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琥珀色の風
作:徳次郎



◆第37話◆


 この日は学園祭の後片付けだけが目的なので、掃除が終われば帰るだけだ。
 優子は一葉と一緒に昇降口で靴を履き替えていた。すると、後に何か気配というか殺気を感じて振り返る。
 ――ビックリしたぁ。
 杉浦健也が立っていた。
 しかし彼は何も言わない。優子は杉浦の襟章を見て彼が3年生だと気付いた。
 彼はモジモジした表情で、薄っすらと笑みを浮かべたまま優子を見つめていた。
 その視線というか、そんな空気に耐えられず彼女は声を出す。
「あ、あの……」
 ――キモいんだよ。なんで黙って立ってるわけ?
「この前の手紙は……」
 優子がそこまで言うと、杉浦は踵を返すように身体の向きを変えて歩き去ってゆく。
 ――はあ? な、なに? 何なの? どういうんだよ、あの3年。
「優子、知り合い?」
 横にいた一葉が怪訝そうに訪ねる。
 誰がどう見てもおかしな状況だった。
「う、うん……ちょっとね」
「ちょっとって……?」
「う、うん」
 優子は何となく手紙を貰った事を言い出せなかった。


「ねえ、舟越って、本当に風邪なのかな?」
 優子と一葉はプラットホームで電車の来るのを待っている。
 午前中で作業は終わってみんな帰宅なので、駅には彼女たちの学校の生徒がほとんどだ。
 運動部はもう活動を始めたが、文化部は逆に一大イベントも終わってしばらく休みのところが多いだろう。
「なんで?」
 一葉は優子の意外な質問に怪訝な笑みを浮かべる。
「うん……」
 優子は少し思案を巡らせると
「ねえ、舟越の家って何処か知ってる?」
「知らないよ、そんなの」
 一葉はそう言って笑うと
「何、あんた舟越なんかが気になんの?」
「べ、別にそういうんじゃなくてさ……」
「優子も何気に男好きなのかな」
 一葉がボソッと言った。
「えっ?」
「ううん、何でもないよ」
 一葉は優子と忍が頻繁に会っている事を既に知っている。
 それでも何も言わないのは、友達として優子が何も言わないからだ。
 だから、知らないふりをしてやろうと思っている。
 ただ、男に興味がないような素振りだった優子が、忍と肩を並べて歩く姿は、一葉に僅かな衝撃を与えたのは確かだ。
「実はさ……」
 優子が躊躇しながら渋々口を開く。
「裏サイトって、舟越かもしれないんだ」
 思いかけない彼女の言葉に、一葉は振り返る。
「どういう事?」
 優子は舟越が中学時代、忍や安西と同じ塾へ通っていて二人の事を思いの外知っている事を一葉に話して聞かせた。
「でも、今まで黙ってたのに、どうして急にそんな暴露しちゃうの?」
 話を聞いた一葉が訊く。
「判んないよ。安西に何かされたのかも」
「でも、舟越って、何だかんだみんなに邪険にされてない?」
 その時電車が到着して、二人はそれに乗り込んだ。
「意外とあんたが一番仲がいいのかもね」
 さり気なく言った一葉の言葉は特に何の意味も無かったつもりだ。
「な、なんであたしが仲いいのよ」
「ほら、あんた最近面倒見がいいって言うかさ、前から舟越の分の仕事やってるし」
 ――それはあの男が何時もボケッとしてるからよ。ていうか、あたしがやるしか無いじゃん。
「だってしょうがないじゃん……」
「冗談だよ」
 一葉がそう言って優子の肩に手を乗せると、その話題は終わった。
 午後の陽差を受ける家並みがゆっくりと過ぎてゆくのを、優子は車窓から眺めた。
 ふと、以前図書室の作業で舟越が頬を赤くした事を思い出していた。
 ――ま、まさかね……そんな事ないよね。だって、いままで何も無く過ごしてきたのにどうして急にそんないろんな人に好意を持たれるの?
「ねえ、ちょっと新宿行かない?」
 一葉が声をだした。
「別にいいけど」
「暇だしさ、あたしバイト夕方からだから、少しブラブラしようよ」
 ――ま、どうせ高森はもう部活だし。やることないから付き合ってやるか。
 優子は「うん」と頷いて、自分の降りる駅を通過した。




 日を追う毎に夕暮れ時は早くなって、5時を過ぎると空はすっかり夕闇に包まれる。
 一葉と別れた優子は、独り電車に揺られていた。
 あと一駅で地元の駅に着くところでふとホームを見ると、舟越の姿が見える。同じ電車に乗っていたようだ。
 ――あいつ、何やってんだ? ていうか、やっぱ風邪とかじゃないじゃん。こんな所ウロついて。
 直ぐにドアが閉まって電車は走り出し、優子はホームを歩く彼の姿をもう一度確認する。
 ――ここが、アイツの乗降駅なのかな? だとしたら意外と近くに住んでるんだ。
 優子は隣駅とは言え、再び駅名を確認した。


 雑踏に溶け込むように駅階段を下りてロータリーに出た優子は、本屋に寄り道した。
 何となくあれこれ物色して結局何も買わずに店を出ると、何だかふと思い立って以前忍と回り道した通りに目が留まり、吸い寄せられるようにそこに足を向けた。
 彼の親戚の住んでいるという通りだ。今は、弟の直樹の彼女が住んでいる場所……
 何故かは判らないが、何となくその通りを懐かしく感じたのだ。
 暫く行ってそのまま国道を渡ると、古い住宅街の庭木から早々と落ちた枯れ葉が、歩道の隅に溜まっている。
 ――なにやってんだ、あたし。
 そんな事を思っても、もう引き返す方が遠回りになるので、次の角を曲がって行こうと思った。
 その先には忍の親戚の家がある。
 そして優子は、その家の前に佇む二つの影を見た。
少し離れた街路灯の光が微かに届いて、二人の人影を映し出していた。
 ――あれって……








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