琥珀色の風(12/95)PDFで表示縦書き表示RDF


琥珀色の風
作:徳次郎



◆第12話◆


 渋谷で映画を観た後の少し遅いお昼時、ファーストフードの店に入ると、優子の中に不安の兆候が見え始めていた。
 朝に薬を飲んでから、既に4時間以上経っている。
 ――ヤバイ、薬が切れてきた。薬持って来たっけ……? 
 席について直ぐ、優子はバックの中を漁る。
 ――やっぱり持って来てない……急いで出たからだ。どうしよう……めちゃくちゃピンチ。
 不安の兆候は高まる一方だった。
 とりあえずポーチを片手にトイレに立つ。
「ちょっと……」
「ああ」
 優子が全てを言わないうちに、忍は声を返してくれた。
 ――ヤバイよ。薬……
不安と共に、痛みはあっと言う間に身体の奥から湧き出てくる。
 優子が席に戻ってくると、忍もトイレに立って行った。
 周囲の席を埋め尽くすのは同世代が多い。誰もが楽しそうに話しこんでいるが、今の自分には無理な行為だと思った。
 この空間で自分一人が不幸に向かって突き進んでいる気がする。
 彼女は既にメニューを見る余裕がなくなっていた。
 お腹が痛くてテーブルに突っ伏すしかない。
 ――どうしよう……お腹痛い……薬がないとヤバ〜イ。
 優子は何時も薬で凌ぐタイプだ。それでも何時も以上に痛みが酷いような気がするのは、何時もと違う環境のせいだろう。
 数分間がとてつもなく長い気がする。
 薬のない不安が、余計に痛みを増幅させているかのようだ。
「おい、大丈夫か? 具合悪いのか?」
 トイレから戻って来た忍が優子の様子に気づいて、席に駆け寄ってきた。
「ごめん……ちょっと……」
 ――どうしよう……生理って言えないよ……
「腹の調子が悪いのか? トイレ行ってきた方がよくないか?」
 お腹を抱えるような彼女の姿に、忍は小声で言った。
 優子はテーブルに突っ伏したまま頭を小さく振る。
 忍はほんの少し思案を巡らせると、再び小さく声を出す。
「もしかして……あ、あれか?……あの日……ってやつか?」
 優子は苦しそうにコクリと頷く。
 もう何も思考する事は出来なかった。
「どうすればいい? 何時もは……学校ではどうしてるんだ?」
 忍はテーブルに顔を近づけて、優子を覗き込むように訊いた。
 ――ぎゃぁ、そんなに覗き込むな……
「薬飲んでる……」
「薬って、正露丸か?」
 ――馬っ鹿じゃないの。正露丸でこのお腹痛が治るわけないだろう。それで、本当に成績トップなのか?
「鎮痛剤……」
 消え入りそうな声で優子が応える。
「鎮痛剤かぁ。今持ってないのか?」
 優子は再び小さく頷くと「買って来て……」
 ――わぁぁ、もうどうなってもいい。この痛みが止まるなら、どうでもいいや。
「ああ。分かった。ちょっと待ってろよ。さっきマツキヨが在ったから、俺行って来るよ」
 忍はそう言って立ち上がると、店を出て行った。
 ――アイツ、本当に買いに行った? まあ、いいや。早く買って来て……
 その時、誰か女性の声が聞こえた。
「何処か具合が悪いのですか?」
 優子はやっとの思いで顔を上げると、目の前には赤い帽子にエプロンの女性が立っている。この店の店員だ。
 同じ女性なら話しが早い。
「生理痛が酷くて、でも、薬が無くて……」
「鎮痛剤ならどれでも大丈夫ですか?」
 女性店員は優しい声で言った。
「と、とりあえずは……」
「ちょっと待っていて下さい」
 女性の立ち去る足音が聞こえた。周囲の席が、少しだけざわめいているのが分かったが、優子はもう顔を上げる気力が無い。
 少しすると、再び女性店員が近づいて来るのがわかった。
「薬、お持ちしましたよ。お水もありますから、飲んで下さい」
 ――ああ、なんて優しい店員さん。渋谷の街も捨てたもんじゃないね。
 優子はテーブルに手を着いて身体を起こすと、薬を口の中に入れてグラスの水を飲み干した。
「有難う御座います」
 店員を見上げて優子は小さくお礼を言った。
 周囲の視線を感じて辺りを見渡すのが怖かったので、再びテーブルに突っ伏した。
「少しの間こうしていていいですか?」
「はい、よくならない時は遠慮しないで呼んでくださいね」
「はい……」
 ――ああ、なんていい人。今度このお店宣伝してあげるよ。
 根拠の無い宣言を、心で呟く……
 店員の立ち去る足音が聞こえて間も無く、誰かの足音が近づいて来た。
 息が荒れているのが分かる。
「買ってきたぞ」
 忍の声だった。かなり走ってくれたのだろう、息が上がっている。
 しかし優子は、既に薬にありつけた安堵で、危なく忍の存在を忘れかけていた……








ネット小説ランキング>恋愛コミカル部門>「琥珀色の風」に投票 ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう