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俺、共有する

 ダッシュで向かった広場には既に多くの魔術師が集結していた。


 学問の町だけあって、その数は多い。二十人程度はいるだろうか。


 魔法ではなく真っ当な武器で戦おうという戦士タイプの冒険者は俺を除いて三人。


 これがこのクラスの魔物と戦える面々ってことか。


 ……と思ったのだが、どうやらそういう話でもないらしく。


「クソッ! 時計台に来れたのはこれだけか!」


 ローブの上から複雑な刺繍が施されたコートを羽織った男が、戦力不足を嘆いてかギリリと歯軋りをする。


 俺はそいつに質問を飛ばす。


「待てよ。『これだけ』ってどういうことだ?」

「商業区にもこいつと同じ魔物が出現しているんだ。そっちにはギルドマスターのエデルさんに担当してもらってはいるが……傾向的に見てこの二体だけとは限らないからな。何人かは他の地区に出現することを警戒して巡回任務に当たっているんだよ」

「非番ね。そういうことか」


 なるほど、道理でヒメリがこの場にいないわけだ。あの功名大好きな奴がこんな分かりやすい町の窮地に立ち上がらないはずないしな。


「だが、この人数で勝負するしかない。あなたも見たところ冒険者のようだが……加勢してくれるか?」

「そのために来たんだっての」


 俺は背中のツヴァイハンダーを両手に構える。


 とはいえ、頃合を見て離脱するつもりだけどな。こんな町のド真ん中で大々的にスキルの存在を公にするわけにはいかない。


 トドメだけは周囲の奴に刺してもらって、ミミと落ち合うか。


 で、だ。


 肝心の敵について観察する。


 間近で見る、というか見上げるタワーローズは威圧感満点だが、クネクネと左右に揺れるだけで攻撃は仕掛けてこない。


 それが不気味ではある。とはいえ眺めてばかりではなにも解決しない。


「総員、放て!」


 誰かの掛け声が口火となって、魔術師軍団は一斉に魔法を発射した。


 その多くは高熱を帯びた緋色の光線か、あるいは燃え盛る炎の弾丸だった。やはり草木の弱点が火というのは定番のようで、焼き尽くそうと試みているらしい。


 だが着火さえ起きなかった。これだけ盛大に火炎を浴びせたというのに、茎の表面を僅かに焦がしただけに留まっている。


「含んでいる水気が多いのかしら……? 皆さん、元素を切り替えましょう!」


 隣のお姉さんって感じの無駄にエロい女魔術師が水晶片手に檄を飛ばすが、魔法の詠唱は連続しては行えない。


 仕方ねぇな、と俺は魔物に接近する。


 そう考えていたのは俺だけでなく、残る三人の近接戦闘の専門家もであった。


「シンプルでいい! 植物ベースであるなら、断てぬ道理はない!」


 厳しい面をした男が、まるで木こりのように大斧を茎に打ちつける。


 その瞬間。


「うおおおおっ!?」


 衝撃が起因したのか知らないが、茎全体にびっしりとくっついていたトゲが弾け飛んだ。


 強烈なカウンターに見舞われる俺含む一同。


 俺以外は鎧を着込んでいるから刺さることもないが、こっちはやや厚い程度の布地の服。


 やばい、これはついに死んだか。


 ……まあ、当然そんなことはない。確かに革や布ではあるが、魔力の宿ったレア素材で製造されているんだから、そう簡単にはくたばらない。


「いっ、てぇ……この、ふざけた真似しやがって」


 何本かのトゲがコートに突き刺さっていた。トゲ、と一口に言っても一本が数十センチ大もある。並の衣服であれば造作もなく突き破られていただろう。


 水分が多くてトゲを飛ばすって、薔薇というよりサボテンじゃねーか。


 俺たちの後ろでもトゲによる被害が及んでいたようで、第二波に詠唱しようとしていた魔法は中断させられていた。代わりにヒールが口々に唱えられている。


 その状況をよろしくないと見てかネコスケが治療に走る。気の回る奴だ。


「しかしまあ、ちょっと茎を殴ったらこれかよ」


 どうやら目には目を、歯には歯をを地でいく戦闘スタイルらしいな、この魔物。


 体をブルルッと揺すってトゲを振り落とす。トゲの先端を見ると微妙に血が染みていた。治癒のアレキサンドライトの効果であっという間に傷が塞がったのでそれ以上に出血はないが、ダメージを受けた直後の痛みはハッキリと俺の体に刻まれている。


 許すかボケ。反撃だ。


「おい! あんた!」


 最初に会話を交わした、リーダー然として振舞っていた男魔術師に声をかける。


「テレポートって魔法は使えるか?」

「もちろんだが……それがどうかするのか? あまり長い距離を離脱することはできないぞ」

「離脱じゃないし、もっと言ったら前後左右とかじゃない」


 俺は森の中でのホクトの言葉を思い出しながら告げる。


「上だ。俺を連れて上にテレポートしてくれ。あいつの花びらのところまで頼む」

「上に? 可能ではあるが……どうするつもりなんだ?」

「んなもん決まってる。花なんだからおしべめしべがあるだろ。マウント取ってそこに一発俺の剣をお見舞いしてやる」

「どうしてその部分が弱点だと思うんだ?」

「あんただっておしべにキツいのぶち込まれたら悶絶するじゃん?」


 俺の非論理的な理屈が炸裂する。


 しかしながら問答無用の説得力があったようで、魔術師は無言で作戦に首肯した。


 うむ、俺とお前が男同士であることを実感するよ。


「テレポート!」


 とある共通認識によって戦友レベルに分かり合った魔術師の腕にしがみついて、一瞬でタワーローズの最上階に登り詰める。


 視界がガラリと様変わりした。


 町全体が一望できている。商業区に現れたという個体も確認できた。


 けど俺が注目すべきは足元。


 それこそが標的だ。


 着地した花びらは質感が柔らかく、バランスを取るのが難しい。魔物は相変わらず腰をクネらせていることだし振り落とされないようにしないとな。


「うっ……これは……気味が悪いな」


 花の実態を目の当たりにした魔術師は吐き気を催したかのように口を押さえる。俺も同感である。おしべというから粉っぽい感じを予想していたのに、眼前に現れた実物は粘りのある汁気をたっぷり含んだ触手みたいな形状だ。


 中心にあるめしべらしき器官は、それを更に上回って卑猥なことになっている。


 ただやはり目につくのは、動きのあるおしべ。


「キショすぎだろ……女の子ドン引きだぞ」


 これが巻きつこうとしてこようものなら男の俺でも発狂ものなのだが、ジュルジュルとうごめくだけでこちらに危害を加える気配はない。


 落ち着いて照準を定め、躊躇なくツヴァイハンダーの刀身を突き立てる!


 すると。


「わ、っとと!?」


 ぬるりとした手応えに顔をしかめる間もなく、ガクン、と急激に足場が傾いた。


 不可抗力的に姿勢を崩す。


「お、落ちる!」

「落下はしない! つかまれ!」


 魔術師が俺の手をつかんだ。俺もほとんど無意識でその手を握り返す。


「テレポート! 地上へ!」


 移送魔法が紡がれたのを頭が認識した時には、もう俺は地面の上に降り立っていた。


 どうやら魔物は急所を突かれて全身の力を失ったらしい。生殖器官が弱点という俺の読みは、うまいこと当たってくれていた。


 崩れ落ちた魔物は茎が何節にも渡ってポキリと折れていて、なんとも貧相な外観になってしまっている。


「よしよし。それじゃ、後はあんたらで始末をしておいてくれるか? 俺は次の現場に行くよ。こうなったらもう問題なく倒せるだろ」


 スキルが明るみになる前にその場を離れようとする。が。


「……始末もなにも、既に魔物は絶命していますよ?」


 お姉さん風魔術師がぽかんとして言った。


「は? いやでも、まだ形残ってるじゃん。後は煮るなり焼くなり好きにしてさ……」

「その必要はありませんよ。生命反応はすっかり消えています」

「じゃあこれ、とっくに死んでるってことか?」

「ええ。それにしても、こんなに大きな薔薇をたった一撃で倒すだなんて……うふふ、お兄さんたら、お強いんですね」


 微笑んだ女魔術師は艶かしい眼差しを送ってくるが、今の俺は鼻の下を伸ばすよりも、花の謎を追うほうに意識が向いていた。


「んんん? だとしたら、おかしくねーか?」


 折れたタワーローズは金貨を落とさないどころか、煙となって消えてすらいかない。


 植物片がそのまま残っている。


 死んだのにそのままって、まさかとは思うが……これ、魔物じゃないのか?

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