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俺、開票する

 選挙の日には投票に行こう!


 ……なんてのは選挙権を持っている奴らに向けたスローガンであって、ここの住民でない俺には無関係な話だ。


 候補者公示から早一週間。


 この日、王族に司書として推薦される人物を決める投票が朝から開催されていた。


 決戦の舞台は図書館。ざっと町の様子を見回しただけでも、その方角に歩いていく足並みの数が普段よりも多い。票を投じに行っているものと見てまず間違いないだろう。


 見学する意味もないので日中は探索にでも行って時間を潰す予定だが、結果が発表される頃には俺もシルフィア陣営の一員として顔くらい出しておくとするか。


 期限は十八時まで。集計結果は今夜のうちにも出るそうだが、果たして。


 もっともこちらには勝算しかなかった。


 大勢は既にシルフィアに傾いている。ありがたいことに商業ギルドの面々はめちゃくちゃ協力的だった。投票の約束だけでなくビラの店頭張り出しまでやってくれたんだから、それはもう宣伝効果はウナギ上りである。


 事実、パウロは昨日から姿も見せていないと伝え聞いている。


 出馬だけで当選確定、と住民どころかパウロ本人でさえ思っていたんだろうが、その戦前予測は見事に引っくり返った。


 それもこれもネコスケが築き上げたコネのおかげだ。


 今も俺とホクトに挟まれて荷車の点検をやってくれているが、こいつがもたらした影響の大きさは非常にでかい。


 本当に頼りになる奴だ。


 バイト先の後輩にこんな奴がいてくれたら、俺も少しはワンオペをやらされる回数が減っていただろうな。


「シュウトさん、油が差し終わりましたにゃ! 遺跡にレッツゴーですにゃ!」

「よし、行くとするかー。ここんとこ金遣いが荒かったからな……少しは埋めとかねぇと」


 分かっちゃいたが選挙ってのは無限に金が必要になる。


 準備だけでも金貨が千枚近く吹き飛んでいったし、裏金の手配にはもっとかかった。


 当選したらここから更に謝礼金の支払い百六十万Gが上乗せされるんだからたまったもんじゃない。


 なんか町から町へ移動するたびに使ってる金額がでかくなってる気がする。理想の土地を見つけるまでに本当に貯金ができてるのか不安になってくるな、マジで。


「だからこうやって選挙当日ですら金策に行こうとしてるんだけどさ」


 荷台に飛び乗る俺。


「ホクト、出発だ。車両を引いてくれ」


 了解であります、とホクトがいつものように元気よく答える。


 プレートメイルを装着した探索仕様のホクトは勇ましく、俺がよく見慣れている姿である。


 俺の背中には苦楽を共にしたツヴァイハンダー。このふざけた重量感を茶目っ気と言い換えてしまえるくらいには、こいつには愛着がある。


 探索に出かける朝。


 ありふれた日常のはずだった。



 後方で、静かな町の情景に似つかわしくない悲鳴が次々に叫ばれるのを聴くまでは。



「なっ、なんだ?」


 パッと振り返る。


 俺だけでなく、周りにいた全員がそうしていた。


 悲鳴が上がった理由は即座に判明した。


「……こりゃあ、どんなエリートだってお澄まししてる余裕なんてないわな」


 この距離からでも分かる。そのくらい巨大な『そいつ』は路面を突き破り、町のほぼ中心に位置する時計台前の広場に伸びていた。


 植物なのは間違いない。茎があり、葉があり、花がある。


 だがその茎には無数のトゲが生えており、花びらは血のように真っ赤だ。


「あれは……薔薇か?」


 咄嗟にタワーローズと名付けたそいつは、俺がそんな安直なネーミングをしてしまうほどに異様な背丈を誇っていた。


 高さにして十メートルは優にあるだろうか。


 直立不動ならまだマシだったが、全身がうねうねとドジョウみたいに波打っていやがるから気色が悪い。いや、待てよ。動いているということはつまり……。


「魔物かにゃ!?」


 まったく同じことをネコスケは考えていたらしい。


 俺たちが規格外の薔薇の花を見やっている間にも、恐怖心に支配された通行人はワーキャーとわめきながら、我先にと広場とは反対方向に逃げている。


 無理もない。あんなのを見てまともな感覚でいろって言われても酷だ。


 一応Cランク冒険者であるはずの俺ですら「突然すぎるだろ!」と若干びびってんだから。


 ホクトも表情をキッと引き締めつつも、汗の雫と共に動揺を滲ませている。


「なぜ市街地に魔物が……!? そのようなことが起こり得るのでありましょうか?」

「聞いたことがねぇな。いくらなんでも掟破りすぎるだろ、これは」


 町中に魔物が出るなんて不測の事態は初体験だし、周りの連中のオロオロとした反応を見た感じだと、前例もなさそうだ。


「……偶然なのでありましょうか?」

「かも知れないけどよ」


 にしては不自然だ。急も急すぎる。


「こう、臭いものを感じるよな、なんか」


 なにより選挙当日に……というのは、ちょっとタイミングが出来すぎてやいないだろうか?


 この違和感、フラーゼンならきっとこう言うだろう。


 本当にそれは偶然なのか、ってな。


 仮に仕組まれたものなのだとしたら、それによるメリットがあるはず。


「どうやったかは分かんねぇけど……なにか仕掛けたとしたらパウロだろ」


 選挙が邪魔されて得するのは、当日の投票結果を待つまでもなく敗戦濃厚なムードが漂っていたパウロだけだ。


 考えてみればそうだ。一人宿で学習中のミミと合流しようと思ったら、あの騒がしい広場の真っ只中を通らないといけない。図書館を目指すのも同様に困難だろう。


 完全に町が分断されている。最早投票どころじゃない。


 あいつの居場所を探さなければ。


「いや、その前にか」


 あのバケモンをなんとかするのが先決だな。


「タダ働きさせやがって。もしマジでお前の仕業だったら本気で恨むからな、パウロの野郎」

「主殿、お供するであります!」

「おう。回復薬はまだあったよな」

「はっ。備蓄は万全であります」

「よし。ならホクトは治療に控えていてくれ。……で、えーと、ネコスケは……」

「ミャーもついていきますにゃ! お手伝いできることならなんでもがんばりますにゃ!」


 ナイフをぐっと握り締める動作からも気合十分なのは伝わってくる。


 が、相手はノロマなオークとはわけが違う。もしネコスケと相性のよくない魔物だったなら、この軽装で数発耐えられるかどうかはかなり怪しい。


「とりあえず様子見していてくれるか。魔法でアシストできそうなら、その時は任せたぞ」

「わ、分かりましたにゃ」


 ゲロを吐きそうなくらい嫌だが、ここは防御力と再生力を兼ね備えた俺が矢面に立つしかない。

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