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琥珀色の風
作:徳次郎



◆第48話◆


「ねえ、雑誌で見たセーター探したいんだけど、優子今日暇?」
 放課後声をかけて来たのは一葉だ。
 舟越を追い詰めた一見と、忍の事を知っているという事から、二人は以前に増して親しくなった気もする。
「あっ、あたし行く」
 声を出したのは近くにいた里香だ。
 彼女は小走りに二人に近づくと
「最近二人でばっかずるいよ」
「そんな事言って、あんた最近彼氏見つけたって噂じゃん」
 一葉がそう言って笑うと、里香も笑う。
「あっ、ばれてた?」
「そ、そうなの?」
 優子が目を丸くする。
 ――ほんと、一葉ってあなどれないよ。ていうか、あたしが疎いのか?
「今日は暇でさ。付き合うよ」
 里香がそう言いながら優子の机に腰掛けると
「優子も行くでしょ?」
「えぇっ? あさってから試験だよ。少しやらないとなぁ」
「そんなの夜やればいいじゃん」
 ――あたしは机に向ってから、エンジンかかるまで1、2時間はかかるんだよ。
「でも、いま欲しいものないしなぁ」
「欲しいもの持ってるって噂だしね」
 一葉がわざと嫌味っぽい口調で言うと、里香がそれに反応する。
「ナニナニ? 優子、何手に入れたの?」
「何でもないよ。なんにも手に入れてない」
 そう言って一葉を軽く睨んで「変な事言わないでよ」
 優子と忍は相変わらず学校ではほとんど話はしない。
 前よりはほんの少しだけ喋る機会も増えたような気もするが、変わったというほどではないだろう。
 安西とはまるっきり会話する事もなく、向こうも突っかかってくるような感じではない。
 優子はさり気なく安西が会話を交わす連中などに視線が行ってしまう。
 ――あの娘たちはあの学校裏サイトを見たのだろうか……あの記事の事を知っていて、あんな風に普通に安西と話してるの? それとも、意外とみんな知らなかったりして。
 そんな事を考える事も多く、クラスみんなをおかしな目で見てしまう。


 優子は結局一葉と里香に誘われるまま買い物へ出かけた。
 前なら平気で断っていたのに、何故か断りきれなかった。
 別に一葉は気が置けないと思っているはずなのに、どうして断れなかったのか自分でもよく解らない。
 付き合いが増えるというのは、こういう事なのかとも思ってみる。
 二人と別れて駅に着いたのは、もう夜の8時を過ぎていた。途中でお茶なんてしたから、余計に時間をくった。
 ――はあ、昨日もほとんどやってないから今日は少しでも数学やっとこうと思ったのになぁ。まあ、少しは時間あるか。
 優子が駅のホームに降りると、ひとつ後の車両から安西が降りてくるのが見えた。
 彼女も優子に気付いたようだ。おそらく塾の帰りだろう。
 相変わらず綺麗な黒髪が、弱い風に揺れていた。
 優子は何となく足を止めて彼女が近づくのを待った。
 前々から彼女に訊いてみたい事があったから。
「なに? 何かあたしに用?」
 安西は近づいてくると、木で鼻を括るような表情で優子を見た。
 優子は少し俯いてしまうが
「あ、安西はさ、高森の何処が好き?」
「はあ? な、何よいきなり」
「どうなのかなぁ、て思って」
「ど、どうしてあんたにそんな事言わないといけないの? それにこんな所で話す事でもないでしょ」
「そうれはそうなんだけどさ……」
 優子は少し俯いた視線を上げて、安西を見た。
 安西は、優子の視線の真剣さに少しだけ心がたじろぐ気がした。
 優子は安西の瞳の奥を覗いていた。ホームの明かりが溶け込んで、思った以上にそれは澄んでいる。
 虹彩が綺麗に見えるコンタクトを使っているのかもしれないが……
 安西は思わず先に視線をそらす。
 周囲に視線を巡らせたあと、再び優子を見る。ゆっくりと、困惑の視線で。
「あんた、忍の事好きじゃないの?」
「解んない……」
 優子は俯いて小さく首を振った。
「高森が解んないのよ。何を考えているか、全然わかんない……」
「そんなの、本人に訊けばいいじゃない。男の考えなんて、あたしら女には理解できるわけないじゃん」
「じゃあ安西は? あんたはどうなの?」
「あたしは、訊いたって仕方が無いのよ。話は既に完結してるんだから」
「それでも、高森が好きなの?」
「そうね……初めての人だから……かもね……」
 安西はポツリと言った。
 その瞬間、優子の胸の中にイナズマが走って、冷たい氷の柱がせり上がった。
 それは驚くほど透明で、硬質で鋭く、心の中を一瞬でズタズタに切り裂いた。
 何となく解っていた……安西と高森がそういう関係だった事は、心の何処かで気付いていたはずなのに、面と向かって聞く言葉がいかにも生々しくて、一瞬で思考力を奪った。
「だから、あたしはその後に他の連中に乱暴されても、立ち直る事ができた。それが初めてじゃなかったのは、精神的救いになったから……」
 安西は優子を見ると「知ってるんでしょ。学校裏サイト」
 ――やっぱり……やっぱり安西も、サイトの事は知ってたんだ。
「じゃあ、アレに書き込まれた事は本当なの?」
「さあ、どうかしらね。読みたいヤツには読ませてあげるよ、別にさ」
 安西は空を仰いで少しだけ涼しげに笑った。
 その姿は羨ましいほどに毅然としている。
 肩に乗っていた黒髪が、ゆるりと後へ落ちた。
「あのサイトは、もう消えたよ。犯人突き止めたから」
 少し冷たい夜風が二人の間を吹きぬけた。
 安西は再び優子を見つめると目を細めて
「突き止めたって? どうやって?」
「それは言わないし、犯人も言わない」
 優子は安西を見つめたまま「でも、完全に消去されたから。もう、何も残ってないから」
 安西の左の細い眉が、ピクリと動いた。
「そんな事して、あたしに恩義を着せる気?」
「別に……そんな事思ってないよ。ムナクソ悪いから犯人を捕まえただけ。それだけだよ」
「どうせ、舟越とかじゃないの。あんなの書くヤツなんてさ」
 再び空を仰いだ安西は、紺青の中に小さく浮かんだ月を見つめる。
「あんたに礼なんて言わないわよ。別に頼んでないしさ」
「いいよ別に。そんなの欲しいわけじゃないから……」
 安西は優子を一瞥して、先に階段に向かって歩き出した。
 流れる雲に月が覆われて、照明の届かない場所は闇に包まれた。
 同じ電車から降りた人影はもう無くて、ポツリポツリと次の電車に乗る人影がホームに降りてきた。
 安西は振り返って優子を見ると、わざとらしく冷酷な笑いを浮かべて
「あんた、あたしが思ってた以上にバカかもね」
 その残像だけを残して彼女の足音が階段を上っていくと同時に、雲に隠れていた月が顔を覗かせて、フッと辺りに月影が注いだ。
 安西の靴音が階段の先に完全に消えてから、優子はようやく静かに歩き出した。










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