小さな光
エレベーターが開かない、動かない、どうしようもない。
ないないないの連続に流石の天才児も舌を巻いた。
「まじかよ」
「本当みたい」
日番谷冬獅郎はため息をつく。
携帯を取り出してパネルを照らす。救援のボタンを押してみるが反応が無い。いらついたように舌打ちをして、携帯の画面を見つめる。あまりに液晶の光が強すぎたが、明順応のおかげで何とかそれも慣れてくる。
辛うじて電波が立っていることに今度は安堵のため息をついた。これなら救援を呼べる。白い息を吐きながら番号をプッシュした。
「いやあ、こんな事本当にあるんだねえ。停電かなあ?」
草冠宗次郎がかじかんだ指先に自分の息を吹きかけて擦る。マフラーにぼふっと顔をうずめた。近くの壁にそっと寄りかかる。
ひんやりとした壁の温度がトレンチコートを伝って背中に伝わってきて、失敗したな、と草冠は思ってしまった。だがしかし、救援がいつになるのかも分からない今、ただ突っ立っているだけというのも酷く疲れる。冷たいのを我慢してやっぱり壁に背中をくっつけたままにした。
「呑気に構えてんなよ。こんな寒い箱ん中に放置されてんだ。下手したら凍え死ぬぞ、俺ら」
「現世じゃあ氷輪丸の持ち主だから大丈夫ー……なんて言えないもんね」
暗がりにアメジスト色の瞳を探す。それが翡翠と交錯するまでそう時間はかからなかった。
翡翠が明らかに嫌そうに歪む。
「お前……よく覚えてんな、そんなこと」
「あれー、冬獅郎も覚えてるでしょ?」
「まあ、な」
首筋をガシガシかきながら、
「ま、流石に覚えてる奴にあったときは驚いたけどよ」
「魂魄の記憶が残ってるって時点でおかしいもんね」
くすくすと草冠が笑っているのが分かる。
スーツのポケットに手を入れ、指先を少しだけ遊ばせながら、
「誰も覚えてねえからな。……ほんとに」
少し寂しそうに呟いた。
そして、沈黙。
黙っていると時間は本当にゆっくり流れる。真っ暗で尚且つ閉じ込められている。精神的苦痛を味わわないはずが無い。
痺れを切らしたように草冠が口を開いた。
「なあ、しりとりしよう?」
「はあ? 何言ってんだ、お前」
「いいから」
ったく、と小声で言いながら日番谷は大人気なく真っ先に、
「倫理」
なんて言いだすものだから、草冠は思わず苦笑してしまう。『しりとり』の『り』から、なんて言ってないのにちゃっかり『り』から初めているあたり、かなり律儀である。
あの頃とは違って随分背も高いし今ではちゃっかりスーツなんて着こなしているし。見た目は変わっても中身はきっと、変わっていない。
「りんご」
この流れは、きっと必然。
「ゴシップ」
「プリント」
仕事を思い出すのが嫌になったのだろう、日番谷は一気に毛色を変えて、
「……砥石」
ぼそりと、呟くように言う。
これには流石に草冠も驚いてちらりと日番谷が居るであろう暗がりに視線を投げた。それでも相変わらずの余裕名口ぶりで、
「し? えーと……死神」
「ふざけんなよ……。三日月」
頭の言葉を嫌そうに言いながら、路線を無理矢理引き戻す。マフラーをぐいと口元に引き寄せる。
真冬のエレベーターの中は寒い。まるで冷蔵庫だ。それでもしりとりをやっていればどこか温まるような気がしてならなかった。
「……君が居てよかった」
日番谷は若干目を細める。今度は考える素振りすら見せずに、
「退屈な毎日」
言葉を紡いでいた。
「力いっぱい張り合った霊術院時代」
脳裏に、魂魄だった時の事が鮮明に描かれる。
それは恐らく日番谷もそうであろう。僅かに口角が上がっている。だが、この真っ暗闇ではお互いに表情を窺う事など出来ない。
むしろ、その方がお互いにとって好都合なのかもしれなかった。表情なんて見ていたらこんなしりとり、恐らく出来なくなっている。
「いいライバルが出来た」
それは何故か。
互いにどうしても笑みを堪え切れていないからだ。
「楽しくなる生活」
「つい熱くなる剣道の練習試合」
「一本も取らせてもらえなかったよな」
「何当たり前の事言ってんだ、俺がお前に負けるわけないだろ?」
日番谷のその言葉に少しカチンと来たらしい草冠は、
「……廊下で思わず冬獅郎の身長を目測」
「ちょっとまて、お前そんなのことやってたのか!?」
その言葉に日番谷はもちろん冷静を保てなくなる。
今となっては一般男性並の身長を持っているが、やはり昔気にしていたことを言われるのはなかなか腹立たしいものがある。
日番谷をなだめる様に、それでもやや笑いつつ、
「はいはい、『く』だよ、『く』!」
しりとりを進行させた。
そのあっけらかんとした態度が昔からとはいえ気に食わない。日番谷はエレベーターの床をつま先でトントンと叩いた。
「てめえ……ここから出たら覚えとけよ」
唸るように言ってみせるが、もともと能天気な草冠にこのドスの利いた声は通用しない。
諦めてしりとりの続きをする事にした。
「く……く……」
なかなか出てこない。
出ては来るのだが、どうしてもそれは昔の記憶ばかりで。胸が締め付けられるように苦しい。
「……悔やむしか、なかった」
思わず零れてしまうその言葉。日番谷自身も恐らく口に出るとは思わなかったのだろう、はっとしたように息を呑んだ。
そんな日番谷の様子に気付いていながら、彼が待ったという前に、
「多分それは、要らない後悔」
しりとりを続ける。
まさかそんな風に返ってくるなんて思っても居なかったから、日番谷は既に用意していたこれまた暗い記憶を引っ張り出した。
「凍てつく、刃」
「馬鹿だなあ、もういいって」
草冠も流石にたじたじになる。
それでもこの暗闇に輝く銀髪と翡翠を見ていたら、どこか通じ合うものがあって。
「手にした力は大きくて」
「……手に出来なかった力は大きすぎて」
彼のしりとりに流されてみよう、そう思わされた。
「手から何かが零れ落ちていくのが分かった」
「ただただ力が欲しい」
日番谷の脳裏には目の前で殺される親友の姿が浮かぶ。降りしきる雨のなか、その水に紛れて彼の血水がゆっくりと川を作っていた。その光景があまりにもリアルで、でもそれは恐らく今思い出さなくてはいけない場面である事は確かで、だからその瞳の裏に映りこむ景色に集中しようと彼はゆっくり翡翠を閉じる。
コートのポケットに入れていた草冠の手はいつの間にか温まっていて、視界もやや開けてきていた。近くで日番谷が同じように壁にもたれかかっているのが分かる。ほおっ、と息を吐いてみるが、流石に息の形までは見えなかった。それがどこか、もどかしい。
「生き返った……そう知ったときは流石に焦ったぜ?」
「是が非でもお前を抜いて氷輪丸の持ち主になってやろう」
お互いにお互いの記憶を引っ張り出して言葉にしていく。氷のように冷たい空気が言の葉に包まれて少し暖まったような気がした。
それでも彼らの心は、しりとりの内容が内容だけにまだまだ冷たい。
漆黒の闇の中でお互いの心をまさぐるように繰り出される言葉の鍵が、少しずつお互いを閉じ込めている牢屋を開け放つ。手繰り寄せるように、探るように、まるで時限爆弾を扱うような緊張を持って言葉を放った。相手は上手にキャッチしてくれるだろうか。
「裏切りになろうが何だろうが、お前と話がしたかった」
と、日番谷が言ったところで困ったような口調が聞こえる。
投げたボールに不満があったのだろうか。
「冬獅郎、さっきから『た』が多い」
どうやら、というかやっぱり不満があったようだった。
「わざわざ一文にしなくてもいいんだよ?」
なんとなくそんな言葉をはさんでみる。が、日番谷がこうやって文章を過去形にしたいという理由が見つからないわけでもなかった。
『た』が多いのは、過去に彼が本当に悔やんでいたから。そしてそれを未だに過去のことだと引きずっているから。過去に自分がやったことだ、と錯覚しているから。
本当なら死神の頃の記憶とは決別して今を生きているはずなのに。
「……悪りぃ」
言うなれば、彼は前世と現世を混同している。
「別にいいけどさ?」
だから、それに気がついた草冠は遠まわしにそれを伝えたのだ。
もっとも、日番谷がそれに気付いたかどうかは謎だが。
「えーと、た……例えそれが間違った考えでも」
「もし、お前が俺に恨みを持っているなら」
お、と草冠は驚いたように紫色の瞳を丸くさせ、
「……らしくないこと言うなあ、冬獅郎?」
本当に驚いたように言ってくるものだからこれがしりとりの続きだとは到底思えなかった。
しかし上手い事『ら』で続いていたので、負けじと日番谷も、
「うるせえよ」
といつもの調子で返す。
草冠の視線は天井に行って床に行って、どこに行っても変わらず闇色のその風景に嫌気が差したのかいよいよ瞳を閉ざした。
曇天。鈍く輝く刀。目の前の友達、鋭く輝く刀、憧れていた眩しいくらいの純白で穢れの無い隊首羽織。もしかしたらこの時から勝敗は分かっていたのかもしれない。冷たくて暖かい刃が胸を貫く感触が、ざわざわと蘇ってくる。耳元で聞こえたアルトの、丸みのある言葉。それに返事が出来なかったのが、今でもまだ心残りだった。
恐らく来世でもこの記憶は残り続けるだろう。何の確証も無い、彼のただの直感ではあるが。
「よく考えなくても、それは俺の独りよがり」
草冠のその言葉を聞いて、日番谷はああ、と喉を僅かに上下させた。
――同じ場面、思い出してんだろうな……。
ぴりぴりとした空気に、突き刺すような冷気。それでも熱い瞳を携えてお互いがお互いに決着を付けられたのは本当に良かったことだと日番谷は思っている。
彼の考えは悪とされてはいたが、あれは悪ではなく、もう一つの正義ではなかったのだろうか。
それでも、彼をきちんとした場所へ葬らなければならない。そんな正義が日番谷の内で働いたのも、また事実。
「律さなきゃならねえことくらい分かってる」
「ルビコン川に立たされた気分だったよ」
そう言って草冠は笑う。賽は投げられた、逃げ場は無いから覚悟しろ――……恐らくはそう言われた気分だった、と言いたいのだろう。
それは大袈裟だろ、なんて日番谷は思いながらやや苦笑しつつ、
「要するに、俺たちが無意識のうちに求めていたのは」
ちか、と天井の電気が点滅した。
同時にがくんとエレベーターが動き出す。
「……初めての、友達」
二つの白い息が、嬉しそうに浮かぶのが見えた。
fin.....
ボキャブラリーの無さが露呈しました。
しりとりって言うのが間違いでしたね、今回はかなり難しかったです。
まああれですよ、精進します、って事で多めにみてやってください。
タイトルの小さな光、というのは
停電から灯った光とお互いの心に出来た暖かい光、
その両方を差しているものだと解釈してみてください。
……といっても、
解釈の仕方は基本皆様にお任せいたしますが……(^^;
それからタイトルと日番谷スタートで始まった『倫理』とで、
一応エンドレスしりとりが出来ます。
気付いてもらえたかな……。
そんな遊び心満載の今回の小説、
読んでいただきありがとうございました。
感動系を目指したのですが、いかがでしたでしょうか?
よろしければ感想をお寄せくださいませ。
それでは。
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