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ある発火能力者の悩み

作者: 陸 理明

 二十代主婦です。

 私は、視界に入っているものならば、たった5秒睨むだけで発火させることができます。


 いわゆる、発火能力者(パイロキネシスト)です。


 実際に試してみたことはありませんが、大人になった今ではたぶん一戸建ての普通の建物なら、30秒もあれば完全に炎上させることができるでしょう。

 子供の頃からこの能力についてはだいたい理解できていたので、このように漠然とではありますが、例え使わなくても力の限界のようなものは把握できています。

 皆さんがドン引きされているかもしれませんから若干の言い訳をさせてもらいますと、私がこの能力を使って何かを発火させたことはほとんどありません。

 まだ完全に掌握してきれていなかった子供の時には、一、二度能力を暴走させてしまったこともありますが、大事に至ったことはないです。

 私が、よくあるドラマや映画、マンガのように能力者として迫害や差別を受けなかったのは、自分の力を他人に知られなかったということもありますが、夫となった人のおかげだと思っています。

 まず、私の悩みを相談する前に、私と夫の半生を語る必要がありますね。


 私が自分の発火能力に気がついたのは、小学生に上がってからのことです。

 それ以前の幼児期にも無意識に使用していたかもしれませんが、そのことについては覚えていませんし、何か事件があった記憶もないので、おそらくは何もなかったのでしょう。

 実際に使用してみなくても、私は「火をつけられる」という自信のようなものが心の奥底にありまして、あるとき河原で試してみたらすぐにティッシュに火が付いたことからそれは確信へと変わりました。

 しかし、自分が持っている超能力がどんな風に見られるのか、なんとなく把握していた私はそのことを誰かに告げることはできませんでした。

 今でも、両親はこのことを知らないはずです。

 両親にも誰にも相談できないことから、当時の私は内気で考え事ばかりしている暗い女の子でした。

 そして、小学四年生のときには、クラスの男子の数人からイジメを受けるようになります。

 最初は言葉でバカにするような些細なものだったのですが、どんどんエスカレートしていき、私の教科書や持ち物などが隠されたり、落書きされたりするようになりました。

 ただでさえ、発火能力のせいでストレスが溜まっていた私は、男の子たちの執拗な嫌がらせに情緒不安定になっていたのを覚えています。

 忘れもしない、あれは梅雨明けの暑い初夏の日の事でした。

 珍しく早起きをして、教室に一番乗りした私の机の上は紙くずで覆われていました。

 昨日の掃除当番だったイジメっ子の一人が、私の机の上にゴミをぶちまけて帰っていったのです。

 あまりのショックに私は呆然とし、次の瞬間には何かが切れました。

 同時に、机の上のプリントやビニールの類が一気に火の手を挙げ、机の上には見たことのない火柱が立ち上ったのです。

 私はすぐに自分のしでかしたことに気がつきました。

 発火能力のことが知られたら、私はもう普通には生きていけません。

 そのぐらいのことは十歳の女の子でもわかります。

 私が茫然自失とし、なにをどうすればよいかわからなくなっていたとき、横から突然声がしました。


「大変だあ、大変だあ!!」


 同じクラスの男子でした。

 イジメっ子ではありませんが、顔を知っていた程度で話をしたことはない子でした。

 おかしなことに手には大きな赤いものをもっていて、それが隣のクラスとの境においてある消火器であることに気づきました。

 男の子はなんのためらいもなく、消火器のストッパーを外して、おもむろに狙いを定め、


「シューーーート!!」


 と、叫びながら消火器の白い泡を放ちました。

 火柱の規模に比べ、やはり燃料となる燃焼物が少なかったからか、机の上の火災はすぐに鎮火されてしまいました。

 ほかならぬ、男の子の手によって。

 自分の消火作業の成果をバンザイして喜ぶ男の子の姿はある意味イタイタしかったのですが、私の愚かさの尻拭いをさせてしまったことはわかっていたので申し訳なさが先に立ってしまい、何も言えずにいました。

 このことはすぐに職員室に告げられ、私と彼は先生たちに事情聴取を受けました。

 やはり当初は私たちの火遊びによるものと疑われましたが、二人共マッチもライターも所持しておらず、ゴミに火をつける理由もないことから、犯人でないことはすぐに理解してもらえました。

 火元については、太陽の光の自然発火によるものだろうと納得されたようです。

 私の能力を知らなければ、それ以外、どんな説明もつかないからです。

 一方で、私に対するイジメが発覚し、イジメっ子達は注意を受けた上で、親が呼び出されてお説教をされたようです。

 後で聞いた話によると、いやがらせのため放火までしたんじゃないかとも言われていたそうです。

 それ以来、私に対するイジメは止みました。

 私はそのこと自体についてはほっと胸をなで下ろしていたのですが、それ以上のメンドくさい厄介事が発生してしまいました。

 例の男の子―――実は彼が今の夫です―――が、この時の消火活動を褒められたことで気をよくしたからか、どこからか小さなミニ消火器を手に入れてきて常に持ち歩きだし、「○×小消防団」を名乗りだしたのです。

 団、と名がつくからにはもちろん団員がいます。

 団長は彼ですが、平の団員として強制的に徴集されたのは私でした。

 彼は嫌がる(声や態度で抵抗したことはありません。当時の私はまだ内気な少女でしたから)私の手を無理やり引っ張り、家庭科室や給食室などの火の手のあがりそうな場所をパトロールすることを日課にし始めたのです。

 それだけでなく、近所の消防署への挨拶回りや消火栓マップの作成等、小学生が思いつくありとあらゆる消防団活動を朝から晩までやりました。

 休みの日も例外でなく、私は自称団長の思いつきを叶えるために、四苦八苦になり、おかげでよけいなことを考えることも少なくなっていきました。

 ほとんど四六時中、消火器をもった彼と一緒にいたせいか、私の内気も少しずつ改善され、卒業の時期には彼以外の友達も幾人かできました。

 そういえば、彼がいつも私のそばにいたことも、例のイジメがなくなった理由の一つかもしれないと今では思います。

 

 夫の奇行は中学に入ったころには一旦落ち着きました。

 彼は子供っぽい「少年消防団」を止め、今度は一歩進んで火災に突っ込んでも大丈夫な(彼の言うところの)レスキューになるために体力作りを始めたのです。

 おそらくはある少年マンガの影響だとは思いますが、もう体育系の部活でもないのに走り込みや筋トレに熱心に取り組みだして、挙げ句の果てには陸上部の生徒よりも上の耐久力を得始めるという結果になりました。

 私ですか?

 私は手芸部に入りたかったのですが、入学してすぐに彼にとっつかまり、彼の体力トレーニングのマネージャー役をやらされる羽目になりました。

 他の生徒からは、「何をやりたいのかよくわからない」人に付き合う可哀想な奴扱いでしたが、それ以外は特に拘束されるわけでもなく、彼のトレーニングスケジュールをたてたりしながら、中学三年間は発火能力を使うこともなく過ぎていきました。


 何故か一緒の高校に入ると、夫の興味は「活火山」に移っていました。

 つまり火を消すのが楽しい状態から、火を観察し崇め奉るような状態になっていったのです。

 日本でも幾つかの活火山はありますが、どれも遠方にあり、しかも登るのは規制されていたり、大変だったりしてとても素人が関われるものではありません。

 しかし、彼はワンダーフォーゲル部に入り、長期の休みに入ると平日にバイトした金でもって登頂できる山に突撃するということを始めました。

 レスキューに入るために身体を鍛えまくった少年なので、ちょっとした肉体労働のバイトなんて苦にもならなかったみたいです。

 そして、「二人分」の旅費を稼ぐと、私を連れては危険な活火山に挑戦するのです。

 正直な話、私は体力がそんなにないので一人で行って欲しいというのが本音でした。


 大学に入ると、夫はもう少し落ち着きを取り戻し、建築学科に入り、不燃構造の建物の研究をするようになりました。

 今度は燃えないものに興味が移ったのでしょう。

 同時に、ネットで防火グッズを買い漁り始め、部屋の中はそういうもので一杯になりました。

 私も泊まりに行くたびに片付けるのですが、これが結構な苦行でして、デート費用はケチるくせにどうしてこういう無駄なものを買うのかといつも怒っていたものです。

 それだけでなく、放火の調査をするため現場におもむき臨床を繰り返し、火災跡をチェックすればどういう過程で火が出たかなどをすぐに解析できるようなスキルまで身に着けだしたのです。

 なんとなく本末転倒な気がして、ある日、彼を問いただしてみました。


「どうして、消防士にならないの」

「消防士になると体が拘束されて、いざという時に身動きがとれないから」

「よくわからないわ。職業的には一番消防士さんがあなたに向いていると思うんだけど」

「僕の家が燃えた時にすぐに対応できないと困るだろう」


 正直な話、夫が何を言いたいのかさっぱりわかりませんが、大学卒業して、消防士にはならず民間の火災研究機関に入ったのは彼らしいな、と思っています。

 それでも彼の消火グッズ好きは変わらず、結婚した今でも、家のあちこちに泡消火材等が所狭しと並べられていて、いつでも取り出せるようにされています。

 毎日定時に帰宅するたびに深刻な顔でそれをチェックしている夫は変な人ですが、仕事熱心なのか趣味の人なのか時折分からなくなります。


 さて、ここからが私の本当の相談なのですがよろしいでしょうか。

 私ども夫婦はこの間、女の子をひとり授かりました。

 その子が、じっとある一点を見つめていると、そのあたりが結露しだして、薄い霜が降りていくのです。

 触ってみたら、ほとんど凍りかけていました。

 もしかしたら、この子は冷凍能力者(パゴスキネシスト)かもしれません。

 その場合、私のときのように、この子のためには、火をつけるのが好きなボーイフレンドができればいいのでしょうか。

 そんな趣味の持ち主だと、将来的に夫と折り合いが悪くなって家庭がギクシャクすることになるのではないでしょうか。


 発言小町の奥様方ならどうすればよいと思われますか。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読みやすい文体と構成でオチも落ちるところに落ちていてとっても楽しめました。
[良い点] 拝読致しました。 主婦の独白という形で語られる一種独特の短編、こういうのは個人的にワクワクドキドキします。 それだけにオチが気になるところでしたが、まさか生まれてきた子供にあのような・・・…
[一言] 大変面白かったです。 いろいろな見方が出来る話ですね。 ひょっとして、夫は、自分に無意識に発火をさせる能力があると思い込んでるのかも…などとも考えてしまいました。 いろいろ予想が出来て、夫…
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