黄玉の光子砲弾
「クオォーーン」
夜空の月に向って一声鳴いた。
月は、地平線から顔を出したばかりだった。
先ほどまで陽に照らされていたせいで気温は高く、顔の皮膚が熱くなってきて火傷しそうになると、海に潜って顔を冷やした。
紺青色の海中では、波と月光でできた光の輪を象牙のような白い体に映して泳ぐ仲間の姿が見える。
その仲間も海面から顔を出すと、
「クオォーーン」
と、一声鳴いた。
彼らは、月を呼んでいた。
時間が経てば月は自然と昇るのだが、彼らにそれを理解する知能は無かった。何かを考える訳でもなく、ただひたすら鳴いて月を呼んだ。
彼らは、この星で進化した亀。
今夜は満月。大きな月が全て顔を出し、夜空の半分を覆うと、彼らは上陸を開始した。
その頃には、気温は彼らにとって活動しやすい温度にまで下がっていた。
陸地に広がる白い砂はまだ熱かったが、彼らの皮膚を火傷させない程度にまで冷めている。
彼らは、足踏みをしながら砂の感触を確かめて、一番良い場所を選ぶと、足元にある砂を口に含んだ。首を伸ばし、背にある甲羅を見て砂をかける。3ミリ程度の砂の厚みができると、口から黄色い粒子を吐き出して、砂を塗り固めた。
黄色い粒子は、砂を取り込んで平らな六角形の黄色い板になっていく。
同じ事を何回も繰り返すと、六角形の板は甲羅の上で幾重にも重なって積み上がり、根元は六角形のまま太く先端は鋭利な棘となった。
トパーズ色の鋭利な六角錐は、月の光を取り込み自らも黄色く光っているように見える。
亀は完成した光る突起物を、まるで中に輝く我が子がいるかのように大切に眺めてから、隣にまた同じものを作り始めた。
彼らには、天敵の肉食類に歯向かう牙は無く、荒波に揉まれて流されないように岩に掴まるための鋭い爪を持っているが、海草を主食とする草食類として生まれた彼らに、爪を使って戦う方法など知る由も無い。甲羅にある複数のトパーズ色の突起物だけが、彼らの身を守る唯一の鎧となっていた。
海中の生活ですり減り傷んだ鎧を修復出来る時間は限られている。
気温が上がり始める明け方までに海に帰らなければならない。
空を覆うほどの大きな月は、太陽の表面から吹き上がるフレアの熱エネルギーを遮り、クレーターと山脈を見せて無言で移動しながら、彼らを見守り優しく照らしている。
今夜中に背の甲羅を棘で覆わなければ、次の満月まで生き残れる保証は無い。
月の光に照らし出され、浜辺一面に広がる白い砂と、彼らの甲羅にあるトパーズ色の棘は、月の表情とよく合い、辺りを幻想的な風景にしていた。
月が沈みかけて地平線にくっつきそうになった頃、月のクレーターの一つに黒い点が現れた。点はどんどん大きくなり、彼らの上空に来ると、月の光に照らされて銀色の艶を帯びた姿を現した。
それは、一隻の小型宇宙船だった。
小型宇宙船は音も無く移動し、必死に棘を作っている亀の集団の真上で停止すると、宇宙船から人が二人出てきた。
二人の体は、繋ぎ目の無い黒いスウェットスーツで首から足の先まで覆われている。翼も無く何も装備していないのに空中を移動して見下ろしながら、砂地で甲羅の棘作りをしている亀を一匹ずつ順に見て観察している。
二人は、手ごろな場所を見つけると分厚い手袋をして地面に降り立ち亀の集団に近づいた。
どの亀も、見たこともない二人を敵として認識することはなかった。
彼らにとって攻撃してこないものは、例え生命体であっても、ただの障害物にしか見えないのである。二人が視野に入って来ても、怖がって逃げることもなく、甲羅の棘作りに専念している。
二人は、亀の間を歩き回った。
「ここも小さいのばかりだな」
「弱肉強食の自然界で暮らす生命体は短命ですからね。大きくなるほど長く生きた亀を見つけるのは難しいですよ」
「もうすぐ夜が明ける。夜が明ければ、大小の三つの太陽が上空を通過し、気温がいっきに上昇して危険だ。この砂浜で見つからなければ、諦めて帰るか」
「そうですね。亀たちも帰り支度を始めてますし」
二人が宇宙船へ戻ろうとした時、遠く離れた闇の少し高い位置にあるトパーズ色の光を見つけた。二人は顔を見合わせると、その光に向って無言で飛び立った。翼も無く飛行装備もないのに二人は空間を移動する。反重力の浮遊装置が靴にでもついているのだろうか。
トパーズ色の光は、海へ向って移動していた。
濃いアルカリ性の海に入られたら手が出せなくなる。二人は先を急いだ。
すれ違う亀の、月に照らされた甲羅のトパーズ色の光がイルミネーションのように流れていく。
先に到着した一人が、光の主である亀の尾を掴まえた。
尾を掴まれた亀は、進まない事を気にして、前に進むために砂地に爪を立てて四本の足を動かす。爪は砂に跡を残して掻き分けるのみで、もう前に進むことは出来ない。
あとから来た者が亀の甲羅にある棘に触れながら言った。
「三ヶ月の間、毎晩探しまくってやっとこれ一匹か」
棘の高さは約50センチメートル。根元の直径は、手の平ほどある。
亀の尾を掴んでいる者が言う。
「この結晶の大きさなら、半年は暮らせるな」
亀は、体長二メートル、幅一.五メートル、高さ一.五メートルくらい。この種の亀が、その大きさになるまで育つには、何年もの月日を要した。
当然、弱肉強食の環境で暮らす彼らにとって、そこまで大きく成長出来る可能性はとても少ない。
一人が亀の尾を持っている間に、もう一人が手早く亀の甲羅の周りに機械を取り付ける。
「亀から兵器を作って売りさばいている武器商人は、もっと儲かっているんだろうな」
「まあ、生きている間にフォトンエネルギーを体内に蓄積し、甲羅の上で結晶化させる事ができるのは、この亀しかいないから、その分希少価値が高くなるんでしょうね」
亀に機械を取り付けている者が、首に流れる汗にくすぐったさを覚えて、汗を拭き取りながら言う。
「養殖できれば、星の裏側まで探し回らずにすむんだが。囲いを作っても識別信号チップを体に埋め込んでも、こいつらの体内にあるフォトンエネルギーの影響で溶けて壊れてしまう。結晶だけでも作ってくれればと思って別の場所へ連れて行けば、月を探して休まず動き回り、結晶を一度も作ることなく狂い死んでしまう。この浜にいる全ての亀から結晶だけを回収する事もできるが、結晶の無い奴は食われてしまい次の満月まで生きられない。本当に金儲けは楽じゃないって、こいつらを見るたびに思い知らされる」
「光子砲弾も、重さ1t以上の亀一匹で一つしか作れないし、必ず良質のフォトンエネルギーが抽出できるとも限らない。武器商人の商売も楽じゃないって事ですよ」
機械の取り付けが終わり、機械についているスイッチを押す。
亀は、ゆっくりと浮上した。
浮上しても、亀は首を海へ伸ばし、前に進むために四本の足を動かして宙を掻き分けている。
二人は、浮かんでいる亀と一緒に、宇宙船へ向った。
亀は、二人に運ばれながらずっと海を見ていた。海へ向って足を動かしていた。
海はどんどん離れていき、海面の波が月に照らされて白く光って見える。
そして眼下の白い砂浜には、月に照らされた仲間が、甲羅にあるトパーズ色の突起を輝かせながら海へ向って移動する姿が見える。
「クオォーーン」
亀は、見下ろしながら、海と仲間に向って鳴いた。
眼下に広がる海と仲間の甲羅の輝きは、この星で生まれ育った亀が見た、故郷の最後の光景だった。
終
あとがき
海洋SF「黄玉の光子砲弾」を読んで頂き有難うございます。
今回は、反戦と絶滅危惧種保護の訴えを練り込んで書き下ろさせて頂きました。
読んで下さった方に伝わればいいなと思っております。
雪鈴は、ペットを飼っておりませんが、生物は好きです。
亀の中では、ハコガメが好きです。
ハコガメの小柄な体型といい、丸めのボディといい、頭・手足・尾を収納し、頭部側の甲羅を蓋のように閉じてしまえる。元々合体変形メカが好きなので、動物園で初めてハコガメを見た雪鈴といったら「硬い生き物が変形する!!」と言って、生きたサザエを初めて見た時より驚いて感動したものです。
前もって申し上げます。
スチャラカや駄洒落が大好きな雪鈴ではありますが、メカを逆にしてカメの話を書き下ろしたのではありません。
確かに、小説を書く時は遊び心が多分にありますが、上記で訴えを示したとおり、真面目な思いで書き下ろさせて頂きました。
神に誓って!
そういう事も踏まえて、前回の七夕小説企画で物語を無理に3万字以内に納めてしまい、コケて失敗した雪鈴は長編体質なのかと涙しましたが、今回の掌編小説はなんとかうまく海洋SFとしてまとめる事ができたでしょうか?
感想・評価で教えて頂ければと思っております。
雪鈴的に言わせて頂くと、
「苦悩して七転八倒するけど、短い話をサラッと書き下ろすのも気持ちいいですね」です。
雲が晴れて中秋の名月と対面できる事を祈りつつ、
それでは、またお会いできるその日まで。
雪鈴るな