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俺、散策する

 露天市場を離脱したその足で、日が落ちる前にギルドへと向かう。


 それにしても香辛料の販売価格は「これボッタクリなんじゃねぇか」ってくらい高かった。少量でも当たり前のように金貨を要求してくる。


 ひとつまみでも利くから実質的には安い、とかなんとか言っていたが、眉唾ものだ。


 それに、よく考えたら現状これといって使い道がない。食料品に分類されるとはいえ結局は調味料。メインになる食材がないとなんの意味も成さない。語り口が飄々としてるからその時は特に疑念は抱かなかったが、買った後で無用の長物だと気づいた。


 セールストークで煙に巻かれたな。


 これだから口の上手い奴は。


「……まあ、いいか」


 情報料だと思っておこう。やっとのことで手がかりらしき話が聞けたんだから。


 ギルドにて、件の『白の森』について尋ねる。


「『白の森』は駆け出し冒険者向けの探索スポットです。出現する魔物は多岐に渡りますが、どれもドルバドル全土に生息しているものと変わりません」


 じゃあ狼とかスライムとかあのへんか。転生当初は難敵に感じたが今更だな。


「主な採取可能素材は白樺の樹液と樹皮ですね。樹液は薬、樹皮は紙の原料にできますね。植物製の紙は羊皮紙に比べて粗悪ですが日常で用いる分には便利ですよ」

「へえ。そりゃちょうどいいな」


 教育機関がいくつもあるこの町は、比例して紙の消費量も凄まじそうだし、近場で原材料が集まるのはありがたいに違いない。


「森の地図をお渡ししておきます。ただこれは簡易なものですからね。詳しい地理が知りたいのでしたら、図書館にある資料集を読んだほうが正確かと」

「今からじゃ遅いしな……この地図だけでいいよ。森にはどのくらいで着くんだ?」

「徒歩で一時間程度ですかね」


 歩いて一時間か。


 ってことは、ホクト換算で十分だな。



 翌日、ホクトにまたがった俺はまだ陽も昇り切らないうちに森を目指した。


 『女にまたがる』なんて言葉をちっともいやらしくない意味で使ったのなんて初めてだ。


「主殿、到着したであります! さあ、気合を入れて参りましょう!」

「ん、おう……お前朝から元気だな」

「元気だけが自分の取り柄ですので!」


 ホクトが健脚を飛ばしまくったから出発から到着までほとんど間が空かなかった。もうちょい背中の上でうたた寝してたかったんだけど。


 とはいえいつまでも夢見心地でいるわけにもいかない。


 まずは手前付近で張り込みを決行。


 ここで対面できれば話は早いのだが……二時間近く待ってもそれらしき人物は現れない。


 そろそろ商人が一斉に開店準備にかかる頃だろう。ってことは現在、森からの出勤はしていない、と考えていいはず。日雇いで遅刻したら即クビだろうし。


「ってことは求職中か。今はまだ寝てる時間か?」


 こちらから接触を試みないとダメらしい。


 これで既に下宿付きの仕事が決まってたりしたら無駄足もいいとこだな。のろのろと真昼間にやってきても不在の可能性が高いから、したくもない早起きをしたってのに。


 寝ぼけ眼をこすりながら、どこか神聖な雰囲気のある森に踏み入る。


 さて。


 訪れたそこは、白樺の木が所狭しと立ち並ぶ分かりやすい森林地帯だった。


 ただで少ない太陽光が大量の木々の葉で遮られているから、やや暗く視界に難がある。


 これは時間の経過と共に解消されるとして、問題は……。


「ここ、どのへんなんだよ」


 俺は後頭部をかく。 


 どこを見回しても目につくものが木しかないから、現在地が全然分からん。


 ギルドマスターに譲ってもらった『白の森』の地図は、懇切丁寧に特定のルートが記されていたりはせず、大雑把にしか地形を表していない。


 浅めの区画であれば迷うこともないんだろうが、猫を尋ねて奥へと踏みこんでいくと前後左右が曖昧になってくる。


 かつて出会ったサバイバル専門家の教えを守って、ちょくちょく幹に小さな傷をつけて目印にしてはいるが……帰り道の参考になるだけで、どこへ進めばいいかは気分に任せるしかない。


「甘ぇな、これ。ほとんど砂糖じゃん」


 傷口から染み出してきた樹液が指についたのでなんとなく舐めてみたけど、予想よりずっと輪郭のある味がした。


 ってかこの味、俺食ったことあるな。いや、別にカブトムシの真似事をやってたとかじゃない。なんかガムみたいな甘さがする。


 ただ樹液は乾くとべたべたとして気持ち悪い。ホクトから借りたカットラスの水で洗い流さないと指同士がくっついてロクに物も持てやしない。


 この水が飲めればワインの瓶を持参する必要もなくなるんだが、まあ無理だろう。レアメタルの由来からして恐らく海水だし。「水がなければワインを飲めばいいじゃない」を地でいってる世界なので、大人しくこれからもブドウに感謝を捧げ続けるとするか。


「ややっ。主殿、十一時の方角から敵襲であります」

「どれどれ……またこいつらか。もう飽きたぜ」


 森林内部はゴブリンや狼、鳥に毒ヘビなど、既視感のある連中しか出てこなかった。


「念には念を入れてツヴァイハンダーにしておいたけど、これだったらいらなかったな」


 会った瞬間に蹴散らせるレベルなので、当然成果的にも寂しいことになっている。この期に及んで報奨が金貨と銀貨合わせて数枚というのもアホらしい。


 余計な戦闘はしなくていい。さっさとジイさんの元世話人を見つけ出さねば。


 ところが、である。


「……なあ、ホクト」

「いえ、主殿。おっしゃらずとも把握しております」

「だよな」


 手探りながらに三時間うろついた末、俺たちの目に広がったのは、だだっ広い草原だった。


 つまり、森を抜けてしまったということ。


 小屋などの人の居住区になりそうなものは、なにひとつとして目撃しなかった。進めそうな道は一通り歩いてみたというのに。


「おいおいおい、待てよ。じゃあ通り過ぎちまったってことか?」

「おかしいでありますな。見逃していたルートがあったのでありましょうか」

「んー……ひとまず逆走してみるか。脇道があるかも知れねぇ」

「では、お運びするであります。今ならばまだ魔物は散ったままでしょう」


 ホクトの背に乗って、ここが中心あたりだろうと目星をつけていたポイントまで戻る。


 腐葉土で覆われた不安定な地面をまったく苦にせずに疾駆するホクト。一度通った道なので脇目を振る必要もない。


 切り傷が刻まれた、郡を抜いて幹が太い白樺の木が生えている場所に辿り着く。


 一応、ここから分岐はできなくもない。この木を中心として東西に当たる方向は未調査。


「ちょっと横道に逸れてみるか」


 もっとも、進めば進むほどに木々の密度が上がっていくだけで、どんどん道幅が狭まってくる。


 歩くのも困難だ。


「こりゃ無理だな。もっかい戻るぞ」


 俺は早めに切り上げて、元の位置へと復帰する。


 そして再び思考。


「全然見当がつかねぇな。森中全部回らないといけないのか?」


 まさか。とても人間が入りこめないような閉所も多数含まれてるっていうのに。


 ひょっとして秘密の隠れ家でもあるんだろうか。カラクリ解かないと発見できないような。


 もしくは俺たちの気配を察して逃げ回っているとかだな。過去に出会った猫の獣人は隠密行動を得意としていた。同じ種族なわけだし、似たような能力を持っていても不思議ではない。


 一番最悪なのは、普通に町中で住みこみで働いている、というパターンだ。それだと振り出しに戻るだけでますます徒労感に襲われる。


 いずれにせよ、捜索は想定していたより厳しそうだ。


 今ですら嫌気が差すほど面倒な思いをしているのに、これ以上なんて耐えられないんだけど。


「これはもう諦めるしか……ん?」


 俺が早々に捜査の打ち切りを視野に入れ始めた時。


「なにやってんだ?」


 十メートルほど先で、地面に手の平を当てるホクトの姿が目についた。表情はいつになく真剣で、鋭い目つきにいたってはハードボイルドな敏腕探偵のようでさえある。


 こうやって真面目な顔をしただけで絵になるから、立派な容姿の持ち主はずるい。


「主殿。もしかしたらでありますが……前後左右ではなく、上下で考えるべきだったのかも知れません」

「ほう。……で、どういうことだ」


 俺は分かったふりをしただけで微塵も分かっていなかった。


「幾度となく往復しているうちに足の裏に伝わってくる感触の違いに気づいたのであります。全体的には非常に柔らかい地質でありますのに、ここだけひどく硬かったので」


 ホクトが手を当てていたのは、覆いかぶさっている腐葉土を払いのけていたからだった。


 近づいて、そこに隠されていたモノを俺も見下ろす。


 一メートル正方の石版だ。得体の知れない文章が刻まれている。


「何語だ、これ?」


 転生した時点で異世界の言語は通じるようになっていたのに、まったく読めそうにない。まるで暗号文じゃないか。


 しかし、これが魔術書の写しであることは即座に判明した。右下に『中級移送のグリモワール』という単語がひっそりと添えられている。


「とある魔法を抜粋したもののようであります。読み上げて魔法を詠唱することで何かが起こるのではないでしょうか?」

「だろうな。しかも移送ってことは……」


 どこかに繋がるはず。


 それこそ、身を隠せるのに都合がいい小屋なんかに。


 仮に害を与えるための罠であれば、こんなふうに手の込んだ秘匿をしないだろう。


「でかしたぞホクト! 頭じゃなく体で感じ取れることならお前はピカイチだな」


 語彙の乏しい俺は褒めてるんだか貶してるんだか微妙な褒め方をしたが、ホクトは背筋を伸ばして大いに喜んだ。お互い単純だと楽でいいな、マジで。


「……で、だ。ホクト」

「はっ。なんでありましょう」

「お前、この暗号解読できる?」

「……申し訳ありませぬが……」

「気にするな。俺も一緒だ」


 だがお互いオツムが弱いので、案の定ここでピタッと停滞。


「ま、別に全文解けなくたって問題ねぇけどな。要するに魔術書の書き写しなんだろ? だったらコピー元を持ってきてミミに唱えてもらえばいい。中級なら図書館でも借りられるだろ」

「おお、なるほど!」

「ただ指定されてる行き先だけは自力で解読しないとダメみたいだな。これも図書館行って調べりゃ分かるんだろうか」


 うーむ、となると一度町に戻るしかないか。


 なんか人探しの依頼を受けて以降、タライ回しにされてばかりな気がする。どれだけ東奔西走すれば目的地に辿り着けるのやら。


「でも近いところまでは来たっぽいな。というか、なんでこんなのが森の中にあるんだろ」

「甚だ謎でありますな」

「それにこの一個だけとは限らないしな……もし何個もあるんなら順々に確かめていかなきゃいけないんだろ? めんどくせぇ……」


 それを含めて図書館で調べたほうがいいかもな。図書館には『白の森』の資料がある、とは前もってギルドマスターに聞かされている。


「本……本か……」


 果たして俺の脳ミソで何分我慢できるんだろうか。


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