俺、納入する
大量に集まったゾンビ素材を抱えて、まずはギルドへ。
端数は出たものの二つ分の依頼達成に相当した。
十個納品して1500Gの報酬という、なんともみみっちい小遣い稼ぎにしかならなかったが、まあ贅沢は言えまい。
なにせゾンビがドロップするのは何の変哲もない布切れ。俺の最序盤を支えた一個あたり50Gの蜘蛛糸よりも価値の低い合成素材なのだから、依頼という名目でこのレートで引き取ってもらえるだけマシである。
少なくとも捨てるよりはずっといいだろう。
「昨日今日でかなりの依頼をこなしているな。これは教会の人間も喜ぶだろう」
ギルドのおっさんは帳面に書きこまれた『納品者 シュウト』の項目の数を確認しながら、ニヤニヤとした顔で俺のほうを見てくる。
「この調子なら、教団への貢献が認められて表彰されるかも知れないぞ?」
「教会から褒められたところでねぇ」
ひとつも嬉しくないんだが。
……あっ、そういえば。
「いけね、これも拾ってきたんだった」
俺はごそごそとコートの裏側を漁る。
取り出したのは、世界中にある光が軒並み死に絶えてしまったかのように真っ黒い布の切れ端。説明するまでもなく幽霊が落とした代物だ。
「おや、こいつは……霊布じゃないか! レイスとも戦ってきたのか」
ふうむ、と二重顎に三本指を当てて素材を観察するおっさん。
「レイス? なんだそれ」
「おいおい、倒しておきながら分からないのか……第三層には行ったんだよな?」
「ちょっとだけな」
「そこに黄色いモヤのような魔物がいただろう?」
「あー、あの幽霊か」
どうやらレイスというのが正式名称らしい。
「レイスは死者の霊魂だ。明確な肉体を持たないから、直接的な物理攻撃に対して完全な抵抗がある。その装備だと手を焼いただろう」
おっさんは俺の背中であぐらをかいている大剣に目をやりながら言う。
「ホントだよ。仲間の魔法がなかったら詰んでたぜ」
「あれを厄介にしているのはうちに登録している連中もだ。物理一辺倒でランクを上げた奴は大体レイスに困らされる。だがまあ、レイスは第三層に出没するとされているエネミーの中では平均的な強さの魔物だけどな」
「あれで平均かよ……」
地下第三層は想像以上に厳しい場所らしい。
これは心置きなく諦めをつけられるな、と考えていた矢先。
「もっとも、聖水か聖灰を振りかければ剣で斬ることはできるがね」
「ん? そんな便利なアイテムがあるのか?」
話が変わってきたんだが。
「詳しく頼む。手短に、簡潔に」
「調子のいい奴だな……まあいい。第三層まで行けたのなら教えておこう。聖水と聖灰にはアンデッド系の魔物を弱らせる働きがあってな。レイスであれば実体化という形でその効能が現れるんだよ」
「ふーん。その二つに違いはあるのか?」
「聖灰はアンデッドにだけ限定的な効果を持つ。聖水は自分自身にかければ呪縛の解除にも使えるぞ」
おお。それは素晴らしい。
「しかしなぁ、どちらも市販品じゃないぞ? 教会から賜るものだからな」
喜ぶ俺におっさんは注釈を入れた。
「じゃあなんだ、非売品ってことか?」
「ああ。神への信仰の深さに応じて与えられる」
「ちょっと待てよ。俺別に教徒ってわけじゃないんだけど」
入信しなければ取得不可能とでもいうんだろうか?
「なにも教団に加わる必要はない。依頼を数多く達成していけば、それだけで教団、ひいては神に多大な貢献をしたとみなされるからな」
「ははあ。そういうシステムになってるのか」
思い返せば司祭も「魔物の駆除は神のため」と言ってたな。外面とはいえ。
「教会側も熱心に働いてくれる冒険者を優先して支援したいと考えているんだよ。依頼をこなせばこなすほど、より先に進みやすくなる。いい循環だ」
なんかポイントカードみたいな仕組みだな。特典でもらえるってことか。
地下層を探索する冒険者にとってこの上なく実用的な道具のため、人伝に入手するのも難しいんだとか。
「もしくは多額の寄付をするかだ」
もう一個条件を提示される。
要はどれだけ教会に利益をもたらせるかという話らしい。
「寄付か……」
悩ましいところである。確かに教会謹製のアイテムがあれば第三層で効率よく稼げるはずなのだが、そのために投資が要求されるわけか。
一度アリッサか司祭にかけあってみるとしよう。
「その前に、この素材も納めておきたいんだけど」
霊布とやらを差し出す。
今にもそよ風に乗って飛んでいきそうなそれは、手に持っているとは思えないほど、まるで質量を感じられない。
「一個からは納品できないな。霊布を対象にした依頼も出てはいるが」
む……やっぱりそうか。
「なら持ち帰るっきゃねぇか……防具の素材にはできる?」
「もちろん。霊布は極めて軽量な素材で、それに通気性も抜群。枚数はかかるが、この素材で作った衣服を着れば生まれ変わったかのように身軽に動けるだろう」
「へえ」
解説を聞いてるだけならかなりよさそうである。
「ただなぁ、防御力は皆無だぞ、こいつは。魔法はまあまあ遮断できるがね」
が、酷すぎる短所が明らかになった。
とはいえ軽くて涼しいなら普段着には向いてそうだな。後々のために保管しておくか。
ギルドを後にした俺はミミたちを連れて繁華街を目指す。
ここからはオフ。一仕事終えたことだし、今日も一杯やるとしよう。
そう思ってジョッキがぶつかり合う音が聴こえてくる飲み屋に入ったのだが……。
見覚えのある酔っ払いがいた。
「おっ! 昨日のお兄さんじゃないの!」
カウンター席に腰かけたアリッサは俺たちを見かけるなり、ワインボトルを握ったほうの手を高々とかかげた。
朗らかに笑った顔は天狗のように赤く、はだけた服装も風紀を大いに乱していて店内の「未成年お断り」度合いを更に強めている。
「今日も元気にハーレム魔人してるね~」
「人聞きが悪すぎるだろ。なんでこんなとこで飲んでるんだよ」
「んっふっふ、なんでもなにも、ここは教会の直営店なのよ。あたしも行きつけにしてるってわけ! 経費で飲めるから最高なんですね~、これがまた」
どこまでぶっちゃけるんだろう、この人。
それにしても教会が経営してる店か。
道理で客や店員がグズグズになったシスターの姿に動じてないはずだ。勝手を知り尽くしてるからすっかり周囲にも馴染んでいるんだろう。
「まあちょうどよかった。教会に行く手間省けたし。ちょっと話が……」
「話ならこっちも! ままま、すぐ終わる話なんだけどさっ。お兄さんに確認しておきたいことがあるんだよね」
有無を言わさず、ぽんぽん、と二回肩を叩かれる。
「いやね、今朝依頼の進捗をチェックしてみたら、やけにシュウトっていう見慣れない名前の受注者が多くてさ」
どうやら、スケルトン討伐依頼のことを言っているらしい。
「あれってやっぱりお兄さんな感じ?」
「そうだけど」
「やっぱりそうだったんだ! やー、ありがたいねぇ。初日から何個も依頼をクリアしてくれるなんて。これは相当腕利きと見た!」
「はあ。そりゃどうも」
「おかげでお兄さんの信仰ポイント、順調に溜まってきてるよ~?」
聖女がそんな俗な直喩表現をしていいのだろうか。
そこはもっとこう信仰心とかぼかした言い方にしたほうがいいのでは。
「溜まったらどうなるんだ?」
「満タンになると、なんと大事な式典に参加できます!」
うわ、いらねー。
「そんなんより俺は聖水ってやつが欲しいんだが」
「聖水? そんなのでいいの? んー、それだったら今の段階でも一個か二個はあげられるかな。手持ちの分があるから持っていきなよっ」
アリッサはガサツに襟から服の中に手を入れて、小さなガラス瓶を取り出す。
瓶の中ではほのかに青みがかった液体が揺れていた。内容量はごくわずかで、一回使用したらそれだけでなくなりそうだ。
これが聖水か。
昨日丸一日骨の群れを狩ってようやくこの量なんだから、割かし貴重な品だな。
どうでもいいが、おっぱいは決して収納スペースなどではない。
彼女にも早いうちに理解していただきたい要項である。