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琥珀色の風
作:徳次郎



◆第86話◆


 カーテンの外は静かな闇に浮かぶ月光が、とばり白道はくどうに沿ってゆっくりと動いていた。
 机に向ってウトウトしていた優子の携帯電話が鳴った。
 彼女は口から零れそうになっていたヨダレを慌てて拭うと、直ぐ横に置いていた携帯を手に取る。
『ああ、姉貴? 俺』
 直樹の声だった。
「どうしたの?」
『今さ、忍さんっぽい人見かけたんだ』
 直樹の口から出たその言葉に、一瞬なんの事だか頭が混乱した。
 が、『忍』というワードに反応して、優子の寝ぼけた脳内はあっと言う間に覚醒せいする。
「何処で?」
『表参道なんだけど……』
「表参道?」
 ――表参道……って、原宿の表参道? 
 まだ少し、優子の思考は寝ぼけている。
『ああ。でも……』
 直樹は言葉を濁す。
「何?」優子はそれに苛立った。
『デッカイバイクに乗ってたよ』
「バイク?」
 ――高森もバイクの免許持ってたのかな?
『ハーレーってヤツじゃないかな。裏路地から出てきて、そのまま大通りを走って行ったよ』
「確かに高森だった?」
『たぶん……フルフェイスのヘルメットを被ってたけど、路地から出て来た時はシールドを上げてたんだ……左頬はガーゼで覆われてたし、忍さんの眼だったよ』
 直樹の口調は多少曖昧だったが、その中には彼なりの確信が見え隠れしていた。
「どうして表参道?」
『そんなの知らないよ』
 どうして忍が表参道などをうろついているのか……? しかもバイクで。
 優子にはいくら考えても判らなかった。
「ていうか、あんたこんな時間にそんな場所で何やってるの?」
『あっ……いや、ちょっと舞衣と買い物……』
 時計を見ると8時を過ぎていた。
 優子は小さな息をつくと
「高森を見たのって何時?」
『少し前……7時過ぎくらいかな』
「暗いのに高森って判ったの?」
『姉ちゃん、都内はけっこう夜でも明るいんだぜ』
 直樹はやゆしたように嗤う。
 ――そう言えば都内の大通りは、この辺の住宅街とは比べ物にならないくらい明るいよね……
「そ、そんな事判ってるよ」
『確信はないけど、とりあえず伝えようと思ってさ』
「……うん。ありがとう」
 優子は携帯を握りなおすと「あんまり遅くならないように帰ってきなよ」


 ――バイク? 免許はともかく、バイクなんて何処から持って来たの? いくらなんでもそんなの買えるわけないし、まさか盗んだりもないよね……いや……もしかしてヤケになって? いやいや、高森に限ってそれはないよ。
 優子は直樹の電話の後、ベッドにひっくり返って考えていた。
 その間に母親が帰ってきた物音が玄関からリビングへ入り、間も無く台所で夕飯の仕度が始まったようだった。
 父親の直ぐ後に直樹も帰宅して、いつも通り家族で夕飯を食べると優子は再び自室へ戻ってベッドに腰掛けた。
 両親は明日からの試験勉強をしていると思っているだろうが、優子自身はそれどころじゃない。
 頭の中に何かが引っ掛かって、それを小さな靄が覆っている。
 テレビを点けると、夜中のバラエティー番組が流れていた。
 ゲストの趣味に番組ホストが付き合うという最近よくあるものだ。
 知った顔の俳優は、大きな公園の駐車場に大きなバイクで乗り付けていた。
 踏ん反り返った姿勢で跨るバイクの前輪は、前方に突き出て、陽射しを浴びたシルバーポリッシュのエンジンが、ギラギラと輝いている。
『俺はもう、いまハーレーひと筋っすね。他に趣味はないっすよ』
 テレビの中の男が言った。
 ――ハーレー……そうだ、あれがハーレーだ……
 優子は直樹が言ったバイクの名前ではピンとこなかったが、テレビに映ったそれを見てハッと思い出した。
 自分の身近にハーレーを持っていたヤツがいる。
 ――篠山だ……篠山が高森に貸したんだよ。ゼッタイそうだ。
 優子は勢いだけで篠山の携帯電話をコールした。




『何だよ、こんな夜中に?』
「あんた、今バイクある?」
『はあ?』
「バイクよ。あの大っきなやつ」
『あ、在るよ……どうしたんだ? 急に』
「じゃあ、明日見せて」
『な、なんだよイキナリ。乗りたいのか?』
「えっ……う、うん。乗りたい。だから、明日の放課後乗せて」
『いや……実は今修理に出しててさ……ほら、外車は壊れ易いから』
 苦笑する声が聞こえる。
「……高森にバイク貸してんじゃないの?」
『な、なんだよ。それ……』
「今日、あたし見たのよ」
 優子は直樹から聞いた事を、そのまま自分に置き換えて言った。
『見たって、何を?』
「高森がアンタのバイクに乗ってた」
『な、何かの見間違いだろ……』
 明らかに声は動揺している。
 ――やっぱりそうなんだ。篠山は何かを知ってるよ。
「とにかく、明日の放課後篠山の家にいくからさ」
 篠山はあからさまに溜息をつくと
『ああ……判ったよ』










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