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琥珀色の風
作:徳次郎



◆第66話◆


「篠山、忍に連絡は出来ないの?」
「ああ……」
「心当たりも?」
「ああ、俺だってニュースを見るまで知らなかった。お前の方が気付いてたんだろ?」
「あたしは、もしかしたら。ってお母さんに聞いていただけだし、こんな急に事が運ぶとは思ってなかったよ。もっと前振りとかがあると思ったし、忍までいなくなるとは内心思ってなかった」
 安西は篠山を見上げて「電話とかしてみた?」
「直ぐにかけてみたけど、アイツの携帯は通じないんだ」
 篠山もさすがにどうにもならないと言った様子で、両手を軽く上げて見せた。
「何処に行ったのかしら……忍」
「さあな……一家心中はないだろ」
 安西は篠山の脇腹を肘で突いて睨む「縁起でもない」
 しかし彼女も実際そんな事はないだろうと思った。
 あの家族には絆を感じない……中学の時に会ったきりだが、今もそれは変わらないだろう。
そういう家族は一家でどうにかなる物ではない。
 あの父親なら、おそらく家族がバラバラになる事はあっても、誰かを道連れにはしないだろう。そして、あの母親も。
 篠山も安西もそんな考えは同じだった。
 安西の家庭もバラバラだ。
 それは自分が原因なのだが、自分に非が在るわけではない。
 父親は彼女の妊娠を許さなかった。相手が乱暴した犯人連中だという事で、尚更安西をせめた。
 安西ひとみには居場所がなかった。
 だから家を出た。
 あの親の傍で暮らすより、全てを一人で迎える独りの生活の方がいくらもましなものだった。
 母親は今年の夏ごろから彼女と連絡を取ってくる。
 時には家の近くまで来て、会うこともあった。
 母親は帰ってきなさいと言う。
 しかし安西は知っている。父親は自分を許していない……うわべは家族を装っても、そんな家に帰るのはまっぴらだった。
 どうって事ないわ……家族と離れて暮らす事なんて平気よ。忍だってきっとやっていける。
 そんな安西でも、忍の居場所だけは気がかりだった。


 * * *


 腐食したコンクリートのような空。
 重圧のある雲が頭上を埋め尽くして、昼過ぎになると白い雪が舞い降りてきた。
 弱い風に煽られて、ヒラヒラと揺らいだ幾つもの雪輪が地面に落ちては消える。
 試験休みに入って二週間。
 忍の居場所は判らないままだし、優子にはそれを調べる術も無い。
 何度か一葉に誘われて街へ買い物へ出かけたが、どこか気乗りしないまま虚ろぐような一日を彼女に付き合わせるのは悪いと思った。
 アレから何度も忍の家に行ってみた。
 優子にはそんな事しかできない。もしかしたら、ちょっと出かけていただけで、あの家に忍が戻って来るような気がしたから。
 しかし、彼の家は明かりひとつ燈る事も無い黒い塊のまま、何も変わりはしない。
 ――やっぱり、そうだ……お母さんが言った通りだった。何時どうなるかなんて判ったもんじゃない。傍にいると思っても、何時それが無くなるか判んないんだ。
 優子は薄暗い部屋の中から、雪の舞う窓の外を眺めた。
 向かいの家の屋根が、ほんの少しだけ白くなっていた。
 ――よかった……お母さんに紹介しなくて。告白とか、付き合うとか、曖昧なままでよかったんだよ。どうせ、消えてなくなるんだから……
 彼女はアスファルトに落ちて消える雪を見つめていた。


 車通りのない裏路地はすっかり白くなっていた。
 昨日から降り出した雪……12月にこんなに雪が降るのは珍しい事だ。
 ――うわぁ、何でよ……ウンコふんだ……雪でわかんなかった……ていうか、誰だよもうっ! 犬の散歩の後始末しろっつうの……
 優子は歩道脇の積もった雪に、お気に入りのブーツの踵を何度も擦り付ける。
 ――よかった、雪があって。キレイにとれそうだ。
 靴底を丹念に雪で拭うと、彼女は思い出したように目的の場所へ向って歩き出した。


 優子は踏み切りを渡って駅向こうへ来ていた。
 図書館の近くにある喫茶店の隅で、人を待つ。
 入り口ドアの開く音がして、彼女が視線を注いだ先からその相手は現れた。
 ハードウォッシュのジーンズにブラウン系のショート丈ダウンを羽織った安西が、足早に近づいてくると無言のまま優子の席の正面に座る。
「ご、ごめんね、何か呼び出して」
 優子はそんな彼女を上目遣いでチラ見した。
「別に、暇だからいいけど」
 安西はそう言って、カカオカフェを注文すると、黒縁のメガネを指で軽く触った。
 休みの日は篠山と出かける事でもないと、相変わらずコンタクトはしないのだろう。
 優子は結局諦め切れないでいる。
 今更諦める事は出来なかった。
 何か忍に関する情報はないか、我慢できずに安西に連絡をとった。
「忍の居場所は?」
 安西が短く問いかける。
「やっぱり……判んないよね」
 優子は視線を下げた。
「何? あたしに訊こうと思ってたの?」
「だって、何かあたしより知ってそうな気がして……」
「あたしが知るわけないでしょ」
 ――な、なによ。こっちが下手に出てると思って、高飛車な……ていうか、もともとか。
「連絡くれるとしたら、あたしよりアンタよ」
 そう言った時、安西にコーヒーが運ばれて来た。
 優子は視線を上げて、安西を見つめる。
 安西は自分の言った言葉が当たり前だというように、出されたばかりのカカオコーヒーのカップを手にすると、そっと口に着けた。








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