俺、実験する
ビザール邸を出て町の中心部へと戻った俺は、考えこんだ表情のホクトと顔を突き合わせる。
「うーん、しかし、野良猫探しねぇ」
サブクエスト感覚で受けてはみたものの、思った以上に難儀しそうだな。
伝えられているのは名前と外見的特徴くらいで、手がかりとしては不十分。
町の人間に手当たり次第聞き込みを行う、といった堅実極まりないやり方しか今のところ思いつかないが、それはあまりにも億劫すぎる。
そんな大変な苦労をするくらいなら俺は躊躇なく諦めることを選ぶぞ。
「……分かっちゃいたけど、俺らだけで話し合っててもロクに案が浮かんでこねぇな。遺跡から帰ってからゆっくり考えようぜ」
「そ、そうでありますな。ミミ殿の意見も聞いてみましょう」
「それが一番だな。ミミのほうが絶対いいアイディア出してくれるだろうし」
てなわけで、この件は夕方まで棚上げ。
他の連中に先を越されるかも知れないが、どうせそんなすぐには発見できないだろう。ヒントが少ないのは全員同条件だ。
体力自慢のホクトの背中に乗って、当初の予定に則り遺跡周辺へと出向いた。
ここに跋扈しているオークメイジももはや倒し慣れたもので、過度に恐れたりせず平常心で大剣をブチかませば秒殺である。手応えからいって、防御面は通常の種族より若干低いと見た。カットラスだとなんだかんだで二回か三回は斬りつけないと倒せなかったからな、奴らは。
そのカットラスも今やホクトのスレンダーな腰で暇そうにしている。
「ホクト、ちょっとお前の剣を貸してくれ」
何体目かのオークメイジを発見したところで俺はそんな要求をした。
「こちらでありますか? 元々主殿の所有品なのですから、もちろん構いませんが……どうなさるのでありましょう?」
「なに、こいつで耐久性チェックをやるんだよ」
もしカットラスでも一撃で倒せるのであれば、そちらのほうが回転率がいい。一度試してみる価値はある。
ツヴァイハンダーを一旦ホクトへと預け、装備変更。
渡されたカットラスを鞘から抜く。
刃全体をコーティングしている青みがかった銀の輝きがどこか懐かしい。右手に握ったそれを二度、ヒュンと風を切る音を鳴らすように素早く振ってみる。
おお、なんて軽やかなんだ。
俺の背丈ジャストの全長を誇るツヴァイハンダーは、材質のせいもあるがチョーカーの補助があってもクソ重いからな。
まあパワーのあるホクトは特に問題なくそいつを持てているわけですけども。
「そんじゃ、試し斬りさせてもらおうかな」
まずは近づくところから……。
「いや、待てよ」
そういえばこの武器の最大のウリって、遠距離攻撃が出来ることだったな。そっちも久々に使ってみるか。
「でやっ!」
剣から溢れ出た水が、なだらかな弧を描くような形状で撃ち出される。
当然のように魔物は杖を振るって迎撃。
水の刃が、光弾と激しく衝突し――。
「……ん?」
なんか両方消えたんだが。一瞬カッと光った後で。
「相殺したのか? 奇妙なこともあるもんだ」
レアメタル製の武器が持つ追加効果ってのは、要するにやってることは魔法もどきだからな。こんなふうに本物の魔法とも張り合えるわけか。
今回でいうとどっちも威力は控えめだから、がっぷり四つに組んで水入りになったんだろう。
たぶん。
「主殿、今の出来事は一体なんでありますか? ……恥を忍んで申し上げますが、不勉強な自分には理解が及ばないであります」
「俺もよく分からん。もう一回実験してみるか」
オークメイジの攻撃に合わせて、テニスのラリーのように剣を振っていく。
またしても相殺現象は起こった。二度ならず、三度、四度と連続して、相手が放つ魔法は俺に届くことなく、水の刃に阻まれて次々に打ち消されていった。
「お、おお……こりゃ面白いな」
やべー、これ結構気持ちいいかもしれない。
魔法同士がぶつかった瞬間とかちょっとした花火みたいだし。
しかし豚とキャッキャじゃれ合ってるだけという現実に気づいた途端凄い勢いで冷めたので、真顔になって接近。容赦なく刀身そのもので襲撃する。
一発では悪臭を伴う血飛沫が舞っただけでくたばらない。ならば二発、と大きくガードの開いた脇腹に突き立てる。
ブヨブヨとした脂肪をかき分けて、カットラスの薄い刃は痛点の密集した局部へと達した。
俺はそこでもう一段階、柄を握る指に力をこめる。
それを境に、絶えず手の平に伝わってきていた硬く萎縮した感触が、だるんと弛緩したものに変わった。
生命力を失ったことの決定的な証拠だった。
煙に変わる前の断末魔の叫びを聞きながら、俺はオークメイジの耐久力について結論を下す。
「やっぱしばらくはツヴァイハンダーでいいや」
一撃と二撃の差は、あまりにもでかいっすわ。
報奨総額が五十万Gを少し超えたあたりで、俺は早めの帰還を済ませた。
ミミを図書館まで迎えに上がり、そのまま雰囲気のよさげな飯屋に直行する。
その店では珍しく、燻製にも塩漬けにもなっていない魚を出していた。港があるフィーにいた頃は手軽に魚も食べられたが、漁場から離れた町でこれは違和感がある。
「どういう輸送をやってんだ。傷んでたりしないよな?」
ムニエルになっている異常に大ぶりの切り身をフォークでつついてみる。適度に弾力があって、食べ頃を逃している感じはない。鼻を近づけても古い魚特有の嫌な臭みは一切なかった。
「まだ騙されねぇぞ、バターの香りで隠してるだけかも知れないし……」
でも口に運んでみると歯応えはしっかりしてるんだよな。腐ってたらもっとフニャフニャだろ。いや別に腐った魚なんて食ったことないけど。
「シュウト様、このお店のお魚はフィーの漁港でとれたものみたいですよ」
いつの間にかミミは暗号文じみたメニュー表から原産地名を発掘していた。
あっさり言ってるけど、そこからここまでって相当離れてるぞ。俺が辿ってきた旅路の長さとちょうど同じなんだから。
鮮度を保ったまま地方都市に送れるってすげーな。クール便とかあるはずないのに。
考えつくとしたらやはり魔法の力になってしまうが、冷凍保存とかそういう芸当もできたりするのか?
「……まあそんなのはどうでもいい」
うまいし。
「作戦会議を始めるぞ」
深海魚以上に謎めいた魚のフライを頬張っているミミに、今日受けた依頼について話した。
「人探し……ですか」
「ああ。ただなー、情報があんまりないんだよ」
猫耳の時点で見た目には分かりやすいが、現在どこに雲隠れしているかなんて知りようがない。
ただミミにはすぐに提案が浮かんだようで。
「シュウト様、所見を述べさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「なんでも言ってくれ。俺はお手上げだ」
「自分もであります」
単純労働専門の俺とホクトは揃って手詰まりだった。
ここは是非とも頭脳担当のミミにお色気担当だけではないところを発揮してもらいたい。
「アイシャさんはミミたちと同じ獣人です。出会った人であれば、きっと強く印象に残っているのではないでしょうか」
「まあな」
奴隷なんてたまにしか見かけないし。
おまけに特定の誰かに付き従う、なんて生活もしていないとくれば、かなりの珍獣だろう。
「ですから、聞き込みを行うのが一番効果的だと思います」
「やっぱそうなるか……俺もそれは考えたんだよな。でもめちゃくちゃ手間がかかるじゃん」
「いえ、範囲はぐっ、と狭められますよ」
ポイントを伝えてくるミミ。
「商業ギルドの人たちに絞って聞いて回るのがいいとミミは思います。シュウト様のお話ですと、アイシャさんはいろいろな職業を渡り歩いているようですから」
「なるほど! それだ」
ジイさんいわく日雇い奴隷で生計立ててたみたいだしな。他に世話になった雇い主が何人かいてもおかしくない。
まったく見当がつかないと半ば思索を放棄していたアイシャの足跡だけれど、どうやら追えなくもなさそうだ。
まずはそこからだな。
「よし、明日は一日休養にして市場を巡ってみるか」
俺はムニエルにグリーンソースを絡めながら、対面の席に座る二人にそう告げた。
方針は定まった。ここからは俺の交渉力(主に金)の出番である。