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禽ノル

のらねこのものがたり

作者:黒雛 桜
 「彼」はさいしょ、家族がいませんでした。

 「彼」はものごころがついたときにはもう、お母さんはいませんでしたし、きょうだいも知りません。
 「彼」はいつもひもじくて、さみしくて、たとえ泣いたとしても、だれからも手を差しのべられることはありませんでした。
 それでも、たったひとりで生きていかなければいけません。
 それが本能というものだから、「彼」が、ネコとして生まれたからです。
 「彼」は、お母さんネコに甘えるよその子ネコをいつも遠くからながめてから、ひとりぼっちで薄暗い路地に戻ってゆきました。
挿絵(By みてみん)

 「彼」はいわゆる、野良(のら)でした。
 路地裏で生きぬくためにはけんかも強くなくてはなりません。でも、いつも空腹なので小さな「彼」は大きなからだのネコたちに、まったく敵うはずもありませんでした。ぼろぼろになって残飯を求めてさまようみじめな姿を、「彼」はうすい氷がはった水たまりをとおして、目にしました。
 泥やほこりや土だらけ。
 お腹と顔以外にある縞模様はくすんでいました。
 「彼」は思いました。
 強くなってこんなみすぼらしい姿とお別れしよう、と。

 それから三年もすると、「彼」は路地裏のボスになりました。
 ずるく、汚いヤツだとののしられても、わずかな残飯を拾い、じょじょに力をつけました。武器になるツメをみがいて、大きなからだのネコにも挑みました。
 そうしていつしか「彼」に敵うネコはいなくなったのです。

よくある話だ。

 「彼」はそんなふうに思いました。

強ささえあれば、いつの世だって強者のおもいのままだ。
ひとりでだって、強く生きられる。

 もはや「彼」にたてつくネコは一匹たりともいません。


 ところが、ある雪の降る夜のことです。

挿絵(By みてみん)
 子分のネコたちが食料をもってくるのを待っているあいだ、ぶ厚い雲のすき間に見える、双子の月を眺めていたときでした。「彼」は人間の気配にふり返りました。

「今夜はいつもより、月がきれいに見えますねぇ」

 そういって、人間はニッコリ笑いました。それにびっくり仰天した「彼」は、全身の毛をフーッとふくらませて、人間をにらみます。

「おどろかせてしまいましたか、それは失礼……とても寂しそうに月を見ていた気がして、つい」

寂しそう、だって?

 「彼」はまた驚いて人間を見ました。
 人間はどうやら年をとっている、いわゆる老人です。
 夜にうかぶ霧のような、ぼんやりした白い髪の毛です。首から下はすっぽりマントで隠れていましたが、マントの間から出た手には、足もとを照らす光があります。
 その光がまぶしくて、すこし目を細めたとき、「彼」ははじめて気がつきました。

 老人は、人間が夜によく使う、ランプなるものを持っていないのです。人さし指が、光っているのです。

魔法使い?

 毛を立てたまま、「彼」は一歩、脚を引きました。

「そんなにぼろぼろになって、苦労したのでしょう。猫くん、もしきみがよければ、ぼくの家に遊びに来ませんか」

 魔法使いの老人はそういって、光る手をさしのべてきました。

 遊びに来ませんか。

 なんと心おどる響きだろう。


 「彼」は自分がぼろぼろだとも、ましてや寂しいとも思いません。でも、「彼」はいままで、だれからも手をさしのべられたことがありませんでした。

 あれほど警戒していたはずのなのに、「彼」は魔法使いの手にあたまを寄せていました。かつてよその子ネコが母ネコにしていたように。

 ぬくもりを、はじめて感じました。

 それが「彼」にとって、だれかとはじめて触れあった記憶でした。
挿絵(By みてみん)

 魔法使いは学校というところに住んでいて、そこが家だというのです。
 そこは「彼」にとってまさに迷宮のようでした。広くて、夜中から朝方以外は、人であふれています。
 魔法使いは、「教授」とみんなから呼ばれています。だから彼も、魔法使いのことを教授と呼ぶことに決めました。
 教授はだれに対しても礼儀正しくて、そしてだれに対してもやさしい人だということがわかりました。
 なにより、教授はたくさんの人(教授はその人たちを生徒と呼んでいる)に慕われているらしいのです。

 教授は「彼」をひとりの友人として、学校を案内してくれました。それから本や紙でいっぱいの小部屋で、不思議な色や形のものを、教授といっしょに食べたり飲んだりしました。いつも色々な物語やむつかしい話を聞きました。
 「彼」は教授が楽しそうに笑うときも、落ち込んでいるときも、そばで見ていました。


 それから何年すぎたのか、「彼」はすっかりわからなくなりました。でも、ちょっと遊びに行くつもりが、居心地がよくてついつい長居してしまった、そんなふうに感じていました。
 ただ、教授の夜霧のようなぼんやりした白い髪は、いまはもう雪のようにはっきり色が変わっています。

 ある日、教授がいいました。

「猫くん、ぼくは本当の家族ができたようでうれしいよ」

 はじめて会ったあの夜のように、教授はニッコリ笑いました。

「ほんとうはね、寂しくて月をながめていたのは、ぼくのほうだったんだよ」

 えっ、と「彼」は教授を見つめました。

「生徒たちは、三年でみんな巣立っていってしまう。みんなわが子のようにかわいいし、大切な子たちだけれど、やっぱり卒業して、ぼくのもとを離れていくんだ」

 教授の青い目は、窓の外に向いていましたが、そこからなにを見ているのか、「彼」にはわかりません。
 「彼」はふと、教授がいうように一年ごとに新しい生徒が入っては、いままでいた生徒の多くがどこかへ行ってしまうことを思い出しました。

「でもね、この家にいるあいだ、ぼくは生徒たちを家族のように思っているんだ。勝手にね」

 うれしそうに、だけど、すこし寂しそうに教授がいいました。

「猫くんがずっとそばにいてくれたおかけで、ぼくは孤独じゃなくなったよ」

 ありがとう、といった教授は、「彼」のあたまに手をあてて、やさしくなでるのです。その手が前と比べてひどく骨ばっているのに、なぜか前よりもずっとずっと、あたたかく感じたのです。
挿絵(By みてみん)


 それからほどなくして、「彼」はまたひとりぼっちになってしまいました。
 野良だったころに、ひもじくてさみしいと思ったことがなんども、なんどもあったのに、教授がいなくなって、そんなものはまったくたいしたことではなかった、と思いました。

 教授を探して広い迷宮をさまよい、似た背中を見つけては泣いて叫びました。

もう強さなんて必要ない、ひとりはいやだ。

 教授はもうどこにもいませんでした。

 「彼」は、本も紙もきれいさっぱり片付いた教授の小部屋で立ちつくしました。文字どおり、二本の後ろ脚でぼうぜんと立っていました。
 そこへ、白髪の老婆が「彼」の前にパッと現れたのです。
 それが魔法だと「彼」は知っています。なにせ「彼」の家族だった人は、魔法使いなのだから。

「あなたがルチアーノの猫ですね」

 若葉色のマントを着た老婆がそういいました。
 「彼」はその言葉にぶぜんとします。なぜなら猫ではなく、家族と呼ばれるべきなのだから。

「ルチアーノから、あなたへの手紙が一通あります。読んでさしあげましょう」
「けっこう、自分で読めます」

 「彼」がきっぱりといったので、老婆はその金色の目を丸めました。
 さも、猫がしゃべるなんて! と、いっているように。

 「彼」は老婆から手紙を受けとって、教授が「彼」に残した遺言を、一言一句、目で追います。

 「彼」は手紙をあたまにそっと寄せて、かつて教授がその手でなでてくれたぬくもりを思い出しました。




 手紙を読んだ日からどれだけの月日が経ったでしょう、苗だった木が大木に、老木になるくらい、もしかしたらもっともっと経ったかもしれません。

 教授の手紙はすっかり色あせていました。でも、紙が粉々になってしまわないよう、魔法をかけてあるので、いつも机の引き出しを開けると、いとも簡単に教授との日々が鮮やかによみがえります。

 とつぜん、コンコンとドアをノックする音が聞こえました。
 返事を待たずに、ドアがすぐに開いて――

「コンスタンティン先生! お礼にクサヤン魚の缶詰プレゼントするからさ、テストに出る問題、教えてほしいんだけど!」

 元気そうな男の子がこともなげにいいます。
 「彼」は前脚で器用にこめかみを掻いて、いいます。

ずる(・・)はいかんな、それに吾輩はクサヤン魚はキライなのだ」
「チェッ、やっぱだめかぁ」

 はじめからあきらめていたのか、男の子はしぶしぶドアを閉めて去って行きました。
 「彼」はゴロゴロのどを鳴らしてちいさく笑います。
 生徒たちはわが子のようにかわいい。
 かつて教授はそんなことをいいました。

 「彼」はふたたび机に向き直りました。引き出しからそっと手紙を取り出します。

 それは「彼」に家族がいた証、「彼」にもっとも親しい友人がいた証です。
 「彼」を孤独から救ってくれて、そして、名前を与えてくれた、最愛の。


拝啓

 猫くん。
 ぼくの家に遊びに来てくれて、ほんとうにありがとう。
 あの雪の夜、きみがぼくの手をとってくれて、とてもうれしかったよ。

 猫くんを置いていなくなってしまうことは、ほんとうに申し訳なく思うし、ぼくも残念でたまらない。けれど、きみはもうぼくのように二本脚で立つことも、人さし指をランプ代わりすることもできる。
 魔法使いの猫とはぼくも聞いたことも見たこともなかったよ!
 だからできれば、きみもこの魔法学校を家と呼び、ここで暮らす人たちを家族のように思って、ぼくと同じように先生をしてみるのはどうだろうか。

 ぼくのように、いつかすばらしい出会いがあるだろう。

 それから、猫くんがもしよければ、この名前を使ってくれたらうれしい。
 ぼくの姓、コンスタンティン。

 最後に、きみはぼくの飼い猫などではないから、自由にしてほしい。
 だれにもこびることなく、気ままに過ごしてよいのだ!

 またいつかお会いしましょう、ぼくの友であり家族である、猫くんへ。

 草々

 ルチアーノ・コンスタンティン


「またお会いしましょう、教授」
 コンスタンティンが、ニッコリ笑っていいました。
挿絵(By みてみん)


最後までおつきあいくださり、ありがとうございました。
冬の童話祭2015、参加作品です。
本作は、拙作「禽麗のノルディカ」とリンクした世界ではありますが、単独の物語となっています。
少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。今後も精進してまいります。
早村友裕さまからイメージ曲を作っていただきました。とってもすてきなやさしい曲です。
「友人からの手紙」

「第8回絵本・児童書大賞」に参加中です↓
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