第三話 Club Autumn
Club Autumnの正面入り口には、柊真の誕生を祝うポスターが
華々と貼られてあった。柊真の“おつかい”で頼まれた花束を腕に
抱えながら、夏樹は食い入る様にそのポスターを見つめる。
ポスターから発せられる、オータムNo1が醸し出すオーラとでも呼ぼうか。
変な言い方だが、柊真はどこからどう見ても“ホスト”にしか見えない。
もし彼が、先ほどの花屋に花束を買いに行っていたとしたら、あの女性
店員は、柊真を見て彼を“ホスト”だと感じ取っただろか?
確かだと断定は出来ないが、高い確率でそうだろう。
仮に、ホストだと見抜かれなかったとしても、例えばモデルや役者。
そう、業界関係者に見えるほどに、常人離れした雰囲気を纏っているのが、柊真という男だ。
サラリーマンに間違えられる“どこの誰かさん”とは、大違いである。
「……ホストになる為に、生まれてきたみたいな奴だな、こいつは」
こんな視線で見つめられた日には、女達はひとたまりもないだろう。
彼がNo1の座に君臨する理由を、今、改めて思い知らされた様な気がした。
よし、彼のオーラに、少しあやかろうではないか。
柊真のポスターに向かって2礼2拍手をした後
(神様、仏様、柊真様。少しでかまいませんから、せめてサラリーマン……
なんて言われねぇ程度に、ホストとしてのオーラが俺からも出ます様に……)
なんて、合掌をしながら祈りを捧げている夏樹の脳裏に
「…ねぇ、それって新しい嫌がらせかな?」
柊真の声が、突然響く。
これには、流石に驚いて
「ポ、ポスターがしゃべった!?」
叫んでみるが、いや違う。声が聞こえたのは、自身の背後からである。
夏樹は恐る恐る、後ろを振り返った。すると、ポスターと同じ微笑みが、確かにそこに存在した。
少し、ポスターとは違う黒い笑みが混じっている気もするが。
「お、おぉダーリン。お誕生日おめでとうだな」
夏樹は引き攣った笑みを浮かべながら、腕に抱える花束を柊真に差し出した。
柊真は、その花束を乱暴に受け取る。
そして、あからさまに不機嫌を滲ませた笑みを夏樹へと向けている。
それもそうだ。自分の顔が写ったポスターの前で合掌されて気分を良くする者がいるはずはない。
「…早く中に入りなよ。ミーティング、もう終わってるけどね」
柊真は顎で入り口をさす。
どうやら、彼はかなり怒っていらっしゃる様だ。
夏樹は肩を竦め、言われるまま、店の中へと歩みを進めた。
装飾された、華やかな店内。
感激の意味を込め、夏樹は短く口笛を吹いた。
さすがは、No1の誕生イベントという事はあると。
「あぁ!」
「きたきたっ!」
夏樹が姿を現せば、開店前の準備に追われてバタバタと慌しく
動いていたホスト達が、夏樹を囲む様にしてどんどん集ってきた。
「夏樹先輩!おそよー!」
「さぁ、夏樹さん!今日の遅刻の理由は?3,2,1、Say!」
「なんだよ。寝坊だよ。悪いか?あぁ??」
「うっわー!開き直った!?さすが万年No3!!」
「って……お前。先輩に向かって、何気に失礼だろ」
後輩ホストの言う通り万年No3である夏樹だが、茶目っ気があり
面倒見が良い事からも、こんな風に後輩達からはよく慕われる存在であった。
後輩に限らず、同期のホストや他の風俗店の仲間達からも、やはり信頼が厚い。
それも、夏樹の人柄故か。
しかし、それとは対象的に
「ホラ、君たち。話してる暇があったら、手の方を動かしてみようか?」
「あ、は……はい!すみません!」
オータムの中では、憧れの対象とされるが故に
どこか迂闊に近寄りがたいオーラを、柊真は常に纏っていた。
対照的な二人。柊真と夏樹は、かれこれ十年ほどの付き合いとなる友であり
友と呼ぶよりは、いわば腐れ縁という表現の方が近い仲でもあった。
数年前まで、ここ一体の風俗店で二人の名を知らぬ者は居なかった程に
双方がホストとして名を轟かせていたのだ。
しかし、“最低限、食べて行けさえすれば良い”と、どこまでも野心を持たない夏樹と
ホストとして頂点を掴むという野心を持つ柊真。
後輩からは兄の様に慕われる夏樹。
頂点を目指すが故に孤高な雰囲気を纏い、遠い存在となった柊真。
かつては共に名を轟かせていた二人だが方向性の違いにより
次第に別々の道へと進んで行くことになる。そして気がつけば、オータム内で生まれた
“柊真派”と“夏樹派”…などという派閥の領袖に祭り上げられている状態となっていた。
その所為なのだろうか?柊真が、最近やけに夏樹に対して冷たく接する様になったのは。
「夏樹。君も遅刻してきた癖に、いつまでも後輩とじゃれ合っているのは先輩としてどうかと思うけど」
「柊真さん!夏樹さんの事、そんな風に言うのはやめてください!」
柊真の怒り(?)の矛先が夏樹へと向けられれば、所謂“夏樹派”に所属するホストの一人が
夏樹を柊真から庇う様に、柊真の前に立ちはだかった。
その行動に、今度は“柊真派”のホストが、夏樹派のホストの胸倉を掴みかかる。
「てめぇ下っ端の癖に、柊真さんに物言う気かよ……?」
「下っ端っすけど、夏樹さんの事を悪く言う必要なんて、どこにもないじゃないですか!」
派閥間において、この様な重い空気が立ち込める事も、多々存在する。
……またか。夏樹は小さく溜め息を零し
「あー、はいはい。お前ら、そのへんにしとけ」
見兼ねた様に、睨み合う後輩達の間に割って入った。
「お前らが言い合っても仕方ねぇだろ。確かに遅刻してきた俺も悪いんだからさ」
「へぇ。ちゃんと分かってるじゃないか」
夏樹の背に、柊真の声が響いた。
夏樹は振り返り、柊真の顔を細く見つめる。すると、柊真はどこか勝ち誇った
晴れ晴れとした笑みを浮かべているではないか。夏樹の眉が、ピクリと動く。
「おいおい、柊真くん」
「なんだい?」
「俺は一体、誰のせいで遅れたと思ってるのかな?」
確かに、確かに遅刻してきた俺も悪いと言った。
しかし、これほどにまで時間が長引いたのは、少なからず
柊真に頼まれた花束を買いに行く事に手間取ったからでだな……
夏樹の言葉に、柊真は右眉を吊り下げた。
怪訝な面持ちを浮かべ、軽く、首を傾げて
「誰のせい……って、寝坊なんでしょ?」
「いや、お前のだな、“おつかい”に行ってたからなんだけど」
夏樹が言わんとしている事、柊真はすぐに悟った。
口端を吊り上げ、不敵に笑うその姿に、夏樹は何とも言えぬ恐怖を覚える。
「へぇ……君って、自分の遅刻を人の責任にする様な男なんだ?」
後輩ホストの視線が、一気に夏樹へと向けられた。
柊真が言う事はもっともだ。よって、否定する事も叶わない。
口ごもる夏樹に、トドメの一言。
「どうせ、僕が電話で君に花束を頼んだ時、“遅刻の理由が、一つできた…”なんて思ってたんじゃないの?」
あぁ、苦手だ!この男!というか、エスパーか?伊達に長い付き合いではないな。
なんて、感心するも束の間。ヒソヒソと騒ぎ出す後輩達。
不味い。これは非常に不味い。後輩達の冷たい視線が背に刺さるのを感じる。
くるり、夏樹は、背後を振り返り、これ以上にない程の笑みを浮かべれば
「っしゃみんな!今日は我らが柊真の誕生イベントだ!頑張って盛り上げようじゃないか!」
いっそ話題を変えてやれ!爽やかに言葉を発した、次の瞬間。
刹那、沈黙が店内を支配したかと思えば、その沈黙は笑いへと大きな変化を遂げていた。
「か、かっこわりぃ!」
「あはは!な、夏樹さん、策がなさすぎ!」
「馬鹿じゃん!それじゃあ!!」
「しかも話題変えようとしてるの、まる分かりだし!!」
大きな笑いが立ち込めるオータムの店内。
先程までフロアを覆っていた重い空気は、すっかり溶かされていた。
どれだけ重い空気が立ち込めようとも、夏樹は自らで、その重い空気を
溶かしてしまう事が可能なのだ。
こういった面が、柊真派の後輩からも、影で慕われる要因となっているのだろう。
大きな笑い声に混じり、あはは…なんて、夏樹も苦く笑いを零す。笑われた方が、まだマシか…と。
「ったく……話、勝手にそらさないでよ…」
またしても、夏樹のペースに持っていかれてしまった。
どこか釈然としないのか、柊真は目を細め、飽きれた様に首を左右に振った。
さぁ、開店まであと一時間。
夏樹の周囲に集まっていたホスト達も、それぞれの
仕事を片付ける為に再び慌しく動き始めた。
夏樹も、遅刻の名誉挽回…という訳でもないが、開店準備の
支度をする為、足を一歩踏み出した、……その時。
柊真が突然、夏樹の腕を掴んだ。
「な、なんだよ……!?」
「さっきから、ずっと聞きたかったんだけど……」
柊真の顔が険しい。
先程、彼のポスターの前で合掌した事を
まだ根に持っているのだろうか?
「……これ、どうしたんだい?」
これ……?
夏樹は、柊真の目線を辿っていく。行き着いた先は、自分の手のひら。包帯が巻かれた手だ。
心配をかけまいと、さり気に包帯が巻かれた手を隠していた夏樹だが、柊真はそんな夏樹の
様子に、逸早く気づいていた。
気づかれてしまったのであれば、別段隠す必要もないか。
「自転車に乗ったおばちゃんが特攻隊みたいに突っ込んで来て、ちょっと跳ね飛ばされただけ」
「ちょっとって言ってる割には、包帯まで巻いてあるけど、傷、深いんじゃないの?」
「別に、ほっときゃ治るだろ」
「ほっときゃって……ちゃんと手当てはしてあるのか?化膿でもしたら……」
「何?お前、俺のこと心配してくれてんの?」
夏樹がニヤリと笑って、柊真に問い掛ける。
すると柊真は瞳を揺らせて、夏樹の言葉に頷いた。
「そりゃ心配するだろ?夏樹が居なくなったら、誰が僕の手となり足となり、働いてくれるんだい?」
……やはりパシリだったのか。
眉を顰める夏樹の耳に
「……僕が買い物を頼まなかったら、こんな怪我をする事もなかった」
やや通常よりトーンが下がった、柊真の声が届く。
なんだ。やはり彼は怪我の心配をしてくれているらしい。
しかし、それに対して負い目を感じるのもどうだろうか。
人をこき使うかと思えば、途端に心配したり。極端というか忙しい奴だ。
「お前は関係ねぇよ。それよか、お前に頼まれた花束を買いに行った花屋の店員がさ……」
先程のフラワーカフェでの出来事の一部始終を、夏樹は柊真に話して聞かせた。
怪我をした事に気付かず、花束を買いに行った事。そして、その店員の一人が
手の怪我に気付いて親切に手当てまでしてくれた事。
勿論、サラリーマンに間違えられた事だけは、伏せておいたが。
「……って事で、花屋の店員に治療してもらえたんだ。ある意味お前のおかげで治療費浮いて助かったよ」
夏樹の言葉に安心したのか、柊真は大きく溜め息を零す。
「でも驚いたな。そんな親切な人が居るなんて、世の中、まだ捨てたもんじゃない」
「ははっ、だろ?」
顔を見合わせると、思わず、笑みが零れた。
ホストとして働いていると人の醜い部分も色々と見えてくるわけであり、しかし
まだ綺麗な心の持ち主も、世の中には存在するものなのだと、どこか心が温かくなったのだろう。
「こんばんわ。予約を伺っておりました花かごのお届けに来ました」
笑い合う夏樹と柊真の背に、高い女性の声が響く。店の玄関口の方からだ。
現在の時間や“お届け物”だという所から、客人でない事は確かだが。
夏樹はゆっくりと、玄関口の方へと身体を向ける。すると、大きな花かごを腕に
抱え、入り口で佇む女性と目が合った。
「アンタは……」
目の前の女性に、夏樹は見覚えがあった。
そう、花かごを抱きかかえるこの女性は、先程夏樹の怪我の手当てをした
花屋の店員であったのだ。
しかし、何故此処に?……そうか、配達か。
なんて、夏樹が思考を巡らせていれば、彼女はパチパチと二三度瞬きを繰り返し
「あなた、さっきの……あれ?ここって、ホストクラブ……?えー?!」
あぁ、不味い。嫌な予感。
その先は、非常に言ってほしくない気がする。
思わず、彼女の口を封じようかと手を伸ばしたが、少しばかり間に合わなかった。
「お、お客さん、ホストだったんですか?!やだ、ごめんなさい!あたし、サラリーマンだと思って、営業頑張ってくださいとか言っちゃって!」
花屋の店員は機関銃の如く言葉を発し、勢い良く頭を下げる。
夏樹は、少し笑みを引き攣らせ、「いや…別に良いから」と首を左右に振るのが精一杯だった。
「夏樹さん……サラリー……マン?」
花屋の女性と夏樹の一部始終を見ていたホスト達は、話の内容を理解するなり
店が割れんばかりの笑い声を響かせた。そして、その笑いは静まる気配もなく……
「そんなに面白いか。俺がリーマンと間違えられたのが……」
分かってはいたが、こうも笑われると、何とも言えない恥ずかしい
気持ちになる。穴があったら、入りたいというやつだ。
「あははは!だめだ、息、できないや……あははは!」
笑い転げるホスト達の中でも、一際笑っているのは珍しくも柊真であり
そんな彼を見て、夏樹は更に頬を膨らませ、不機嫌を滲ませる。
いつも腹の底から笑わない奴が、こんな事で笑うなよ。
「あはは、ごめんごめん。何だか、夏樹なら似合うかも……なんて思って」
ならばいっそ、転職を考えようか。
考えてみるも、サラリーマンとして働く自分の姿があまりに似合いすぎていて夏樹は考えた事を後悔した。
これはまた後で、スーパーホスト柊真様のポスターに合掌する必要がありそうだ。
「えっと……夏樹の傷の手当てをしてくれた人……だよね?」
笑い終えた柊真が、花屋の女性の前に歩み寄る。
柊真の言葉に、彼女はコクリ、頷いてみせた。
柊真は、穏やかな笑みを彼女へ向け
「ありがとう。彼は僕の大切な友達なんだ」
……おうおう。よくもいけしゃあしゃあと口に出来たものだ。
夏樹の顔が、ピクリと痙攣した。
「そうだ。手当ての御礼に店に招待するよ。明日、夜は空いてるかな?」
「明日…ですか?」
「うん、大丈夫?なにか、予定とか入っちゃってるかな?」
「いいえ、仕事が終わってからなら…空いてますけど」
「それじゃあ決まり!用事がなかったら店に来て?夏樹と一緒に待ってるから」
柊真は、彼女の手をそっと握り、彼女の目を見て緩く微笑んだ。
……なるほど。こうやって、指名客を増やしていくわけか!
夏樹はポンと手を叩き、彼の巧みな話術に感心するも、いや違う。
「おいおい柊真、んなコト急に言っても、花屋さんも困るだろうが」
夏樹の言葉に、柊真は訝しげに首を傾げた。
「手当てをしてもらったんだろ?それ位は当然だと思うけど?」
「だからって、何もここに呼ぶ必要は……」
そう。ここはホストクラブだ。いくらお礼と言っても、こういった場に来てもらうより
後日、ちゃんとした形でお礼に行くべきなのでは?
コソコソと会話をする柊真と夏樹を、花屋の女性は交互に見つめる。
そして、目をパチパチと瞬きさせたかと思えば
「あの……」
小さく挙手をして、言葉を発した。
柊真と夏樹の視線が、彼女へと向けられる。
「ホストクラブって、実は行った事がないの。もし宜しければ、お言葉に甘えてお邪魔しても良いですか?」
「へ……?」
「えっと、夏樹さんが働いている姿も、見てみたいし」
「俺の働く姿?」
「はい。サラリーマンじゃなくて、ホストとして働く姿が想像出来ないし、見てみたいな……って」
「……いやだから、リーマンじゃないから俺」
「あ、そうだった!ご、ごめんなさい!」
「……」
何だ。この子は天然なんだろうか。彼女の言葉を聞いて眉を寄せる夏樹。
そんな二人のやり取りを見て柊真や他のホスト達は、またしても腹を抱えて笑い転げた。
……だから笑うなっつーの。
「あの……迷惑なら全然良いんです!ほんとに」
「迷惑なわけないじゃないか。迷惑をかけたのは、うちの夏樹なんだから」
柊真の鋭い目線が夏樹を捉えた。
君に断る権利は無いと、その有無を言わせぬ瞳が語っている。
……そう、断る権利など、ないのだ。
「うん、じゃあ……待ってるよ」
夏樹は引き攣った笑みを彼女へと向けた。すると、彼女の瞳は輝きで満ちる。
…そんなにホストクラブに興味があったのだろうか。
花屋の女性は、花かごだけを残して
オータムを後にした。
数時間後、ホストクラブが開店した後も、柊真や他のホスト達の思い出し笑いは暫く続く事となった。
明日はどうなる事やら。また笑われ続けるのだろうか?なんて、仕事をする夏樹の脳裏は
どこか重たく、店が閉店するまでずっと沈んでいた。
|