星の下で愛を誓う。(9/17)縦書き表示RDF


星の下で愛を誓う。
作:詠城カンナ



第三章/夜空



〜夜空〜


夜空を仰ぐ君。






「さ、そろそろ帰ろう」

保志の声で我にかえった藍は、大きな目で彼を見つめていた。
「なんか、しんみりしちゃったなあ」
頭をぽりぽりかいて言うと、保志は伸びをした。
「眠くねぇ?」
「ううん。平気」
藍は軽く笑って応え、立ち上がろうとしなかった。
「終電になるぞ」
保志のつぶやきのような文句も、聞こえないふりをした。

まだ、帰りたくなかった。


夜の静けさ、虫の音、星のまなざし――そういうものを、肌で感じ、耳をすまし、心で受け取りたかった。
(・・・・・・わがまま)
心のなかでつぶやくと、藍はふっきれたように立ち上がった。
このまま座りつづけていたら、保志が困ってしまうではないか。
「行こっか」
短く言って、彼を見る。

すると、今度は彼が座ってしまった。
「行かないの?」
藍は無表情のまま問うた。
それでも、彼は遠くの星をながめ、藍に応えなかった。

「ばか」
ぼそりと言ってから、藍は保志のとなりへ再び腰掛けた。
終電でも、夜中でも、明け方でも、家族が心配していたって、関係なかった。
どうでもよかった。
今、この瞬間がたまらなく幸せで、どうしようもなかった。
まるで時が止まってしまったように、ふたりはじっと座り、夜空をながめつづけた。



しばらくそうしていると、携帯が鳴った。
母親からの電話である。
藍は一瞬、憎憎しげな目で携帯電話をにらんだが、すぐにまた、無表情に戻った。

「・・・・・・もしもし。うん、うん・・・・・・ごめんなさい」
藍は応答する。
「・・・・・・うん。でも、大丈夫。千佳子の友達の家に泊まるから。うん。平気。お金あるし・・・・・・じゃあ、ごめんね」

うそをついた。
藍は電話を切ると、ちょっと勝ち誇ったような顔で保志を見た。
保志は彼女の顔を見るや、ふきだしそうになったが、すぐににっこりと笑うと、自分も携帯を取り出した。
「あ、もしもし、母さん?おれ、今日、嵩太のいとこの家に泊まるから。うん?大丈夫。嵩太とおれの仲だし。じゃあ、おやすみ」
ふう、と息をつき、彼は携帯をポケットへ戻した。
ふふん、と鼻で笑う。

「・・・・・・いとこねぇ?いいんじゃない」
「腹へらない?」
「平気」


ふたりはまた、しばらく夜空に目を戻した。
時間がゆっくりと流れていった。
止まって見えていた星も、動き出したように、いつの間にか目の前にあったものが移動していた。

ゆっくり、のろく、しかし、確実に変化している夜空。
流れ、止まることを知らない星々。
天の川をつくり、流れ星に変わり、たくさんの夜空を彩っていく。
静かな感動が、再び押し寄せてくる。



「宇宙ってさ、どんなんだろ」
ぼそり、と保志がつぶやいた。
暗闇で、彼の瞳が光を帯びている。
「宇宙飛行士になりたいとか、そういうんじゃないんだ。宇宙を見てみたいとか、大それたことでもないんだ」
藍は黙って彼の話に耳を傾けた。
「宇宙には、たくさんの惑星とか彗星とか衛星とか、月とか太陽とかあるだろ?そのなかで、今、文明を築いて生きている人間がいる『地球』って、単純にすごいって思うんだ」
保志はうれしそうな表情で藍を見た。
「そう考えると、おれたちがここで生きていることも、奇跡みたいだろ?」


(奇跡・・・・・・)
奇跡、という言葉を、藍は口のなかで何度も言ってみた。


奇跡、奇跡、奇跡。


生きていることが、奇跡。
ここで話していることが、奇跡。
生まれた時間も、幸せで、それが奇跡で・・・・・・。


「おれね、なんか最近、どうでもよくなってたんだ」
口調を変えて、保志は口を開いた。
瞳は真剣だった。
その真剣さに、圧倒される。
保志は、変わったのだと、かすかに感じられる。

ごくん、と生唾を飲み込んだ。
「ただ、なんとなく時間がすぎていくんだ。おれの周りで変化して、通りすぎていく・・・・・・おれだけが取り残されたように、時間の感覚がつかめなくて・・・・・・ただ、忙しいっていう気持ちだけが急いていたんだ」
だけど、と彼は言葉を切って、言った。
「だけど、もう、ちがうんだ。ちょっとわかった気がする。急がなくていいし、自分を信じていればいいんだ。だろ?」

藍は保志を見つめた。
保志の眼に、迷いはない。
やることが決まっている、強い眼だ。
藍は、自分がのろまのクズになってしまったように感じた。
『自分だけが取り残されている』感覚に襲われ、ぞっとした。
うれしい反面、ねたましかった。


「保志はなんのために生きているの?」
口から言葉が勝手に飛び出していた。
冷たい物言いだったにもかかわらず、保志は明るい声で答えた。
「だれかのために」
ほらね、という暗い声が藍のなかで響いた。
この人はだれかのために犠牲になる生き方を好んでしているんだ。
「わかってたんだ。自分を大切にしていないってこと」
突き放すように藍は言った。
冷ややかなまなざしを投げかけて。
保志は臆することもなく、言った。

「自分を大切にしているかいないかなんて、よくわかんない。だけど、おれが『だれかのために生きている』からって、自分を粗末にしていることにはならないだろ」
「そうかなぁ。だって保志は、時間を大切にしていなかったわけでしょ?それはきっと、自分のために使っていないから、そう感じるんだよ」
藍はだんだん腹立たしくなってきた。
保志に嫉妬していたのだ。
それがわかっていながら、止めることができなかった。
ただ、強いまなざしの保志を見ると、怖くなったのだ。
自分の存在がなんなのか、薄らいでいくように感じられた。
保志にとって、自分は必要ではなくなるんだという思いが、どっとあふれてくる。



「藍?」
保志が心配そうに顔をのぞきこんできた。
あきらかに様子のおかしい藍を、心底心配しているようだった。
それが、よけいに藍の癇癪にさわった。
立ち上がり、叫んだ。
「そうやって、あわれまないで!わたしを変だと思っているんでしょ?変なチカラがあるから・・・・・・」
保志はあわてて立ち上がり、藍の肩をつかんだ。
「やめて。さわらないで。なんで・・・・・・なんで保志はそんなに変われるの・・・・・・強くなれるの・・・・・・?」
「藍、どうしたんだよ」
藍はうつむき、何度もまばたきした。
ぽた、ぽたと涙が零れ落ちた。


「自分がきらいだ。すごく、いやだ・・・・・・こんなわたし、いやなのに。変わろうって思ったばっかりなのに。強くなりたいのに」
顔をあげ、藍はぐしょぐしょの顔で保志を見た。
「保志に元気になってほしかった。生きることを歓びに感じてほしかった。精一杯生きている命は美しいと、わかってほしかった」
保志は黙って藍を見つめ返し、耳を傾けていた。
「だから、うれしいはずなのに。保志は変わったわ。もう、時間を粗末にしない。だけど、それをあなたの口から聞いた瞬間、急にさみしくなった。憎く思った。どうして保志だけ変われるの?って・・・・・・わたし――」


しゃくりあげ、藍は鼻をすすった。
「わたし、保志と出会ってから、いろんな自分に出会ったの」
「いろんな自分?」
そうよ、と、ごしごし目をこすりながら藍は言った。
「心配する自分、泣き虫な自分、嫉妬する自分、臆病な自分、他人を助けたいと思える自分――」
藍は再び涙で顔を汚しはじめた。
「心が乱れるの。感情がちょっとのことで動いてしまうの。保志に頼りたい、頼ってほしい。わたし以外の人のところへ行ってほしくない・・・・・・」



***







(――これは、告白?)
保志はまじまじと藍を見つめた。
たった今の彼女の言葉で、頭がいっぱいになった。



私以外ノ人ノトコロヘ行ッテホシクナイ



藍は真剣なまなざしでこちらを見つめていた。
よく感情の読み取れない表情であった。
保志はなんと言っていいかわからず、そのまま彼女を見つめかえした。
なにか言おうと思った。
しかし、それがうまく言葉にできなかった。
感情を言い表すことができず、もどかしさのなかでいらいらした。
やがて、藍はため息まじりに言った。


「ごめんね。変なことを言って。ただ、やっぱりわたしはうれしい。よく落ち着いて考えれば、やっぱり、うれしいの」
保志はなかなか藍の目をまっすぐ見ることができなかった。
いったい、どういう意味で、意図で彼女が言葉を発しているのかわからなかった。
「あなたは今、これからやるべきこと、やりたいことが見つかったんでしょ」
はっとして、保志は顔を上げた。

視線がぶつかった。
気がつかされた。

改めて。

(そうか・・・・・・おれは、やるべきことを見つけられたんだ。だから、今は、やれるってわかるんだ)
そうとわかれば、一気に気持ちがすっきりした。
これからするべきこと、それは百乃を解放してやることだ。
わかっていたことじゃないか。
保志は自分に言い聞かせると、にっこりと笑って藍の手を引いた。


「行こう、さあ、早く!」
藍は目を丸くして彼を穴が開くほど見た。
「どこへ?」
「わからない!」
叫ぶように言って、彼は自分で笑った。
「百乃のところへ行こう!放してやるんだ。藍、手伝って」
小走りになり、藍の手を強く引きながら、保志はにこにこして空を見上げた。
保志は相変わらず輝いている。


(なにをすればいいのかわからない。だけど、藍がいればわかる気がする――大丈夫だ)
保志は藍を振り返り、にやっとした。
「藍には不思議なチカラがあるんだろ?」
子供っぽく笑う彼を見て、藍も心なしかほぐれてきたようだった。
大きく頷き、走った。


「なら、そのチカラをおれに貸してくれ」
「もちろん!」


走りながら、藍は声を上げて笑った。
先ほどまでの顔がうそのように、輝きだした。


「わたしもやりたいことが見つかった!」
「なに?」
保志は尋ねたが、答えは知っているような気がした。
藍はちょっとほほえみ、それから大きな声で言った。



「保志と一緒に百乃を助けること!」


このあとふたりはどうなったんでしょうね?
わかりません。
今さら、「オイオイ、何やってんだよ。どこ泊まるんだよ」なんて思ってしまいました笑
きっと友人宅へいったんでしょうね。^^











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