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俺、試用する

 結局ネコスケはビザールに再雇用される運びになった。


 ネコスケにとってもひとまずの仕事が決まったことだし、これにて一件落着。


 俺の手元には報酬の書状……ざっくばらんに言ってしまえば魔術書引換券が残された。


 しかし今から図書館に向かうにはもう遅い。


 月が太陽を追い出して夜空にのさばっている。


 明日だな。


 ……と考えたけど、前言撤回。明後日にしよう。明日は丸一日オフにして宿でゴロゴロするという、崇高な目的がある。


 そんな素晴らしい一日に堅苦しい時間が混ざるのはふさわしくない。


 魔術書選びは探索帰りにミミを迎えに行くついでの際でいいか。


 ということで、依頼を終えた翌日、俺は昼まで寝て夜まで酒を浴びるという自堕落極まりない過ごし方をした。


 もっともたまに休むからいいんであって、これが毎日となるとマジで心が腐る。


 贅沢な話だが、繰り返し痛感してきたように、室内で退屈を潰そうと思ったらこの世界ではいろんな意味で寝るくらいの行為しかできない。


 よって次の日からはまたツヴァイハンダーを相棒に働き始めようとしたのだが。


「……なんでお前がここにいるんだよ」


 勉強をしに行くミミを見届けた後、依頼完了を報告するために立ち寄ったギルドの軒先には、妙なことにネコスケがちょこんと座っていた。


「どうもですにゃ」


 愛想のいい笑みを浮かべてこっちに駆け寄ってくる。


「おいおい、ジイさんの看病はしなくていいのか?」

「にゃにゃ、ご主人様直々の命令ですにゃ。しばらくシュウトさんたちのお手伝いをしなさいと言われたのですにゃ」

「家空けてて大丈夫なのかよ」

「ちゃんと朝昼の分のごはんは作っておいたから心配ご無用ですにゃー」


 話を聞く限り、ビザールは恩義に応えるためにこいつをよこしたらしい。


 ネコスケはネコスケで猶予のないビザールがそう言うなら、という想いがあるようで。


「ミャーもご主人様の頼みは聞いてあげたいですにゃ。お願いしますにゃ」

「手伝いったってなぁ。要は探索しに行くんだぞ? しかも森なんかより遥かにランクが上の場所に行くつもりなんだぜ、俺たちは」


 なにかアピールポイントはあるのか、と聞く。


「もちろんですにゃ。ミャーはいろいろなお仕事を経験してきたから役立てることがいっぱいありますにゃ!」

「ほう。たとえば?」

「それは見てからのお楽しみですにゃ」


 思わせぶりにウィンクしてくるネコスケ。


 なんてしょうもない交渉材料なんだ。


 ただ、ここで追い返すのもジイさんに悪いな。厚意を無碍にしたせいで心労が祟ってポックリ逝ってしまうかも知れない。


 それに猫の獣人ってのがどれだけ有用なのかは気になる。


 スキルを隠すために冒険者連中とパーティーを組むことができない俺にとっては、装備の次に獣人の存在が生命線だからな。場合によっては次に買うべき奴隷の参考にもなるのでは。


 うーん。


 いっか。タダだし。


「じゃあ遠慮なくこき使わせてもらうぞ。それと探索中に起きたことは他に口外しないようにな」


 具体的にいうと金貨のザクザク感な。


「にゃっ! よろしくお願いしますですにゃ」


 ネコスケはぺこりと頭を下げた。


「そちらの方もよろしくですにゃ」

「や、こちらこそ。先日は名乗る暇もありませんでしたので、改めて。自分はホクトと申す者であります」

「ホクトさんですかにゃ。覚えましたにゃ。ミャーのことはお好きなようにお呼びくださいにゃ」

「では主殿にならって、ネコスケ殿で。ネコスケ殿のご助力、心より感謝するであります。短い間ではありますが共に主殿を支えましょうぞ」

「にゃにゃ! 頑張りますにゃ!」


 気合を入れながらも目を細めて、親しみを込めた笑顔をホクトに見せるネコスケ。


 なぜかネコスケはホクトに懐いているし、ホクトもホクトでネコスケに対して好印象を持っているように見受けられた。


 なんとなく理由は分かる。情に厚いホクトはまだ再会シーンの残像が焼きついていて、それゆえに相手の人柄を肯定的にとらえているのだろう。


 ネコスケのほうは……うーむ、「こいつ面白い奴だにゃん」とかそんな感じだろうな、多分。


 どちらの喋り方が変かで張り合っていた初対面の時が懐かしく思えてくる。


「だがひとつ、言っておくことがある。まあちょっとホクトの装備と自分を比べてみろよ」


 親指をクイッと向けて、今まさに顔を突き合わせている最中であるホクトの出で立ちをネコスケに改めて指し示す。


 堂々たる長躯を光沢のある分厚いプレートメイルが包んでいるから、見るからに物騒なことになっている。


 まあ戦いはしないので厳ついのは見た目だけなんだが。


 他方、ネコスケは散歩以上ピクニック未満の軽々とした服装である。


「さすがに自殺モンだぜ。もうちょいマシな服は持ってないのかよ。せめてローブとか」

「これが一番ミャーの力が発揮できる格好ですにゃ。重かったりヒラヒラしてたりすると動きにくいですにゃ」

「その気持ちは分かるけどさ」


 俺も鎧とか着ようともしてないし。


 でもこいつ、確か素早い身のこなしが武器だとか言ってたな。重装備だと長所が損なわれるというのは説得力がある。


 とりあえず連れて行くだけ連れて行ってみて、それから判断するか。


 やばそうならホクトの後ろにでも下げておけばいいだろう。ホクトは剣の扱いこそコメディチックだが、レア素材づくしの装備品と身体能力のおかげで防御面は万全だしな。


「ですが主殿」

「なんだ?」


 ホクトが横槍を入れてくる。


「三人ですと自分が背負って走ることは不可能であります」

「あー」


 その問題があったか。


 最も稼げるスポットである遺跡まではかなり遠い。ホクトの並外れた馬力があるから今まではものともしていなかったが、まともに歩いたら往復で八時間はかかる。


 本来なら野営が推奨されるような探索地点だろう。


 だが妥協案はすぐに思い浮かんだ。


 日頃ロクに機能しないくせに小ずるいことだけは割とあっさり考えつくんだから、俺の脳ってやつは不思議な構造をしている。


「この前商業区を回ってる時に買った荷車があったじゃん」

「あの小型のものでありますか?」

「そうだ。あれを使おう。乗ってる間だけ俺がカットラスを装備しておけば、もし野盗が襲ってきても水の刃で先んじて対処できるだろうしな」


 旅路用の荷馬車より断然取り回しがいいし、あれなら人が乗っていても牽引できるはず。


 それに俺はモヤシだしネコスケはチビだ。


 二人足してもせいぜい二桁キログラムがいいとこだろうし、ということは、あの筋肉の化身じみた石像一体分に遠く及ばない。


「……余計なもんを思い出しちまったじゃねぇか」


 マッチョに押し潰される悪夢にうなされそうで今夜が怖い。


 それはともかく。


 一旦宿に戻り、停車場に止めていた荷車を引っ張り出す。


「こんなの使い捨てだと思ってたけど……まさかこんなところで役に立つとはな」


 で、荷台に乗ってみる俺とネコスケ。


 サイズ的に乗れて二人だな。重量の面でもこれが引いて走れる限界だろう。


「ホクト、任せたぞ」

「了解であります!」


 疲労回復を早めるブローチをホクトに渡し、いざ出発。


「おおお、凄いですにゃ! 速いですにゃ!」


 全身に風を浴びたネコスケは興奮気味の声を上げた。


 もっとも、普段のホクトの走りっぷりを知っている俺からしたらそうでもない。


 やはり直接背中に乗って走るよりは見劣りする。


 あとホクトが実際に牽引してから気づいたのだが、乗り心地は最悪に近い。車輪が小石を踏みつけようものならケツが死ぬ。


 それでもスピードは十分だ。


 流れていく大草原のパノラマを楽しそうに眺めるネコスケの、ふにゃふにゃした音程の鼻歌を真横で聴きながら遺跡へとひた走った。

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