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春の悲鳴に溶けて消えて

作者: 灰原 仄

エブリスタにて「○○な誕生日」企画用に3時間かけて頑張ったのですが、時間切れ(笑)

折角なので皆さんに呼んできただければ幸いと思い、こちらにも投稿いたします。

感想や改善点頂けたら今後に活かしたいと思います。


※この作品は「http://estar.jp/_work_viewer?p=1&page=1&w=24605915&ws=0」にも掲載しています。

「春姉......俺十八になったよ」


『うん。そうだね』


 いやぁ、今振り返ってみると本当にイケメンになっちゃったなって思う。

 昔はただの近所の素直な男の子だった優くんは一八歳にもなるとすっかり大人の男性だった。

 もっとずっと大人の人から見たら、それでもまだあどけなさみたいなものがあるのかもしれないけど、広くなった肩幅も触るとごつごつと硬そうな腕や手も、自分なりに進路をしっかり考えて見据えるその面差しも。私には全てが尊く愛おしいーー



※ ※ ※



「僕、春姉ちゃんと結婚する! 僕が春姉ちゃんを守ってあげる」


「ありがとう。じゃあ優くんが大人になったらね」


「大人っていつ?」


「ん?、男の子だから十八歳かな? とにかく優くんまだ小ちゃいから、色々私に追いついたらかなー」


「わかった! じゃあ今日から毎日牛乳飲むね!」


 私の生涯最初のプロポーズの結果は、何故か優くんが毎日牛乳を飲むというところに落ち着いてしまった。

 もっとも、このプロポーズがあろうとなかろうと、優くんはこれから入学する小学校の給食で、毎日牛乳を飲む事になるのだけれど。


 この頃の優くんはまだ六歳になりたてで、春の風に運ばれた花粉に鼻と目をグシュグシュにしながら私にそんな告白をしてきた。

 それでも面と向かって好意を向けられたのは初めてだったので、三か四つも歳下のはずの優くんに僅かながらにときめいてしまったのは内緒の話だ。


 その時の私はまだ4年生になる頃にも関わらず、学区の子供の少なさから、毎日黄色い班長旗を持つ立場になって、今年同じ通学班になった近所の男の子、優くんの登校を引率した。


 やんちゃな優くんを連れて行くのは最初は大変だったけど、そんな私の姿に好感を持って貰えたことが素直に嬉しかった。


 しかしそこからの優くんのアプローチはものすごかった。

 通学中私の情報を洗いざらい聞いてきた。

 〇〇が好きで、〇〇が得意で、〇〇は苦手だからこれくらいしか出来なくて、勉強はこのくらいで。といった感じに質問に逐一答えていった。


 そしたら優くんはそれを一つ一つ追従してきた。


 どうやら私の言った”色々追いついたら”という部分を本気に捉えて、色々追いつこうと必死だったらしい。


 私は一人っ子だったので、そんな優くんはまるで弟のようで可愛かった。


「春姉ちゃんごめん。僕頑張ったんだけど春姉ちゃんと同じクラスになれなかったよ。」


「え?優くん、私と同じ学年になるつもりだったの!?」


 そんな事を言っていたのは、優くんが2年生になった時、私が5年生になった時だった。

 どうやら優くんは色んな事を頑張って私に追いついたら、学年が一緒になれると思っていたらしかった。


 私が、どんなに頑張っても同じ学年にはなれないんだよって教えてあげたら、優くんはかつてないほどの驚愕を顔に張り付けていた。


それでも翌日の朝には、


「春姉ちゃん! もっといっぱい頑張れば”とびきゅう”ってやつが出来るかもしれないんだって!」


と、目を輝かせて言う優くんは、以前の告白時より少しだけ男の子を感じさせた。



 ――結局優くんの飛び級の野望は叶うことはなく、私が六年生になった時、優くんは順当に3年生になることになった。

 ものすっごく悔しそうな顔をしていたのがかわいかった 。


「春姉ちゃん、もう小学校卒業しちゃうんだよね。寂しくなっちゃうな」


「でも来年から近所のみきちゃんが卒園でしょ? 今度は優くんもお兄ちゃんになって、みきちゃんの通学を見守ってあげなきゃいけないんだよ? 出来る?」


「姉ちゃん子供扱いしすぎ。それくらい出来るよ」


「丁度私が四年生になった時に優くんが一年生になったんだもんね、できるかな?」


 そんな何気ないはずの普段の会話が今は凄く懐かしい。

 私が中学校に入学する頃には優くんは四年生になった。

 四年生になった優くんは朝早くから班長旗を持って、みきちゃんを待ってるらしかった。


「春姉ちゃ……春姉。すっごく綺麗だね。制服似合ってるよ」


「ありがとう、ほんとはセーラーが良かったんだけどね。私の地区はギリギリでブレザーなの」


 この辺りの高校はブレザーの制服が多いので、せめて中学くらいはセーラーに身を包んで過ごしたかったのだけれど、それが叶わずやや落ち込んでいた私にとって優くんが素直にそう褒めてくれたのはとても嬉しかった。

 どういう訳か、小学校で同じクラスだった男子は誰も何も感想を言ってくれないのだった。


「ゆうくーん!」


「おう! みきちゃんこっち!」


 そう言って集合地に駆け寄るみきちゃんは、まるで西洋のお人形さんがゼンマイで動くみたいなたどたどしい足取りだった。栗色のボブカットがくるくるになったかわいい髪形に黄色い通学帽が乗っかっていてかわいかった。


「よし! それじゃあ優くん! 班長の任務、任せたよ!」


「おう! ってゆうか春姉もほとんど道一緒でしょう? 俺が二人とも連れてってあげるよ!」


 そう言われてしまい結局私は中学の三年間も、優くんとみきちゃんと一緒に登校することになった。

 優くんは私の事もその黄色い旗でしっかり守ってくれた。


 だからかな? 順当に中学生活を終えた私は少し油断してたのかもしれない。

 通う中学からもほど遠くない高校に進学した私は最初のころはそれまでと同じように優君や美紀ちゃんと通学していた。

 今度は少額四年生になった美紀ちゃんが班長になったのだけれど、美紀ちゃんの下の世代が一人も居なくて、実際は私と同じ中学に入った優君が班長継続みたいなものだった。

 それにどうにも未だに足取りがおぼつかない美紀ちゃんが、誰かを引率する姿はどうにも想像しにくかった。

 中学生になって優君はいっきに身長が伸びて、成績も学年で一番になったらしい。

 バスケットボールを始めたらしく、体つきも良くなっていた。


「俺、将来は警察官になりたいんだ。誰かの安全を守る仕事に就きたいと思ってる」


「……凄いね! 優君どんどんおっきくなってるしきっとなれるよ!」


衝撃だった。


 実は高校に入ってからの私はどうにも成績が伸び悩んでいて、新しく出来た近くのセーラー服の高校に行きたいというだけで志望校を決め、およそ将来の目標なんてものを持ち合わせていなかった。


それにこの時期たまたま同じ高校の友達に中学生や小学生を登校する様子を見られてしまいなんだか恥ずかしい気持ちになっていたのだ。


「あのさ、春姉。今から少し話いいかな」


「あ、あのさ。その。これからはあまり外で話掛けないで。高校も別に一人で行けるし。だからその、ごめんね」


 だからかな。高校三年の春。18歳を目前に近所でばったり優君に出くわした時私は彼から逃げてしまった。

 


 私が交通事故で死んじゃったのはそれから一週間後の通学中だった。


 あぁ、しくじったなぁ、って今でも思う。

 だって優君は明らかに優良物件じゃない。

 顔もどんどんかっこよくなったし、成績も優秀で、将来は警察官なんでしょう?

 それに、最後のあの会話。もし応じてたら私今頃どうなってたのかな?

 今日もあの時の様に優君がいて、美紀ちゃんがいて、笑っていられたのかな?

 

『そっかわたし、ずっと優君にまもられてたんだ……』



※ ※ ※



「おはよう春姉」


『おはよう優くん』


 なんてね。地縛霊になった私の声も姿も見えてないよね。

 それでもこんな形でも毎日通学する優くんを見ていられるのは嬉しかった。

 高校を卒業し、大学入学を控えた優君はやはり思った通りとってもかっこいい。


 優くんは毎朝私に挨拶を欠かさずしてくれた。

 定期的にお花を変えてくれたのがうれしかった。


 女っ気が無さすぎるのが、嬉しくもあり、心配だった。



「春姉、俺は一八歳になったよ」


『うん。おめでとう』


「春姉より背も高いし」


『うん。本当に牛乳毎日飲んでたしね』


「成績もトップだぜ?」


『うん。えらいえらい。がんばったね』


「バスケだって選抜で活躍したよ」


『うん。すごいね。かっこいい』


「春姉……ずっと好きだったんだよ?」


『うん……ごめんね、ありがとう』






 ずっと見てくれて、ずっと守ってくれて、ずっと一緒に居てくれてありがとう。

 私も優君のことが、きっとずっと好きでした。あなたにずっと見て貰える私でありたかった。ずっとずっと一緒に居たかった。


 申し訳なかった。

 背格好もすっかり大人になった優君が、勉強もとってもがんばる優君が、面倒見が良くて責任感が強い頼りがいのある優君が。


 今こんなにも悲痛に顔を歪め、目に溜めた涙を必死に堪え、奥歯を噛みしめ嗚咽を堪えてこの場、この私の事故現場に立ち尽くしているのは全て私のせいなのだから。


 どうか。神様。この優しい少年を救って下さい。

 私なんて早く忘れて、いつものようにやんちゃに元気に明るい毎日を過ごさせてあげて下さい。


 きっと今の私は幽霊とか地縛霊とかそんな感じなんだと思うから。きっと神様とかも本当にいるに違いないのだから。だからどうか。彼に救いを。どうか。どうか。



「優紀先輩!!!」


 不意に、立ち尽くす少年の背後から、細く、透き通る様な声が私に届いた。


「……美紀ちゃん」


 今年高校生になる美紀ちゃんは幼い頃はくりくりだったボブカットのパーマを今では綺麗に伸ばし、さらさらのストレートに手入れしていた。

 たどたどしかった足取りは相変わらすで、華奢な体躯ではあったけれど、その体のどこからあんな大きな声が出たのかと驚いた。


 呼ばれた優君は泣き出しそうな顔を向けられないのか私の方をじっとみたままだった。


「なに?」


「あのわたし、今日! 誕生日です!」


「そっか、えと、おめでとう」


「先輩わたし早生まれです!」


「え?」

『え?』


 いったいこの子は何を言い出したのだろう?

 そう思った瞬間だった。


「先輩の好みに合わせて髪伸ばしました! さらさらで長くてきれいな髪が好きだって言いました! 私がまだ小さかった時、結婚したいっていったら、先輩一八才になったらもう一回言ってって言いました! 次の日女の子は一六歳で結婚できるって言ったら先輩じゃあ一六歳ねって言ってくれました!」


 あぁ,そっか……この子が。


「春さんみたいに……、春さんみたいに綺麗な黒髪じゃないけど、背も低いし、お姉さんじゃないけど、私は、私はいなくならないから! だから、好きです。私を、守って下さい」


 そう素直に伝える彼女のはもう涙を堪えきれず決壊した優君の泣き顔と同じくらいぐしゃぐしゃで、様々な感情が綯交ぜになっていて。


 素直でズルくて、優しくて卑怯で、儚げで凛々しくて

 まるで神様みたいだなって、そう思った。


 未だに悲痛な面持ちの優君もさっきよりも僅かに頬の緊張が解けていて、きっとこうやって少しずつ、彼の心はまるで春の日差しを浴びた雪のように溶かされてゆくのだろう。


振り向いた優君と近づく美紀ちゃんを眺めながら。


 わたしは時間が残された彼らを素直に、いーなぁー、羨ましいなぁーと思った。

 きっとこの先いろんなことが二人を待ち受けているのだろう。楽しいことばかりじゃない。

 辛いこと、苦しいこともあると思うけど、二人なら大丈夫に違いない。


 だから頑張ってってそう思った。


 そう思っていたのだけれど、私の口からは別の言葉があたり一面に鳴り響いていた。


『いかないで、おいてかないで、ゆうくん……ゆうくん! ひとりにしないで……ずっといっしょにいて……わたしと――』


 そんな私の悲鳴と春の突風と、僅かに舞う桜の花びらと共に私の意識は溶けていった。




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