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俺、命名する

 瞬きよりはやや長いブラックアウトの後には、白樺の木が生い茂る森とはまるで異なる風景が広がっていた。


 ここが木こりの隠し部屋か。


 ってことは地面の下に来ていると考えていいな。


 照明はランプが一個だけ。


 積み上げたレンガが剥き出しになった、ごくごく簡素な壁が四方を囲んでいる。


 そして狭い。狭苦しい。


 まともな建築基準を満たしているかどうかはかなり怪しい。


 だが地下室の中の様子なんかは、気になりはすれど所詮添え物に過ぎなかった。


 俺はそこで、設置されたベンチに寝転がっている女を発見したのだから。


「にゃにゃにゃあっ!?」


 そいつが発した声は仰天している割には間が抜けていた。


 元々大きな目が驚きで更に見開かれていて、綺麗に「あ」の形で開いた口からは八重歯がのぞいている。そのせいもあってか全体的に幼い顔立ちに見えた。


 低めの身長にザンギリにしたターコイズブルーの髪。


 そして猫特有のツンとした耳。


 間違いなくこいつだな。これだけ特徴が一致していてこいつじゃなかったらたまげる。


「い、い、いきなりなんだにゃ? なんで急にミャーのおうちに三人も来たんだにゃ?」


 獣人は突然のことに慌てふためいている。そりゃそうだろうな。立場が逆だったら俺も同じようなリアクション取ってただろうし。


 ってかその前に、さっきからなんだこいつの喋り方は。


 イタい子なのか。


「しかしまあ、狭い部屋だな。隠れて休むだけならこれで十分ってことか?」


 改めて部屋を見渡してみる。


 高さは三メートル弱、広さは六畳くらいしかない。格安ワンルームですらもうちょいマシな間取りをしているぞ。


 壁には何個か通気口と思しき穴が開いているが、あそこから地上までパイプが伸びているんだろうか。森を散策している時は全然そんなものは見当たらなかったから、木の影にでも隠れていたのかも知れない。


 床には燻製などの保存食を入れた箱が置いてある。隠れている間はこれでしのいでるわけだな。


「無視しないでほしいですにゃ! もっと『落ち着け』とか『俺たちは怪しい集団じゃない』とかそういう言葉がほしかったですにゃ……お約束がないと不安になるにゃ」


 あ、忘れてた。


「すまんすまん。いやさ、ずっとお前のことを探してたんだよ」

「ミャーを? じゃあここに来たのは偶然じゃないってことですかにゃ?」

「ああ。急で悪いとは思うけど、ノックしようがないんだからそこは大目に見てくれ」


 詳しい話を始める前に、ミミとホクトを後ろに下げる。


 山羊(♀)と馬(♀)と猫(♀)と俺(♂)とで会話していたら、どう考えても俺が一番浮きそうだからな。


 一対一で軽く事情を話す。


「日雇いの獣人を探してくれっていう依頼があってさ。居場所を転々としてるっていうから苦労したぜ……本当に」

「うう、お仕事を早めにもらいに行けばよかったにゃ……そうしてればここは見つからなかったはずだにゃ……」


 読みは当たっていたようで、今はまだ休職期間だったらしい。


「だけど、どうやってここに入ったんだ? よくあの暗号が読めたな」

「暗号?」

「石版に書いてあったろ」

「あれのことですかにゃ? 普通に読めましたにゃ」

「普通に読めた?」

「にゃん。お給料がほしくて山里を下りた時、森を通っていたら偶然見つけて、なんとなく読んでみたのですにゃ。おかげでおうちをゲットできましたにゃ!」


 妙なこともあるもんだな。原住民族の言葉って聞いたんだが。


 どうやって知ったか……はいちいち追及しないでいいか。今回の件には関係ないし。


「発見できたからそれでいいや。とりあえず町まで来てくれないか?」

「はっ! ということはミャーもついに奴隷市場に売られてしまうのかにゃ? 今はご主人様と契約してないからそうなったら逃れられないにゃー!」

「そんなことしないっての。お前に会いたいって人がいるんだよ。そいつが依頼者だ」

「むむっ。それならちょっとお話を聞かせてもらいたいですにゃ」


 頭を抱えていた獣人は電源のオンオフが切り替わったかのようにスッと落ち着きを取り戻した。


 それにしても物怖じしない性格をしているな、こいつ。


 いきなり訪問客が現れてもマイペースで受け答えできてるんだから、変な喋り方はともかくとして、相当環境適応力が高い。


「けどそれがミャーのことだってなんで分かるんですかにゃ?」

「いや、本人確認とかいらねぇかなと思って」


 明らかにこいつがジイさんの尋ね人だし。


 一応聞いてはみるか。


「昔、アイシャって名前で働いてたことはないか?」

「アイシャ? ふむむ、そんな時期もありましたかにゃ……確か……ビザールってお爺さんの自宅でお仕事していた時は、そう呼ばれていたような記憶がありますにゃ」


 思い出せたのか、獣人はポンと手を打つ。


「そう、それ。実はそのジイさんから頼まれて来たんだよ。死ぬ前に一度会いたいってさ。ジイさんの体がよくないのは知ってるだろ?」

「それはもちろんですにゃ。でも死ぬ前、とはどういうことですかにゃ? ミャーの契約が切れる頃には大分回復してましたにゃ」


 アホみたいな話になるが、それは耳好きなジイさんの欲求が満たされたからなんだろうな。


 やはり病は気からなのか。気というか、性というか。


「あれから悪化し続けてるらしいんだよ。そろそろお迎えが来そうだから、最後に世話を焼いてくれた恩人と再会したいんだそうだ。感謝でも伝えたいんじゃないかな」

「にゃにゃっ! それは穏やかじゃないですにゃ!」


 獣人は俺が唐突に現れた時以上の驚きを顔いっぱいに浮かべる。


「お爺さんの話をしてくれたから信用できましたにゃ。ミャーで助けになれるならお安い御用。早く行きましょうにゃ!」

「そりゃありがたい。……で、ちょっとその前に聞いておきたいことがあるんだが」

「なんですかにゃ?」


 小首をかしげる獣人。


「本当はなんて名前なんだ? 何個もあるからどう呼んでいいのやら」

「あなたの好きに呼んでくれてかまいませんにゃ」

「別に雇うわけじゃないしな。本名を教えてくれよ。でないと話しにくい」

「ふっ。ミャーに決まった名前はありませんにゃ。強いて言うなら、名も無き風来坊といったところですかにゃ……」


 めっちゃカッコつけた顔つきをしてきた。


「なんだそりゃ。タクサンアッテナとかにするぞ。エピソードを踏まえて」

「にゃにゃ!? そんな妙ちくりんな名前は嫌ですにゃ……」

「好きに呼べって言ったじゃねぇか。めんどくせぇな、じゃあネコスケな、ネコスケ」


 俺は便宜的にそう呼ぶことにした。


 どうせ今日しか使わない名前だしな。このくらいシンプルでいいだろ。


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