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みんなで殺せば怖くない

作者:神森 真昼
 大学生の江藤 和香菜わかなにとって、日々の生活をSNSにアップするのは、『身内に今日あった出来事を話す』ことぐらい日常的で当たり前のことだ。大学であったことや、カフェで食べたスイーツや、自身のファッションコーデなどなど・・・ほぼ毎日アップしている。それをリア友や、ネットの知り合いがコメントを寄せたり、『グッド』を押したりして、相槌を打つ。両親が共働きで、一人っ子の和香菜にとって、誰かに存在を認められることは、嬉しくて、一人じゃないと思える瞬間だった。

 ネト充だが、リア充ではない・・・というのが口癖だった彼女にも、大学2年生になって春が訪れる。1年の時から片想いしていた佐々倉 千暁ちあきに思い切って告白し、付き合えたことだ。しかし、千暁は真面目でおとなしい性格。とりわけイケメンでも、社交的でもない。強いて言うなら、彼はごくごく普通の大学生に比べおしゃれだ。くしゃくしゃっと軽めにかかったパーマに、有名メンズブランドのパーカー。そして、ボトムはお気に入りなのか股下が深すぎないサルエルパンツが多い。全体的にゆるい感じで、よく見ると細かいチョイスがおしゃれだというのも彼女の興味を惹いた。それはまるで、発掘した石の中から見つけた原石との出会いに近い。和香菜は見た目こそ、SNSにアップするため力を入れているが、根は地味。無意識に同じような雰囲気の人を求めていたのかもしれない。

 昼過ぎの講義中。窓の外の新緑が太陽の光でキラキラして綺麗だなと思った和香菜は、講師の目を盗んで携帯で写真を撮った。『講義室からの新緑がキレイだにゃ~(*’▽’)』早速、SNSに投稿だ。投稿し終え、誰か反応してくれないかなと満面の笑みでケータイの画面を見ている。隣にいた和香菜の友達の小野田 すみれは、ため息を漏らして呆れていた。

「ここまで重症だと、和香菜はどっちがリアルか分からないね」

 長い髪を指で巻きながら言うすみれに、和香菜は首を傾げた。

「どういう意味?」
「そのまんまの意味だよ。まるでSNSにアップするためにリアルがあるみたい」
「え~!そんなことないよ!」

 和香菜は苦笑いで返しながら、おとなしくケータイをしまった。SNSにアップするためにリアルがあると言うすみれは、和香菜が千暁と付き合っているのをまだ知らない。SNSでも『好きな人がいるけど、告白ができないよぉ~』『絶対フラれちゃうからやめようかなぁ』と好きな人の存在を公表している彼女だが、彼氏ができたとは一切報告していないのだ。それは・・・彼氏・佐々倉千暁のSNS嫌いが起因する。告白したその日も、和香菜が千暁に「告白が成功したって、SNSで報告してもいい?」と尋ねると「俺、プライベートさらされるの無理だから」と一蹴されてしまったのだ。和香菜は、千暁に嫌われたくないのも相まって、どこまでがダメなのか、ただ彼氏ができたと言うだけでも無理なのか・・・それすらも聞けずにいた。すぐに聞いてしまえばいいとも思うのだが、和香菜にとって千暁は初めての彼氏。ネットでは大胆な彼女も、初めての恋愛にはことさら慎重だった。

 講義が終わり、和香菜とすみれは片付けながら、人が少なくなるのを待っていた。和香菜もすみれも、人ごみにもまれながら移動するのが嫌で、大講義室での講義終わりはいつもそうしていた。この待ち時間、すみれはケータイを触っていて、和香菜は遠くにいる千暁を目で追う。千暁は仲のいい友達と笑いながら、大講義室を出ていく行列に並んでいた。和香菜と千暁はお互いに親しい友達がいた。和香菜にはすみれ、千暁には今彼の隣にいる男子のことに違いない。そのため、大学では友人関係を優先することにしていた。付き合いたてのカップルにしては少し寂しい気もするが、友達のことも考えている彼を和香菜はかっこいいと思っていた。惚れた弱みかもしれない。
 じーっと見てると、千暁の視線が彼女に向けられ、ピタリと合った。お互い顔を真っ赤にさせ、反射的に顔を逸らしたが、程なくして微笑み返した。彼女は、遠くにいても彼と意識し合っていることが分かるだけで嬉しかった。
 その時、大講義室のマイクから彼女の名前が響く。

「江藤和香菜さん!」

 和香菜は意表をつかれたように、前を見た。すると、教壇の前でマイクを持った飯塚 拓斗たくとがこちらを見ていた。飯塚拓斗は、和香菜と同じ法学部の男子であり、千暁とは正反対の社交的なイケメン。少女漫画から切り出したような綺麗な瞳が印象的で、ジレやベストに七分丈のカーゴパンツを合わせるコーデが多い。ジレは失敗するコーデとして名高いが、拓斗の場合、持ち前の容姿があるため普通に着こなしている。飯塚拓斗は緊張した面持ちで続ける。

「もし良かったら、俺と付き合ってください!!」

 拓斗の言葉に、騒々しかった大講義室内の空気がピンと張りつめ、みんなが和香菜に注目した。恥ずかしさと、緊張と、恐怖で狼狽えそうになる。すると、後押しするようにすみれに背中を叩かれた。

「どうするの?答えないと」
「う、うん・・・そうなんだけど・・・」
「私が代わりに答えようか?おっけーでーすって!」
「!!?・・・やめてよ!」

 紛らわしいことをしないでほしい、と彼女は思った。なぜなら、この様子を千暁も見ているのだ。恥ずかしくても、ちゃんと大きな声で断わらなければならない。それに、千暁だけには誤解されたくなかった。和香菜は震えながら、なんとか立ち上がり、思い切って叫んだ。

「ごめんなさい!」

 この一言を言うだけで精一杯だった。彼女は言い終えると、すぐに座り込んで俯いた。SNSにアップする絶好のネタではあるが、さすがの彼女もこのことを投稿する気分にはなれない。
 大講義室のサプライズ告白の結末を見届けると、学生たちは興味が冷めたように張りつめた空気を緩ませた。しかし、すみれだけは「嘘、なんで!?」と和香菜が拓斗の告白を断ったことが腑に落ちない様子だった。女子がみんな、イケメンを好きなわけじゃないのに・・・と彼女は思ったが、返す気にはなれなかった。





 講義が終わって、自宅マンションへ帰ると、千暁からメッセージが届いた。

『飯塚君には悪いけど、嬉しかった』

 見た瞬間、彼女の心拍数が上がった。千暁に嬉しいと言われたのは、これが初めてだった。告白した時は『嬉しい』ではなく『俺でいいの?』だったし、手をつないでも顔を赤くするだけで何も言ってくれなかった。和香菜はすぐに返信せず、千暁のくれたメッセージの余韻にひたっていた。
 気分よく、鼻歌を歌いながら、誰もいないリビングのソファにカバンを置く。ダイニングテーブルには『カレーをあっためて食べて。今夜も遅くなりそう。ママ』と走り書きしたメモ書きが置いてあった。いつもは「またカレー・・・」と不機嫌になる和香菜だが、今日は気分がいいので全く気にならない。喉が渇いたので、冷蔵庫からミネラルウォーターを出して、コップに注いだ。途中で、和香菜のケータイの通知音が鳴る。彼女は水を一気に飲み干すと、急いでケータイの通知をチェックする。SNSからのコメント通知だ。

『こいつ、講義中に写真撮ってやがるwww』

 今日、講義中に撮った新緑風景に心無いコメントがされていた。嫌な汗が出て、嬉しい気分は一気に冷める。なんで講義中って分かったんだろう・・・同じ大学の人?私が撮影するとこ、見てたのかな・・・。和香菜が不審に思っていると、さらに通知がきた。

『これ店内ですよね?商品の撮影許可とってますか?』

 今度は数週間前に撮った写真つき投稿にコメントがついていた。しかし、さっきとは全く別の人だった。確かに店内の撮影だけど、この商品は購入したんだし、いいじゃない・・・彼女は苛立ちながら『購入したものです』と返信した。しかし、彼女からの返信があったせいか、コメントしたユーザーは『店内撮影の許可はとったんですか?』と返し、その他の写真にも細かくダメ出しをしてきた。それはまるで、重箱の隅をつつく小姑のようでもあり、道端で偶然ぶつかったたちの悪いお兄さんのようにも感じた。和香菜は、対応するのが面倒になり、コメントしたユーザーをブロックした。
 とりあえず、これで大丈夫だろう・・・和香菜はまた妙な輩に絡まれたくないと思い、先ほど指摘を受けた写真を削除した。しかし、10分後・・・また別のアカウントからコメントが返ってくる。

『消せば済むと思ってるんですかあ?消せば何もかも許されるんですかあ?』

 和香菜は、思わずケータイを落とした。なんで、ここまで言われなくちゃいけないの?確かに講義中に写真撮ったり、店内で撮影したりはよくなかったけど・・・お店の人でもないのに、ここまで言われる筋合いないし!彼女は、このユーザーもブロックした。





 しかし、ブロックしても、しても、しても・・・和香菜のSNSへの批判は相次いだ。数日経てば終わると思っていたが、収束の一途をたどるどころか、日に日に過激になる一方だ。今までの和香菜にとって、コメントの通知音は『幸せの効果音』だった。しかし、今はもう・・・恐怖でしかなくなってしまい、通知自体を切ってしまっていた。
 2週間後。大学を休みたいと言い出した和香菜を心配して、千暁が彼女の家にやってきた。彼女は、いきなり始まった批判の嵐と、自分の生きる活力であるSNSを奪われ、精神的に滅入ってしまっていたのだ。なんとか、千暁にSNSが原因で大学を休むと悟られないよう、彼女は気丈に振る舞うが・・・風前の灯。千暁が本題に触れると、彼女の気丈の火はあっさり立ち消え、わんわん泣きだしてしまった。

「もう大学に行きたくない・・・。消えちゃいたいよ・・・!!」

 和香菜は、ソファに座る千暁の膝にすがるように泣きついた。落ち込んでいるとは思っていたが、まさかここまで深刻だとは考えてもみなかったようで・・・千暁はかける言葉に悩んでいた。数分経って、彼は和香菜の背中をさすりながら、落ち着いた声でうかがう。

「俺は何を聞いても、和香菜の味方でいるから全部話して?」

 そう言われても、和香菜には躊躇いがあった。彼はSNS嫌いだ。こんなことで悩んでるのかと一蹴されるかもしれない。

「千暁君の嫌いな・・・SNSのことだよ。それでもいいの?」

 千暁はふっ、と笑う。

「SNSの『嫌い』より、和香菜を『好き』の方がはるかに上だよ」

 千暁は優しい表情で、和香菜の頭を撫でた。彼女は嬉しくて、彼に抱きついた。もっと早く相談すればよかった、と彼女は思った。





 和香菜は一通り事情を話し、SNSに寄せられた批判を千暁に包み隠さず見せた。千暁は黙って見ていたが、徐々に表情が青ざめていく。

「どうして、もっと早く相談してくれなかったんだよ!」
「!!・・・ごめん。千暁君に嫌われたくなかったから・・・」

 千暁に強く言われ、和香菜が涙ぐむと、彼はそれ以上彼女を責めなかった。逆に、思わず大きな声を出した自分責めるように膝を叩く。

「いや・・・俺の方こそごめん。こんなことになってるとは知らなくて・・・」
「!!?・・・千暁君は悪くない!!・・・悪いのは全部私・・・私なんだよ!!」

 また泣き出す和香菜を千暁は支え、肩に手をおく。

「今すぐ和香菜のSNSは非公開にしよう。なくなってしまえば、こいつらも叩きようがないんだし」
「!?・・・うん」

 和香菜は千暁の勧めで、SNSを非公開にした。でも、もう公開することはないだろう。SNSで酷い目に遭ったからという理由が一番大きいが、それだけでもない。千暁が話を聞いてくれる、存在を認めてくれる、好きだと言ってくれる・・・SNSをすることで補填してきた愛情を彼が与えてくれると彼女は気づいたんだ。





 和香菜のSNSが非公開となり、批判する場はなくなったかと思われた。しかし、和香菜がアップしていた写真はすでに不特定多数のネットの住民に出回り、確保されていた。非公開にしても、悪さをする奴らには不可抗力でしかなかったのだ。しかも、和香菜はファッションコーデをアップしたり、大学風景をアップしたりしていた・・・和香菜のSNSが親しい友人以外にも『和香菜』だと特定されるのはあっという間だった。

 そう・・・SNSという批判の舞台が、大学の裏掲示板に移っただけに過ぎなかったのだ。

 このことに先に気づいたのは、和香菜だった。和香菜はSNSを非公開にしたものの、度々怖いもの見たさでエゴサーチ【※自分で自分の名前を検索すること】していたのだ。そして、大学の裏掲示板の存在に気づき、自分がアップした写真はもちろん、身に覚えのない写真までアップされていることを知った。身に覚えのない写真は、すべて盗撮だった。中には和香菜の実際の住所を投稿したり、着ぐるみと顔写真を加工させて、吹き出しからは『法学部だけど、法律のことよくわからなーい!』と揶揄されたのもまであった。これを見た和香菜は、リビングで悲鳴を上げ頭を抱えた。消しても、消しても、消しても・・・叩く人が消えない。こんな写真が出回っていたら、就活をしても、どこからも内定もらえないだろう。友達も逃げていくだろう。現に、すみれはSNSでの批判が酷くなったあたりから、距離を置いたっきりだ。ネットではまだ千暁が彼氏だってバレていないが、時間の問題だろう。
 でも、どうしたらいいか分からなかった。彼女は法学部なので、SNSでのトラブルを立証するのが難しいのも、調査するのに莫大な費用がかかることも知っている。それに、莫大な費用どころか、和香菜の家は大学費用を払うだけで精一杯だ。
 もう嫌だ・・・本当に消えちゃいたいよ・・・。彼女がソファで人生を悲観していると、ドアが開く音がした。ハイヒールの音がしたので、ママだろうと和香菜は察しがついた。いつもより早い帰宅だった。ママに相談したほうがいいのかもしれない・・・。和香菜はソファを立ち上がり、ママを出迎えようとリビングの扉の前へ歩いてく。勢いよく扉が開き、和香菜はすぐママに話しかけた。

「おかえり、ママ、あのね・・・」

 和香菜がそう言いかけた声をかき消すように、ママは引きつった顔で興奮したように話し出す。

「和香菜!!大学の先生から連絡があったわよ!!講義中に盗撮したり、大学の先生の誹謗中傷をSNSに書き込んでるんだって!?ママ、それ聞いてびっくりしちゃったわよ!!」
「!!?・・・」

 盗撮なんかしてない・・・私が撮ったのは、窓の外の新緑だよ?大学の先生の誹謗中傷なんて書きこんだ覚えないよ!!彼女はあらぬ濡れ衣を着せられ狼狽しながらも、首を振りながら反論する。

「違う!!私じゃない!!聞いて、ママ!!あのね・・・!!」
「事実と違うとか、違わないとか・・・ママね、そんなことはどうでもいいの!」

 え・・・。どうでもいいの?和香菜は、頭がクラッとした。娘が本当に犯罪を犯していたのか、どうかは、どうでもいいの?そんな彼女の様子も気に留めず、ママは続ける。

「さっき検索したけど、掲示板にうちの住所まで晒されてるじゃない!!和香菜には分からないかもしれなけど、社会に出たらこういうことで職を失ったり、左遷されたりするのよ!!ママとパパがお仕事できなくなっちゃったら、和香菜だって大学通えなくなるのよ!?分かってる!?」

 間髪入れず、一気に言われ、和香菜の目から涙が溢れた。ねぇ、ママ・・・私、もう大学生だよ・・・法学部だよ・・・それくらい分かってるよ・・・。いつまでも子供じゃないよ・・・。一体、何歳だと思ってるの?喉元まで出かかったが、言えなかった。和香菜は、両親が自分を大学へ行かせるために頑張って働いていることを知っている。

「ほらー!!あなたって子は泣けば済むと思って!!」

 ママが何気なく言った一言が、SNSで嫌というほど見た書き込みとダブる。

『消せば済むと思ってるんですかあ?消せば何もかも許されるんですかあ?』

 消せば済むとも、泣けば済むとも思ってないよ・・・。どうしたらみんな分かってくれるの?許してくれるの?・・・あ、そっか・・・私自身が消えちゃえばいいんだ。私が消えちゃったら、みんなさすがに叩けないよね・・・。私が、全部全部、悪いんだもん・・・。

 和香菜はママの言うことを無視して、窓を開け、ベランダの手すりによじ登って飛び降りた。8階だった。





 『今日夕方5時頃、○○市△△区のマンションで女子大学生の江藤和香菜さん(19)が8階の自宅から飛び降り亡くなりました。警察の調べによりますと、和香菜さんは数か月前からネットで相次ぐ批判に悩んでおり、ネットいじめが原因による自殺ではないかと見て捜査を進めています』

 千暁が和香菜の死を知ったのは、バイトから帰って来た後、遅めの夕食を食べながら見ていたTVニュースだった。持っていた箸が落ちて、手が震えた。彼はいてもたってもいられず、財布とケータイだけ持って、和香菜の家へ向かった。
 彼女が命を絶った自宅マンション近くには、夜10時過ぎでも警察と報道陣がいた。彼が警察に和香菜の両親に会いたいと告げると、警察はいじめの主犯格を疑うかのような眼差しで名前を尋ねた。彼は「和香菜の恋人です」ときっぱり答えた。すると、いくつか聞きたいこともあるので、署へ送っていこうと30代前半ぐらいの捜査員の男が名乗り上げた。
 車内では、定例的なお悔やみの言葉の後、和香菜との関係や、彼女がネットいじめを受けていたことを知っていたか、彼女を批判する人間に心当たりはあるか・・・など一通り聞かれた。千暁はすべて正直に答えた。その後、捜査員は捜査資料を見直しながら質問を続ける。

「非公開設定にされていた彼女のSNSに好きな人の存在をうかがわせる投稿はありますが、はっきり彼氏と明言したものがありません。どうしてかご存じですか?」

 彼は驚き、なぜ投稿しなかったんだろう・・・と考えた。自分のプライベートを晒されるのは嫌だと言ったが、彼氏がいると言ってはいけないとまで言った覚えはないのに・・・。捜査員が怪しむように窺ってくるので、彼は何か答えないとと思い、慌てて答えた。

「僕がSNSを嫌いだと言ったので、気にして書き込まなかったんだと思います」

 捜査員は「なるほど」と一言いって、自身の手帳に書き込んだ。千暁はなんとなく犯人だと疑われているような気持ちになったが、それでもよかった。付き合っていたのに、和香菜の苦しみに気づいてあげられなかった自分も、犯人なのかもしれない。彼は、自分を酷く責めていた。





 和香菜の両親は、警察署の霊安室の前にいた。和香菜の母親が魂が抜けたのかのようにパイプ椅子に座り、憔悴しきっている。父親は、こんなときでも仕事があるのだろう・・・霊安室から離れた窓際で、電話をしていた。彼は和香菜の母親に頭を下げる。憔悴しきっていた母親も、彼の存在に気づき、「あなたは?」と今にも消えそうな声で尋ねてきた。

「和香菜さんと同じ学部の佐々倉千暁と申します。和香菜さんとお付き合いしていました」

 千暁がそう言うと、和香菜の母親の目に光が宿った。希望ではなく、憤りの目だ。母親は、千暁の肩を左手で掴み、右手で彼の胸板を叩く。

「あなた、和香菜と付き合ってたのに、なんで気づかなかったの!?どうして支えてくれなかったの!?」

 ドス、ドス・・・何度も重く叩く彼女の母親の手に、千暁の胸が痛んだ。ナイフで何度も刺されているような気分だった。なんで気づかなかったの・・・その通りだと思った。どうして支えてくれなかったの・・・その通りだと思った。和香菜のSNSを非公開にして、すべてが終わる、快方に向かうと信じ切っていた。彼は、そう信じ切っていた過去の自分を恨んだ。
 途中で、和香菜の母親が叫ぶ声に気づき、慌てて彼女の父親がこちらへ駆け寄ってきて止めに入った。

「何を馬鹿なことを!辛い思いをしてるのは彼も一緒だろう!・・・すみません。家内はこの通り、混乱していて・・・どうか許してください」

 思いの外、彼女の父親は冷静だった。悲しくないわけではないが、家内が狼狽えて何もできない以上、自分がしっかりしなければならないと気丈に振る舞っているようにも見えた。父親に言いすくめられると、母親は父親の胸で泣き出した。

「分かってるの・・・彼が悪いわけじゃないの・・・悪いのは全部私なのよ!!私が、あの子の気持ちを聞こうとせずに、責め立てたから・・・!!」

 『悪いのは全部私なのよ』・・・その言葉を聞いて、千暁は和香菜の母親らしい言葉だと思った。彼女も、ネットで必要以上に叩かれた原因は、自分が悪い事をしたからだと、責めていた。・・・・・。ふと、自分の存在が彼女の母親を追い詰めないか不安になる。

「いきなり押しかけてすみませんでした。今日のところは帰ります」

 彼は和香菜の両親に一礼して、立ち去ろうとした。しかし、すぐに彼女の父親に止められた。そして、母親をパイプ椅子に再び座らせると、少し離れたところで話し始めた。

「君は、娘がネットでいじめを受けていたことを知っていたのかい?」

 知っていたと答えたら、殴られるかもしれないと思ったが・・・それでもいいと思って、歯を食いしばりながら彼は答える。

「はい」

 しかし、父親は「そうか・・・」と答え、宙を見た。殴りかかる気配はなさそうだ。父親は続ける。

「どのくらい付き合っていたんだね?」思いも寄らない質問に、千暁は慌てて答える。
「4カ月ぐらい・・・です」

「そうか・・・」と言って、また父親は宙を見た。まるで、そこに和香菜がいて、彼女の意志を尊重して言葉を選んでいるかのようだ。

「難しいとは思うが・・・和香菜のことは忘れてくれ。忘れて・・・残りの大学生活、悔いのないようにな」

 嘘だ、と千暁は思った。本当は、忘れてほしくない、ずっと覚えててほしいと言いたいが、自分の今後を気遣って言ってくれたに違いない、と。彼は「忘れません」と答えたかったが、それすらもこの両親を責める言葉にならないか、考えた。娘が自殺して、その彼氏の人生までも不幸にしてしまった・・・二重の苦しみを背負わせてしまっているのではないか、と。
 千暁は何も言わず深々と一礼し、その場を去った。後で、霊安室に眠る和香菜の所へ行っていないと思い出したが、戻る気になれなかった。8階から飛び降りての自殺。損傷もひどいに違いない。彼は、自分の中で笑っている和香菜のイメージを崩したくなかった。





 和香菜が自殺したのをキッカケに、ネットの住民たちは態度を翻していた。ネットはまだまだ責任のない社会である。コラ画像を作って追い詰めていた人も、実際の住所をアップした人も、友人を特定して顔写真を晒した人も、彼女が自殺したと分かれば、途端に痕跡を消して、「お前らが叩きすぎるから、こうなるんだよ!人殺し!」とまるで自分には全く非がなかったように振る舞うことができる。また、少なからず罪の意識を感じて自白するものもいた。

『みんな叩いてるし、いいかなという軽い気持ちだったと思う。本当にごめんなさい』

 でも、こういう発言は一番危険な行為だ。こいつを叩けば、正義のヒーローにでもなれると勘違いしたユーザーや、新しいターゲットが出てきたと喜ぶユーザーの格好の餌食だ。

『謝れば済むと思ってるんですかあ?亡くなった人は戻ってこないんですよ?分かってますかあ?』
『こんなところで謝ってないで、遺族に謝罪に行けよ』
『適当に謝って許されたいんですよね。分かりますww』

 あっという間に炎上した。そして、数十時間後に叩かれたアカウントが削除された。こういうことは、今のSNS社会では日常茶飯事だ。

 警察は和香菜の自殺をネットいじめによるものと判断したが、いじめの主犯格の名前が挙がってくることはなかった。警察も他殺となれば、犯人を追及するのだろうが、自殺となると扱いは冷たい。いや、冷たいというのもこちら側の勝手なのかもしれない。犯罪は数えきれないほどあり、その捜査費用は税金で賄われている。犯人がいない事件にお金をかけて捜査しろというのも傲慢なような気もした。・・・・・・。もう、自分で調べて明らかにするしか方法はないのだと千暁は思った。

 千暁はSNS嫌いだったが、和香菜の死をキッカケに目を通すようになっていた。誰が和香菜をいじめていたのか、正体を突き止めたかったからだ。でも、追えば追うほどに容疑者の数が膨大であることを知る。大学関係者だけでなく、全く関係のない人たちまで和香菜の『叩き』に参加していたからだ。しかも、裁判沙汰にしようとしても、和香菜の使っていたSNSの履歴を開示請求できるのはせいぜい2か月前までらしい。和香菜のいじめの発端となった『叩き』が始まったのは、千暁と付き合いたての頃・・・すでに4カ月が過ぎていた。和香菜が講義中に撮影したという新緑たちは色づきかけている。
 何か突破口はないものか・・・そう考えた時、彼には1つの疑問が浮かんだ。なぜ、和香菜はあそこまで叩かれなければならなかったのか・・・だ。店内の無許可での商品撮影、講義中の写真撮影、その他にもルールを破ったものはいくつかあるが・・・どれも『そこまで?』と思えるものばかりだった。不可解な謎はそれだけではない。和香菜がSNSをはじめたのは小学生の時からで、フォロワーも多くはない・・・誰かが今になって、故意に和香菜を『叩き』のターゲットに祭り上げたとしか思えないのだ。そう考えていくと・・・千暁には一人だけ心当たりがある人物がいた。和香菜が落ち込みだした時期にあった出来事・・・そう、飯塚拓斗の大講義室でのサプライズ告白だ。あれ以来、和香菜と拓斗に接点はなかったが、もしかしたら彼がフラれた腹いせに和香菜のSNSに批判を寄せたのかもしれない。千暁はケータイを手に取った。





 3日後。千暁はキャンパスの中庭で拓斗から話を聞けることになった。証拠となる証言をするかもしれないと思い、ボイスレコーダーもポケットに忍ばせた。しかし、千暁が「江藤さんのことで・・・」と切り出すと、拓斗は辟易した様子で「俺だって被害者なんだ!」と訴えてきた。拓斗の話によると、彼が和香菜にサプライズ告白をした日と、和香菜のSNSに批判が集中した日が同日だったことから、彼がやったんじゃないかと大学の裏掲示板で噂になったことがあったらしいのだ。

「フラれてSNSで批判してたら、俺だって言ってるようなもんじゃん!そんな馬鹿じゃねーっつーの!」

 千暁だけでなく、警察にも同じようなことを聞かれたらしく、拓斗は相当苛立っているようだった。この時、自分と同じように考え、警察も動いていたのかと思うと、所詮自分にできることは警察以下のことでしかないのかもしれないと彼は思った。千暁が俯いていると、拓斗は言い過ぎたと思ったようで、謝ってきた。

「悪い!同じようなこと何度も訊かれて、イライラしてた」
「いや、俺の方こそ・・・そうとは知らずにすまない」

 お互いに謝ると、少しの間沈黙した。警察の捜査も入ってるし、拓斗の言う通り、フラれてSNSを批判したら疑われることぐらい察しがつくだろう。彼はポケットの中に入っていたボイスレコーダーの録音を切った。

「急に呼び出してごめんな・・・話してくれてありがとう」

 彼はすぐに立ち去ろうとしたが、拓斗に「あのさ!」と呼び止められた。千暁が振り返ると、拓斗は首を傾げながら言う。

「佐々倉、江藤さんの友達?まさか親戚!?・・・なわけないか!」

 拓斗は自分でツッコミながら頭を掻いた。なぜか拓斗の口からは『彼氏』の候補は出てこなかった。それは、千暁自身もなんとなく察していた。和香菜は極度のSNS好きだったが、明るくて、可愛くて、モテる女子だ。ルックスも、社交性もない自分が彼氏だとは想像もつかなかったのだろう。千暁は自嘲気味に言った。

「和香菜の彼氏だよ」

 拓斗は目をぱちくりさせながら、「え・・・ええ!!?ええええええー!!?」と叫んだ。千暁が予想した通りの反応だった。

「不釣合いだよな。分かってる。和香菜から告白された時の俺も内心そんな感じだった」
「・・・・・・・。あ、いや・・・」

 拓斗は頭を抱えながら「ははは・・・」と壊れたおもちゃのように笑っていた。千暁が和香菜と付き合っていたのが余程ショックだったのか、拓斗の現在の心境が、彼にはいまいちつかめなかった。

「悪い悪い・・・なんつーか、その・・・これは誰にも言わないで欲しいんだけどさ・・・」拓斗は頭を掻いて、顔を真っ赤にしながら続ける。「あの日の告白・・・俺的には100%上手くいくと思って、告白したんだよ」
「ええ!?」

 意味が分からなかった。和香菜と俺は付き合っていたし、100%フラれるならまだしも、100%上手くいくって・・・。要するに、拓斗のルックスを持ってすれば、相手に彼氏がいようがいまいが関係ないということか?千暁の頭の中で、疑心と苛立ちが渦を巻く。
 拓斗はバツが悪そうに、頭を掻きながら言う。

「江藤さんのSNSを前から知ってて・・・好きな人のこともけっこう書いててさ・・・友達に見せたら、絶対に俺のことだって言うから思い込んでて・・・」
「なっ・・・!!」





 拓斗の思いも寄らぬカミングアウト以来、千暁は彼と意気投合した。拓斗もネットいじめを仕掛けた人間じゃないにしろ、自分のせいかもという不安が残っているため、和香菜を『叩き』の舞台に祭り上げた犯人を一緒に探したいと申し出てくれたのだ。
 この日も講義が終わった後、拓斗から話があると呼ばれていた。拓斗は恥ずかしそうに「参考になると思うし、お前は目を通したほうがいい」と自分のケータイを見せてきた。そこには、彼女のSNSのスクリーンショットが何枚か保存されていた。彼女が自分に好意があるかを、友達に確認してもらうために何枚か撮っておいたのだという。千暁は少しだけ拓斗を気持ち悪く感じたが、そっと胸の中にしまった。彼は、拓斗のケータイ画面に映る彼女のSNSに目を通す。

『どうしよう・・・恋に落ちちゃったかも!!!!リアルで胸キュン♡なんて久しぶりだよぉ(*ノωノ)』
『今日も会えた!講義中に頬杖ついてる横顔が超かっこいいんだぁ( *´艸`)』
『彼女いるのかなあ?かっこいいし、いるかもしれない・・・でも見てるだけで幸せ♡♥♡』
『うーんとね、さわやか系!いっつもクールなんだけど、たまに笑うとギャップで死ぬっ(●^o^●)』
『好きな人がいるけど、告白ができないよぉ~(ノД`)・゜・。』
『壁ドンと顎くいされたい・・・(*ノωノ)』
『告白してフラれちゃうぐらいなら今のままのがいいかなぁ?傷つきたくないよぉ・・・。』
『絶対フラれちゃうからやめようかなぁ。。。。』

 読んでて、自分のことだと思うと彼は赤面せずにはいられなかった。今になって、和香菜が本気で好きでいてくれたんだと実感が湧いてくる。湧いてくればくるほど、悔しく・・・その悔しさは彼の中で、徐々に怒りや憎しみへと姿を変えていく。





 和香菜の死から2か月後。拓斗の人脈を駆使して、飲み会が開催された。提案したのは、意外にも千暁だった。お酒が入れば、何かしゃべるかもしれないし、主犯格の正体も分かるかもしれないと思ったのだ。この日も、何食わぬ顔でポケットに忍ばせたボイスレコーダーのスイッチを入れる。前は、拓斗の証言を録音するだけでも罪悪感に駆られる気持ちがあった彼も、今はさほど感じなくなってきていた。犯人は顔も名前も晒さずに和香菜を自殺に追い込んだのだ。そんな奴相手に手段を選ぶ必要はない・・・というのが彼の今の見解だった。
 飲み会には40人近く出席していた。1時間ぐらい経つと、徐々に酔いが回ってきはじめ、千暁は頃合いを見て和香菜の話題を振った。

「江藤さんの自殺、ショックだったよな・・・みんなどう思う?」

 千暁に話題を振られた人たちは、今まで笑い転げていたのにピタリと止んだ。酔っていてもさすがに人の死を持ち出されると、軽く扱うのを躊躇うのが窺えた。

「ニュースで見たけど、ネットに誹謗中傷書かれまくってたんだよね・・・本当、許せないよ・・・」

 近くにいた眼鏡をかけた女子が言った。それに続き、隣にいた天パの男子が口を開く。

「誹謗中傷をネットに書き込む奴らの気がしれないし・・・そいつらが何も制裁を受けずに今もまた誰かの誹謗中傷を書き込んでると思うとやるせないよ」

 千暁は「だよな・・・」と相槌を打った。聞き出すのは作戦の一つなのだが、自分と同じ気持ちを持つ人たちがいると知ると、傷口に塗り薬を塗るように癒えた。その時、急に拓斗が彼の背中にのしかかってくる。

「けどさ、誹謗中傷書き込まれたぐらいで死んでたら、今の時代生きていけねーぜ!?・・・こう言っちゃなんだけど、自業自得だとも思うよ」
「なっ・・・!!お前・・・!!」

 千暁は不快感を露わにして、拓斗を見たが、彼はこちらを見てウインクした。そして、後ろから千暁に耳打ちする。

「犯人がいたとしたら、江藤さんを『叩く空気』にのってくるはずだ。まずは餌でおびき寄せってね」

 サプライズ告白といい、思い込みといい・・・拓斗はさほど頭がよくないと思っていた彼だが、この一言を聞いてイメージが変わった。急に飲み会を開いて、これだけの人を集めてしまうぐらいだ。持前のコミュニケーション能力だけでなく、話運びも上手く思えた。
 拓斗の企んだ通り、和香菜の自殺をめぐる論争はヒートアップしていた。最初は、彼女に擁護的な意見が多かったが、拓斗が反対意見を出し続けると、次第に形成が変わっていく。

『どうして誰にも相談しなかったんだ?』
『注意が誹謗中傷になったら、誰も何も言えなくなる!』
『自殺したって何の解決にもならないのに・・』
『法学部で、あの投稿の仕方はない』
『悪いことして、非難されたら死ぬって・・・ちょっとね・・・』
『可愛かったけど、SNS依存すごいらしいし、本人の性格にも問題あったんじゃない?』
『つか、親が無能すぎ!あれだけ娘が叩かれてるのに気づかないとかさ!』

 拓斗の言っていた『叩く空気』が確かに存在していた。声の掲示板を見ているような気さえした。千暁は吐き気がした。和香菜がどれだけ苦しんでいたか知らないのに、適当なことばかり・・・彼は履いていたサルエルパンツの裾絞り部分を力強く握りしめ、怒りを押し殺した。
 一通り意見が出そろったと思われる頃、拓斗がまた空気を変える。

「なあ、この中に大学の裏掲示板に江藤さんのこと書き込んだ奴いる!?」

 さすがにその質問には、みんな静まり返った。いきなり直接的すぎるだろ、と千暁は不安そうな顔で拓斗を見た。すると、彼は続けてこう言った。

「ちなみに俺、ちょっと書き込んだ!フラれてすぐは書き込まなかったけど、やっぱちょっとな!」

 拓斗がおどけながら言うと、周囲は責めるどころか、笑い始めた。そして、途端にハードルが下がったのか、暴露大会が勃発する。

『マジか!実は俺も!いっつもケータイ持ってニヤついててキメェ!って書き込んだ!』
『書き込みはしないけど、拡散はしたかな』
『コラ画像作って投稿してるの、俺のダチ。さすがに自殺したって知って慌てて消したらしいけど』
『顔写真まずかったんじゃないの?ニュースでも問題になってたよ!』
『SNSで本人が晒してた顔だぜ?嫌ならアップするなよって話だろ』
『バーカ。普通に名誉棄損だって。訴えられたら終わり』
『ま、訴えるまでしないだろ!コラ画像なんか大量に出回ってたし、全員訴えてたらキリないっての!』

 人の笑い声がここまで不快に感じたのは初めてだった。話はどんどんエスカレートして、隣にいた眼鏡の女の子が「実はちょっとだけ書き込んだ・・・」と言い出した時、彼の怒りは隠しようのないところまできていた。最初に許せないと言っていたくせに・・・!!裾を握りしめてるだけでは処理できない怒りが、こみ上げる。しかし、みんないい感じに酔っぱらってて、千暁の表情など気にも留めていなかった。千暁は気づいた。今までは最初に『叩き』の舞台に祭り上げた人間が悪いと思っていたが、そうじゃない・・・和香菜は、こいつらに・・・みんなに殺されたんだ、と。





 飲み会が終わった後、二次会には参加せず千暁は人気のない公園でベンチに座り、一人で録音した飲み会の声を動画サイトにアップしようとしていた。説明文には飲み会に参加したメンバーで和香菜の悪口を言っていた奴らの名前を記載した。思わず笑みがこぼれる。みんなで殺せば怖くないんだよなあ?だったら、お前らも同じ方法で苦しめてやるよ。和香菜の苦しみを味わうがいい!!彼は死刑を執行するかのように、右手を勢いよく振り上げアップロードのボタンをタップしようとした。しかし、振り上げた右手は誰かに掴まれた。振り向くと後ろには、彼を哀れんだ目で見る拓斗がいた。

「様子がおかしいと思って後つけてみたら・・・何しようとしてるんだよ!分かってるのか!?」

 それでも、千暁は拓斗の手を振り払い、アップロードのボタンをタップしようとする。拓斗は彼の左腕を掴み、ケータイを奪い取ろうと手を伸ばす。彼は抵抗したが、拓斗に腕を捻られ、手からケータイが落ちた。すかさず、拓斗は彼のケータイを蹴り飛ばす。彼は苛立って、拓斗の胸倉を掴んだ。

「なんで止めるんだよ!!法が裁いてくれないなら、誰があいつらに制裁を与えられるんだ!!俺しかいないだろ!!俺が和香菜の無念を・・・!!」
「江藤さんのため?冗談抜かせよ。自分のためだろ?」

 千暁はカッとなって、拓斗を殴った。しかし、拓斗は怯まない。強い眼力で、彼を威嚇するように見ている。初めて人を殴った彼は、自分のしたことと、手の痛みに狼狽えていた。

「殴ってスッキリしたか?・・・スッキリしないだろ?動画をアップしても同じだ。罪悪感に苛まれるだけだ」
「苛まれるもんか!この動画をアップすれば和香菜も、和香菜の両親も手を叩いて喜ぶよ!!警察の代わりによくやったって・・・!!」

 彼が話している途中で、拓斗の拳が彼の右頬をとらえた。油断していた彼は、地面に突き飛ばされる。彼が起き上がろうとすると、今度は拓斗が彼の胸倉を掴んで言う。

「誰かに叩いてもらって、その中の一人でも自殺してくれたら江藤さんは喜ぶのか!?自殺した奴の親や友達や恋人を悲しませても、江藤さんの両親は喜ぶのか!?・・・喜ばねーだろ!!」
「!!・・・」

 拓斗にまくしたてられるように言われ、彼は身体をビクッと震わせた。先ほど、拓斗が言った言葉が蘇る。『江藤さんのため?冗談抜かせ。自分のためだろ?』・・・自分のために違いなかった。和香菜を追い詰めた人たちに制裁を下すのが使命のように感じていた。誰からも・・・ましてや、彼女から言われたわけでもないのに・・・。拓斗は、彼のケータイを拾いに行き、動画を消した。その後、彼にケータイを返しながらしゃがみ込んで言う。

「俺たちのやるべきことは、江藤さんの死を免罪符にするんじゃなくて、無駄にしないことなんじゃないか?復讐に時間費やしてる暇なんかねーぞ!江藤さんだって、きっと天国で言ってる!千暁を犯罪者にするために命を絶ったんじゃないってな」

 千暁の目から涙がどっとあふれた。それはまるで、ずっと塞き止めていた川の仕切りを取り外したかのように。

「和香菜ぁーーー!!!ごめん、俺・・・俺!!」

 彼はたがが外れたように、泣き出した。辛かったのに、気づいてあげられなくて・・・そばにいてあげれなくてごめん・・・。そう言いたかったが、嗚咽でまともに言えなかった。彼は心から制裁を望んでいたのではない。彼の心の奥の奥にあったのは、一つだけ・・・そう、彼はただ、彼女に許されたかったのだ。





 千暁と拓斗はその後、二次会が行われているカラオケへ足を運んだ。そして、拓斗はさっきの飲み会でのやり取りが和香菜の追い詰めた犯人を捜すために仕向けたことだったと発表した。みんな、拓斗への不信感を顕わにしたが、彼が自分のせいで彼女がいじめられるキッカケを作ってしまったのかもしれないとう心境を吐露すると空気が徐々に変わった。それからは、暴露大会ではなく、懺悔大会だった。眼鏡をかけていた女子は泣き出し、友達がコラ画像のアップ主だという男子はその場で電話をかけ「二度とするな!」と怒鳴った。千暁はその一部始終を見て、拓斗という男を慕って作られる『この空気』こそが和香菜を追い詰めた犯人なのではないかと思った。だからといって「犯人は拓斗だ!」と言う気にはなれない。彼自身は誹謗中傷を書き込んでないし、殺意もないのだ。
 でも、仮にもし拓斗が故意に『この空気』を操り、彼女を追い詰めていたのだとしたら・・・完全犯罪と呼べるのではないだろうか。千暁は法律と法律の隙間から、この世の闇と相見あいまみえた気がした。

 1週間後。千暁は和香菜の家へ行き、彼女の母親と再会した。前に会った時よりも白髪が増え、顔もげっそりしていたが、精神的に落ち着いているように窺えた。彼が一礼した後、和香菜さんにお焼香をあげさせてほしいと頼むと、彼女の母親は優しそうに微笑み、彼を中へ招き入れた。
 リビングへ行くと、ベランダにたくさんの献花が置かれているのが見えた。言われずとも、彼女がここから飛び降りたんだと物語っている。

「佐々倉君が来てくれたわよ。良かったわね、和香菜」

 和香菜の母親は、ベランダの出入り口近くの仏壇の前に焼香の準備をしながら、彼女に話しかけた。写真に映る屈託ない彼女の笑顔が懐かしく感じると同時に、今はもういないという喪失感が押し寄せてくる。彼はお焼香をあげた後、リビングを見渡した。すぐに目に入ったのはソファだ。彼が隅に座って、和香菜が泣きついてきた様子が今も鮮明に思い浮かぶ。固まったようにソファを見てると、和香菜の母親はお茶菓子を用意しながら話す。

「和香菜はいっつもそのソファに寝転がってたのよ。まるで自分のベッドみたいにね」

 そう言われると、和香菜が寝転がっているのが思い浮かんだ。純粋に寂しかったんじゃないか、と彼は思った。両親が共働きで、一人っ子・・・大学の同級生はSNS依存症と揶揄していたが、SNSさえも彼女にとっては寂しさを紛らわせる存在であったのかもしれない。彼女の母親はテーブルの椅子に座るよう彼に促した。

「当時は、酷い事を言ってしまってごめんなさいね」

 彼には、彼女の母親が何のことを謝ってるのかはすぐに分かった。霊安室の前でどうして和香菜を支えてくれなかったんだと言ったことに違いない。

「いえ・・・本当のことだと思いましたから」

 それから、彼女の母親は彼が聞いてもいない和香菜の話をしはじめた。2300gの低出生体重児で生まれたこと、お菓子を食べ過ぎて昔太っていたこと、気が弱くて派手な子の真似ばかりしていたこと、片想いしてた子にフラれて3日間部屋に引きこもっていたこと・・・それらの話は、彼女の想い出を回想しているようでもあった。

「あらやだ・・・無駄話が過ぎたわね。今日はお焼香に来てくれてありがとう。和香菜の分まで元気でね」

 長話に付き合わせてはいけないと思い、彼女の母親は立ち上がった。彼は、彼女の母親の話し方から、自分がもうここへ来ることはないていで話されていると分かった。前に彼女の父親と話した時もそうだった。二人は、娘を失ったばかりだというのに、和香菜が千暁の将来の負担にならないよう一生懸命配慮してくれていた。それなのに、彼は今までは彼女を死に追いやった犯人を見つけて、制裁を与えることばかり。しかも、それがまたこの両親を悲しませることになると知らずに・・・。でも、今の彼には何をすべきか、どう生きるべきかが見えてきていた。彼は立ち上がって、目をそらしている彼女の母親の目をじっと見ながら言った。

「来年もお焼香に来ていいですか?」

 彼女の母親は一瞬驚きながらも、テーブルを片付ける動作を止めることなく、ふふっ、と優しく笑う。

「いいのよ。もう十分よ。佐々倉君には佐々倉君の・・・」

 彼は、彼女の母親の言葉を制す。

「忘れたくないんです!たった4カ月の付き合いでも、彼女は僕の人生でかけがえのない存在なんです!」

 語気を強めて言ったので、彼女の母親は身体をビクつかせた。その後、彼の顔を見て、唇を噛んで、必死に目にたまった涙をこらえていたが、口元が緩ませると同時に溢れた。

「はい。来年も会いに来てやってください」

 ベランダから勢いよく吹き込んできた風が、彼と彼女の母親の髪を揺らした。

(終)
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