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俺、発散する

 遺跡での金策を始めてから早三日が経過した。


 日を追うごとにオークメイジ狩りの効率の良さを実感する。大して苦戦もせずに一日ごとに六十万から七十万の貯蓄が増えていくもんだから、笑いが止まらない。


 この日も俺はホクトを伴って狩りに出向いていて、今はその帰りだ。


 町に着くと同時にホクトの背中から下りる。


「先に部屋に戻っててくれ。晩飯は買って帰るから」

「はっ。心得たであります」


 ホクトを宿に帰し、それから酸味のあるワインで喉を潤しながら俺が向かった先は、この町のシンボルともいえる王立図書館。


 別に座学しようだとかそういう殊勝な心がけではない。


「……あっ、シュウト様」

「よう。迎えに来たぜ」


 片手を上げて、淑やかに座っているミミに合図する俺。


 どうやらミミは宿の一室よりも図書館のほうが集中できるようで、昨日から魔術書の学習はここで行っている。宿に戻るより先にミミを迎えに行くのが俺の新たな日課に追加されていた。


 ミミが自発的に帰ってくるのを待ったんでもいいが、それだと何時になるか分からない。


 飯の時間がずれるのは不本意だ。


「今日も来てくださるだなんて、ミミはとても嬉しいです」

「声かけに行かないとずっとここにいそうだからな。そんなに落ち着くのか?」

「はい。ここにいると心が豊かになったようで……とてもとてもリラックスできるんです。……申し訳ありません、ご迷惑でしたら、もう図書館に来るのはやめにいたします」

「いや、構わねぇぜ。ミミに合った場所で勉強してくれたほうが俺にとってもありがたい。そっちのほうが能率上がるだろうしさ」


 俺からすればこんな堅苦しい施設で気が休まるだなんて信じられないのだが、まあ、個人差ということにしておこう。


 実際のところ勉強はかなりはかどっているようで、話を聞くと中級の回復魔法は既にマスターしたとのこと。


 問題は呪術。こっちは七巻にも別れているから一筋縄ではいかない。


 その上文章も難解らしく。


「中級呪術はまだまだ理解できない部分が多くて……もう少し、がんばりたいと思います」


 ミミはほんのわずかにしゅんとした表情をのぞかせたが、別に焦ることはない。どうせしばらくはこの地に滞在する予定なんだからな。


 なおでかい声を出すと大目玉をくらうのでここまで全部ヒソヒソ話である。


 ふと、俺は机の上に見慣れない表紙の本が混じっていることに気がついた。買い与えた魔術書とは明らかに異なる。


「なんだこれ」


 手に取ってみる。


「あっ、それは……」


 ミミはなぜか、珍しく慌てた態度を取った。眉を寄せた困り顔も中々劣情を駆り立てられるものがあるな……じゃなくて。


「……『嫁ぐ前に知っておくべき料理の基礎』?」


 本のタイトルを読み上げた瞬間、ミミは顔をカッと赤くして、恥ずかしそうにする。


 要は初心者向けのレシピ本だ。軽くページをめくってみると、うむ、なにがなんだかさっぱり分からない。塩少々とかスパイス適量って具体的に何グラムなんだよ。


「その、勉強の合間に、ちょっとだけ……本当にちょっとだけなんです」


 なにがそんなに恥ずかしいのか知らないが、上気しっぱなしの頬を押さえるミミ。


 ははあ。そういうことか。


「覚えてたんだな、家で炊事がしたいって話」


 まあそもそも、かまど付きの家に引っ越したいっていうのがコトの発端だからな。ミミがあそこで身の回りの世話もしたいって俺に明かさなければ理想の土地探しの旅もなかったわけだ。


 料理について学びたい、という想いは常々持ち続けてくれてたってことか。


「俺はそういう健気なところは好きだぞ」


 率直にそう伝えると、ミミはますます赤面した。白い山羊の耳まで赤く染まりそうなほどに。


 なんだろう、この、夜が熱くなりそうな気配は。



 タイミングのいいことにその日の夜はホクトがいろいろと察して部屋を空けてくれた。


 となれば俺は流れのままに従うだけで、ベッドの中でミミの柔らかな肢体にすべてを預けた。お互いがお互いを求め合う情熱的な一時。男であれば陶酔しないはずがない。歯止めになる理性を一旦どこかへとしまって、あらん限りの欲望をぶつけた。


 もったいぶった言い方をやめると、空っぽになったってことだ。


 しばらくの間ぐったりと横たわる俺。


 こればっかりはブローチをつけても回復しない。


「今宵は少々蒸すでありますな。寝苦しくなるかも知れませぬので、窓はしばらく開けたままにしておきましょう」


 約二時間後に戻ってきたホクトは不自然なくらい全開になっている窓を見て、どこまでも空気の読めるコメントをしてくれた。


 ありがとうの言葉しかない。


 で、明くる日。


 精も根も生まれ変わった俺は、非常に清々しい心地でホクトと共にギルドを訪れる。


 なぜ遺跡へと直行しなかったのかといえば、理由はこの溜まりに溜まったトカゲの尻尾。


 捨て値で投げ売りしようとした時に市場で教わったが、この気持ちの悪い素材はなんでも滋養強壮の薬になるらしく、結構な頻度で収集要請が出ているらしい。


 このまま持ち続けているのも夜中にビチビチ跳ねてきそうで薄気味悪いので、処分ついでに納品しておこうと考えた。


 普通に売るよりは依頼経由のほうが楽だろう。足を運ぶのが一ヶ所で済むし。


 善は急げとばかりに求人表を確認。


「おお、結構多いな……相場は五本で1000Gか」


 ぶっちゃけ端金ではある。ないよりマシってところか。


 ……と、ここで風変わりな依頼を発見する。


「人探し、か。えーと、なになに……当方に尋ね人あり。仔細は直接応対にて」


 探偵じゃあるまいし。


 しかも詳しい業務内容が併記されてないからどういう依頼なのかもよく分からん。とりあえず話を聞いて目的の人物を連れてくればよさそうではあるが。


 俺が怪訝そうにしていると男前の受付が顔を寄せて補足を入れてくる。


「そちらのクエストには人数制限はありません。探し当てた者勝ち、といったところですかね」

「へえ、変わってんな」


 発見者にしか報酬が出ないのだとしたら、さぞや大層な金額が設けられているに違いない。


 そう思い、やるやらないは別にしてとりあえず確認してみたのだが。


「達成報酬は……蔵書からどれでも一冊進呈? なんじゃこりゃ」


 金じゃないのかよ。


 しかも本って。


 こうなると逆に気になってきた。普通に金だったらあっさりスルーしていたのだが。


 依頼人の名前に目を通す。


 『ウィクライフ王立図書館司書 ビザール』


 そう書かれていた。


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