闇守護業 7《緑鏡》(11/34)PDFで表示縦書き表示RDF


闇守護業 7《緑鏡》
作:祐太



第二章『微笑む鏡像』(2)


     ◆ ◆ ◆

 薄暗い地下室で待っていたその人物は、冷気を感じさせない温かな微笑みで警備員達を迎えた。

 淡緑色の短髪に、縁の無い丸い眼鏡、整った顔立ち。長い白衣を着ている点を除けば……紫牙澪斗と外見は何の変わりも無い。


「聖斗様、こちらが部長の霧辺真様、そして蒼波遼平様と安藤希紗様でございます」

 真達の後ろに下がった執事が、唖然としている警備員達の代わりに名を紹介する。そして、今度は真達に向かい、聖斗を手で丁寧に示す。

「皆様、氷見谷聖斗様は、氷見谷勝人様のご長男にして、この開発部の部長様なのでございます」

 その言葉に、聖斗は僅かに照れるように微笑みを深くする。ずっと固まっていて微動だにしなかった澪斗が、跪いて右膝をつき、左膝を立てて頭を下げた。





「……ご無沙汰しておりました、兄上」


「無事のようで何よりだよ、澪斗」



 その声の質は、限りなく近かった。背格好、声、珍しい髪の色までほとんど同じ。
 聖斗は笑顔で澪斗へ腕を伸ばして立たせ、真の所まで歩いてくる。そして、頭を下げてこう言った。


「霧辺さん、初めまして。双子とはいえ、弟がお世話になり、ありがとうございます。実は今回僕は――」


「……氷見谷聖斗はん、ワイらに一分時間をくれませんか」
「はい? どうぞ、構いませんが……」
「お言葉に甘えまして……せーのっ」

 小刻みに震えて俯いていた真が、いきなり顔を上げる。後ろの遼平と希紗も同じようにして。



「「「あっ、兄上ぇぇー!?」」」



「何やこの展開はァァー!?」

「ドッキリっ? ドッキリ企画なのコレは!? カメラはどこっ!?」

「やべえぇっ、夢が覚めねえ! 現実に戻れねえぇー!!」

 それぞれ絶叫したり、部屋をきょろきょろと見渡したり、頭を押さえたりと、警備員達は実に個性豊かなリアクションをとる。澪斗は恥をかいたように振り返った。

「えぇいっ、うるさいぞ貴様ら! 喚くな!」

「だって!」

「澪斗がっ!」

「敬語をっ!!」

「何だその言いようは! まるで俺が礼儀をわきまえぬ人間のようではないかっ!」
 「「「その通りだ!」」」と三人全員で澪斗を指差す。その勢いに押され、一歩後ずさる澪斗。(彼の)予想外の強意肯定。

「じゃあナニかァっ、澪斗が氷見谷家の御曹司ー!?」
「双子っ? しかも弟!? 弟としてどうなのその性格はー!?」
「てめぇっ、その髪は地毛だったのかよ!?」
「……蒼波だけ驚く観点がズレていると思うのだが……」

 もう怒る気にもなれないのか、肩を落として澪斗は眼鏡を指で直す。驚かれることは、事前にわかっていたらしい。


「……えっと、そろそろ一分経つんですが……」

 叫びすぎて息を切らす警備員達へ、ずっと微笑みで黙っていた聖斗が口を開く。彼自身は驚いた様子も、動じた感じも全く見せない。

「賑やかで若々しくていいね、澪斗」
「兄上、包容力がありすぎです……」
「裏社会ってこんな感じなのかい?」
「大きく誤解です。この者達は、例外の頂点にいるような人間なのです」

 疲労が溜まったような表情をしつつ、澪斗は必死に首を横へ振る。裏社会への間違った先入観を持たせてはいけない。

「どういうことだよ、説明しろ紫牙……じゃなかった、氷見谷」
「……紫牙でいい。…………俺はもう氷見谷ではない」

 深呼吸して、遼平はやっとそれだけ口にするが、澪斗に否定される。真や希紗も困惑の顔をしていた。

「そうですね……。澪斗、まずは少し僕達のコトを紹介しないと」
「……わかりました、俺が言います。……改めて言おう、俺は氷見谷の次男だった」
「『だった』……?」

「五年前までは、な。五年前、俺は氷見谷の名を捨て、この家を出た。それから裏社会に入り……紆余曲折があって警備員の今に至る。兄上は氷見谷に残り、この開発部で研究を続けていた。ちなみに紫牙という名は、俺の母方の姓だ」

「ちょ、ちょっと待てや。じゃあさっきの氷見谷蘭っちゅー奥方は、あんたの母親なんか?」
「……違う。俺達の実の母は、出産直後に死んだ。あれは後妻だ」
「皆さん、お母様にお会いしたんですね。何か仰っていましたか?」

 そう聖斗に問われ、真達は躊躇う。苦笑を漏らした聖斗は、答えなど問う前に知っているように思えた。

「…………奥様は、『下賤な者を氷見谷に入れるな』、と仰せでした」

 聖斗に気を遣いながらも、執事は命令を忠実に遂行する。「そうですか……」と聖斗は今知ったような仕草で苦笑を深くした。

「皆さんに居心地の悪い想いをさせてしまったようで……すみません。僕の責任ですので、どうか気にしないでください」
「い、いや、全然大丈夫ですから……」

 深々と頭を下げる聖斗に、真は焦って手を振る。澪斗の双子ということは真より年下ということだが、何故かぎこちない敬語になってしまう。聖斗は、顔を上げるとにっこり微笑んで話を続けようとした。

「ありがとうございます。……それでですね、僕が今回依頼した件のことなのですが――」
「……聖斗はん、あの、度々話を切るようで申し訳ないんですが、」
「なんでしょう?」

「頼むのでその顔で笑わんでくださいっっ」

「はい?」
 首を傾げる聖斗の両肩を手でしっかり掴み、真は本気の顔で目を合わせて切願する。既に支部長の後ろで、二人の部下はしゃがんで激しく脱力していた。

「澪斗がっ、澪斗の顔が笑ってるわ! しかも邪気ゼロでっ!」

「惑わされるな希紗っ、アレは紫牙じゃねぇ! 紫牙じゃねぇんだ……でもわかってるのに悪寒が止まらねえ!!」

「聖斗はん! もっと怒って! 睨んで! 殺気を放ってくださいっ!」

「……ねぇ澪斗、君はいつも一体どんな風に過ごしているんだい?」
「いや、俺は普通に生きているだけで……」
 普通に生きている人間は殺気を放ったりしないと思うのだが、弟は真面目に答える。何がおかしいのか、双子の兄はずっと小さく笑っていた。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう