星の下で愛を誓う。(13/17)縦書き表示RDF


最終章です。
星の下で愛を誓う。
作:詠城カンナ



第五部/心地よい存在 第一章/さよなら



心地よい存在
――――――――――――

あなたの存在が

それだけが

わたしの居場所







******








〜さよなら〜


サヨナラという言葉。







嵩太はあくびをした。
マヌケ顔を久々に目のあたりにしたように思う。
保志は苦笑し、もらったばかりの見舞いの品を見た。


りんごが不器用に並べられている。
「あ、なしも持ってきた。というか、千佳子さんからだけど、うん」
嵩太は大きなナシをどんと、おいた。
満足そうに笑う。

だれ様、オレ様、嵩太さまぁ〜♪

嵩太はへんてこな歌を口ずさみながら、病室をきょろきょろした。
「ほんと、なんにもないんだな」
「ああ、病院だもの」


保志は白い天井を見上げた。
苦手だった。
だけど、ここにいることが正しいと思えた。



保志は一週間前から、入院していた。
風邪をこじらせたようだ。
母親はそう言っているけれど、本当はどうだかわからない。


「なあ、どうしてだ?」
ぼうっとしている保志を真剣な表情で見つめながら、嵩太が言った。
「なにが?」
「だから!」
嵩太はじれったそうに歯軋りした。
「だから!なんで藍ちゃんに言わないんだよ」

――アイチャン?

保志はうつむいた。
ズキンと胸が痛んだ。
藍は、まぶしすぎるのだ。


「・・・・・・別に」
「別にじゃねぇよ!大事だろ、藍ちゃんのこと!好きなんだろ?だったら素直になれよ」
嵩太の言葉がキンキンと耳に木霊した。
頭が痛い。
嵩太がまぶしい。
見たくない。
「うるせぇよ。なにもわかんねぇくせに」
保志は嵩太をにらんだ。
嵩太は口をつぐんで、たじろいだ。
しかし、すぐに口を開いた。
「・・・・・・わかんねぇよ。だけど、保志はおれを助けてくれた。だから、今度はおれが保志の支えになりたい」


保志は開いた口が閉じられなかった。
目の前の坊主頭を穴が開くほど見つめた。
彼は真剣だ。
なんのためらいもない。
「助けたって――おれ、なんにもしてない」
つぶやくように言った。
しかし、嵩太はかぶりを振って否定した。
「千佳子さんと仲良くなれたのは、保志のおかげだ。それに、いつもおまえが野球がんばれって言ってくれて、救われたことだってある」

保志は黙って嵩太を見つめることしかできなかった。
彼はつづけた。
「野球、つらいとき、おまえが言った一言でふっきれたんだ。おれ、野球好きだって思い出したんだ」
「嵩太・・・・・・」


感動した、とでもいうのだろうか。
なにか熱いものがこみ上げてきた。
正面から保志を見すえ、嵩太ははっきりと言った。
「保志のためになにかしたいんだ」
坊主頭の熱血野球部の男の視線は、痛いほど、熱かった。
カラカラの喉で声を絞り出すのは容易ではなかった。
「……でも、おれ――なんて言えばいいかわからない。藍になんて言えばいいか……会ったら、きっともう別れるのが辛くなる」


保志は自分の掌に目を落とした。
藍には感謝している。
言いたいことがたくさんある。
藍のそばにいたい。
だけど、もう一度会えば、それが最後になりそうで怖かった。


「おれが消えたって、藍の時間が消えるわけじゃない」
消え入りそうな声で保志は言った。
百乃がいなくなっても、保志の時間はつづいていたように、藍の時間も残るのだ。



消えることなく。
色あせることなく。


はっきりと、確実に。




***







「なにも渡さなくて、ほんとにいいの?」
千佳子は無表情な少女を見やった。
ふてくされている。
こくりと頷き、少女は苦笑いした。
「きらわれてるんじゃないといいな……わたし」
「久坂くんが藍をきらいになるわけないよ」
千佳子は笑った。


藍はちょっと考え込んでいたが、やがて思い直したように立ち上がると、紙とペンをもってきた。


『いつでも、会えるから』


それだけを書き、四折りにして千佳子に渡した。
「はい。これをよろしく」
「お見舞いの品がメモだけ?いいけど。それじゃ、嵩太くんに頼んでおくね」
千佳子の後ろ姿を見ながら、藍は保志のことを考えた。
最初、保志のことは心配でいてもたってもいられなかった。
だが、今では心配を通り越して、もはやただ見守ることしかできないように思われる。


保志が入院して一週間と一日と数時間が過ぎた。
つくづく強がりが好きだなあなんて、あきれながら藍は空を見上げた。
季節は冬になろうとしていた。
雪が降りはじめたころ、保志は藍の前から姿を完全に消した。


どこにいるのかわからなかった。
嵩太から聞いたことは、手術をするためにどこか大きな病院に行ったらしいということだった。
アメリカに行ったのかもしれない。
あっちの方が技術が高いのかもしれないもの。
日本のどこかにいるかもしれない。


――いないかもしれない。


しかし、そんなことはみんな同じように思える。
結局は藍のそばからいなくなったことに変わりはないのだから。
それを知った日、一日中泣いた。
怒った。
しかし、翌日からはおかしなくらいに落ち着いていた。


その日から、泣いていない。




千佳子は、来年こそは甲子園にいくんだとはりきる嵩太のおかしな話をした。
たぶん気を遣って藍を笑わせようとしていたのだろう。
けれど彼女が心配する必要はなかった。
藍はよく食べ、遊び、笑った。


ある日、凍てつくような寒さの中、千佳子と嵩太は藍の家へやってきた。
今では嵩太とも仲良くなっていた。
ホットココアを飲みながら、ゆったりとした時間を過ごした。
千佳子の持ってきたマシュマロを頬張りながら、藍は嵩太に言った。


「嵩太って太陽みたいだよね」
ニカッと笑い、彼は坊主頭をかいた。
「千佳子は月みたいだなぁ」
今度は千佳子のほうを向いて、藍は言った。
「どうしたの、急に」
千佳子の問に一瞬つまったが、藍は微笑して答えた。


「保志って星みたいな人だったよなぁと思って」


『保志』という言葉を口にしたのは久しぶりだった。
耳にしたのも久しぶりだったであろう、千佳子はぎくりとし、嵩太はマシュマロを詰まらせた。
「どういうこと?」
「流れ星みたいだなって。短い時間に希望をくれる存在みたいな」
藍は言葉を切って空を見つめた。


「そして、絶対に忘れることはできないの」





***







保志から連絡がくることはなかった。
それは嵩太も同じようで、不満をこぼしていた。
初詣に誘われたが、断った。
行く気分になれなかった。

年が開け、新たな時がはじまろうとしていた。


不思議なことに思えたのは、保志がいなくても時間は流れていくということだった。
ただ、どこかさびしかった。

「保志……」
雪光りのなかをそっと呼んでみた。
夜空は雪の星で光っている。
「待つのは苦手だよ……それとももう、さよならなの?」


藍は空を仰いだ。
今日だけは泣こう。
いっぱい泣こう。
保志といた時間を強く胸に刻もう。
目に焼きつけよう。
決して忘れることのできない彼を思い出そう。

最初は厳しいかもしれない。
だけど知っている。
彼は悲しい存在ではないことを。
わたしの希望だったことを。
待つのが苦しいくらいならば、いっそさよならをしよう。

また会える縁ならば逢えるだろうから。





藍は白い息をためた。
「保志、しばらくさよならだよ」
言葉にしたことが、ひどく苦しかった。
それでも藍は泣き終わると、ひとり闇のなかを家路についた。
















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