることだろう。

 だが、リエは、さらに反対のこともつけくわえる。

「でも、あなたには、魔法を八日間で覚えてもらうわよ」

「さっき無理だと……」

「無理じゃないわ。ホークがそう言ったということは、あなたには、覚えられる要素があるということ。……光斗、あなた第三の眼が開けるのでしょう?」

「ああ。ほんの少しなら」

「やっぱりね。どうりで、私の光弾を拳で打ちかえせるはずよ。魔力が見えているのなら、短期間でも、魔法レベルならば二つぐらい修得できそうね。あとは才能次第よ」

 リエの言うことは、その時は信じがたかった。

 見えれば、どうにかなるというものではないだろう。

 それに、とても自分に魔法が使えるなどという、自信も予感もない。

 だが、リエの言葉が本当だったことを知るのは、意外に早かった。

 修行中にリエは、両手の人差し指の間で、何度も何度も小さな放電を作って見せた。

 光斗の目の前で、「よく見て」と言いながら、根気よく幾度も作る。

δ(デルタズム)……」

 彼女がそう口ずさむ度に、小さな指先に、なにかが生まれていくのがわかる。

 それは、形がある。が、口に表せるものではない。肉眼では見えない、感じるだけの形がそこにあった。

 あとで光斗が聞いたところによれば、彼女は光斗にわかりやすくするために、神業的な繊細さで、ゆっくりと術を構成したのだという。

 最低限の力で、形が崩れないように精霊力を操ることは、普通の魔術師のできる技ではなかった。

「いい? 一緒にやってみて」

 光斗は、リエの指先に生まれた形と、呪文に刻まれた印象を再現するようにリエをまねた。

 最初のうちは、呪文が刻めなかった。発生しても、それは単なる声だった。

 だが、それもリエがゆっくりと唱えて、印象を光斗に伝えてくれた。

 そのうち、呪文が成立して形が生まれた。

 一瞬間で崩れた。

 その後、何十回と形成し崩れた。

 そして、回数も忘れた頃に。


――バチッ!


 光斗の指先に、放電が生まれたのだ。

 この時に、不完全ながらも、光斗は精霊力を実感できてしまったのだ。

 思わず、光斗は頬がゆるんだ。太めの眉が弓形になる。

「この私に、魔法が使えるとは……」

 二日目の夜。食事の支度をしているソフィアやホークから離れて、リエから指導を受けていた時のことだった。

 確かに夕闇の中で、星の光よりも眩い輝きが、指と指の間に生まれたのだ。

 光斗には衝撃的だった。この時の感動は、忘れることができないだろう。

 今まで別世界の話だった物が、自分の手の内にあるのだ。まるで、自分が生まれ変わり、別世界の住人になった気分だった。

「ちょっと驚いた。ああは言ったけど、本当にできるかは半信半疑だったのよ。しかも、こんなに早く。あんた、才能あるわ」

 碧眼を見開いたリエが、ため息まじりに感嘆する。

「まあ、でも、第三の眼のおかげね。やっぱり、見て知ることができるって、すごいことでしょ」

 光斗は、素直にうなずいた。もし、あの形が見えなければ、言葉でいくら説明されても、この短期間に再現する自信などない。

 きっと形を感じるまでに、多くの日数が必要になったことだろう。

「開眼してくれた、ホークに感謝しなさいよ」

 そうだ。この力も、そして龍泉という力も、すべてホークが与えてくれたような物だった。

 無論、彼の弟子になったのだから、彼から力が与えられるのは、普通ならば当然だろう。

 しかし、光斗は仙人の弟子になったはずだ。それなのに、与えられた力は、仙術ではない。

「リエ。聞きたいことがあります」

 光斗は、意を決したように開口する。

 首をかしげながら、リエが不思議そうな顔をする。

「なに?」

「師匠……ホーク・ナーガとは、いったい何者なのですか?」

 その質問が、あまりに予想外だったのか、リエは一瞬だけきょとんとする。

「あんた、本当になにも知らないで弟子になったの?」

「成り行きだったもので……」

「……あっきれた」

 かるく口に手を当てながら、リエは愛らしく笑った。

 そこは、周囲が開けた芝生の丘だった。

 唯一の光源である、横にある一本のたいまつの光が、リエの真っ白な頬を朱く照らしていた。

 その明かりの中に浮かぶ笑顔は、どうみても無邪気な年相応のものである。

 とても、多くの魔術を勇ましくふるう者には見えやしない。

 もちろん、光斗は彼女の正体も気になった。

 だが、やはり一番の鍵となる人物は、ホークである。彼は、これから自分がずっと、「師匠」と呼ぶことになるかもしれない人物なのだ。

 彼のことは、知っておく必要があった。

「まあ、ホークのことだから、本人に聞いてもちゃんと教えてくれないだろうけどね」

 さすがに彼女は、ホークのことをわかっているようだった。

「いいわ。教えてあげる。あなたになら、ホークも怒らないだろうしね」

 リエは、かるく片眼を瞑って見せた。

 その仕草があまりに愛くるしく、光斗は赤面する。

「魔法には、五つの属性があると言ったわよね」

 そんな光斗に気がつかなかったのか、気づかないふりをしたのか、リエは話し始めた。

 光斗は、黙ってうなずく。

「ホークの属性は、この五つの属性のどれでもないの」

 ゆっくりと歩きながら、ときどき空を見上げるようにしてリエは言葉をつづった。

 光斗には、それが言うべきことと、言ってはならないことを選別しながら話しているように見えた。

「ホークの属性は、彼しか持っていない第六の属性……【サー】の属性よ」

「さぁ?」

「知識や知恵などを表す意味よ。もっと言うと、『知る』力ということらしいけど。他の属性とは、まったく違う形の属性」

 光斗は、思わず顔を顰めた。

 リエから教わった五属性は、光斗にもまだわかりやすいものだった。それはどれも、自然の中にある力である。

 しかし、【知】という物は、形として存在を認識できない。

「わたしも詳しくはわからない。けど、彼は生まれついて多くの知識を持っていたの。そして、多くのことを覚えていける……」

 そう言って、リエは瞼を閉じ、切なげに笑みをうかべた。

「でもね。それは逆に言うと、忘れるのがヘタってことなの」

「ヘタ?」

「そうよ。嫌なことを上手に忘れるのって、人の優れた能力の一つなの。だって、嫌なことも、辛いことも、なかなか忘れられなかったら、それって不幸じゃない?」

「…………」

 光斗は、思わず自分の胸を見つめてしまう。

 自分もこの痛みを忘れることが、いつかはできるのだろう。

 そう。思い出は残るが、痛みだけは忘れようとする。それは、これからを生きていくのに、人間として必要な浄化作用とも言える。

 しかし、ホークは、それが下手だと言う。

 ずっと辛い気持ちをもって生きていく。それでは、彼の精神は保たないのではないか。

「重そうだ……」

 光斗の気持ちに、リエがうなずいた。

「そうね。……ま、ともかく、彼は多くのことを知り、知っていけるの」

 それは、なんとなくわかった。彼の知識が豊富だと言うことは、しばらく一緒にいた光斗にさえわかる。

 しかし、それだけでは、彼の力は説明しきれない。

 自分に龍泉の力を一瞬で教えた能力はなんなのか。

 あの影護体を土塊にもどした能力はなんなのか。

 光斗の中で、多くの疑問が鎌首をもちあげた。

「リエ、光斗」

 丘の端から、またあのエプロンドレスというものを身につけたソフィアの長身が覗いた。

「食事の用意ができました」

「はーい」

「今日の料理は、特に自信作です」

 ソフィアがいつものとおりの一本調子の口調ながら、胸を張ってみせる。

 リエが、かるく笑った。

「あんた、本当に料理好きよね」

「私も不思議だったのですが、この前、あの村人たちを見ていて改めて納得しました」

 不思議そうに見るリエに、ソフィアが笑顔を作った。

 それは光斗が初めて見る、彼女の笑顔だった。

「喜んで食べてもらえるのは、見ていて嬉しいですから」

「そうか……いいね、それ」

「はい」

 まるでソフィアから笑顔を分け与えられたように、リエも満面の笑みを見せていた。

「とりあえず、話はここまでね。食事を待たせると、ホークがうるさいし」

「え? あ、あと一つだけ」

 光斗は、立ち去ろうとするリエの肩に手を置いて捕まえる。

「ん?」

 彼は、固唾を呑みこんだ。

 聞きにくいが、聞きたいことがある。

「どうして彼は、【悪魔】と呼ばれているのですか?」

「…………」

 一瞬、眼をぱちくりとしてから、リエが笑みを含んだ顔をする。

 それは、悪戯っぽさのある子供の顔だった。

「そのうち、わかるわ。彼がなぜ、【悪しきちから】とよばれているか……」

それほどこった話ではないので、敵は読んでいる方の予想通りと言うところでしょうか。

次回、順天の元に戻ります。

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