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9回、2アウト
作:GUCCHON


 あっとひっとりっ! あっとひっとりっ!

 甲子園予選、決勝。
老若男女問わず、球場にいる全ての人が熱狂していた。
歴史的瞬間が、もうすぐそこまで来ている。
9回、2アウト。
攻撃側の打者は、27人目。
対戦相手以外の誰もが、今マウンド上にいる投手――田代弘一(たしろこういち)のパーフェクト・ゲーム達成を信じている。

 しかし、彼、田代は、最後の打者を前に全くパーフェクトを意識することはなかった。
単にパーフェクトに気づいていないわけでも、鋼鉄で出来ているかのごとき強心臓を持ち合わせているわけでもない。

 ……やべぇ、マジでもれそう。

 そう。彼は今、途方もない便意に襲われていたのである。

 じんわりとにじみ出てくる脂汗をハンカチで拭う。
余談だが、この行為から、後に彼のニックネームが第二のハンカチ王子となったのは、また別の話。

ロジンバックを手に取り、彼はこのどうしようもない腹痛の原因を記憶から引き出そうとしていた。
……今朝、牛乳を1リットル一気飲みしたのがいけなかったか? それとも母ちゃんが特盛りで出したかつ丼が原因なのか? それとも……
つまるところ、思い当たる節はありすぎたのである。

 しかし、そんなことを考えていると、天の恵みか便意の波が一瞬収まる。

 今だっ! 

 ズバンッ!!

 ストライィィィィィックッ!!

 球場全体を味方につけたか、割れんばかりの歓声が響き渡る。
しかし、球場の盛り上がりも、この時ばかりは仇となっていた。
そのどよめきは大きな振動となり、彼の腹にクリーンヒットしていたのだ。

 七月の空に日は高く上り、じりじりとその身体を焼いていく。
それなのに、彼の身体は寒気すら覚えていた。
今まさに彼の便意の波はピークに達したのである。
肛門のぎりぎりまで黒いあいつはやってきている。

 ……やばいってマジでマジでっ……! 

 彼はついにその場にしゃがみこんでしまった。
ボールを持った手を額に当て、やばいやばいと呪詛のように繰り返している。
実に余談であるが、この時の彼の行動は、サッカーで、PKのときにボールに話しかける類のものであるとされているのもまた、別の話。

 そうだ!
彼はとっさに中学生の頃、友達に聞いた話を思い出した。

 ――――小指と薬指の間にあるツボを押してやると、便意が収まるんだってよっ!

 友達が言ったようにその部位を押してみる。
おぉ、なんだか効く気がしてくるではないかっ!

 後に、美談好きの野球部員は語る。

 ――――あいつは指の怪我を隠し通してたんだ。凄い奴さ、実際。

 もちろん、そんな事実はない。
彼にあるのは便意を何とかしようという想いだけ。その、一心。

 ツボが功を奏したのか否かはわからないが、とにかく少し気分的に楽になった彼は2球目を投げた。
 
 カキィン、ガシャンッ!

 ファァァァァルッ!!

 打球は前には飛ばず真後ろの金網に突き刺さる。
前にこそ飛ばなかったが、タイミングを掴まれているようだった。
捕手と投手の間にサインの会話がなされる。

 ……一球はずそう。

 捕手のサインはそう語っていた。

 ……ふざっけんなっ! もう一球も遊んでる暇なんてないんだよっ!

 首を横に振る彼。

 彼の名誉のために、しつこいようだが言おう。
彼は相手バッターをなめてかかっているわけでも、自分の球に絶対の自信を持っているわけでもない。
確実に限界を迎えつつある便意と闘っているのだ。

 ……田代っ! ここは一球様子を見ようっ!
 
 捕手はサインを変える気配はない。

 ……ばっか野郎っ! 俺の腹はもう限界を迎えてるんだっ!

 そう訴えかけるように腹をさすってアピールする彼。
すると、捕手はおぉっ! と言い、キャッチャーミットを構えた。
ど真ん中、ストレート。
彼は思いが通じたっ! と思った。

 後に彼の恋女房は語る。

 ――――あいつは最後まで仲間を信じていた。9回2アウト2ナッシング、奴は確かにユニフォームに縫い付けたお守りを触っていた。自分の球に自信があるからじゃない、仲間を、バックを信じているあいつは、本当の意味でのエースだと思ったよ。

もう、真実を知るのは彼のみである。

 彼はゆっくりと振りかぶる。
 
 球場全体がしん……と静まり返る。

 蝉の鳴き声でさえ、遠くに聞こえるようだ。

 彼は渾身のストレートを、ど真ん中に、放り込んだ。

 打者は待ってましたとばかりにスウィングを開始する。

 タイミングはばっちりだ。

 どうだ。

 どうだっ。

 どうだっ!

 ボールはバットの上をすり抜ける。

 ズバァァァァァァン!!

 キャッチャーミットの乾いた音が響き渡る。

 一瞬、静寂。そして……

 ストライィィィィックッ! ゲームセットッ!!!!

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 割れんばかりの大歓声。
彼はついに成し遂げたのだ。甲子園出場を、そして、パーフェクトゲームを!!

 狂喜乱舞したチームメイトが彼に向ってかけてくる。
しかし彼はそんなことお構いなしに一目散にベンチ裏のトイレへと駆けだしていた。

 ……やっとっ! やっとトイレに行けるっ!!

 彼の喜びのベクトルは明らかにほかのチームメイトとは方向が違っていた。
そんなことはどうでもいい。とにかく今は走る、走る、走るっ!!
しかし、その喜びを打ち壊すがごとく、彼には最後の、かつ最大の難関が待ち受けていたのである。

 ……監督さんっ!

 彼がベンチのほうに駆けてくるのを見た監督さんは、感動した面持ちでベンチ前で彼を出迎える用意をしている。
さぁ、彼はこのピンチを乗り切ることができるのかっ!!

 翌日の新聞の一面は、この後の彼の行動が、感動を呼んだと書かれているが、それはまた、別の話。






こんにちはっ!GUCCHONですっ!
まずは全国の田代さん、すいませんっ!
いけないいけないと思いながら、おバカな小説を書いてしまいました。短いし……ま、春だからということで、ここはひとつご勘弁を^_^;













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