俺、飲酒する
戦利品を回収し、地上に帰還。
今回獲得した素材は二メートル近くもあるから運ぶのも一苦労だ。
久々に拝む日光が浮上したての俺の目をくらませ……たりはしなかった。
長いこと地下にいたから分からなかったが既に太陽は沈みつつある。ちょうどいいくらいの時間帯だな。
冒険者ギルドに直行。
「ようこそギルドへ……おや、それはまさか」
おっさんは俺が持ち帰った魔物の骨を見るなり、ニヤリと口角を上げた。
「ふうむ、スケールからして間違いない。クァーテッド・デバスシアライドの骨だな」
「さっき倒してきたんだよ。結構手を焼いたぜ」
「初日でこれとはやるもんだ。フィーの出身者も中々どうして侮れんなぁ」
俺の顔をジロジロと見ながらおっさんは腕を組む。
「死者の怨みに応えて湧き起こるとされている魔物でな。調子に乗ってスケルトンを撃破しすぎるとこいつに痛い目に遭わされるんだよ」
つまり第一層のボス的存在らしい。
それにしても、出現条件が初見殺しすぎるだろ。
「そういうのは先に言ってくれよな」
「教会で教わらなかったのか?」
「全然。それっぽいことは司祭が話してくれたけど。ま、勝てたからいいんだけどさ」
金にもなったしな。第一層はあまり稼げないと思っていたが、こいつ目当てでスケルトン狩りをする、という手法も悪くないかも知れない。
でもまあ、まずは下層も巡ってみてからか、それを決めるのは。
今後の計画についてあれこれ思案する俺をよそに、おっさんは骨をコツコツと叩きながら真贋を再鑑定している。
「それにしても肋骨か。これはまた良品を持ってきてくれたもんだ」
「素材にいい悪いとかあるのか? どれも一緒なんじゃ」
「奴は三種類の素材を落とす魔物なんだよ。最も希少なのは背骨で、これは滅多に落とさない。肋骨はそれなりの頻度。よく落とすのは腰骨だ。基本的に珍しい部位ほど加工の幅が広く、上等な素材とされる」
「ほう」
ってことは松竹梅でいったら竹だな。
まあ背骨なんて落とされてもでかすぎて少人数じゃ運搬できそうにないが。
「とはいえ、どれを持ちこもうが討伐の証拠になるのは一緒だ。クァーテッド・デバスシアライドに設けられた懸賞金は四万5000G。その骨と交換しておこう」
「え、あげないけど」
俺はそう当然のように返答した。
「は? いや、賞金が出るんだぞ? お前の評判も王都に伝わるだろうし……」
「どっちもいらねぇからな。この素材のほうが欲しいし」
これはギルドに寄る前から決めていたことである。
レア敵がドロップしたものがレア素材なのは分かり切った話。
以前は名声のために涙を飲んで納品していたが、通行証のある今となってはそうする義務はない。
金にしたってギリギリ諦めをつけられるラインだ。四万5000Gという数字は確かに高額だが、ビーストフォルム自体がその十倍近い資金を落としていっているんだし。
素材は素材として役立たせてもらう。
「……まあそれもひとつのやり方だな。こっちが指図することじゃないか」
「理解してくれて助かるよ」
「装備品として使うのであれば、そうだなぁ、杖やアクセサリーなんかが一般的だな。骨系統の素材はそれほど衝撃に強い性質を有していないから、激しい接触が起こる武器や防具には向いていない」
なんか俺向けじゃないな、話聞いてると。
「材質そのものが頑強なレアメタルと比べるのは酷ってもんだ。そういう意味では杖に仕立てるのがベストだろうな」
うーん、杖か。それはもう間に合ってるんだよな。
古木の枝より優れているようなら変える価値はあるが、そもそもミミにはしばらく魔術書を装備していてもらう予定だ。かまどの火もそうだが、まだまだ中級呪術の魔術書セットも残っている。
ここはアクセサリーにするのが妥当か。
いやいや、ここは他の選択肢も検討してから……。
「随分と悩んでいる様子だな」
「そりゃあ悩むって……考え甲斐もあるしさ」
「どう使うかはお前の自由だからこれ以上はなにも言わない。いい装備品が出来上がることを神に祈っておくよ」
「分かった。いろいろとありがとな」
……と、そうだった。
「こっちも使い道があるかどうか聞いておきたいんだけど」
俺はホクトから受け取った皮袋の中身を見せる。
そこにはスケルトンが所持していた武器の残骸が大量に詰まっている。折れた刃に割れた穂先、金鎚の破片……などなど。
「これは大したものじゃないな。鋳潰せば鉄になるだけだ」
「なんだ、しょーもな」
期待はハナからしてなかったが、そんなもんか。
ということで、まとめて納品した。
一応は依頼達成扱いになるのでささやかながら報酬をもらう。
「じゃあな。また明日にでも来るよ」
おっさんに別れを告げて建物の外に出てみると、とっくに町の情景は夕焼けに覆われていた。レンガ造りの家々がいい感じのオレンジ色に染まっている。
今の俺にはそれが赤提灯の明かりにしか見えない。
腹も減ったし喉も渇いた。ミミたちも同じだろう。
「晩飯にしようぜ。せっかくだし、うまい料理を食おうじゃないか」
それとうまい酒もな。
俺はこの瞬間を探索中もずっと心待ちにしていた。アリッサから聞かされたとおり、この町には蒸留酒がある。是が非でも味わいたいところ。
ナツメも飯と聞いてテンションを上げている。
「お付き合いしますにゃ。ふっ、ミャーは隠れた酒豪なのですにゃ……」
「いや匂いだけで酔ってただろ。素直に牛乳にしておけ」
「子猫じゃないですにゃっ!」
と言いながらも、ナツメは甘いミルクの味を想像して涎を垂らしていた。
夕陽に包まれた町を歩き、仕事帰りの人々で溢れた繁華街に行き着く。
あちこち目移りしてしまうが、客入りからしてどの店も一定の水準はあるだろう。
直観で選んだよさげな店へ。
どうせ分からないのでメニューを見もせずに注文に入る。
「四人前の料理をおまかせで。それとウィスキーを頼みたいんだけど、ある?」
「もちろんですよ。当店では教会印の上質なアルコール類を各種取り揃えております。混ぜ物の果汁ジュースや冷えた地下水もありますよ」
なんという親切設計。とりあえずウィスキーの水割りを頼んでおいた。
ミミは俺にならって同じものを、ナツメは無駄にかっこつけた顔つきと声色で「牛乳のミルク割りで」とオーダーしていた。
で、ホクトだが。
「一杯だけならお付き合いできるであります」
「無理しなくていいぜ。すぐベロベロになっちゃうじゃん」
「いえ、自分としてもそうしたいのであります。主君と酒を酌み交わすのは配下の本望でありますから」
本人がそう主張するので柑橘類で割ったカクテルを頼んだが、どうなることやら。
ドリンクは十分と経たず運ばれてきた。
「おお……マジでウィスキーだ」
この混じり気のない透明感。待ち焦がれておりました。
早速一口。
俺は感動の涙を流しそうになった。
うますぎて泣けてくる。
舌に触れた瞬間のインパクトと、喉を通ってから後を引かないキレ味。このグラスには蒸留酒の醍醐味が詰まっている。
「ふあ……すぐに酔ってしまいそうです」
両手で握ったグラスを傾けるやいなや、瞳に熱を帯びさせてかすかにくらりとするミミの色っぽい仕草にもやられそうになる。
「そうなったらシュウト様、申し訳ありませんが……」
「な、なんだ」
「寄りかかってしまうかも知れません」
今すぐにでもそうしてほしいくらいなんだが。
しかしまあ、気分よく酔えるな、この店は。
変な言い方だが、客の行儀がよくないのがいいんだろう。かしこまって飲む酒はどうにもまずい。それよりはこんな騒がしい雰囲気のほうが俺には合っている。
そうこうしているうちに、料理の皿が遅れてやってくる。
ハーブを混ぜたパン粉をまぶして焼かれた謎の肉とグリーンサラダ、煮込んだ豆、薄くスライスしたチーズに、それからやりすぎなくらい熱々のスープ。
息を吹いて冷ましてから口にしたスープは塩漬け肉をお湯にぶちこんだだけの一品なのだが、これがたまらなくうまい。熟成した肉から旨味がでろでろと溶け出ている。肉は肉でスプーンで小突いただけで繊維がホロホロと剥がれる柔らかさ。
塩気の利いたこれに固めのバゲットを浸して食べると最高だな。汁がなくなった後の肉はいい酒のツマミになる。
二杯目を注文してからフォークを刺したメインディッシュはといえば。
「美味であります!」
とホクトが感嘆符をつけて賞賛するほど絶品だった。
まずアホみたいな話だが外のパン粉がうまい。複数種類のハーブに加えて粗い塩が混ぜこまれているのだが、これが軽く油を吸ってサクサクとした食感になっている。
肉は脂身が少なく、かなり筋肉質だ。
味も歯応えもしっかりしていて、噛み切ろうとすると筋が歯を跳ね返してくる。
俺は貧乏性だから焼いて旨味を閉じこめた肉は固ければ固いほどいいという持論がある。噛む回数が多いと得に感じるからな。
顎が疲れたら冷たい水割りを煽る。
油と塩味が綺麗さっぱり洗い流されると、また次の一口が欲しくなってくる。
凄まじい相互作用である。
ただの付け合わせと思っていた豆にも手抜きはない。濃い目に味付けされていて、これだけで十分酒が進む。
「それにしても、食事がめちゃくちゃ新鮮に感じてしまうな……ただ飲み物がワインじゃなくなっただけなのに」
「うむ、これまでの町で経験してきたものとは一味違いますな」
ホクトも酒の味には満足しているらしい。今のところは表情もキリリとしている。まあグラスが空になる頃には記憶も吹き飛んでいることだろう。
一方ナツメはマイペースに牛乳をコクコクと飲み干していた。