俺、絶賛する
目的地までは二時間少々で到着した。
足場と道幅が通行制限を生んでいるので荷車は入り口前に止めておく。
装備を戻してから雑木林を通り過ぎ、動物と頭を挿げ替えた石像が立ち並ぶ遺跡本殿へ。
ここは魔物が出没しないため拠点に適している。
ただほっと息をつこうにも、お子様を泣かしにかかっているとしか思えない造形をした石像のせいでまったくといっていいほどくつろげないのだが。
「作った奴の心の闇を感じるぜ。首の継ぎ目に違和感がないのがまた……」
無駄にリアリティが高い。
職人頑張りすぎだろ。
この像を見ていると精神が病んでいきそうで辟易としてくるのだが、意外なことにネコスケは気に入ったらしい。興味深そうにぺたぺたと撫でている。
「よくそんな気持ち悪いもんにじゃれつけるな。俺からしたら触るのもおっかないのに」
「そうですかにゃ? ミャーにはなんだか惹かれるものがあるのですにゃ」
「ネコスケ殿、失礼を承知であえて申し上げますが……中々悪趣味でありますな」
「にゃっ!? そ、そんなことないですにゃ。ユーモアがあってかわいいじゃないですかにゃ」
「かわいいのハードル低すぎだろ。女子校生かよ」
理解できそうにない。
まあネコスケのセンス云々は今はどうでもいい。
金ヅルことオークメイジを求めて茂みの奥へ。
雑木林をのそのそと徘徊するそいつは、悪者丸出しな面のせいもあってすぐに見つかった。
向こうはまだこちらと枝葉の区別がついていない。
いつもならここで真正面から急襲をしかけ、有無を言わせずボコって終わりなのだが、今回はネコスケがいる。
「シュウトさん、シュウトさん」
「なんだ?」
「あの魔物と戦ってみていいですかにゃ? ミャーがばっちりお手伝いできるところをお見せしたいですにゃ!」
「俺もちょうどそれを確かめたかった」
たとえば山羊の獣人であるミミは魔法の才覚に溢れているし、馬の獣人であるホクトには桁外れの膂力がある。
では猫の獣人の場合はどうか。
なにかと役に立つ、とは本人談だがどの程度のことができるのやら。
「でもさ」
「なんですかにゃ?」
「武器、そのナイフだろ? そんなので本当に倒せるのかよ」
「甘く見ちゃダメですにゃ。これは武器屋さんで働いていた頃に譲ってもらった一等品ですにゃ」
「はあ? もらった?」
「勤務態度がいいから、ってナイフを新調してくれたのですにゃ」
ボーナスみたいなもんか。
しかし、仕事の絡みで上物をよこすとは。俺がスーパーでバイトしていたころはせいぜい売れ残りのナマスとキンピラくらいしか回ってこなかったというのに。
「それを更に鍛冶屋さんにいた時に鍛え直して……」
「そんなことまでしてたのかよ」
「にゃ。トンカチの使い方も教わりましたにゃ」
こいつ本当になんでもやってんな。
ジイさんの飯を準備してきた、っていうくらいだから家事も当然できるだろうし。
「武器がオンボロじゃないのは分かった。けどやばそうならさっさと逃げろよ。森の雑魚よりは手強いぜ、あいつ」
「肝に銘じておきますにゃ」
ネコスケは胸に両手を当てるジェスチャーをしながら答えた。
「それにしても、むむむ、おっきな魔物ですにゃ」
ホクトの背中越しに、目を凝らして観察するネコスケ。
瞳が集束して縦長になっている。
「でかいだけじゃねぇぞ。あんなアホっぽい見た目をしておきながらいっちょまえに魔法を使ってきやがるからな」
「なるほど、把握しましたにゃ。大きいということは小回りが利かず、魔法を使うということは動作が長いと見てよいですかにゃ」
「まあそんなとこだな」
「ふっ、つまりミャーの実力を見せるにはもってこいの相手ということですかにゃ」
キザな台詞を恥ずかしげもなく口にしたネコスケは、小兵である自分より縦・横・厚みのすべてで圧倒的に上回るオークメイジ相手にしてなお。
「いきますにゃ!」
露ほども怯むことなく駆け出した。
――軽快に疾走しているにもかかわらず、足音は皆無。
ゆえに魔物がネコスケの接近に勘づくまでには多大なタイムラグが生じた。
自らに迫り来る何者かの存在を魔物が認識した時には既に、ネコスケは目と鼻の先にまで急接近している。
杖をかざすにはあまりにも遅く。
「にゃっ!」
魔法が唱え切られる前にネコスケは最初の一太刀を入れた。
鈍色のナイフが血に染まる。
しかし、いくら接近戦になると途端にサンドバッグと化すオークメイジといえど、その一撃でくたばるはずもない。
なりふり構わず、杖をただの鈍器として振り回した。
それすらも猫のナイフ使いには当たらない。ネコスケはいつの間にやら後ろにぴょいんと跳躍していて、リーチ外に逃げている。
杖が空振った瞬間を見極めてネコスケは再度隣接。
でっぷりとした腹を切り裂く。
そして素早くバックステップを踏む。ネコスケは常に動き回っていた。とらえどころがない、とはこのことを表すのだろうか。
回避からの攻撃。わずか一分足らずの間に、その一連の流れが九度繰り返された。
九度、オークメイジは浅くない傷を負った。
息を絶やすにはそれで十分だったらしい。
万が一に備えてフォローに走っていた俺の手が入るまでもなく、巨体は煙となって散らされた。
「ま、マジかよ」
鮮やかな速攻に俺は度肝を抜かされる。
一人だけで倒し切るとは、予想どころか期待さえも超えていた。
「……ってか、どこでそれだけの技術をつけたんだよ」
そのへんの冒険者より戦えるように見えたんだが。
「自分も気になるであります」
同調するホクト。
「あれほどの体さばき、一朝一夕で身につけたものとは」
「森で特訓しましたにゃ。輸送時の護衛を任されても大丈夫なようにしておけば、お仕事に就きやすくなれるからですにゃ」
「はあ、そういうもんなのか」
「ですにゃ」
さながら資格勉強だな。
手に職つけてんな、こいつ。
「ところでシュウトさん」
「どうした……とか聞き返すまでもねぇか。この金貨のことだろ?」
「にゃん」
オークメイジが消え去った後に残された異常な量の金貨を目にして、ネコスケは頭にハテナマークを浮かべている。
「まあなんというか、俺の宿命みたいなもんだ。誰にも話すなよ」
「むむ、なにやら事情がありそうですにゃ……ふっ、ミャーは守秘義務を守ることで信頼を勝ち得てきたのですにゃ。お任せくださいにゃ」
「さっき普通にナイフもらったとか話してたじゃん。あれどういう計上になってんだよ」
「本当に言っちゃダメなことは言わないのですにゃ!」
まあ大丈夫か。こいつの筋から信憑性を含んで冒険者に話が伝わることはないだろうし。
その後もネコスケは次々に魔物を撃破していった。
ネコスケのオークメイジ討伐は実にスムーズで、危機に陥りそうな瞬間すらなかった。魔法が放たれたところで巧みに回避できるだけの瞬発力があるし、そもそも、唱えるより先に近づいているパターンがほとんど。伝家の宝刀を抜かせさえしない。
二発ツヴァイハンダーを叩きこめばそれで終わりの俺よりは時間をかけているが、それでも十分な働きぶりだ。
うーむ、見ていて気づいたが、これに関してはネコスケの戦闘力どうこう以前に相性がよすぎるってのもあるな。
事実、機敏さでさほど差をつけられないトカゲサウルス戦は苦手にしていた。もっともそっちは俺の土の槍で一撃なので特に問題はない。
純粋に戦闘要員が倍になったようなものなので、稼ぎの効率は大きく向上。
移動時間の増加を帳消しにして余りある戦果が上がっていた。
「お見事! まさしく疾風迅雷のごとくでありますな!」
ホクトも舌を巻いている。
ただ素直に賞賛を送りながらも、表情はどこか悔しそうにも見えた。幾度となくホクトがこういう複雑な顔をするところを見てきたから分かるが、自分は戦えない、という事実を改めて思い知らされて、歯がゆさを感じているのだろう。
別にいいじゃんって思うけどな、俺は。
逆に俺やネコスケでは荷台に人乗せて走るとか絶対無理なんだし。
……ただここで、俺にとある考えが浮かぶ。
これ、猫の獣人とか関係なく単純にネコスケが凄いだけじゃねーか?
音もなくオークメイジに忍び寄れるのは、確かに種族特有の能力のおかげなんだろうが、ナイフの扱いや武器の手配なんかはネコスケ自身の豊富な職業体験からきてるものだろ。
極めつけはトカゲの尻尾がネコスケの腹をかすめた時。
回避自体はネコスケの優れた運動神経もあって特に危うげなく成功したのだが。
「にゃっ!?」
尾の先端に服の一部分を破かれた。
ネコスケのちんまりとしたヘソが露になる。
もうちょい上のほうが破れてくれりゃ下乳までは拝めたのに、と俺はくだらないことを考えながらトカゲを処理したのだが、驚いたのはその後。
「リペア!」
金貨を拾い上げる俺の真ん前でネコスケがそう高らかに宣言すると、みるみるうちに衣服のほつれは修繕された。
何回もこうした現象は目撃してきたから分かる。
今、完全に魔法使ったんですけど。
「おいおいおい、さすがにそこまでは想定してなかったんだけど」
「さっきの魔法のことですかにゃ? 魔法屋さんに雇ってもらってた時に身につけたのですにゃ。あれは苦労しましたにゃ……閉店後に居残りで勉強しましたにゃ」
なんでも簡単な店頭業務をこなすためにヒールなどの初級再生魔法を覚えさせられたらしいが、こいつの履歴書は一体どうなってんだ。
職歴どころか特技欄まで溢れかえってそうだな。
俺は毎回定番の「どこでも寝られる」で埋めていたというのに。
「リペアが使えるようになるまでは大変でしたにゃ。服はこれ一着しかないから、破れたら自分でちくちく縫っていましたにゃ……」
「縫い物までできるのか」
「裁縫工房で働いていた時に覚えましたにゃ!」
ネコスケは右手をぴっと上げてアピールした。
「いろいろな仕事を渡り歩いてきたとは聞いたが……これほどとは」
過去のバイト経験をまったく活かしてこなかった俺だからこそ分かる。
こいつはマジで有能だ。