俺、訪問する
うむむ、なんとなく見えてきたぞ。
図書館で会ったパウロによれば、ホンモノの司書は病床に伏せているとの話。で、その司書が捜索依頼を掲示している。長時間出歩けないから冒険者を頼ってるわけだな。
「なにやら気になる依頼でありますな、主殿」
「だな」
ただ悲しいかな、俺もホクトも本には一切興味がない。
この件は活字中毒を患ってる奴らに任せておくか。
「……ん? でもよく考えたら……」
わざわざ司書の肩書きを出してまで『蔵書』と明記したからには、あの図書館に置かれている本すべてが範囲に含まれてたりするんじゃなかろうか。
となると俺の頭に浮かぶのは持ち出し禁止の魔術書に関してである。
あれから一冊くれるっていうんなら話は変わってくるな。魔術書は丸暗記するのは大変だが、素質ゼロの俺とかが持った場合はともかくとして、武器として装備すれば載っている魔法自体は少ない勉強量でも使えるわけだし。
ミミの著しいパワーアップが見込める。
ある意味では常々渇望しているレア素材より希少かも知れん。
「話聞くだけならタダだしな……一応会いに行ってみるか」
受付の男に住所と行き方を教わり、ビザール邸へと足を運ぶ。
元々喧騒とは無縁な町ではあるが、更に静けさを増した郊外にあったそこは、さほど大きな家ではない。
木戸を二回ノックする。
「おお、お客さんか」
白髪を伸ばしっぱなしにした老人が戸を開けた。
「客っていうか、業者だよ。あんたがビザール……でいいんだよな?」
「いかにもそうじゃが」
「なら単刀直入に言うぜ。俺はシュウトっていうんだけど、依頼を見て来たんだ。詳しい話を聞かせてくれ」
「なんと! こりゃありがたい、お前さんで来てくれた冒険者は七人目だ。続々集まってくれて嬉しいわい。さ、さ、入っとくれ」
にこやかな表情で俺とホクトを招き入れるビザール。
俺は司書というからどんなカタブツが出てくるものかと身構えていたのだが、案外フランクな口調のジイさんだった。
タンが絡んだようなしゃがれ声は別にして、喋っているところを聞くと歳の割には結構元気に思えるのだが、顔つきはかなりやつれている。
目は落ち窪んでいてドクロのようだ。
袖や裾からチラリと見えている手足も枯れ枝みたいに細くしなびているし、病気で自宅療養中というのは間違いないらしい。
家の中は、外観どおりの広さしかなかった。同居人の姿も見当たらない。
「一人で暮らしてんのか」
「生涯独身で身寄りは誰もおらんからの」
寂しい老後だな。こういう老人を救うために行政が頑張るんじゃないのか普通。
どこの世界も世知辛いものよ。
「……さて! 本題に入らせていただこうか」
居間に通されると依頼についての説明が始まった。
「見てのとおりワシはもう老い先短い。数年前から病に体を蝕まれていて、今も進行中じゃ。せめて死ぬ前に、もう一度会いたい人物がおってな」
なんとなくだが、そんな感じの内容だとは予想していた。これだけ衰弱した様子を見せられたらどうしても寿命の問題が頭をよぎってしまう。
切り出し方を聞いた限りだと、そいつに死に際を看取ってもらいたい、なんて重い頼みにまでは至らないみたいだが。
俺は耳を傾ける。
「お前さんに探してほしいのは、とある女の子じゃよ。その子は猫の獣人でな」
「獣人? どういう関係性なんだ。ジイさんの雇ってた奴隷か?」
「いやいや、そうではない。あの子は……ワシはアイシャと呼んでいたが……薬屋からの帰りに通った路地裏で偶然出会ったのじゃよ。どうやら仕事を探していたみたいでな」
昔を懐かしむように語るビザール。
「冒険者ギルドには籍を置けないし、かといって奴隷商人に自ら身売りするのは嫌だとかで、様々な職種を日雇い契約で転々と渡り歩いていたようじゃ」
「それで、雇ったのか」
「うむ」
そんな怪しい奴をよく雇えたな、というツッコミは無粋なのでやめておく。
「その頃はワシも休業直後で、病との付き合い方が下手でな。それはもう身の回りのことをやってくれるのはありがたかった! 住みこみの使用人として二ヶ月ほど働いてもらったよ」
「なるほどな。それで親しみが湧いたのか……でもさ、それだけ愛着があったのにたった二ヶ月で別れたんだな」
「同じ場所に長くは留まり続けない主義らしくてのう。それが結べる最長の期限じゃった。契約が満了した朝、置き手紙を残して去ってしまったよ」
そういう理由か。
寝てる間に奴隷市場に売り飛ばしたって答えられたらどうしようかと思った。
「脳が腐っておらん間にまたアイシャの顔が見たいんじゃ。なんとか探し出してくれんか? 無論、タダ働きではないことは、承知してくれておるのだろう?」
「ああ、それなんだけど」
気になっていた質問をようやく投げかけられるタイミングが来た。
「報酬欄に『蔵書を一冊進呈』って書いてあったけどさ、あれって図書館の本も含むのか?」
「もちろん。正式な引継ぎをしていない以上、まだワシに司書の権限が残っておるからの。一冊だけならなんとか口利きできようて」
役職の私物化もいいとこだが、しかし、それならこっちとしては好都合。
そりゃ応募者続出するわな。市販の魔術書ですら数万Gの額がついてるんだから、これが激レア品となれば一体どれだけになるのやら。
まあ金額はどうでもいい。
俺の場合は中身のほうが重要だ。
「よし。だったら俺も探してみるよ」
野良猫探しも金策と平行してやっていくとしよう。
「……ところで」
「なんじゃ?」
「いや、なんでパウロにまだ司書の座を譲ってないのかなって。俺も図書館には行ってみたけど、あいつ相当なやり手だったぜ」
「パウロ? あれはダメじゃ、ダメ」
ビザールは「ないない」とでも言いたげに大きく手を振って否定した。
「読書が好きすぎる奴は司書には向かない。冷静な判断ができんことがある。それに性格にも難アリじゃ。上っ面はいいが腹黒い男じゃからな。最初はよくとも次第にその利口ぶった態度が嫌味に感じてくるタイプよ」
急に元気になったな、このジイさん。悪口が止まんないんだけど。
「……はっ! すまん、人物評がいくつになっても大好きでのう。ついつい言い過ぎてしまったわい。とにかく、パウロはまだまだ未熟。ワシの目が黒い間は正当な司書としては認めん。もっともワシが死ねばその瞬間制度の力でさっくり委譲されてしまうがね。フフフッ」
「まったく冗談に聞こえないからやめろっての」
老人のブラックジョークは頻繁に死が絡んでくるから笑えない。
というか、こっちの明け透けな性格が素っぽいな。湿っぽい話題を続けていた時より遥かに舌が回っている。
「まあそれはともかく、その獣人の特徴について教えてくれよ。それが分からないことには見つけようがねぇ」
猫の獣人、なんてありふれてそうだしな。
現に俺も一度遭遇したことがある。あいつは無愛想でいけすかない女だったが忠義にだけは厚かった。
「特徴か。まず背は低めじゃ。髪は目を引く青緑色で……容姿は活発そうな感じかの」
「ふむふむ」
「それから獣人ゆえに当然耳がある。髪と同じ色をした、やや小ぶりな耳じゃ。ピンと立っているが先はやや丸みを帯びていて、全体のフォルムは、そうじゃのう、正三角形に近いかの。毛並みもよく、手触りが非常によい。毛先がとにかくふわふわでな。そうそう、先端部分はほんの少し黒みがかっておるぞ。間近で見ないと分からないくらい繊細な濃淡の具合じゃ」
なんか耳の描写だけ異様に長いぞ。
このジジイの趣味が出てるとかじゃないよな。
「大体分かった。見つけ次第話をつけておくよ」
「よろしく頼んだぞ。期日は……ワシが死ぬまでとでもしておこうか」
「だからどういうリアクションしたらいいか分からないからそういうのはやめてくれ」
俺は苦笑いにもならない微妙な面を浮かべたまま、用事も済んだことだし御暇しようとする。
が、背を向けた矢先にビザールが「ちょっと待った」と呼び止めてきた。
「ん、まだなにか伝言があるのか?」
「いやな、そこのお嬢さんのことなんだが」
「自分でありますか?」
これまで主人である俺に配慮して固く口を閉ざしていたホクトに、唐突に視線を送るビザール。
「ホクトがどうかしたのかよ」
「その者はお前さんが登用している獣人よな?」
「見たまんまだけど」
「ならちょっと、帰る前に耳を触らせてくれんか。アイシャが離れてから獣人と触れ合う機会なんてなかったもんでな」
ビザールが細い指をワキワキさせる。
やはり性癖だったか。
「当然、ダメ」
「頼む! 五秒だけ許しとくれ! 死にかけのジジイの頼みじゃぞ!」
「ええい、すがりついてくるな! ってか死にかけのジジイって言っておきながら意外と握力あるじゃん!」
「うっ、急に発作が……」
「騙されるかよ。起きてんのは違う発作じゃねぇか!」
「ぐぬぬぬ、ケチな男は大成せんぞ」
耳触らせただけで出世できるんなら誰も苦労しねーっての。
情けをかけたホクトがついうっかり許可を出しかねないので、俺はビザールの魔の手を振りほどいて早々に撤退した。