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俺、巡回する

 町の西手側に所在を置くウィクライフ商業区。


 青果市場を始めとして、数多くの商店が立ち並ぶ活気に溢れた区域である。


 俺たちは今朝からここを訪れている。言うまでもなく尋ね人の情報を求めて……なのだが。


「ああ、猫の獣人なら一年前にうちで働いてたよ。きっとその子だね」

「マジで?」


 とりあえず入ってみた日用雑貨店でいきなり耳寄りな話を聞けた。


 あまりにも呆気なく一端をつかめて若干拍子抜けする俺。ただ、肝の据わった顔つきをした店員のおばさんはこうも言う。


「でも変だね。あの子はアイシャなんて名乗らなかったよ。あたしはミルって呼んでた」

「ん? どういうことだ、それ」

「好きに呼んでくれっていうからさ、名前をつけてあげたの。かわいいでしょ? まあ娘ができたらつけようと思ってた名前なんだけどさ。なにせうちの子供は長男次男三男四男で、一人も女の子がいないから持て余しちゃってたのよ」


 ザ・おばさんって感じでめっちゃ世間話してくるが、聞くのもそこそこに俺は考えを改める。


「うーん、名前はその時その時で雇い主につけてもらってんのか」


 ってことは、アイシャという名前はまったく手がかりにならないってわけか。ジイさんは愛着をこめて呼んでたかもしれないが、本人的には単なる一時的な名称に過ぎなかったんだろう。


 結構ドライな奴だな。


「だけどねぇ、せっかくよく働いてくれてたのに一ヶ月しかいてくれなかったよ。かわいらしい子だったからずっと雇っていたたかったのに」


 一ヶ所に留まらない、というのはジイさんの話どおりか。


「じゃあさ、もう一個質問していいか?」

「難しい話だったらお断りだよ。こちとら学術書と睨めっこできないから商人やってんだから」


 計算なら得意だけどね、とおばさんはケラケラと笑う。


「なんも難しくなんかねぇよ」


 まず俺がそんな話をできないからな。


「また獣人についてだ。ここにいたことがあるのは分かったけど、次どこに行くかとかは聞いてたりしないか?」

「それは教えてくれなかったね」


 予想はしてたがその点も一緒か。やむなし。


「分かった、時間取らせてすまなかったな。他も当たってみるよ」


 俺は店を出る。


 その後もいくつか回ってみたのだが――。


「ああ、ペティのことか。それならうちに二十日ほどいたな」

「懐かしいな。シェバちゃんには倉庫の整理をやってもらってたよ」

「うちではウェイトレスとして働いてましたね。フユは愛嬌がありましたから割と評判でしたよ」

「ロンドを雇っていたのは二年前かな。今? それは知らない」

「エリオネの奴がどこ行ったか? 分かるわけないだろ、数週間しか付き合いねぇってのに」

「その子なら半年前までここで荷降ろしをやってたよ。小さい体で頑張ってたね、ミッヒは」

「猫の獣人? 三年くらい前にはいたね~。キミーって子のことでしょ?」


 まあ話が出るわ出るわ。


 大体四軒に一軒のペースで流れ者の獣人が奉公に来たことがあると聞かされた。ほっといたらそのうち町内の全店制覇しそうな勢いなんだけど。


 しかも毎回名前が違う。何個通称持ってんだよこいつは。


 とはいえ、足取りは分からずじまい。


 獣人は自分の素性を誰にも明かしていなかった。


 以前はいた、ということはさして重要じゃない。そんな情報が何十個集まったところで結局今どこにいるかが分からないんじゃなんの意味もないからな。


 おまけに。


「待った。冷やかしで帰すほどうちはぬるい商売はしてないよ。なにか一品くらい買っていくのが義理と人情ってもんじゃないのかい」

「あんたに話をしてあげてる間にどれだけの損益が出てると思ってるのさ。その時間があれば軽く帳面をつけるくらいの仕事はできたよ」


 ほぼ毎回のように情報提供の対価として欲しくもない商品を買わされた。


 商人のがめつさはどうやら風土によらないらしい。


 まあ金はあるので大した痛手ではないものの、そのせいで壺やら絨毯やら生鮮食品やらがどんどん溜まっていった。


 途中で「あ、これやばい気配だな」と気づいて急遽荷車の購入を決めなかったら、溢れんばかりのモノの運搬に困ってまともに身動きが取れなかったに違いない。


「くそっ、ここもニアミスか」


 店から出た俺は、押し売りされた奇怪な色の花束をホクトが引っ張る荷車へと投じる。


 積荷に統一感がなさすぎて荷台がカオスなことになっていた。


 気づけばもう夕方。


 要は現在進行形で奴隷契約を交わしている店主のところに行けば、目的はサクッと達成されるわけだが、まだそこまで至っていない。


 一日中歩き回って未だ目立った成果なし、だなんて徒労もいいとこだ。『骨折り損』は数ある俺の嫌いな言葉の中でも上位に位置する。


「これだけ回ったのですから、確率的にはそろそろ今の職場に辿り着いてもおかしくはないと思いますけど……」


 ミミもぐったりしている。


 荷車を引くホクトはまだ余力はあるが、ひとつ前の店で買ってしまったマッチョな石像がその凄まじい重量を遺憾なく発揮しているせいで、歩く速度が大分鈍っていた。


「主殿、これは、かなり足腰に来るでありますなっ」

「すまん、俺も今になって後悔してる」


 彫刻の販売店になんて入るんじゃなかった。


 店員の説明によれば交易品になるらしいけど、どこで売ったらいいんだ、これ。アセルで捕まえた蝶はセレブな町を訪れるまで大事に取っておくつもりだが、こんな意味不明にかさばる物体はすぐにでも損切りしたいぞ。


 ということで、俺はなんでも買い取ると噂の露天市場に立ち寄った。


 露天商のおっさんが広げた布の上に並ぶ土産物の顔ぶれは、ホクトの荷車とタメを張れるくらいの雑多さを誇っている。


「こ、これを俺が買うのか……こんなの置いてたら客が逃げるぞ」


 おっさんはムキムキの像を前にして引いていた。


「頼むよ。いくらでもいいから売らせてくれ。俺にはこいつと旅する度胸はない」

「しゃーねーなー。今回だけだぞ?」


 買値の二十パーセント以下での売却だったが、引き取ってくれるだけでもありがたい。そのへんに不法投棄するよりは精神的にマシだからな。もうなんか粗大ゴミみたいな扱いだが、実際感覚としてはほぼそれに近い。粗大ゴミだって金出さないと捨てられなかったんだし。


「あ、そういや」


 一応このおっさんにも尋ねてみるか。


「猫の獣人が『雇ってくれ』って申し出てきたことはないか?」

「猫? 変な色の髪をした奴か?」

「たぶんそいつだ。おっさんのところにも来たのか?」

「来たもなにも、二週間前までは俺のところで働いてたぜ。客引きをやらせてたんだけどよ」

「二週間前?」


 思いがけず今までで一番近い数字が出てきた。


「こんなジャンクな店までカバーしてたのか……しかもかなり最近じゃん」


 もしかしたらこの周辺こそが現在の活動拠点なのかも知れない。


 別の露店へ。


「……全然いねぇ!」


 あるだけ巡ってみたが、まあ現実ってやつは相変わらずシビアで、そんな都合よくはいかなかった。


 一定の場所に留まらない、というのは、同じ職種を続けないってことでもあるのか?


 参照できそうな傾向がちっとも見えてこない。


「シュウト様、まだもう一軒あります。ハーブと香辛料のお店みたいですよ。いい香りですね」


 ミミがぽわんとした顔をする。


「あちらも確認しておきますか?」

「やるだけやってみるか……」


 ただ、俺の直観は「どうせいないぞ」とネガティブな忠告をしている。だからといって見過ごす利点もないので若めの男が経営するその店で聞いてはみたが。


「うちにはいないね。いたこともない」


 ほらな。


「だけど、それって少し前まであそこの露店で働いてた女の子のことでしょ? なら知ってることがひとつだけあるよ」


 お?


「見てのとおりここはちゃんとした店舗を持たない露天市場だ。当然住みこみで働くなんてことはできないよね」

「ふむ、確かに」


 屋台やレジャーシートみたいな場所で寝泊まりするはずがないからな。


「だから獣人の子はどこかから通わなきゃいけないわけだ。実際に僕も彼女が出勤してくる様子は目にしているよ」

「……自分の家を持っているってことか?」

「家、とまでは断言できないかな。だけど獣人の子がどの方面から来ていたかは推測できてる」


 布を巻いて作ったような帽子に黒い髪を押しこんだ男は、きっぱりとそう言った。


「本当か!? 町のどこだ?」

「町じゃない。町の外にある森からだね」


 意外な回答が返ってきた。


 それもやけに具体的だ。根拠がなければ決して出せないであろう突飛な答えじゃないか。


「なんでそんなとこまで分かるんだよ。まさか尾行したとか」

「僕もそんな暇じゃないって。単純に、その子から白樺の匂いが漂ってたからさ。白樺の木が生えている地帯なんてウィクライフ北東にある『白の森』しかない」

「それは確実なのか? 嗅覚が頼りってのもなぁ」

「商売柄鼻だけは利くからね。間違いないよ」


 沈着とした男の表情からはかなり自信があることがうかがえる。匂いの見極めに関してはプロだという自負があるんだろう。


 他にアテがないのも事実。ダメ元と思ってこの船に乗るとするか。


 しかしまあ、雇ってない奴が雇ってた奴より有力な情報を持ってるんだから、分からないもんだな。


「にしても、森の中とはねぇ」


 これはもう自らの目と足で確かめてみるしかない。ギルドで仔細を聞いておかないと。


「ありがとよ。あんたのおかげでようやく尻尾をつかめそうだ」

「じゃ、毎度あり」

「は?」

「だから、毎度あり、だよ。『そんな暇じゃない』って言ったでしょ? 生まれた損益は埋めないと」


 小気味よい調子で話しながら男は保存用の瓶に詰めた香辛料を俺の前に大量に並べる。


 よりどりみどり、とばかりに。


「僕にだって商談をする権利はあってもいいじゃないか」


 ぐっ、こいつもやはり商人の血が流れていたか……。


 とはいえ重量も体積も小粒なだけマシだな。日持ちするから近日中に消費しないといけないわけでもないし。あるだけ買っていくか。


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