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俺、王手する

 考えてみればこいつは自ら襲ってはこなかった。


 魔物といったらどいつもこいつも人間への敵意に満ちた連中揃いだっていうのに。


 となるとこれは、ただの薔薇が突然変異しただけのものなんだろうか。


「まずい! 居住区にも出現しているぞ!」


 誰かの咆哮を聴き、俺は町北東部の一軒家が密集した地区へと視線を移す。


 たった今対処したものとまったく同様の異端極まる花が咲いていた。


「このメンバーで向かうぞ! 弱点は知れている、そう手間取りは……」

「待った。ほっといても大丈夫じゃねーか?」


 俺は居住区に急行しようとする魔術師たちにストップをかけた。


「ありゃ見かけ倒しだ。俺たちが攻撃しなけりゃなにも起きなかったじゃないか」

「む……それはそうだが」


 男が言葉を濁している間に、色気のある女魔術師が「同意見です」と俺の考えを補強してくる。


「いつまで経っても消滅しませんし、これが魔物でないことは確定しましたもの。人為的に引き起こされた事件じゃないかしら?」


 辺り一帯に散らばった薔薇の残骸を指し示しながら言った。


「ならば、なんのためにだ?」

「こうやって混乱させること自体が目的なんだろ。放置しとけばいいったって異様なことには変わりないし、邪魔は邪魔だからな」

「確かに、町は機能停止してしまっているが……」

「それよりパウロを探してくれ」

「パウロ? 彼がなにか関係あるのか?」

「考えれば考えるほどあいつになっちまうんだよ……とにかく頼む」


 魔物でないとすれば、こんな奇々怪々な現象にこじつけられるのは魔法だけだ。


 そして魔術師の誰にも魔法と気づかれなかったとなれば、滅多に人目に触れない魔術書でしか覚えられないはず――それこそ、図書館で管理されているような。


 条件が絞られていく。


 ただ奇妙なのは、付近にパウロの姿が見当たらないことだ。もし魔法で馬鹿でかい植物を出現させたのだとしたら、奴がこの場にいないという事実との符合がつかない。


「分かった。探してみよう。ギルドの者にも通達しておく」

「頼んだぜ」


 捜索の理解を得た俺は、まずは部屋を借りている宿に直行。


 ミミと合流を図る。


「シュウト様、この騒ぎは……?」

「話は後だ。ついてきてくれ!」

「わ、分かりましたっ」


 宿のある区画にもパニックは広がっていた。多くの人々が逃げ惑っているが、どこに逃げ延びたらいいのか分からず走り出す方向はバラバラだ。


 困惑の色が拭い切れないミミの手を引いて、俺は人ごみの中をかき分けていく。


「にゃにゃっ? 凄い人の数ですにゃ、はぐれちゃいそうですにゃ」

「ネコスケ殿、自分の背を貸すであります!」


 小柄なネコスケが人の波に呑まれていきそうになるのを防ぐホクト。ナイスフォローだ。頭を撫でてやりたいところだが俺のほうが背が低いのが難点である。


 って、そんな場合じゃない。


 パウロを見つけ出さなくては。


 とはいえ、手がかりはひとつもない……頭の回る奴が必要だな。


 俺の身内と呼べる中でそれに当てはまるのはミミ、シルフィア、ビザール、そしてフラーゼン。


 ビザールをアテにするのは酷だろう。まだ真相を打ち明ける段階じゃない。


 それとシルフィアは確か、今朝からビザールの屋敷まで挨拶に行っていたはずだから、この二人は行動を共にしている。


 最寄りから聞いてみるか。


「ミミ、パウロの居場所についてなんか思い当たる節はないか?」

「申し訳ありません、ミミには……」


 うーむ、やっぱり無茶振りだったか。


 そりゃミミに分かるわけないわな。いくら図書館に通い詰めていた分俺よりはパウロと面識があるとはいえ、だからどうしたって話だし。


「それに、パウロさんがあの背の高い植物を出現させたのだとしたら、その渦中にいないのはとてもとても不可解です」


 ミミも俺と同じ疑問を抱えていた。


 ってことは、やはり頼るべきはフラーゼンか。


 香辛料屋がある商業区へと走る。


 魔術師の男が語っていたとおり、この地にもタワーローズの茎が天高く伸びていた。


 それを囲むように複数名の冒険者たちが布陣している。


 輪の中にはヒメリも混じっていた。さすがになんちゃって魔法使いではお話にならないと自覚していたのか、きっちりロングソードと鎧を装備している。感心感心。


「なに保護者みたいにうんうん頷いてるんですか! シュウトさんも加勢してください! 手を出すと危険ですから、ずっと睨み合いが続いていて……」

「だったらずっと手出さなきゃいいだけだろ。そもそもそいつ、魔物じゃないぜ。倒しても煙にならなかったし」

「ええっ!?」


 ヒメリは調子っ外れな声を上げてこっちが期待していたとおりのリアクションをした。


 相変わらず分かりやすい性格してるな、こいつ。


「障害物みたいなもんだ。俺はもう行くけど、そんな暇があったら避難誘導でもしてたほうが評判稼げるんじゃないか? じゃあな」

「ちょっと! シュウトさん!?」


 現場を無視し、まっすぐ露天市場へ。


「お客さんじゃないか。来てくれたのか」

「別に心配でとかじゃねぇぞ。お前の知恵がいるんだよ」


 フラーゼンの広げた絨毯の上にはひとつとして商品が並んでいない。当たり前だが、商売どころじゃない、ってことか。


「この騒動について、シュウトの見解を聞かせてくれないか」

「んなもんパウロがやったに決まってるだろ。投票が妨害されて得するのはあいつだけだ」

「僕もだ。敗勢を悟ったパウロが仕向けたものだと思う」

「でもさ、こんなことってありえるのか? あの薔薇、魔物なんかじゃないんだぞ」


 俺は戦闘の中で知ったタワーローズに関するデータを伝える。


 フラーゼンはしばし情報を噛み砕いて。


「大量に地下水を吸い上げて異常な成長をしたんだろう。水分が多いのはそのためだ」


 いともたやすく推測を立てた。


「そして水分過多ということは全体にテンションがかかった状態にあるのと同じだから、強い衝撃に弱くなる。茎表面の組織が弾け飛んだ理由もこれで説明がつくんじゃないかな」

「お、おう。なるほど分からん」

「簡単なことだよ。水の詰まった袋は破裂しやすい。それと一緒だ」


 おお、そういう理屈か。


「それは分かったけど、パウロの仕業だとしたら薔薇が伸びたすぐそばにいないと変じゃねぇか?」

「さっき教えたじゃないか。薔薇は成長したんだ。発芽の瞬間にパウロがいる必要はない」

「ほう?」

「おそらく、薔薇の種を撒いた土に向けてなにかしらの魔法をかけたんだろう。水分を飽和状態にしたり、栄養分を圧倒的に増やしたりとかさ。その魔法が水属性に分類されるのか土属性に分類されるかは分からないけどね」

「マジかよ。そんなキテレツな魔法が……あるよな……」


 上級魔法は独自性に富む、というのは再三聞いてきた話。


 だがこれでパウロの不在証明は崩れた。


「時間差であれを出現させられるんなら、パウロが現場にいなくても矛盾はないか……どこにいやがるんだろうな」

「どうだろう。アリバイを完璧にしたいのであれば、少なくとも町の中には潜んでいないように思うよ」


 ふむ。昨日から雲隠れしているという話だから、それはありうるな。


 とはいえ町以外で安全に身を隠せるような場所なんて限られている。その上人目にもつかないところなんて……。


「……いや、あったか」


 パウロと、そして俺たちだけが知っている場所が。


「……ネコスケ」

「はいですにゃ!」

「お前の家に行くぞ。騒がしくなるかも知れないけど、勘弁してくれよな」


 あの『白の森』の石版は他の誰にも知られていない。

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