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琥珀色の風
作:徳次郎



◆第85話◆


 忍の手術から5日が経った頃、優子は再び彼の入院している病院の前にいた。
 大きな白い建物に、蒼空そらの光が映りこんでいた。
 彼女は正面玄関の前に佇んで、窓に映る雲を見上げる。
「あれ? キミ……」
 声がして振り返る。
 この前会った大学生。杉原一真が立っていた。
「彼、退院したんじゃないの?」
「えっ?」
 優子は声にならない声を上げた。
「いや……一昨日来た時、彼の病室の前を通ったけど……彼の姿は無かったから」
 優子は杉原の顔をポカンと見上げていた。
「いや……散歩か検査にでも出てたのかな?」
 杉原も自分の言った事に自信が持てなくなって、思わず頭をかく。最近は病室の入り口に名前を出さない事も多い。
「そうですか……」
 優子は何と返していいのか判らずに、困惑した笑みを見せる。
「行って見て来れば?」
「えっ、ええ……」
 ――この人、一緒に行ってくれないかなぁ……ていうか、それは無いよね……全然関係ない人なんだから。でも、頼んだら行ってくれそう。
 しかし、仲間が彼を呼んでいる。
「あ、じゃあ、頑張って」
 爽やかな大人の笑顔だった。
 ――何を頑張るんだよ……
 優子は大きなバンに駆け寄る杉原を見送ったあと、ひとつ息をついて玄関の自動ドアをくぐった。




「いなくなった?」
 優子は思わず声を上げた。
 病室にいない忍の事を看護師に聞くと、最初は誤魔化そうとしていたが、若い看護師が渋々口を開いたのだ。
「何処に?」
「それが判れば苦労しないんです……」
 新米らしい若い看護師はそう言って困惑すると、虚ろに床を眺めた。
 ――それもそうだよね。
 優子は一階の玄関口まで出て、携帯で舞衣に連絡してみる。
「ああ……とうとうバレちゃったんだ……」
 舞衣の困惑している顔が、優子には思い描く事ができた。
「知ってたの?」
「うん……でも、病院から報告があったのも昨日で……」
「何時から?」
「2日前の朝にはいなかったって……あたしも術後に会ったきりで……」
 舞衣の声は、何時もよりだいぶ小さい。
 優子は溜息混じりに「何処行ったんだろう……」
「それが判れば苦労しないんですけど……」
 舞衣の言葉に、優子は思わず苦笑した。新米看護師からも聞いた言葉だ。
「思い当たる所は連絡してみたんですけど……あまり公にも出来ないから……」
 舞衣は深刻そうに続けた。
「そうだよね……」優子も思わず頷く。
「優子さん、どこか心当たりは無いですか?」
「あたしは……ごめん……全然ないかも……」
 結局忍の行方の検討はつかないまま、優子は電話を切った。
 駅へ戻る足取りは一層重かった。
 ――どうして彼はそう何度もあたしの前から消えるの? 近づいて来たのは向こうじゃん……
 会えなくてもあそこで治療を続けて頑張る忍の姿を思い描けば、ある意味それで満足していた。
 しかし……何処にいるか判らない今、何をどう思えばいいのかも判らない。
 何れ、忍は本当に消えていなくなってしまうのではないだろうか。
 本当は、彼は元々存在していないのでないだろうか……
 優子はそんな馬鹿げた事まで考え始めてしまう。
 もう直ぐ2年生最後の期末試験がある。
 忍は何とか参加してくれるような気がしていた優子だが、何処にいるかも判らないのでは試験の受けようも無い。
 まさか、学校に姿を現すとも思えなかった。
 心なし暖かい陽射しを感じながら、それ以上に少し冷たい風が優子の身体をすり抜けてゆく。


 優子は忍が姿を消した事を誰にも言わなかった。
 いや、言えなかったのだ。
 大騒ぎになる事態を知っていながら、自分の口から先走って発する事は出来ない。
 何処からか情報が漏れるのを待った。
 誰かから伝わった言葉で、みんなが忍を気にすれば彼の行方は判るかもしれない。
 しかし、学校内ではそれに携わるような噂は聞かなかった。
 何か自分の知らない事態が起きていて、忍は別に消えたわけじゃないのかもしれない。何か得策があって彼は姿を消したのだろうかと、優子は思った。
 少しでも好転するような事態を考えたい。
 でも、そんなはずは無いのだと、自分で自分にツッコミを入れてしまう。
 そんな虚しい思いを繰り返すうちに、3年生の卒業式は行われて3日後には期末試験が始まろうとしている。
 夕暮れの時間が何時の間にか大分遅くなって、西日はどこか暖かい光の小波を注いでくるが、今の優子にはそれは届かなかった。





いつもお読みいただき有難う御座います。
ラストに向って話しは動いております。






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