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俺、検討する

 これがいわゆるフラストレーションというやつか。


 俺としてもできることなら派手に活躍できる舞台を与えてやりたいところではあるが、中々折り合いがつかず難しい。


 自分の仕事に誇りを持ってもらうしかないな。


 といっても、やってることはただの荷物持ちだから、単調すぎてやりがいを感じられないのは間違いない。


 なにかいい案があればいいのだが。


「……おや?」


 フロア内をうろついている途中、ふと行き着いた突き当たりに魔法陣を発見する。


「えーと、これは……下に続く分の装置か」


 いそいそと地図を参照。


 かまどの火を引き寄せたミミも一緒に覗きこんでくる。


 この暗闇に閉ざされた迷宮は全部で四層に渡ると表記されているから、次からいよいよ地下層攻略の後半戦といったところか。


「一旦準備に戻ってもいいな。傾向からいって魔物も強くなるだろうし」

「いかがなさいますか?」

「うーん」


 どうしよ。引き返すのも手だけども。


「まだ余裕があるからなー。見るだけ見てみるか」


 ということで移動。


 これまでとまったく同一の光景が広がっている。要するに、暗い。


 ミミの灯火を頼りに恐る恐る進んでいく。


 依然として湿度は高いものの、上二層に比べて妙にひんやりとした空気がこのフロアには流れていた。首筋や背中が時折、冷たさに襲われてぞくりと震える。


 快適といえば快適だが、薄気味悪くもある。


 その薄気味悪さを象徴するかのように、最初にエンカウントした魔物は異質な様相をしていた。


「うおっと?」


 見かけた拍子に思わず立ち止まり、そこから更に一歩後ずさりする俺。


 暗所にぼうっと浮かんだそれは、黄色いガスの塊……というか、ざっくばらんに言ってしまうと幽霊だった。


 半透明な上に不定形だが、その中でもドクロに似た顔らしき部位を持ち、漆黒の布を安物の外套のように体にまとわせている。


 武器の類はない。両手を恨めしそうに前に突き出していた。


「だからこういう敵はやめろっての。まんまオバケじゃねぇか」


 もっとモンスター感のあるものでお願いしたい。


 だが出会ってしまったからには仕方がない。奴の対処法を探らなければ。


「あれって剣やナイフで斬れるんですかにゃ?」


 小首をかしげるナツメ。


「どう見ても無理」


 なんてったって実体持ってるかも怪しいし。


 そのため再度陣形を入れ替える。大剣の追加効果で攻撃できる俺が前に出て、ナツメをホクトのラインまで下げてサポート役に。


「礼儀として、じゃねぇけど……試してはおくかな」


 念のため透き通った霊体に斬りかかってみる。


 案の定、刃は空を切った。手応えは一切なく、するりと布を撫でただけだ。


 まあここまでは織りこみ済み。ここからが本番である。


 虚空を通過したツヴァイハンダーの先端を――。


「でぇい!」


 そのまま地面へと振り落とす!


 平穏をたたえていた大地はレアメタルから流れ出る魔力に応じ、あたかも土中に眠る竜が猛り狂ったかのように隆起。


 幾度となく魔物を屠ってきた土の槍だ。


 ……だというのに。


「おいおいおいおい」


 幽霊は槍に穿たれはしなかった。魔力によって生成されたゴツゴツとした突起さえもその体に触れることはできず、すり抜けてしまう。


 武器が通じないことに絶句する俺。


 いやいや、その展開はさすがの俺もキレそうなんだが。


「これはまさか、地属性無効ってやつか……?」


 土竜鉱の特質を振り返る。ただでさえ直接攻撃が効かないっていうのに、その上にこれだと現状の装備では打つ手がないじゃないか。


「浮遊しているから、でしょうか?」


 小声でつぶやかれたミミの考察が聞こえてくる。


 常時浮いてるから効きませんというのも酷い話だ。


 同じく宙に浮かんでいようとも鳥型の魔物連中は素直に喰らってくれたのに、幽霊ってやつはとことんワガママなボディをしているらしい。


 かといってホクトに命じて武器を取り替えてもな。


 カットラスから発射できる水の刃はダメージ自体はあまり高くないし。


「俺じゃ無理だ。ミミの魔法で攻めてみてくれ」

「は、はい……冷めたスープを煮えたぎらせるための火!」


 直線軌道を描いて飛ぶ火球が、純白のローブが眩しいミミのかざした手の平から唸りを上げて射出された。


 火の玉は幽霊にクリーンヒットする。


 特殊な生地で出来ているのか、まとっているボロ布は火を被っても燃え上がらない。それでも本体はアンデッド共通の弱点に則り、身を焼く炎に苦しめられていた。


 だが火の持続が切れる頃に至ってもその息は絶えなかった。


 実体なき魔物は反撃の構えを取る。


 狙いは、ただ一人前衛に立っていた俺だ。


「決してさせません、シュウト様への無礼は!」


 自らも瞳に焔を灯したミミは、珍しく、機敏な所作で二の矢を放った。


 灼熱に苛まされた魔物は身悶えしながらも、それ以上に内なる執念を燃やして俺にしがみつこうとするのをやめない。

 

 火が消えたのを確認して、ぬらりと腕を伸ばしてくる――ためらいなく首に。


「ぐっ、ごはっ……!?」


 きつく締めつけてくる指に俺は必死で抵抗する。


 く、苦しい……! 信じられない握力だ。


 こっちからは触れられないのに、向こうからは触れられるとは。なにからなにまで都合のいい体をしてやがる。


「好き放題やってんじゃねぇぞ、くたばり損ないが!」


 意識を失う前に、俺は霊体ではなく、それを覆っている布をガシッとつかんだ。


 チョーカーの効果で増幅された腕力を振り絞って強引に引き剥がす。


「おりゃあっ!」


 首から指が離れたら、そのまま思い切り放り投げて壁に叩きつけた。


 無論、ダメージは一切入っていない。けれど距離を取れただけでも十分。


 ミミが三度目の詠唱を終えるまでの時間は稼げた。


「昨夜のスープをグツグツと沸騰させるための火!」


 相変わらず気の抜けてくる名前だが、発生した業火の勢いは冗談ではない。先ほどよりも一回り大きな火球が魔物の全身を飲み干す。


 焚きつけられた炎は赤々と燃え盛り。


 幽霊の冷め切った体は見事に蒸発させられた。


 二万7000Gという高めの報奨金に加えて極々薄手の布がドロップされる。


 ふうと息をつく俺に。


「主殿、無事でありますか!?」


 回復薬を握り締めたホクトが駆け寄ってきた。


「無事も無事。痛いとかじゃないからな……ただちょっと苦しかっただけで」


 軽く喉をさする。幽霊らしからぬ力加減だったな、今思い返しても。


 ほっと胸を撫で下ろすホクトに、俺は薬ではなく飲み物をくれと頼んだ。喉全体がひりひりしていて、なにかしら液体を流さないとこの疼きが収まりそうにない。


 いつものようにぬるいワインが差し出される。


 昨日キインと冷えたウィスキーをしこたま飲んだから物足りなく感じてしまうな。


 別に味に不満があるわけじゃないが。


「まあ、探索やってる時に度数の高い酒を飲むのは自殺行為だけどさ」


 そのへんは俺もわきまえている。


 さて。


「これからどうすっかな」


 全員で臨時の検討会を行う。


「この感じだと、第三層は出てくる魔物の強さが跳ね上がってそうだし」

「そうですね……あの魔物が特別、という雰囲気ではなさそうでした」


 悩んだ顔をしたミミもそんな感想を抱くくらい、あの幽霊は難敵だった。


 少なくともツヴァイハンダーは通用しない。


 それとナツメも攻め手には回れないな。銀がいくらアンデッドに有効だろうと、接触を回避されたんじゃどうしようもないし。


 唯一効き目があるのはミミの魔法だけだが、討伐には三発必要になる。


 その間に飛んでくる敵の攻勢を耐えられるのは、頑丈な防具を装備している俺とホクトくらいなものだろう。


 もっと火力を上げれば攻撃回数は少なく済むかもしれないが、そうするには地理的な制約が多すぎる。ミミが火力を抑えているのは俺にまで被害が及ばないようにするためだろうし、地下層という場所そのものも、際限なく火を扱うには狭い。


 ただ二万7000Gに素材をプラスした撃破報奨が魅力的なのも事実。


「……でもなー、めんどくせぇわ」


 安全に第二層で稼げるならそれでいいという気しかしてこない。


 無理して強敵の相手をする意味はない。俺は冒険者にして冒険者にあらず。幽霊の落とす素材を納品したほうが難易度から考えて多くの名声と依頼達成報酬を得られる可能性が高いが、そんなもんは微塵も欲しくないわけで。


 楽に倒せる方法が見つかるまではこのフロアはスルーしておくか。


「ここは撤退だな。作戦を練り直そうぜ。対策は基本、ってな」


 そう伝えて、俺たちは地下層から脱出した。

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