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敬語でだらだら、でもリズミカルな文体でコメディ

突然ですが、恋する乙女が世界を救いました

 突然ですが、恋する乙女が世界を救いました。

 これを読んで、“何言ってるんだ、こいつ?”(書いているのですが)と、そう思われた方も多いのではないかと思いますが、安心してください。僕自身も、“何言ってるんだ、僕は?”(書いているのですが)と、そう思っていたりします。

 ただ、さっき起こった事を分かり易く端的に表現するとなると、どうしてもこうなってしまうのです。まぁ、とにかく、順を追って説明していきましょう。

 事の始まりは、ちょっとした悪口でした。いえ、悪口と言ってしまうと少し語弊があるかもしれません。何しろ、これを言った本人には悪気は一切なかった…… いえ、まぁ、恐らくはなかったはずなので。

 

 「ナユタさん? そうだねぇー なんか、いっつもキョドってるイメージかなぁ?」

 

 僕の友人の神石アキラ君は、ナユタさんという女生徒について尋ねられた時に、何でもないような口調でそう答えました。それ自体は他愛ない会話に過ぎなかったのでもう誰に尋ねられたのかは覚えていないのですが、もしかしたら、この時のこの質問からして仕組まれたものだったのかもしれません。

 ナユタさんは、何と言うか、簡単に言ってしまえばコミュ障気味の女の子で、だから神石君の言う通りキョドっていそうな雰囲気はあるにはあるのですが、彼の前では特にそれが顕著で、だからこそ彼もそう答えたのでしょうが、それがどうしてなのかと言えば、彼女が彼に恋心を抱いているからだったりします。

 彼女本人は隠しているつもりなのかもしれませんが、態度や反応から明らかなので、これはクラスどころか学年中の公然の秘密になっています。神石君は非常に勘が鋭い人なので、恐らくは気付いているでしょう。そして気付いた上で、彼はそれを面白がっているようにも思えます。彼は決して悪い人ではないのですが、意味不明な悪戯を好むという困った性質があるのです。

 この時の神石君の返答を、どうもナユタさんは聞いていたらしいのでした。僕らはそれを下校途中に知りました。いえ、僕らではなくて僕だけかもしれませんが。

 

 「神石君。ナユタさんが、あっちの森の道をトボトボと歩いていたわよ。多分、昼の時のあなたの言葉に傷ついたのじゃないかしら?」

 

 そう彼女を心配したある女生徒から告げられたのでした。

 「あなたの言葉?」と僕は疑問の声を上げたのですが、神石君は「ほら、ボクがキョドってるって言ったやつだよ、多分。やっぱり聞こえていたんだなぁ、凄い」なんて言います。

 「ナユタさんの触覚が、ピクピクと動いていたから、そうじゃないかとは思っていたけどさ」

 「触覚?」と、それに僕。彼女に触覚なんて生えていません。当たり前ですが。人間ですから。

 「あっ ボクは頭の中では、彼女には触覚がある事にしているの。なんか似合っているっぽいから」

 「へぇ」

 その頭の中だけの触覚が動いたところで一体何だと言うのでしょう? もう分かったかもしれませんが、彼はけっこうな不思議野郎です。

 「彼女、思い詰めると何するか分からないから、様子を見に行った方が良いかもよ、神石君」

 その女生徒の言葉を聞くと、「そうだねぇ、行ってみようか」などと神石君は言いました。そうして、スタスタと歩き始めてしまいます。僕もそれに付いて行きます。

 「彼女を心配するなんて良いところあるじゃんか」

 そう僕が言うと、彼は「いやぁ、面白そうだからさぁ」などと返します。やっぱり、と僕はそう思いました。単に楽しんでいるだけっぽいです。

 そのまま森への道を進んでいくと、その途中にある空き地にナユタさんがいるのが見えました。ただ、なんとなく様子が変です。いえ、なんとなくと言うか、それはもうガッツリあからさまに変です。

 なにしろ、彼女は魔方陣的な物の中央に立ち尽くし、黒々としたオーラまで発していたからです。しかも、見間違えじゃなければ、悪魔的な触覚っぽいものや尻尾、薄ぼんやりと羽のようなものまであるような……

 「神石君が言っていた触覚ってあんな感じ?」

 「いやぁ、もっと可愛い虫みたいなやつ」

 虫。彼の彼女に対する感情が分かりません。

 「ちょっと、ナユタさん。何やっているのぉ!?」

 心配になった僕はそう大声で声をかけました。それを聞くと『ハハハ!』とナユタさんは笑うのです。

 『貴様らはどうやらこの娘の学友か何かのようだな。しかし、もう遅い! この娘の体は既に吾輩の手に落ちている!』

 吾輩!

 僕はそれを聞いて驚愕しました。

 「まずいよ! 神石君! 悪魔だよ。だって、“吾輩”って言ってるもん。どうやって彼女を助けよう!?」

 これ以上、確かな根拠があるでしょうか? これから十万と何歳とか言い出すに決まっています。

 『この娘を助けるだとぉ? 十万と14歳のこの魔王様に、お前らのようなただのガキがどう対抗するつもりだ!』

 なんか本当に言いやがりました。それを受けると、神石君は大声でこう尋ねます。

 「どうしてナユタさんの体を乗っ取ったのぉ!?」

 『この娘の体が、吾輩に捧げられたからに決まっている!』

 「ナユタさん自身がそれを望んだの?」

 『違うな。この魔方陣を描き、吾輩を呼び出した者達だ。この世に絶望し、生きている事を憎んでいる者が必要だと告げると、その者達はこの娘を吾輩に捧げたのだ!』

 何だか分かりませんが、何らかの策略に彼女は嵌められたようです。平和な学園の片隅で、一体何が行われているのでしょう? と言うか、たったあれだけの事で、そこまで絶望できるなんて、流石、ナユタさんです。僕らのネガティブ・ヒロイン。“生まれてごめんなさい”とか思っているかもしれません。

 「その者達って、具体的には?」

 『それは言えん。今は個人情報保護が重要な時代だからな。ネット社会においては、気楽に呟いた一言が、あっという間に拡散する! 注意深く慎重にいこう!』

 なんだかネット社会のマナー意識が確りとした悪魔です。皆さんも見習ってください。次に悪魔はこう叫びました。

 『さぁ! この体を使って、吾輩がこの人間社会を支配してくれるぅぅ!!』

 僕はこう言います。

 「なんか、マジっぽいよ? 本気でどうしよう? 神石君?」

 すると、神石君は「ふーん」とそう言うと、不意にこう叫んだのでした。

 

 「ナユタさーん! キョドってる女の子って、ボクは可愛いと思うよぉぉ!」

 

 悪魔はその叫びに一瞬固まりました。それから笑います。

 『ハハハハハ! 何を言っているのだ、そこの男は? 何か呪文でも唱えると思ったら、キョドってるがどうしたと…』

 しかし、そう語りながら俄かに表情を歪めるのです。

 『んん? なんだ、この今まで味わった事のないよーな幸福感は?! まずい、心地よい絶望が消えるぞ…… この世を憎む気持ちが… あっ、あっ、あっー!』

 そしてその場に倒れ込みました。

 僕ら二人が駆け寄ると、ナユタさんは直ぐに目を覚ましました。もういつも通りの彼女の様子に戻っています。

 「あ、え? 神石君? どうしてここに? あ? え?」

 神石君を目の前にして、激しく赤面。キョドりまくり。本当にいつも通り。

 

 こうしてなんだかで、恋する乙女が世界を救った訳なのですが、僕にはちょっとばかり興味がありました。

 「たったあれだけの事で、悪魔に体を乗っ取られるほど絶望したり、悪魔をぶっ飛ばすくらい幸福になったり、こーいう重いのってどうなの、神石君?」

 学校の休み時間にそう尋ねます。それに彼はこう答えました。

 「うーん…… 面白いかなぁ?」

 非常に彼らしい返答。その時、ふと思って僕は振り返ってみました。そのちょっと先にはナユタさんの席があるのです。

 ピクピクッ…

 その時、なんだか、僕の目にも彼女の触覚が見えた気がしました。

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