俺、分解する
まだまだスケルトンの湧くエリアが続いていた。
目についたそばからサクサクと退けていき、道を切り拓く。
それにしてもかなり広い。
定期的に三叉路や十字路に行き当たるあたり、正しく迷宮している。
地図を見ているだけだとそんな感じはしないが、おそらく地上にあるリステリアの町全体とほとんど変わらない面積がありそうだ。
「……おっ?」
四度目の曲がり角を左に曲がったところで、俺は一味違ったスケルトンを発見する。
そいつは素手ではなく、武器を持っていた。
乾燥した血がへばりついた禍々しい見た目の剣を握り、こちらを威嚇してくる。
「ご主人様。あいつにはミャーがいきますにゃ!」
新品の革の服をまとったナツメは「刃物なら任せろ」とばかりに平たい胸を叩く。
「大丈夫だっての。俺のコートの頑丈さを舐めるなよ。……それにだな」
骸骨――ナイトフォルムとでもしておくか。こいつが装備している剣は、この間合いからでも明らかなくらい刃こぼれがひどい。
あんなんじゃ仮に攻撃を受けたとしても大したダメージにはならないだろう。
というわけで。
「でりゃっ!」
臆することなく接近し、ただでさえヘビー級のツヴァイハンダーに俺の体重を乗せて、強烈な一太刀を浴びせる。
例によって瞬殺。そもそも剣同士が触れ合う機会すらなかった。
所要時間と労力は普通のスケルトンを倒した時とまったく一緒なのだが、ドロップアイテムは金貨十枚に折れた刃と微妙に豪華になっている。
攻撃性能が上がっている分報酬もグレードアップされてるってわけか。
まあその攻撃性能とやらが発揮される前に終わったんだが。
とはいえこの程度の額で妥協しろというのも無理な話。
「行こうぜ」
稼げる魔物探しを続行する。
……が、その後に遭遇したのも全部スケルトンの派生だった。
鉄板を貼りつけた鎧を着ていたり、棍棒を振り回していたり、細長い槍を携えていたり、ハンマーを担いでいたり……無駄にバリエーションが豊富で飽きないものの、基本はどれもこれも脆い骨である。
簡単に言うと雑魚だった。
どのフォルムであろうと苦戦の「く」の字もなく倒せる。
実際、報酬もしょっぱい。素材が異なるだけで落とす金の額は一万Gで固定だ。
片っ端からカルシウムをぶっ壊しながら進んでいく俺は息も上がっていない。
宝石のおかげで勝手に疲労は回復していくし、ヒールを使える味方が二人に増えているから保険も万全。
安心して戦闘に臨むことができた。
「ってか、やっぱこの剣が強すぎるな……」
最初の町でこんなクソ強い武器を入手できてるんだから、反則もいいとこだ。
「順風満帆でありますな」
朗々とした声をかけてくるホクト。
「いつもながらお見事であります。主殿の腕では骸骨のみで構成された第一層だと物足りなく感じることでありましょう」
「それな。さっさとポイントを移りたいぜ」
地図を確認した限りだと、下に繋がる魔法陣は数ヶ所に渡って配置されている。
ここから一番近い場所となると……フロア中央だな。
そこを目指すか。
ただ魔物がこっちの都合を配慮してくれるはずもなく、邪魔な奴らを排除していかないと先に進めない。めんどくせーなと思いつつも渋々狩っていくが……。
「ん?」
通算何十体目かのスケルトン亜種を叩き割った時のことだった。
俺は不意に、地下層内の空気の流れが一変したような感覚に襲われる。
「う、うわああああああ!?」
どうやら気のせいなんかではないらしい。ミミの灯火の明かりが届いていない奥手側から素っ頓狂な悲鳴がいくつか上がっていた。
悲鳴の主たちがこちらに向かって必死の形相で走ってくる。
人数からいってパーティーでも組んでいたんだろうか。
「なんかあったのか?」
「クァーテッド・デバスシアライドが出たんだ! あなたも逃げたほうがいい!」
そのうちの一人、若々しい風貌をした男は早口でそう答える。
ただでさえ焦っているのに、その上で舌を噛みそうになる固有名詞を出されたので最高に聞き取りづらかったのだが、それが一体なにを指しているのかは独特すぎる響きからすんなりと推測できる。
「懸賞首か。なんの前触れもなく出やがるんだな……どこの地方でも」
俺が適当なスケルトンを倒した瞬間にこれってことは、魔物の合計撃破数が出現条件なのかも知れない。
「出現場所はどこだ?」
「フロアの中心部だよ! Dランク止まりの俺じゃ敵いっこない……ああ、もう、急いで逃げないと! チンタラしてるとこっちにまでやってくるぞ!」
狼狽する男を始めとしたパーティーは猛ダッシュで後退していった。
うーん、これは判断が難しい。あいつらが落とす報奨金は桁違いとはいえ、毎度毎度討伐には苦労させられてるからな。
ここは他の冒険者に任せておくか。
と、思っていたのだが。
「……続々と逃げてくるな」
「ですにゃあ」
中央にいたであろう面々が次から次に俺たちの横を駆け抜けていく。
戦う気なさすぎだろこいつら。俺が言えた義理じゃないが。
ひょっとして低いランクの奴らしか今潜っていないんじゃなかろうか。さっきの「俺じゃ敵わない」と正直に話していた男もDだったし。
まあ腕に覚えがあるならここじゃなくてもっと下を探索してるか。
「シュウト様、いかがなさいますか?」
ミミがふっと俺を焚きつけるようなことを言ってきた。
仕方あるまい。
「誰もやらないならやるしかねぇか。倒しとかないと酒の味も落ちるし」
それに他に誰もいないんならそれはそれで好都合だしな。ゴールドラッシュを目撃される心配もない。
俺が取った選択にミミは「はい」と微笑を添えて頷いた。
さっきの思わせぶりな台詞といい、その庇護欲を煽る表情といい、相変わらずその気にさせる天才だな。
無意識のうちに人の感情をコントロールしてしまうからこいつは恐ろしい。これが魔性ってやつなのか。さすが悪魔と関わりがあるという山羊の遺伝子。
「では、参りましょう! 自分も血を滾らせていただくであります!」
「もう滾ってるじゃん」
大仕事にホクトが熱くなるのもいつものことだ。
後ろではなく、前に舵を切る。
「あれか……というか、でかっ!?」
魔物の影をとらえた俺は、まず真っ先にその体格に驚愕した。
でかい。重心の低いどっしりとした四足歩行でうろつく、動物の形によく似たそいつは象に迫るサイズがある。今にも背中が天井と擦れてしまいそうだ。
しかし図体が巨大なだけならば過去にもっと凄い奴を目にしている。
この魔物が本当に異様なのは……これだけの巨躯を誇っているというのに、その肉体を成しているのがすべて剥き出しの骨であるという点。
皮膚や筋肉はなく骨格だけで動いている。
すなわち、こいつもまたスケルトンの一種だった。
声帯がないせいか一言も鳴き声を発さない。それが尚更不気味に感じさせる。
「怪物にもほどがあるっての。マンモスの骨か? とことん骨で押してくるな」
とりあえずビーストフォルムと名付けておいた。
で。
こいつの攻略法だが、これといって作戦はない。愚直に攻め立てる以外できない大剣装備時の俺ができることなんざ、一に攻撃、二に攻撃だけだ。
みんなに指示だけ出しておくか。
「ミミはなんでもいいから呪いがかかるか試してみてくれ。ナツメは……そうだな、ナイフじゃ心もとないし回復を頼む。ホクトは二人のガード。任せたぞ」
ホクトが敬礼する姿を見届けてから魔物へと接近を図る。
これだけの体格差があっても、不思議と恐怖心は薄かった。ツヴァイハンダーを装備している間はその辺の理性が鈍っているような気がする。あと知性も。あらゆる意味でブロードソードを握っている時とは真逆だ。
まあ今は発想や機知よりも力と勇壮さのほうが重要だろう。
マンモスを相手にするのは原始人と相場が決まっている。
「ブッ潰れろ!」
ミミが虚弱の呪縛をかけた前足部分目がけて、ストレートに刀身を叩きこむ。
砕き割れた大腿骨の一部が粉となって舞う。
当たり前だがこの一撃で終わってはくれない。でかいだけあって、耐久力も他のスケルトンとはまったく別物といっていい。
ダメージを負った前足は、今度は魔物の武器として稼動した。
わずかに浮かせて外側に開いたかと思うと……。
「ごほっ!?」
一気に振り払う!
野性的に放たれた蹴りをモロに受けた俺は、人身事故にでも遭ったかのように三メートルほど吹っ飛ばされた。
足だけで俺の背丈を上回っているのだから、威力は推して知るべし。
「無茶苦茶してきやがって……というか意外と素早いな、こいつ」
なんとか受身を取る俺。
途方もない衝撃力で派手に弾き飛ばされた割にダメージは少ない。さすがはレア素材を惜しげもなく使った衣服といったところか。
「ご主人様ー! 大丈夫ですかにゃ!?」
ナツメがすかさず回復魔法で支援する。
「大丈夫っちゃ大丈夫だが……近づくとめんどくせぇな、この感じだと」
いくらダメージがしょぼいとはいえ、毎回こうやって香港映画じみた吹き飛び方をしていたら気分が萎えてくる。
「でもまあ、やるっきゃないんだけどな」
嫌々ながらに最接近。再び前足をツヴァイハンダーで斬りつける。
先ほど与えたダメージと相まってか、今度は目に見える成果があった。スケルトン・ビーストフォルムはガクンと体勢を崩し、大きな隙が生まれた。
踏ん張りが利いていない。今なら反撃をくらうこともない、はず。
「うりゃあっ!」
この機会を活かさない手はない。立ち上がる前に限界までダメージを稼いでやろうと俺は全力を注ぐ。
側面に回って力任せに剣を振り下ろし、そのまま切っ先を地面へとぶつけた。
隆起した土が返し刀となって脇腹に追撃を入れる。
ツヴァイハンダーを振るたびバケモノの体を構築する骨が次々に粉砕されていく。一発で並の魔物を消滅させるだけの破壊力を誇る武器だ。どれだけ丈夫だろうが、数を重ねられていつまでも耐えられるわけがない。
けれど時間も無制限とはいかない。
あと数発で倒し切れるかというところで、全身の骨がガタガタと振動し始める。
やば。起き上がるか?
――そう考えていたのだが。
「高熱の釜でピザ生地を焦がすための火!」
遠くでミミがそう、柔らかくも芯の強い声音で言葉を紡いだ瞬間、ビーストフォルムの後ろ足が激しい炎に包まれた。
焼けつくような温度がこちらにまで伝わってくる。
あれだけの火だ。魔物は決して吠えはしないが、その実苦しみ悶えているであろうことは容易に想像がつく。
「今のもかまどの火の魔法か?」
「はい! シュウト様にお力添えしたくて……」
嬉しいことを言ってくれるよ、まったく。
けどこれ、料理ってレベル超えてないですかね?
魔術師が火属性の魔法を使っているところは過去に目にしたが、それよりも火力が高いように思える。
お構いなしに次なる技を唱えるミミ。
「鮮魚を薫り高い香草焼きに仕立てるための火!」
さっきよりはやや勢力の弱い火が追加される。
それよりミミよ。マジで変な名前の魔法しか載ってないんだな、その魔術書。
だがミミが加勢してくれた甲斐あって、魔物が復帰する勢いは完全に削げた。頭がぐったり垂れ、首の部分が手の届く高さにまで下りてきている。
「これで死ななきゃ大したもんだ。好きなだけ喰らいなっ!」
そこにトドメとなる一撃を見舞う!
刃が魔物の頚椎を完璧にとらえた。
自画自賛するのもアレだが、会心の一撃だった。手の平に伝わってきた感触といい、鳴り響いた骨が砕け散る音といい、爽快さに満ちていた。
死骸に限りなく近い生命体はようやく昇天した。
溢れ出た煙の量も半端ではない。全部消え去るまで結構な秒数を要した。
肉体が滅び去る中で魔物が残していったものは、俺一人では抱えきれないほどの膨大な枚数の金貨と、そして長大な肋骨。
「うおお……これだけまとまった報奨金を見たのは久しぶりだな……」
蝶は捕まえただけだったし、ゴーレムは原石しか落とさなかった。
うむ、百枚単位の金貨の山っていうのはいつ見てもいいものだな。
俺が感慨に浸っていると、いつの間にか隣にまで来ていたナツメが目を閉じて何度も頷いている。
「やりましたにゃっ! ご主人様ってこんなに強かったんですにゃあ。ふむふむ」
「はい。シュウト様はとてもとても頼もしいマスターですよ」
ミミはナツメに、どことなく嬉しそうに声を弾ませて語った。
「お疲れさまであります。主殿の力強い剣技、自分も見習わねば……」
水分補給用のワインを俺に手渡すホクト。
「ところで主殿、このまま探索を継続するのでありますか?」
「んー、それだけどさ」
すぐ奥に魔法陣も見えているが……大金も得られたことだし、今日のところはこれらを持ち帰って終わりにしておくか。
そんな精力的に活動し続けられるほど、俺は殊勝な人間じゃない。