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俺、進展する

 出立当日の朝。


 町の東口で待ち合わせていたヒメリは、遅れてやってきた俺たちを見つけるなり雷にでも打たれたような顔をした。


「なんだ? ああ、積荷のことか。最初に言っておくけどやらないぞ」


 四人分の食料やら衣類やらを補給したから仕方ないが、ホクトが引いている荷馬車はパンパンになっている。これでも余計なものは粗方売り払ったんだけど。


「違います! どうしてまたまた女の人が増えてるんですか!?」

「そりゃまあ、需要の関係で」

「……勘違いしているのかも知れませんから忠告しますが、色を好むことは必ずしも英雄の条件ってわけではないですよ」

「分かってるっての。俺は戦力としてこいつに期待してるんだよ」


 なんならナツメが男でも雇っていた可能性すらある。


 とはいえ現実のナツメがかわいらしい見た目をした女の子であることは、まあ、大変喜ばしい話なのではありますが。


「ナツメといいますにゃ。なにとぞよろしくお願いしますにゃ」


 初対面のヒメリにもまったく人見知りしないナツメは、何度も見せてきたようにやたらと芝居がかったお辞儀をする。


「あっ、わざわざありがとうございます。礼儀正しい方ですね。シュウトさんと違って」

「いちいちこっちを見なくていい。それよりだな」


 次に向かうべき町についてヒメリに聞く。


 ヒメリはフフン、と調子のいい表情をしながら。


「もちろん入念に調べてありますよ。ここから南東に行けば『リステリア』という大きな宿場町があります。およそ二日ほどの旅路になるでしょうか」

「ふむふむ、南東ね」


 俺は地図を広げ、『五十点』という可もなく不可もない点数を記してあるウィクライフから右下に視線をずらすと、なるほど確かにリステリアなる名前の町がある。


「リステリアはドルバドル屈指の大教会がある町だそうです。きっと神聖な空気に包まれた厳かな町なのでしょうね」

「ええ……」


 またそんな感じのところか。もっと俺にぴったりくる愉快な町はないのかよ。


「嫌そうな顔をしてもダメですよ。他にここから短期間で行ける町はないんですから」

「仕方ねぇか……ところで」

「なんですか?」

「魔法って覚えられたの?」

「うっ。え、ええ、それは大丈夫です。教材が優秀でしたからね、教材が」


 なんだその不審なリアクション。


「……本当に覚えられたのか?」

「ほ、本当ですよ! ええと、その、お風呂に入らなくても済む程度には……」


 どうやら数ある中でリフレッシュだけは習得できたらしい。


「そっか。それなら寂しくなるな。俺は臭いお前が好きだったんだけどな」

「なっ!? く、く、臭くなんてありませんよ! これでも毎日鎧の下のシュミーズは着替えていますし、下着も……ってなにを言わせるんですか!」

「お前が勝手に言ってんじゃねぇか」


 冗談をいちいち本気にとらえて顔を赤くするヒメリを見ていると、ああ、こいつマジでいじりやすいなという平和的要素を改めて実感する。


 ていうかいつ出発するんだ、俺ら。


「……主殿、そろそろ出発してはいかがでしょうか」


 痺れを切らしたのかホクトが進言してきた。


 ホクトはどことなく居心地が悪そうにしている。というのも、大がかりな荷馬車を引いているせいで人目につくのを気にしているらしい。


 そりゃまあ、通行人にジロジロ見られるのはいい気がしないわな。俺もツヴァイハンダーを背負っている時はめちゃくちゃ視線を浴びるけどそれより目立ってるわけだし。


「おっと、そうだったな。それじゃ行くとするか」


 そう言うと、ナツメは大きな声で「おー!」と片手を突き上げて叫んだ。次いでホクトも真面目な顔つきで続き、ミミもくすくすと楽しそうに笑いながら小さく手を上げた。



 検問所付近で一泊した次の日には、国道の周囲に広がる草原は次第に湿地帯へと推移していった。


 ライトな黄緑色の景色は、落ち着いた深い緑にその色調を変化させている。


「なんかジジくさい雰囲気の土地だな、ここらは」


 平野全体に苔が繁茂している。なんというか、特に理由もなくほっとさせられる風景だ。


 この辺は俺の日本人としての感性がそう思わせているんだろうな。もっともワビサビとかそういうのはまったく分からないんだけども。


「ですが、ここを走り抜けるのは厳しいように見受けられるであります」


 ホクトは『らしい』意見を口にする。


「うーん。それは問題だな」


 できることなら、脇道に逸れなくても行けるような狩場があってくれればいいのだが。


 そうこうしているうちに。


「ご主人様、ご主人様。見えてきましたにゃ!」


 夕方を迎えつつあった頃、ナツメが俺のコートをクイクイと引っ張って知らせる。


「どこだ?」

「ふっ、このミャーの目にぬかりはありませんにゃ」

「どこだよ」


 そんなキメ顔をされても困る。


「あそこですにゃ!」


 正面やや右を指差すナツメ。


「おっ、あれか……あんまよく分からねぇけど」


 とはいえ凡人の俺とナツメでは相当視力に差があるのか、まだうっすらとしか見えない。


 もう少しだけ歩いてみて、ようやく俺の目にもはっきりとそれを収めることができた。


 この距離からでも判別できる。そこには確かに、真っ白い大理石を積み上げた教会の威厳に満ちた立ち姿があった。


 四番目の町、リステリアに到着。


 ウィクライフからの移動距離は百キロあるかないかだろうか。


「長旅、ってほどでもなかったな」

「ですね。それではシュウトさん、私はこれで。次に会う時には一段と成長した姿をお見せしましょう」


 ぐうと腹を鳴らしたヒメリは料理店にダッシュしていった。


「シュウト様、いかがなさいますか?」

「飯は……そうだな、めんどくさいから買いこんであるパンで済ませようぜ。今日のところは休むのが先決だ」


 もうとっくに陽も落ちているし、今からなにかしら大きな行動はできない。まずはこれまでどおり泊まる宿を探すとしよう。


 町中をぶらりと歩く。


 ご立派な教会のお膝元にある新天地は、それはもう敬虔な教徒たちで溢れて……。


 ……はいなかった。


「意外だな。あんまりじゃないな」


 リステリアは俺がイメージしていたものとは違い、たくさんのエネルギッシュな冒険者たちが行き交う活気のある町だった。


 あと、繁華街が充実している。軽く覗いただけでも分かるくらい飲み屋の軒数が多く、店先から笑い声と共に漏れてくる炙った塩漬け肉の香ばしい匂いが俺の胃袋を刺激する。


 うむむ、パンで済ませるとは言ったが……燻製も何切れか食卓に並べるか。


 誘惑を振り切り、木材と石材が合わさったシックな様相の宿へ。


 四人部屋を借りる。これだけの人数ともなると、さすがに一泊あたりの料金も高い。


「主殿、ええと、その」

「なんだ?」


 部屋に入ってすぐ、ごにょごにょと小声で話しかけてくるホクト。


「二人部屋をふたつ、ではダメだったのでありましょうか?」


 あー、これ。


 ミミと俺の二人でしっぽり過ごしたらどうですかって暗に示してるんだな。


「いや、四人のほうが賑やかでいいよ」


 そう取り繕って答えた。


 そりゃもちろん、「じゃあお前したくねーのかよ」って問われたら一人のオスとして首を横に振らざるを得ない。


 だけどまあ、別に俺は絶倫ってわけじゃない。いかにミミが魅惑的で抱き心地抜群で気立ても最高の女とはいえ、さすがに毎日は干からびてしまう。


 だったら今までどおりのペースでいい。


 あんまり堕落が過ぎると、すべての町を巡る前に力尽きてしまいそうだしな。


 これでもリミッターは設けているつもりだ。


 それに。


「ミャーは皆さんと一緒にいたいですにゃ!」


 ナツメは新参者であることを自覚しているのか、俺たち全員と積極的にコミュニケーションを取りたがっている。


 特にミミとはほとんど喋る機会がなかったので仲良くなりたそうだった。


 奴隷同士の信頼関係の構築は俺としても望むところ。この町に滞在している間に是非とも親睦を深めてもらいたい。


 ……ただナツメがいる分、『今までのペース』が維持できるかは怪しくなってるんだが。


「そこまでお考えになられていたとは。出過ぎた真似をいたしました。無礼をお許しいただきたく存ずるであります」

「いやそこまで堅苦しくしないでいいけどな。オフの時くらい気楽にいこうぜ、気楽に」

「……はっ」


 そんな会話を交わしていたら。


「シュウト様、ホクトさん。夕食の準備ができましたよ」

「食べましょうにゃ!」


 向こうからミミとナツメが呼んでくる。テーブルの上にはバゲットボックスとワイングラス、そして燻製肉を盛った皿がセットされていた。


「にゃっにゃっ、たくさんで食べるごはんなんて久しぶりですにゃ。息子さんが四人いる雑貨屋さんのところに下宿してた時以来ですにゃあ」


 嬉々として目を細める猫娘を、ミミもまた優しく微笑みながら見つめている。


「おう。今行くよ……ほら、ホクトも着替えが済んだら飯にしようぜ。腹減って仕方ねぇや」

「了解したであります! ……今のも堅かったでありましょうか?」

「少しだけな、少しだけ」


 俺は親指と人差し指の間に微妙な隙間を作ってみせる。


 その所作を見たホクトは器用じゃないなりにも、皮鎧を繋ぎ止める金具と、凛々しさ一辺倒だった表情を同時に緩めた。

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