俺、強奪する
「……主殿、いかがなされましたか」
愕然とする俺にホクトから声がかかる。
なんでもない、なんて適当に答えられるようなことじゃなかった。
「お客さんも予想が立ったみたいだね」
「ああ……ジイさんが死んで得をする奴なんてのは一人しかいねぇ」
「そう。パウロだ。次の司書の座を奪おうと計画したのだとしたら、最もその位置に近い彼しかいない」
代理を任されるほどの人材だ。
空位にさえなれば後は勝手に世論が背中を押すだろう。
裏に流れる濁った水脈が見えてきた途端、俺はパウロに対して怒り以上に、畏れを抱いた。自らの願望のためにそこまでするのか、と。
ネコスケは図書館のお家事情を知らないらしくパウロの名を聞いてもピンときていなかったが、少なからず面識のあったホクトは目を丸くしていた。
「あの方がでありますか!? 自分の目では、とてもそのようには……」
「内に秘めた狂気より恐ろしいものはないよ」
商人は冷たく言い放つ。
「ほっ、本当だったら許せないですにゃ!」
片やネコスケはヒートアップしていた。無理もない。数日縁を結んだだけの俺ですらムカついているんだから、それより馴染みの深いネコスケなら尚更だろう。
しかしこんなところでキレていてもしょうがない。
「少し落ち着けよ、ネコスケ。まずは早いとこジイさんに教えてやろうぜ」
「そうですにゃ! ご主人様にもお伝えしないと!」
「おう。呪いだってんなら解除してやれるだろうしな」
ミミが覚えている再生魔法の中には呪いを消し去るものもあったはず。
なんならジイさん自身が唱えられても不思議ではない。
「待った。それは少し難しいと思うよ」
「どうしてだ。病気なんかよりよっぽど治せそうじゃないか」
「何年もの歳月をかけて死なせる呪いだなんて仮にあったとしても非常に稀じゃないか。時間の経過でも解けないようだしね。そんな珍しい種類の呪縛をありふれた魔法で解除できるのかな」
「む……」
言われてみれば、である。
上級魔法とは効果そのものよりも独自性の要素が強いとは、他ならぬパウロの談。
呪術をかけた本人にしか解けなくてもおかしくない。
「ならパウロに詰め寄るか……ゲロってくれるかな」
「無謀だよ。証拠がないんだから」
「だよな。そりゃそうか」
知らないの一点張りで通されたらどうしようもない。だからって剣をちらつかせて力ずくで脅そうものなら即ブタ箱行きだろう。俺はこんなところで前科者にはなりたかねぇぞ。
それに取引にならなきゃ意味ないしな。パウロの手で解除させる必要があるんだから、ある程度慎重に扱ねば。
ええい、なんて回りくどいんだ。
まったくもって単純には話が進みそうにない。
「パウロだけじゃない。十分な証拠なしに町の人々に呼びかけても効果は見込めないよ」
「まあ、そうだろうな……っていうか、証拠があっても説得力があるかっていうと微妙じゃねーか? 俺らって」
「だね。自虐になってしまうけど、信用に足る顔ぶれとは呼べないかな」
流れの冒険者とその奴隷。スパイス売りに日雇い獣人。
改めて再認してみるまでもなく吹けば飛ぶような路傍の石だ。
こんな奴らの言葉に聴衆が耳を貸すことは、まあ期待できないわな。その上内容が内容だ。司書候補が前任者を暗殺しようとしているだなんて気安く信じられるような話じゃない。
「それじゃあ、ご主人様に話すのもやめておいたほうがいいですかにゃ?」
「そうだね。余計な混乱を招くかも知れない」
ここでいう『余計な混乱』とは、商人は口にこそしなかったがビザールの精神状態のことを指しているのだろう。
直接我が身にふりかかった事件じゃないから俺たちはなんとか議論できているがジイさんは当事者である。急に大したソースもなく「病気じゃなくて呪い」「容疑者はあんたが目にかけてる部下」なんて身も蓋もないショッキングな話を聞かされたらたまったもんじゃない。
近年の体の不調が呪いのせいだと確定するまでは黙っておくべきか。
「分かりましたにゃ。うう、もどかしいですにゃ……」
じれったそうに二の腕を何度もさするネコスケ。
不安と心配と、そして苛立ちが顔にあからさまに書いてある。
「とはいえ、水面下でコトを運ぶにしてもな」
こいつもジイさんも不憫だし、助けてやれるなら助けてやりたいが、どうすればいいのやら。
「まだ推測の範疇を出ていない。公に発信するなら確証を得てからじゃないと……ただ」
商人は頬に手を当てて二の句を継ぐ。
「時間がない。パウロが司書選に通ってからだと遅いだろう」
「なんでだよ?」
「彼にウィクライフにおける絶対的な権力が生まれてしまう。図書館はこの町の象徴で、その頂点に君臨するのが司書なんだから」
「実質的な町のトップってことか?」
「うん。そうなってしまったら多少の疑惑はもみ消してしまえるだろうね」
証拠をつかむまでの時間稼ぎ。
暴露が信用されるだけの地位獲得。
その両方が必要だと商人は語る。
ふむ、そうか。
だったらシンプルな手段があるじゃないか。
「パウロじゃない奴を司書にすりゃいいだけだな。俺たちで擁立しようぜ」
俺の出したアイディアにホクトは面食らい、ネコスケは大きな目をパチクリさせ、そして商人はそう提案することを予期していかのように満足げに頷いた。
「そうすりゃ時間にゆとりができる。そんで証拠が揃ったらそいつに発表してもらおう。現役司書以上に発言力がある奴なんてこの町にはいないんだろ?」
「ああ。それが一番リターンが望めるやり方だろうね」
「しかもパウロの野郎に一泡吹かせてやれる。こうなりゃドス黒い夢ごとぶち砕いてやるぜ」
要はパウロが司書の座に就くべく立てた計画のすべてをご破算にしてしまえばいいわけで、達成できれば時間的制約も発言力の低さも、更には胸糞悪さまで、全部まとめて解決させられる。
うむ、中々気持ちよさそうじゃないか。
娯楽の一切ない町にはもったいないくらいに。
「ですが主殿、その、スケールが少々大きすぎやありませぬか?」
「無茶じゃないことはお前も知ってるだろ?」
ホクトが案じているとおり、俺がやろうとしていることは端的に言ってしまえば選挙活動。
それも大本命相手に勝つと決めたからには正攻法で立ち向かうはずもない。なにかと金がかかることは予測されるが、まあ、問題はなかろう。
その点にもし問題があるならば、そもそも俺はホクトを雇えてすらいない。
「にゃっ! それでしたらミャーも全力でお手伝いしますにゃ!」
ネコスケは握りしめた拳をぶんぶんと上下に振って熱くなっている。
「でも確か……図書館の職員しか候補者にはなれないんだったか」
あとは前任者からの推薦。
だがこれはビザールの了解を得ないと無理なのでハナから選択肢から外れている。
できれば経緯を理解してくれる人間がいいが、こちらの話を無条件で聞いてくれそうな奴なんてあの場所には……。
「……いや、いるじゃないか」
一人熱心なビザール派が。
早速図書館へと一同総出で向かった。
今日一日の予定はすっかりキャンセルされてしまったが、気にするほどのことでもない。
金なんていつでも手に入る。俺だけに許された特権をどう費やそうが俺の勝手だ。
目的の人物は入館とほぼ同時に見つかった。
当たり前だ。そいつは受付カウンターにいるんだから。
「少しだけ時間をもらえないか?」
浮かない顔で仕事に臨んでいた受付嬢に一旦席を離れるよう頼み、人気の比較的少ない通路で俺たちがここに来た理由を明かす。
受付嬢――会話の中でシルフィアと名前を教わった彼女は、ありがたいことに事情はすぐに呑みこんでくれた。
ビザールへの信頼がそれだけ厚いってことだな。
現時点でパウロの対抗馬として手を挙げる職員は現れていないため、名乗り出さえすればまず間違いなく司書候補者の中に入れるという。
最初から勝負を避けられているくらいなんだから、結果を待つまでもなくパウロがぶっちぎりの大本命なのだろう。
だからこそ入りこめる余地が生まれたともいえる。
「ですが私が立候補したとして、住民の方々からの票が集まるとは思えません。見てのとおり単なる受付係なのですよ?」
ただ、仕方のないことだが、自信はまったくなさげである。
「任せろ。こっちにはこいつがいる」
「にゃっ!?」
俺の腕に肩を抱き寄せられたネコスケはびっくりして調子の外れた声を上げた。
町中を探し回っている時に気づかされた。ネコスケはその働きぶりのよさから商業ギルド内でかなりの評判となっている。
こいつの応援があれば、でかい組合ひとつ分の票が期待できるはず。
そして俺の金だ。政治資金なんていくらでも出せる。
「俺のカバンとネコスケの地盤、ふたつ合わさりゃ無敵だ。看板がなんだろうと勝たせてやるよ」
あえてでかいことを言ってシルフィアをその気にさせる。
「……了解しました」
シルフィアはぐっとタメを作ってから口を開いた。
「ビザール卿の無念を晴らすため、私の名前を皆様に捧げましょう」
「その言い方だともうジイさんが死んじまったみたいじゃねぇかよ……まあいいか」
了承は得られた。
さて、あとはいかにしてこいつを売りこむかだな。
「候補者の発表は二日後になっています。それから投票までは七日間の猶予がありますので、その期間を利用しましょう」
「分かった。忙しくなりそうだな……ホクトとミミにも働いてもらわねぇと」
あれこれ予定を立てる俺の様子を、なぜか商人は妙にニコニコとして見やってきている。
「その間僕は可能な限りで証拠を漁ってみよう。なに、これでも情報筋だけは多いからね」
「そうしてくれるなら助かるけどさ」
ふと奇妙に思う。
そういやこいつ、なんでここまで首をつっこんでいるんだろうか。
知恵のあるこいつが話に参加してくれているおかげでなにかと捗っているのは間違いないが、俺やネコスケと違ってジイさんとはなんの縁もないってのに。
「どうして無関係のあんたがそんなにも協力してくれるんだ?」
「正義感だよ。お客さんと一緒さ」
「俺と一緒? 冗談きついぜ」
そう苦々しく返すと商人はどこが面白いのか知らないがクスクスと小さく笑った。
「僕も名乗っておこう。フラーゼンだ。次にこの名前をお客さんが聞くまでには、なにかひとつくらいは情報をつかんでおくよ。お互い尽力しよう」
商人はダブダブの服をなびかせながら図書館を去っていく。
司書選開始まで残り二日。
時計の針は既に動き始めている。