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星の下で愛を誓う。
作:詠城カンナ



第三章/涙と笑顔




〜涙と笑顔〜


かけがえのないモノだから。







「いらっしゃいませー」

コンビににくるのも久しぶりだった。
なるべくここを避けていたのだから。
(今日は、千佳子はバイトの日じゃないんだっけ)
藍はパンとコーヒー牛乳を買うと、そのコンビニを出た。


保志と出会ったのは、ここだったんだ。
それをなつかしく思える自分がいた。
それがうれしかった。



六月だ。
すがすがしい太陽の下、藍は歩きだした。
梅雨の季節にはまだすこし早かった。

藍はベンチに腰掛けた。
コンビニ袋からパンとコーヒー牛乳を取り出し、食べはじめた。


せわしなく歩く、人、人、人。
土曜日でも、月曜日でも、木曜日でも、いつでも、同じ。
変わらない日々。

けれど、確実に昨日とはちがう一瞬、一瞬。
おなじ晴れの空でも、微妙に青の色合いがちがって見えたり、雲のかたちも、流れ方も、同じようでぜんぜんちがう。

笑っていた人が、次の日の同じ時間には怒っていたり。
泣いていた人が、明日にはすてきな人と出会ったり。
人も、時間も、みんな、流れて移り変わっていく。

それでも、変わらないものもある。
人の想いも、変わらないで残ることがある。



藍はパンを食べ終えると、しばらく昼寝することにした。
ここのベンチは人からあまり見られないので、そういうこともできたのだ。
眠気が一気に押し寄せ、重いまぶたはすぐに閉じた。
さわさわと木の葉がこすれあい、ゆっくりと風が過ぎ去っていく。

心地よかった。
静かな時が広がっていく。
ゆっくり呼吸し、眠る。


どれくらいたったのだろう。
夕日が沈みかけている。
闇がせまってくる。

それでも、藍はまだ眠っていた。





***






小柄な少女がベンチで寝ていた。
足を伸ばし、アホ面で。
髪は無造作に風にゆすられていた。
彼は少女に近づいた。
そして、そっと、彼女が起きないように触れた。

髪をなでた。
そして、その手を頬へやる。
すると、そこには涙のあとがあった。


彼はそのあとをなぞり、一瞬手を引っ込めた。
それから、彼はメモを彼女の上着のポケットへそっと入れた。

しばらく少女を見つめていたが、やがて彼女の頭を軽くなでて、彼はその場をあとにした。





***







なでられた夢をみた。
だれだかわからなかったけれど、やさしい手で、頭をなでてくれた。
そんな、夢をみた。


藍は伸びをした。
完全に寝過ごしていた。
ぐっすりと深い眠りについていたらしい。
顔をこすると、急いで家へ向かった。


(あーあ。なんかいい夢、みてた気がしたんだけど・・・・・・なんの夢だったっけ)
あくびが出た。
あんなに寝たのに、まだ寝たりないのかと自分にあきれた。



「ただいまー」
家に入るなり、母親がドタドタと走ってきた。
遅い帰宅に怒鳴られるのかと思ったが、どうやらちがうようだ。
「遅かったのねぇ。ちゃんと連絡よこしなさいよ。そうそう、ちょうど千佳子ちゃんから電話があったの」
「え?」
「なんか急いでいるみたいだったわよ。かけなおしなさい」
母親の言葉を聞き流し、藍は二階の自室へ向かいながら携帯を取り出した。
すると、上着のポケットから携帯と一緒になにか紙屑が出てきた。
ぽとりと床に落ちる。
なんだろうと訝りながらそれに手を伸ばしたが、千佳子が電話にでたので、紙を確認せずにまたポケットへ戻した。


「あ、藍?今どこ?」
ひどくあわてた様子で、千佳子は言った。
「家だよ。あたりまえ。夜遊びはしないもの」
「冗談言ってる場合じゃないのに!ああ、もう!」

冗談?失礼ね――その言葉を無視し、千佳子は切羽詰ったように受話器に向かって叫んだ。

「さあ、いいから、早く、家から、出てきて!」
ブチっと電話を切られた。
藍はため息をつくと、家を出た。
母親の怒鳴り声が後ろから聞こえてきたので、
「千佳子が大変なんだってぇー」
とだけ言って、あとは気にしないことにした。
千佳子らしくない、イライラした口調に、内心不安を覚えていた。


(どうしたんだろう、いったい・・・・・・)
千佳子の家へ向かおうとしていたが、着く前に彼女本人に出会った。
こちらに走ってきていたのだ。

「藍!」
叫ぶと、千佳子は思いっきり藍に抱きついた。
「どうしたの、千佳子?」
「あのね、よくうまく、口が・・・・・・あのね、ああ!嵩太くん」
部活動帰りの嵩太がひょっこりといった感じで顔を出した。
しかし、たまたま出くわした、というよりは、走ってここまできた、という様子だ。
「嵩太まで、どうしたの」
嵩太は肩で荒い息をしながら、しかし顔を輝かせていた。

「ばか、おまえ・・・・・・あれ、おれ・・・・・・おまっちょっ、ちょっと腹痛ぇ」
嵩太はわき腹を押さえた。
「走ってきたから・・・・・・全力で――あはは」
「もう〜!どうしよう!どうしたらいいの?」
千佳子はパニック状態でわめきだした。

どうやら、悲しいとか、つらい報せではないらしい。

「ってか、おまえ、なんでここにいるんだよ、早く行けよ」
いくから呼吸も整った嵩太は、藍をにらみつけた。
はっとして、千佳子も騒ぎながら非難した。
「そうよ!なんでぐずぐずしているの?」

藍は目を丸くしてふたりを見つめた。

どうやらふたりとも、なにも藍に話していないことを忘れているらしい。

「あのさ、おふたりとも。わたし、なんにも聞いてないんだけど」
すると、今度は嵩太と千佳子が驚く番だった。
そしてふたりで見交わし、怒りだした。
「だから、冗談言っている場合じゃないんだよ?わかってるの、藍?」
「照れなくていいから、さっさと行けよ」

藍は憤慨した。
まったく、なにを勝手に怒り出すのか理解できなかった。
頭がおかしくなったんじゃないのかと考えはじめるころだ。
「どこに行けばいいの?わたしは、本当になんにも知らないんだ!」
「うそだろ、なあ」
嵩太は肩をすくめた。
「あのね、嵩太くんが部活してたら、見たんだって」
千佳子は強い口調だ。
「ああ。あれはまちがいなくあいつだった。だから、きっと藍のトコにいちばんに行ったと思ったんだ」


藍はうんざりしてきた。
いったい、ふたりは自分になにを言うことを期待しているのだろう。
藍はついに、大声を出した。
「なにを見たの?なにがわたしのところにくるの?」

しかし、千佳子の声も負けていなかった。
嵩太がぎょっとするくらいの顔で叫んだ。

「久坂くんを!久坂保志を、よ!」




***







耳がおかしくなったのではないだろうか。
藍は走っていた。
嵩太と千佳子に心当たりはないかと聞かれ、ふと、上着のポケットに入れた覚えのない紙くずがあったのを思い出した。
急いで出してみると、それは四つ折のメモだった。

見覚えのある文字で、こう書かれていた。



『ただいま。星を見た場所で、今夜』



どきりとした。
急に心臓が何倍にも膨れ上がったかのようだ。

「行ってこい」
という嵩太と千佳子の言葉を受けて、藍は全速力で走っていた。
星を見た場所――すぐにピンときた。

(すぐに行くよ・・・・・・)




もうすっかり日は暮れ、とっぷりとした夜が訪れていた。
星が小さくきらめきはじめたころ、藍はその場所にたどり着いた。
息を切らし、それでもかまわずにあたりを見回した。


ベンチに、ひとりの人物が座っていた。
ゆったりと足を伸ばし、こちらに顔を向けている。
暗くて、表情はよく見えなかった。
しかし、藍にはその人物がだれなのか一発でわかった。



この面影。
このカタチ。
この髪。
このにおい。

この気配――保志だ。




手が震えていた。
足もうまく前へ出すことができない。
ベンチに座っていた影は、ゆっくりと立ち上がると、藍に近づいてきた。

手を伸ばせば触れられる距離で、お互いに立ち止まった。



「・・・・・・保志?」
藍は背伸びして、そっと彼の髪をかきあげた。
そこには、彼女の知っている、あの瞳があって、こちらを見つめていた。
これを、なんと言えばいいのだろうか。

この感情を。


うれしいなどでは言い表せない。
むしろ、苦しいのほうが言葉が合っている気さえする。
(保志だ・・・・・・保志だ。本物の、保志だ――)
口を開きかけたが、藍はなにも言えなくなった。

保志は藍を力いっぱい抱きしめたのだ。


あわてる藍を気にせずに、保志は離そうとしなかった。
「やっと、会えた。やっと言える・・・・・・好きなんだ」
かすれ声で、保志は言った。
藍は固まって、言葉をよく理解しようとした。
涙があふれてきた。
今までで、いちばんうれしい涙が。
「あ、わ、わたしっ・・・・・・十六年間生きてきて、今がいちばん幸せだよ」
他に言葉が見つからず、そう言うと、保志はぶっとふきだした。


「ありがとう」
「笑ったでしょ。ひどい・・・・・・」
「ごめん」
「・・・・・・なんで一言も言わないで消えたの?」
「ごめん」
「なんでなんにも言ってくれなかったの?」
「・・・・・・弱気な自分を見せたくなかったから」
「いいよ、なんでも見せて。だから、もうどこにもいかないで」
「うん」

藍は力を込めて抱きしめ返した。


「わたしね、ちゃんとわかったんだよ。愛しいものがなくちゃ、生きていけないって」
「うん」
「だけど、それでもわたしは生かされているんだよ。生きているんだよ」
「うん」
「嵩太や、千佳子、お父さん、お母さん、ご飯、空、水、お風呂、花、木、風、太陽や月――みんながわたしを支えてくれていたんだよ」
「うん」
「苦しかったよ」
「うん」
「でも、前へ進んだよ」
「うん」
「保志もでしょ」
「うん」
「・・・・・・好きだよ、保志」
「――うん」


保志の吐息が聞こえる。
保志のやわらかな髪に触れられる。
保志の瞳に、自分が映る。


まるで、奇跡のようだった。
夢のようだった。


にっこり笑った保志がいた。
藍も笑い返した。
保志は戻ってきた。
ようやっと、実感できる。


「おれ、死ねなかったんだ。死ぬのは無理だって思った」
「あたりまえでしょ」
「うん。だっておれ、藍に言いたいこと言えてなかったもんな」
「そうだよ。泣くよ?」
「それは勘弁」


笑いながら、保志は藍を見つめた。
藍は彼の手を握りしめた。


「それに、まだふたりの思い出はすくないんだよ」
「ああ、そうだな」
「もう大丈夫?」
「うん、もう平気」
「言いたいことだけ言って、また消えたりしないでね」
「もちろん。だって・・・・・・」


そこで保志はいったん言葉を切った。

「だって?」
藍はじれったそうに聞き返した。
意地悪そうに笑い、保志は言った。


「なんか、藍のそばから離れるのがいやになった」



藍は一瞬、目を見開いたが、すぐにひとなつっこい笑顔で無邪気に笑った。
はじめて見たとき、藍の眼は力強く、印象的であったのを保志は思い出した。
この眼に、救われたんだと思った。



必要だった。



悩む時間も。
泣く時間も。
迷い走る時間も。
面倒な時間も。
独りの時間も。
笑う時間も。
出会う時間も。
歓びを知る時間も。
なにかを感じる時間も。



かみしめることができる。
解ることができる。
心に伝わってくる。



きっとこれからだって、つらいことが、悲しいことが、さみしいことがあるだろう。
落ち込んで、泣いて、つぶれそうで、言葉でなんて言い表せない絶望もあるだろう。
まだ、味わったことのない苦痛も、そういう、負の感情があるだろう。


そんなときに、ふとまわりを見ることができる。
そこにはたくさんの『力』があるのだから。



保志と藍は空を見上げた。
あの大好きな笑顔がそばにある。
いつでも見れる。
一緒に笑いあえる。


ふたりは互いの手を強く握った。
もう、この手を離しはしない。



――強く誓う。

――強く願う。

――強く祈る。



可能性が、希望があり、目の前に広がっている。
・・・・・・広がっている、夜空。


たとえこの世界が消えたって、ふたりの時間は、みんなの心は、残るんだということ。
つながっていくものが、あるのだということ。





それが広がっているということ。



未来という、漠然とした大きなものが目の前に広がっている。

それがかけがえのないすばらしいことだと、はじめて思った。




ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
一応、ふたりが主人公では最終章ではあります。
が、あと一章ほどあります。
読んでみたください^^











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