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俺、追及する

 選挙活動二日目は激動と呼ぶにふさわしい一日だった。


 もっとも俺たちの地道な運動に変化はない。


 ビラを撒き、華のあるビジュアルで人を寄せ、満を持してシルフィアがスピーチを行う。


 それの反復だ。


 大きく異なったのはパウロ陣営。


 一日遅れでようやく腰を上げたこいつらには明らかに焦りが見て取れた。


 パウロの司書就任に箔をつけるための数合わせくらいにしか思われていなかったシルフィアが、聴衆の間で存外の支持を得ていたためであろう。


 早朝からパウロ派の面々に時計台前を占拠されていたため、俺たちは別の場所での活動を余儀なくされた。


 まあ、だからなんだという話だ。


 結局のところ戦局を左右するのは細々とした票ではなく、まとまった集団票。


 俺はそこを押さえている。


 あえて言わせてもらおう。


 負ける要素はない。


 で、その夜。


 片付け作業を抜け出して俺が足を運んだ先は、露天市場の隅っこに佇む、店と呼ぶのも気が引ける絨毯一枚だけのスペース。


 昨日来た時には既に閉店後だったが、どうやら今回は営業時間内には間に合った。


 数多の香辛料が並ぶそこは、言うまでもなくフラーゼンが経営する露店である。


 売り物に興味はない。


 俺が会いたいのは微笑を浮かべ続けた店主なんだから。


「いらっしゃい。ハーブは一包700Gから、スパイスは一瓶1000Gから、そして小ネタは持ってけドロボーの0Gだ。どれをお売りしましょうか」

「わざわざ聞くようなことか?」

「だね。早急に伝えておこう。ツテを使ってパウロが通っていたアカデミーの図書室について調べてみたけど、該当する呪術について記された魔術書はなかったみたいだ。成績優秀者しか立ち入れない特別室にさえ、ね」


 ただし、近い内容のものはあったとフラーゼンは続ける。


「たぶんだけど、それを参考にして独学で開発したんじゃないのかな。ビザール卿が気づけないわけだよ」

「そうか。情報ありがとよ」

「……どこにツテがあったのかまでは聞かないんだね」

「そんなもん分かりきってるからな」


 俺は理由を答えてやる。


「おまえ自身がそこの生徒だったからだろ?」


 フラーゼンは驚きすらしない。ミステリー映画にありがちな憎たらしい登場人物のように、ご名答、とでも言いたげですらある。


「参ったね、そんなことまで知られちゃったのか」


 口でこそそんなふうにうそぶいているが、まったく気にも留めていないのは悠然とした態度を見れば一目瞭然。


「しょーもない芝居はやめろよ。バレるとこまで想定済み、みたいな顔してるくせに」


 そう指摘してようやく、フラーゼンは「まあね」と認める。


「俺のカバンがあれば無敵だ、ってお客さん自身が口にしたでしょ? お金で票を操作しようと思ったらこの町ではまず真っ先に南部の学術機関が着目される。そこで活動したのなら、遅かれ早かれ僕の経歴に辿り着くはずだからね」


 こともなげに説明するフラーゼンを、俺はだんだん薄気味悪く感じていた。


 前述の予測を立てた上で、なおかつ、パウロの母校でフラーゼンの名前を耳にしたなら必ず自分の下に真相を問いただしに来るに違いない……と計算できていなければ、こんな泰然とは構えられないだろう。


 にしても、次にこの名前を聞く時までには、か。


 なるほどな。今になって真の意味が分かった。質問への返答ついでに情報を教えられるようにしておこうと考えていたってわけか。


 こいつが見ている世界の広さは俺には想像もつかない。


 ジイさんの呪縛を推考した時にしてもだ。


「でも、僕が自分で知っていたのは一般に開放された図書までだ。特別室にある本に関しては本当に知人のツテを頼らせてもらったよ。生憎、僕は真面目な生徒なんかじゃなかったからさ」

「嘘くさい話だな。『学園一位のフラーゼン』のくせに」


 俺のその嫌味にもフラーゼンは欠片も動揺する素振りを見せなかった。


「学長のおっさんが聞いてもねぇのにベラベラと昔話を喋ってくれたぞ。アカデミー開設以降で最高峰の天才だったってな。それに、えー、なんだ、森の先住民族がどうのこうので……」

「先住民族に関する新説と実験考古学的論拠、のことかな」

「そう。それだ」


 未だに何語なのかもよく分からないタイトルのそれは、フラーゼンが学生時代に提出した研究課題だそうだが。


「発表と同時に大騒ぎになったそうじゃないか」

「突飛すぎるって馬鹿にされただけだよ」

「ホントかよ。おっさんは『あんな学説は他の誰にも出せない』って昨日のことかのように思い出しては震えてたぜ」

「まあ、奇抜ではあったかな。けれど今となっては先住民族を語る際に引用されることもない。それが世間の答えだよ」


 けど、とフラーゼンは付け加える。


「真面目じゃなかったのは本当だ。権利はあったとはいえ特別室になんて行こうとも思わなかったよ。王立図書館から寄贈された貴重な本があることは聞いていたけど、だからって関心があったわけでもないしね」

「おっさんもそんな感じの話はしてたな。フラーゼンは学問の天才だが、才能を腐らせる天才でもあったって」

「悔しいけど、言い得て妙な評価だ。それにしても、学長からそんなふうに思われてただなんて……今更ながら恥ずかしいなぁ」


 さほど悔しそうでもなさそうにフラーゼンは帽子を被り直す所作をする。


「僕の過去についてはこのくらいでいいじゃないか。司書選には一切関係のない話題だ。六日後には投票が始まる。まずはそこに集中しよう」

「そりゃそうなんだが……もったいねぇことしてんな、お前」

「なにがだい?」

「いや、そんだけ頭がよかったのに、なんでまたこんな無法地帯一歩手前の場所で商売やってんのかなって」

「パウロが読書に興味があったのと同じで、僕は金儲けに興味があった。それだけの話さ」


 フラーゼンが言うには、薬草学を履修しているうちに「これは金になる」と思い当たったらしい。


 珍重される植物の効果ではなく、市場価格に着眼した結果だそうだ。


「希少性を金銭に変換するのは一種の錬金術じゃないか。これほど興味深いものはないよ」


 で、そこから現在にまで至ると。


「はあ。訳分かんねぇ人生歩んでんな。勉強してたってことは魔法も使えるんだろ?」

「一応は。でもどうかな、もうリフレッシュあたりの再生魔法以外は忘れちゃったかも知れない」


 かつて神童扱いされていた男は悪びれもせずクスリと笑う。


 商売をやる上では他に必要ない、と断言しているようなものだった。


「でもまあ、おかげでお前が協力してくれる理由も少しは分かったぜ」

「へえ。聞かせてみてくれないかな」

「あれだろ、パウロへの対抗心みたいな」

「そんなものはないよ」


 あっけらかんと答えるフラーゼン。取り繕っているようにはまったく聞こえない。


 なぜなら次の言葉は……。


「僕のほうが天才だって分かり切ってるんだから」


 そんなものだったからだ。


「ここに来てそれかよ! 悪い、お前って奴のことが全っ然分かんねーわ」

「だから純粋な正義感でしかないんだよ。僕がビザール卿を救いたいっていうのは」

「そうやってはっきり口にしてくれるのは逆に気持ちいいけどさ……なんか腑に落ちねぇな」

「ビザール卿のために奮闘しているのはお客さんもじゃないか」

「お、俺のことはどうでもいいだろ。大体そんなんじゃねぇし。関わっちまったからには最後までケツを拭いてやるってだけだ。はい、これでこの話題は終了!」


 矛先を向けられた俺は強引に話題を打ち切る。


「そうだね。目的を同じくする僕たちの間に私語なんて無粋か。……こちらも調査を継続していく。共にがんばろう」


 顔色も声のトーンも変えずに、フラーゼンは「続報はまた次の機会に」と伝言を残した。


 本当にこいつの考えていることだけは謎めいている。


 手助けする動機もそうだが、なにより、天才自覚しておきながらその道を逸れて露店商って。


 俺には井戸の中を泳ぎたがるクジラの気持ちなんてものは理解できるはずもなかった。

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