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俺、購買する

 爽快、というほどでもない朝。


 俺たち一行はギルドより先に裁縫工房の暖簾をくぐっていた。


 いや実際にこの世界に暖簾があるはずもないんだが、気分としてはそんな感じだ。


 目的はひとつ。ナツメの装備品の変更である。


「おおおお! カッコイイ服がいっぱいですにゃ!」


 真っ黒い瞳を煌々とさせて店内を物色するナツメは見てのとおりの薄着で、今の装備のままだとこの先探索をしていく中で不安がつきまとう。


 とはいえ小柄で非力なこいつが鎧なんて着られるはずもないし、裾が長いローブやガウンも機敏な戦闘スタイルと合わない。


 ここは動きやすい冒険者向けの服が最善だろう。


「ご主人様、本当に買ってくださるんですかにゃ?」

「ああ。ってか買っておかないと俺が困る。でかい怪我はさせたくないし」


 ただその辺の生地だと大差がない。俺のようにレア素材を用いたものが売っていればそれに越したことはないのだが……。


「うちでは仕入れられてないね。残念ながら」


 店主のおっさんはきっぱりと言った。


 やはり市販品ではそうそう手に入らないか。


「じゃあ革製品だな。せめて」


 布よりはマシだろう。以前に聞いた説明だと強い衝撃はともかくとして、出血の元になる切り傷擦り傷は割と防げるみたいだし。


「レザーか。レザーならよりどりみどりだ。この地方でポピュラーなものとなると、ワニ型の魔物から剥いだ皮革になるな」

「ふむ。ワニか」

「湿地帯に多く生息する魔物だからな。そりゃもう尽きることなく採れる。軽量級の盾の素材としても人気だぞ」


 見せてもらった服はかなりタイトだった。


 上下共に黒で、光沢がある。要所要所では金属パーツも使われている。


 デザインはまずまずだが、問題は実用性。


「丈夫さのほうはどうなんだ?」

「爪や牙、刃物に対してはかなり頑丈だ。そうそう簡単には引き裂かれない。ただ、どこまでいっても服は服だからなぁ。あまり過度に信用されても責任は取れないぜ」

「うーん。でも服の中ではいい線いってるんだろ?」

「そりゃ当然」

「だったら買うよ。今あるものよりずっとマシだし」


 俺は迷いなく購入を決めた。


「あー、ただ」

「なんだい?」

「一番小さいサイズで頼む」


 新しい服を買い与えられたことにぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶナツメは、二十センチくらい浮いているのに全然ホクトの頭を超えられていなかった。


 価格にして一万と9000G。早速カーテンの向こう側で着替えさせる。


「ふっ、どうですかにゃ」


 腰に手を当ててビシッとポーズを決めてみせるナツメ。


 ほぼ膨らみのない体にぴっちりとフィットしている。


 どうやら通気性がイマイチなようで暑いらしく、袖まくりをしていた。


 斜に構えた女が着るとサマになるんだろうが、ニコニコと笑顔を絶やさないナツメだとギャップがありすぎて子供がコスプレしてるみたいだ。


「わあ、とてもとても素敵です。大人っぽいですね」


 優しいミミはぱちぱちと小さく拍手している。ナツメもナツメで素直な奴なので、「にゃーん」と嬉しそうな猫撫で声を漏らしていた。


「ありがとですにゃ! ……ご主人様、似合いますかにゃ?」


 ナツメがこっちにキラキラとした視線を送ってくる。


「中々いいぞ。ロックンローラーって感じだ」

「よく分からないけど嬉しいですにゃ!」


 とりあえず現状はこれでいくか。


 で、次。


 武器である。前日のうちに「使ってみたい武器はあるか?」と聞いてみたのだが。


「ミャーは使い慣れたものがいいですにゃ」


 と答えられた。つまり得物がコンパクトな短剣でないと即戦力にはなってくれないらしい。


 普通の剣なら余ってるんだが、まあ仕方ない。


「……といっても、短剣といわれてもなぁ」


 武器屋に寄った俺は腕を組んで悩む。


 近接武器の花形は長く厚く重い一品だ。片手剣、大剣、槍、斧、鎚。これらはどこの地域どこの店に行っても品揃えは一定の質を保っているが、短剣の類はそんなにバリーエション豊かではない。


 この町の武器屋もよくあるナイフしか置いていない。材質も概ね鉄か銀、少し変わったところでガラスがあるくらいだ。


 レアメタルなんてそうそうあるはずもなく。


「んー、これだったら今使ってるやつでも一緒か」


 ナツメが最初から所持していたナイフも、それなりに上等だそうだしな。


 あまり高くもないので予備として銀のナイフだけ買って撤退。


「持っておくだけ持っておくか? 軽いし」

「にゃっ。ありがたくちょうだいしますにゃ」


 買ったばかりのナイフを渡す。


「あっ、せっかくだからご主人様にも見てほしいですにゃ!」

「なにをだ?」

「これですにゃ。ひょい、ひょい、ひょいっと」


 するとナツメは手馴れた様子で二本のナイフを使ってジャグリングをしてみせた。安全に配慮してか鞘をつけたままとはいえ、ちっとも落としそうな気配がない。


「お前……そんな芸までできたのか」

「果物屋さんで教えてもらいましたにゃ。お客さんを呼べるようにって」


 とことん器用だな、こいつ。


 これだけ手先が器用ならどんな武器でもすぐ扱えるようになりそうだが、そういう問題でもないんだろうな。こいつの装備を考える際は重量に気をつけておくか。


 ホクトの怪力とナツメの技術が合わされば完璧なんだが、世の中そんな都合よくはできてない。これが個性ってことなんだろう。


 さておき、買い物も済んだことなのでいよいよギルドに向かう。


「ようこそ、神の息吹が根づく町リステリアへ」


 ここの受付に立っているのは小太りのおっさんだった。建物の中の雰囲気は大体港町のフィーと似たようなものか。要するに普通だ。


 旅で立ち寄った町のギルドはどこも独特だったからな。妙に安心感がある。


「受注待ちの依頼は多数あるから、どれでも好きなものを……」

「いや、そっちの情報はいらない。魔物が出る場所を教えてくれないか?」


 通行証を見せながら聞く。


「魔物? それなら湿地に行けばいくらでも戦えるが」

「湿地ね。ほうほう」


 ちょうど防具屋でワニ型の魔物が出没すると聞いたとこだったな。


「だがランクを確認した感じだと腕に自信があるようだし、湿地よりも地下層に潜ったほうが向いているように思えるけどな」

「なんだそりゃ」

「町の地下深くに広がる空洞だ。ま、ちょっと依頼を見てみなよ」


 おもむろに一覧表を提示される。


「こんなもん見せられてもな……ん?」


 俺はあることに気がつく。


 出ている依頼のほぼすべてが素材採取なのはまだいいとして、その依頼者。


 名義が『リステリア大教会』になっているものばかりだ。


「教会がわざわざ仕事を斡旋してるのか? 公共事業みたいだな」

「それもあるが……これは地下層の存在が大きく関わっているんだよ。あそこに跋扈している魔物は教会側からしたら最も厄介だからな」

「ふーん」


 どう繋がりがあるのか全然分からん。


「地下層については教会のほうが詳しく教えられるから、興味があるなら一度行ってみるといい。それにだ、せっかくこの町を訪れたんだから教会は観覧しておいて損はないぞ。あそこは俺たち町の住人が誇れる唯一の場所だからな」


 力説してくるおっさん。


 ふむ。じゃあ記念代わりに行ってみるとするか。地下層ってのも気になるしな。


「訪ねるのであれば、教団の中枢である司祭様と聖女様には挨拶しておくんだぞ。くれぐれも粗相のないようにな」


 去り際におっさんはそうアドバイスしてきた。


 司祭様とかいうのは俺の貧困な発想力では白髪のジジイしかイメージできないからいいとして、聖女様とは中々気になるワードを出してきやがったな。


 きっとその名のとおり神聖なオーラをまとった人なんだろうな……。


 シスター服に身を包んだ清楚な美女を思い浮かべながら、俺は淡い期待を抱いて教会へと進路を取った。

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