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琥珀色の風
作:徳次郎



◆第20話◆


 優子が学校を出る頃には、既に外は暗くなっていた。
 午後から曇っていた空は、何時もより早い時間に陽が暮れていたのだ。
 気がついた時には舟越はもう帰ったようで、彼の姿は見えなかった。いたとしても、絶対一緒に昇降口を出たくはないが……
 街路灯に照らされながら、優子は駅までの道を歩く。
 ――どうなってんのよ、もう。部活の連中より帰りが遅いってどういうことなの? 
 図書室での作業が終わったのは結局5時半を回っていた。
 部活は通常5時半までなので、運動部の連中も大半の生徒はひと足早く下校している。
 まだ体育館には明かりがついていたのでこれから帰る連中もいるのだろうが、今現在優子の周囲に人影は無い。
 さっきまで前方に見えたジャージ姿の二人組みの生徒は、路地を曲がって見えなくなった。
 きっと、駅へは行かないのだろう。
 途端に暗闇が荒涼な風景に思えて、ちょっぴり心細くなる。
 その時、優子は不意に後ろから近づく足音を聞いた。
 スニーカーのようだが、アスファルトを踏む足音が確かに近づいてくる。
 ――何? なんでそんな急ぎ足なの? そんなに急いで何処に行くの? 駅だよね、急いで電車に乗るんだよね。ただそれだけだよね。
 彼女は心持歩くスピードを緩めて、後から近づく気配が容易に自分を追い越していけるように配慮した。
 さっさと追い越してもらって、足音の姿を確認したかった。
 しかし、足音は優子の直ぐ後ろまで近づくと、スピードを緩める。
 ――な、なんで? どうしてあたしの後ろでスピード緩めるの? なんで、そのまま追い越して行かないの?
 彼女には後を振り向く勇気は無かった。歩くペースが自然と足早になる。
 そのペースに合わせるように、直ぐ後の足音もスピードを増した。
 ――う、ウソ? 何? 通り魔? 強姦魔? 大丈夫よ、もう駅は目の前だから。大丈夫。
 優子は後ろの気配を感じながら、無意識にポケットの携帯電話を握り締める。
 後を歩く気配はもう、直ぐ後ろにあった。
 いくら鈍い優子でも、誰かの息使いを背中にぞわぞわと感じていた。
 優子はいきなり肩を掴まれて、思わず息を飲み込む。全身に鳥肌が立つのを感じた。
 実際は掴まれたといより、軽く触れただけだったが……
 ――きゃぁぁあぁぁ! やっぱり狙いはあたしなのね。やっぱり、細い路地とかに連れ込まれるの? いえ、このまま振り切って逃げるのよ。駅までダッシュして、誰かに助けを求めれば助かるわ。あぁぁ、でも、あたしの遅い足で振り切れるのか……?
(この間0,2秒)
「五十嵐」
 しかし、それは聞き覚えのある声だった。
 優子は慌てて振り返る。「高森」
 ――もう、超ビビったじゃないの。肩に手を掛ける前に声出せっての。怖いじゃないのよ。
「ずいぶん遅いんだな。ビックリして追いかけて来ちゃったよ」
 そう言った忍の笑顔が、街路灯に照らされていた。
 ――どうしてビックリして追いかけるの? 意味解んない。
「び、ビックリしたのはこっちよ、もう」
「ああ、ごめんごめん。驚かす気は無かったけど、暗いからギリギリまで近づいて確認したかったんだ。もし人違いだったらヤダろ」
 忍は相変わらず爽やかな笑顔で
「何でこんな遅いの?」
「うん、ちょっとクラス委員の用事で」
 ――本当はクラス委員とは関係ないんだけどね……
 優子はそこで、舟越から聞いた事を思い出した。
 横に並んだ彼から、思わず顔を背けるように歩く。
 もう、目の前は駅だった。二人は何となく黙ったまま駅の階段を上ってそのままホームへ降りる。
「なんか、機嫌悪そうだね」
「そ、そんな事ないよ」
この朗らかな笑顔が彼の全てを覆いつくして、全てを隠しているような気がして、その笑顔の向こうが優子は気になりだしていた。
 彼は本当に見た目通りの人間なのだろうか……
 ――もう、舟越のヤツ、微妙に詳しい情報をくれるもんだから、何だかギクシャクするじゃないのよ。
「日曜は、暇?」
「えっ?」
「明後日、またどっか行かない?」
 ――また、予想外の時に誘って来たよ。相手の意表をつくのが趣味なのか?
 優子は一瞬戸惑いの表情を見せたのだろう。
「なんか、予定ある?」
「な、ないけど……別に……」
 優子は一呼吸置くと
「な、なんで……あたしを、誘うの?」
 俯いたまま小さな声で訊いた。
「何でって、いちいち理由が必要なの?」
 ――当たり前だ、バカ! 何となく誘ってるのか? 適当に誘ってるのか?
「そ、それって、誰でもいいんじゃないの?」
 優子には勇気のいる言葉だった。
 このままただ何となく彼と過ごしていれば、自然に彼氏彼女の仲になる可能性だって充分あるのだ。
「誰でもよくは、無いよ」
 ――だからぁ、その理由を言えっての。
 忍は一瞬間を置いて続ける。
「実はさ、お台場のホテルのホールでやる、ケーキ食べ放題のイベントチケット貰ったんだよ。他に行く人いなくってさ」
 ――なんだよ。今回は本当に他がいなかったのか……ていうか、ケーキ食べ放題? なんてステキなイベントなの。
「誰か誘ってみたの?」
「いや、誘えるような人が思い浮かばないし、ちょうど五十嵐がいたから」
 ――丁度なのか? ていうか、ホテル? も、もしや、その後は予約してるホテルに誘われるなんて事に……だめよ、まだそんな事できないよ……
 優子の頬が思わず朱色に染まる。
 しかし、食べ放題の後にホテルに誘うなんて事は、おそらく在り得ないだろう……
「か、考えておく……」
 ――な、なに勿体つけてんのよ。他の人誘われたらどうするの? 高森と出かけたくないの? あたし。
「ああ、明日は俺部活だから、夜にでも電話するよ。時間は確か……昼から3時頃までだったと思うよ。かなり有名なパテシエも参加してるって」
「う、うん……」
 二人はその後、何時もより混み合った電車に揺られて地元の駅へ向う。







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