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俺、再訪する




 ウィクライフ王立図書館司書ビザール辞任の報は一晩のうちに町中を駆け巡った。


 翌朝にもなればどこもその話題で持ちきりだった。


 図書館こそが象徴にして中心、というこの町の実態がよく分かる。


 それにしたって、だ。


 俺はどうにも釈然としないものを抱えていた。『現職でいる間は』一冊は口利きできるって、そういうことかよ。一冊手配した時点で職を失う、という内部事情を言い換えただけだなんて、あの時点で気づけるはずがない。


 そしてこうも言っていた。


 自身が死ねば制度の力で司書の権限は委譲される、と。


 なるほど、まさに規則に準じた解任劇だ。規約違反を犯したことによる懲戒免職なんだからこれ以上に厳格な処置はない。


 制度に判決を下させるのに、死を待つ必要はなかったってことか。


 ……なにが「まだまだ司書の座は譲れない」だよ。


 書物を報酬にした捜索願を出した時点で辞職する覚悟があったんじゃねぇか。


 本当に残っていた未練はそれだけだったんだな。


 ビザールの噂を小耳に挟むたびに、ガラじゃないとは分かっていても、俺はどうにもやりきれなさを覚える。


「大変な騒ぎでありますな……それだけ重大な事件だったのでありましょうか」

「まあな」


 今日もネコスケが来ていないかとふらっと寄ってみたギルドでも、朝っぱらから突然のビザールの解任について盛んに議論が飛んでいた。


 冒険者とはいえここの連中は粗暴さとは無縁なインテリ揃い。


 少し立ち聞きしただけでも理屈っぽさが伝わってくる。


 ただおおむね、ビザールの解雇を惜しむ声が大半だった。


 俺はそんな中、ギルドマスターと会話を交わしていた。


 多くの人間が出入りするギルドを取り仕切っているこいつ以上に、情報に明るい奴なんてそうそういないだろう。


「ビザール卿の件ですか。もちろんうかがっております」


 ホクトを後ろに立たせて話を聞く。


「偉大な方の引退は胸にくるものがあります」

「あんたもそうなのか。みんな残念がってたけどさ」

「残念という素直な想いと、ついにその時がきたか、という感覚が半々でしょうか。いずれにせよ僕たちには彼の下した決断を尊重することしかできません」

「口惜しそうじゃないか」

「ビザール卿の功績を考えれば当然ですよ。七期途中二十七年という在任期間は歴代の司書の中でも最長ですから……もっとも、ここ数年は静養にあてていたようですが」


 ギルドマスターは整った顔を寂しげに曇らせた。


 それだけ慕われていたということだろう。


 あのカタブツを絵に描いたような受付嬢がショックで涙を流すほどなのだから、それも頷ける。


 寂莫とした感情は、俺の胸にもなくはない。


 よそ者である俺がこの町に思い入れなんてあるはずもないが、あのジイさんとは赤の他人と呼べない程度には縁がある。


「……なあ」

「なんでしょう?」

「新しい司書ってどういうふうに決めるんだ?」

「伝統的に任命制です。知ってのとおりこの町の図書館は王立。次期司書の地位に就く人物は絶対権力者である国王から任命される運びとなっています」


 ですが、とギルドマスターは続ける。


「それはあくまで形式上の話であって、実際には住民投票で候補者を一人にまで絞ります。王都を離れられない国王にはウィクライフの情勢を知る由がありませんからね。誰が適任かは我々の間で決めるようお達しが出ているのです」


 おかげで民意が多少なりとも反映されるようになっている、とのこと。


 だから町全体がざわついていたのか。


 住人総出での投票になるんだとしたら、これから更に慌しくなるに違いない。


「最終候補が決まり次第駐在の騎士の方々に王都へ報告しにいってもらい、国王の承認を得て新体制による図書館運営が始まります」

「ふーん。ややこしいことになってんだな」

「それほど複雑ではないですよ。結局は投票を行って決まるのですから」

「じゃあさ、候補者って誰がなるんだ? 立候補すりゃ誰でもいい……ってわけじゃなさそうだけど」


 俺は政見放送を賑やかすファンキーな面々を思い出していた。


「基本的には他の図書館職員の中から数人が選ばれます。稀に前任の司書が外部招聘するケースもありますが……そこから最終候補に残ったことは一度もありません」

「そうか。なら次はパウロでほぼ決まりだな」


 代理を務めているくらいなのだから筆頭候補であるのは間違いない。


 ジイさんは口では未熟と評していたとはいえ、他にふさわしい人物がいるようには思えない。


 それはジイさん自身も考えているはず。ハナからパウロに譲る気なんだろうな。


「パウロですか。館内で頭角を現しているとは耳にしていましたが……いやはや、となれば彼が一番の出世頭になってしまいましたか」

「なんか知ってるような口ぶりだな」

「ええ。僕は彼とはアカデミーで同期生でしたから」

「へえ」


 意外な繋がりもあるもんだ。


「パウロは当時から優秀な学生でしたからね。若くして司書にまで登り詰めても不思議ではありません」

「優秀? 俺が会った時は魔法は苦手とか言ってたぜ」

「それはただの謙遜でしょう。同期の中でパウロより上と断言できる成績を残せた生徒なんて一人か二人しかいませんでしたよ」

「なんだよ、嘘だったのかよ」


 それなら堂々と自慢されたほうがいっそ清々しい。


 これだから秀才は。嫌味に感じてくるとジイさんが語っていたのも理解できるな。


「研究者気質ゆえに、冒険者の道は選ばなかったみたいですが……今にして思えば正しい選択だったんでしょうね。パウロが読書に向けた熱意は執念じみてすらいましたから」


 パウロはかつて「本に囲まれるだなんて夢のような職場だ」と語っていたと、遠い目をしてギルドマスターは明かした。


 昔話は無駄に長かった。


 当時から凝り性で授業範囲外のことまで調べ物をしていた、とか、学内に置かれていた本をすべて読み尽くしていた……など、あまり興味が持てないエピソードが続く。


 こういう高偏差値なあるあるトークを俺にしたって馬の耳に念仏だぞ。


 別にホクトの悪口じゃないけども。


「ただ不安な部分もあります。パウロはなにかに没頭すると、こう――」


 並列にした手の平を顔の前に立て、ギルドマスターは「視野が狭い」を表すジェスチャーをする。


「――なるきらいがありますからね。人の上に立つ資質に関しては、図書館の仲間内でよくよく審査されることでしょう」

「まあ、そのへんは後からついてくるものだと思うけどな」

「だといいのですが」


 話しているうちに。


「主殿」


 不意にホクトが俺の肩を叩いた。


「なんだ?」

「あちらをご覧に。ネコスケ殿が参られているであります」


 ホクトが窓の外を指差す。そこには報告どおりにネコスケの姿があった。


 俺もそうしてくれることを期待してここに来たのだが、今日も探索に同行するつもりらしい。


 ギルドマスターとの雑談を切り上げて外に出る。


「よう」

「にゃっ、お先でしたかにゃ」


 ネコスケは建物から出てきた俺とホクトを見つけるなりこちらに駆け寄ってきた。


 相も変わらず愛嬌のある笑顔を振りまいている。これが生来のものなのか、接客を任されるうちに身につけた渡世術なのかは結構なブラックボックスである。


「今日も手伝ってこいってジイさんに言われたのか?」

「はいですにゃ! お役に立てたと話したらご主人様も喜んでくれましたにゃ」

「……それだけか?」


 ビザールから重要な相談をされなかったかと尋ねる。


「にゃ? なんのお話ですかにゃ?」


 きょとんとするネコスケ。なにも聞かされていないらしい。


 ……よく考えたら、あのジイさん自身の口からはなんの声明も出てないな。司書の座を降りたのだって辞意を示したり体調不良を訴えたりしたんじゃなく、規則によるものだし。


 どうにもジイさんの思惑が気になって仕方がない。


 いつもならよそはよそ、うちはうちで片付けるところなのだが、依頼を終わらせた俺が実質的に辞職の引き金を引いたようで後味の悪さを感じているせいか、無性にそわそわとしてしまう。


 せめて話くらいしてくれたっていいだろ。


「ちょっとだけここでホクトと待ってくれ」


 俺はネコスケをホクトに預けて、郊外に向かった。

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