「ふぁああ…」
新一の大あくびに、隣を歩いていた蘭が少しふてくされた。
「どうせ、また夜遅くまでホームズ読んでたんでしょう?」
「あぁ…ホームズはすげーよ、やっぱり…ライヘンバッハの滝で―」
蘭は墓穴を掘った己のミスに気付いた。
とにかく、この幼馴染はホームズのことになると話が止まらないのだ。
慌てて、話題を変える。
「そう言えば、今日新一のお父さんとお母さん、来るの?」
今日は、義務教育最後の日。
二人はきちんと正装をしていた。
ほとんどの生徒が同じ高校に進学する為、
あまり哀しいという感傷はない。
新一は話を遮られても大して怒った風でなく、
特に興味なさげに答えた。
「あぁ、俺は別に来なくていいっていったんだけど、
母さんが来るって聞かないからな…蘭のトコは来るのか?」
母親が出て行って別居中の蘭を気遣うように尋ねる。
「うん、電話で喧嘩してたけど。
お父さんはお前は来るなって言ってるし、
お母さんは行くって譲らないし。
結局2人で来るみたい」
「…今日で卒業、か」
「うん…」
遠くに見える校舎を見て、新一がしみじみと呟いた。
蘭は3年間自分を見守ってくれた、
大好きな桜並木の下で深呼吸した。
弥生の末。
今年は暖冬のせいか、
珍しい事に桜が既に満開を迎えている。
強風に煽られて、蘭の髪が流れるように靡く。
髪の毛を払うと、青空が一面に広がって、
アスファルトの上には、
薄桃色の桜の花びらが、自然のカーペットを作っていた。
蘭はしばらくその幻想的な世界に見とれていた。
桜同士が擦れ合い、サワサワと音を立て、
風が悪戯に花びらを舞い上げる。
「おーい、蘭、何止まってんだよ」
隣を歩いていたはずの幼馴染が、
数メートル前方で痺れを切らしたように声を張り上げた。
「新一もおいでよ。
ここ、桜が舞っててすごく綺麗だよ」
「バーロー、残念ながら、んな暇ねーよ。
遅刻するぞ、卒業式」
その言葉に蘭は反射的に時計を見た。
「あっ…いっけない…」
集合時間が十分後に迫っていた。
この桜並木から、どう急いでも七、八分は掛かってしまう。
「ほら、走るぞ」
タタッと駆け戻ってきた新一に
手を掴まれて、
蘭の頬が紅潮する。
新一の顔をチラリと見ても、
あっちには照れる様子が無いのを、
少しもどかしく感じた。
「ちょ、ちょっと新一」
「ほら、早く早く」
本当は新一の方は、
必死にポーカーフェイスを装っていたのだが。
二人は桜の中を走りながら、
それぞれに頬を綻ばせていた。
お互いが、まだ告げることの出来ない感情。
お互いを、特別に思いやる気持ち。
それはまだ、幼く、恋愛に疎い二人は気付かないけれど。
それでも二人は、既に心の奥、深いところで繋がっているのかもしれない。
いつか、二人手を繋いで、
この桜を見えたらいいな、
蘭はひそかにそう思った。
そしてきっと新一も…。
幼馴染は、まだしばらく卒業できそうに無いけど、
二人の心は、桜のおかげで満たされていた。
END
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