俺、回帰する
走った先には意味深な雑木林が繁茂してあって、そこも一気に突っ切る。
ものの一時間足らずで遺跡には到着した。
ホクトとの二人組だからこそできる芸当だな。
さて、遺跡というと俺は密林で見かけた朽ち果てかけの神殿をどうしても想起してしまうんだけども、今回はそんな秘境めいた雰囲気はなく、むしろ禍々しさを感じさせる。
なにせ石像だらけだ。
頭が牛やらカラスになっている人間を模したそれらは、大きな円を描くように配置されており、円の中心にはちょっとしたコンビニくらいのサイズの建物が据えられている。
茂みの中にポツンと置かれていた割には強烈なインパクトがある。
「なんかの儀式でもやってたのかよ」
こっちのほうがよっぽど邪神を召喚してきそうじゃねぇか。
とはいえ、この遺跡の正体はどうでもいい。
重要なのは茂みのほうで、ここに魔物が多く出没するとのこと。遺跡に入るまでの道筋にはいなかったから、もっと奥側だな。
屋敷の購入資金のためにも狩らせていただくとするか。
「行こうぜ、ホクト。目標はとりあえず五十万Gだ」
「いざ参りましょう! や、その前に、これをお返しするであります」
ホクトがやや背をかがめてブローチを俺の胸元に取りつける。
なんか子供に戻ったみたいな気がしてくるな。
回復はまあ、この装飾品と多めに持ちこんだ市販の薬があればなんとかなるだろう。ただ被弾時のダメージがなくなるわけじゃないからそこは注意しておくか。痛いのはどうしようもない。ダメージ量に関してはクジャタとカトブレパス由来の素材がどんだけ頑張ってくれるか次第。
ここはやられる前にやれだな。
せっかく火力重視でツヴァイハンダーを持ってきてるんだから一体あたりにかける時間は少なめでいきたいところだ。
再度茂みの中へ。
ガサガサと揺れる葉の音を頼りに標的を探す。
「……いたか」
俺は細い幹の向こうに馬鹿でかいデブを発見する。
距離にして十メートル程度か。涎を垂らした醜悪な豚面に似つかわしくない木の杖を携えたそいつが、話に聞いたオークメイジであることは即座に分かった。
気づいたのは相手もらしい。
黄褐色に濁った目が俺をとらえている。
睨み合いになりそうになるが。
「膠着してても意味ねぇからな……いくぜ!」
オークを何百体と狩ってきてるせいか、この関取以上の巨体を前にしても不思議と恐怖心は湧いてこなかった。微妙に差異はあるらしいが初見の魔物より大分マシだ。
俺はダッシュして間合いを詰める。
ジリジリしていたところで打開はできない。むしろ魔法で遠当てができる分、オークメイジに有利な状況が続くだけだ。
というか、そもそも距離を置いているほうがやばい。通常のオークですらベスト装備時代の俺にかすり傷ひとつ付けられなかったんだから、それより接近戦で劣る(らしい)こいつに近づくことにびびっても仕方ないだろう。
待ち受けるオークメイジは杖を振り上げ、なにやらモゴモゴと口を動かす。
そして「ヴォア!」と重低音で唸り声を上げた。
それが魔法の詠唱完了を表する最終通告だったらしい。俺へと向けられた杖先から、バレーボール大の白い光弾がシュッという音を立てて射出される!
とっさに避けたりとかは今更語るまでもなく無理なので、俺は事前に剣を盾としてかざしていた。しかしながら大した意味はなかったようで無慈悲にも光弾が俺の腹部に直撃する。
オークメイジの魔法は着弾した瞬間、盛大に破裂してまばゆいばかりの閃光を放った。
「ぐおっ!?」
よく考えたら、魔法をくらうのってこれが初めてなんだけど。
どのくらい痛いものかと身構えたが……さしてダメージにはなっていない。ん? どういうことだこれ。俺のドキドキは一体なんだったんだ。
「ってか、カスみたいなもんなんだけど」
エフェクトの派手さに騙されそうになったが、ほぼ無痛。
なんなら獣型の魔物に突進された時のほうがまだ痛みを感じたまである。
これはあれだな、魔法といっても初歩的なものだから、そんな驚くほどの威力はないんだろう。
にしても被害が軽微すぎる。もしかしたらレア素材ってのは魔法のほうがダメージを弾きやすいのかもな。布のくせに激しい衝撃を緩和するんだからそのくらいはやってくれてもおかしくない。
ただ、少し痺れるような感覚は残っている。
逆に言うと尾を引いているのはそれだけなわけで。
「これなら問題なく戦えるな……想定してたより全然楽そうだ」
次なる攻撃が飛んでくるより早く、オークメイジのすぐ手前まで踏みこむ俺。
「消えてろっ!」
斬るというよりは叩き潰すようなイメージで、ツヴァイハンダーの重厚な刀身を直にぶつける。
多少振りが鈍かろうと、敵の動きも鈍重であれば関係ない。
一撃。
骨を断つ、どころじゃない。骨を粉微塵になるまで砕き割っている。久しぶりに振るってみたが相変わらず凄まじい破壊力だ。
煙となったオークメイジは冥途の土産に二十枚の金貨を置いていった。無印オークの倍。まあ強さを考えたらこんなもんか。
痺れは今になって解除された。ひょっとして呪いの一種だったんだろうか。
だとしたらブローチがなかったら相当長引いたかもな。
そうこうしているうちに二体目と遭遇。
「ホクト、ちょっとカットラスをあいつに向けて振ってみてくれ」
「自分がでありますか?」
「そのカットラスからは水を出せるからな。そいつをぶつけるんだ。なに、俺なんかにもできたくらいなんだからそんな難しいことじゃねぇ。少し念じてみりゃいい」
遠距離には遠距離、じゃないが、魔法を唱える妨害くらいはできるはず。
「承知したであります! 直々に命じられたからには精一杯努めさせていただく所存! でやあああああっ!」
えらく気合の入った掛け声と共に、ホクトは威勢とは真逆のへっぴり腰でカットラスを縦振りする。
まあなんというか、予想どおりではあったが水の刃は生成されなかった。
ちょっと要求が高度だったらしい。
……やむなし。戦闘面でのサポートには期待せず、俺は被弾前提の正攻法で二体目のオークメイジを撃破した。
ホクトに視線をやると、やっぱりというべきか浮かない顔で落ちこんでいる。
まずい。駄馬化してる。
「うう、自分に心底腹が立つであります……主殿の手前でまたしてもこのようなみっともない姿を見せてしまうとは……」
「で、でも振り自体は前に見た時よりよくなってたと思うぞ」
それは本音だ。アセルの宿で披露してもらった時はもっとギャグっぽい構えをしていた。あの時に比べたら幾分マシになっている。
「今日もいつもどおりの役割分担でいくか」
「わ、分かったであります。自分は主殿の邪魔にならないよう侍しておくであります」
ホクトはやたらと卑下するが、戦闘以外ではこの上なく有能なんだけどな、こいつ。ホクトが荷馬車を引いてくれてるおかげで長旅に耐えられてると言っても過言じゃないし。
探索にしたって持参の道具やドロップアイテムを大量に運んでくれるのはありがたい。
何事も適材適所だな、うむ。簡単な雑魚戦くらいは俺一人でやっておくか。
金策を続行。
遺跡近辺に多く出現するオークメイジは接近戦になると完全に無防備だった。あまりにも守りがザルすぎる。CGライクな魔法の見た目にさえ怯まなければ特に苦労せず倒すことができた。
逆に付録みたいなもんだと思われたトカゲの魔物は結構強かった。トカゲといっても四足歩行ではなく、二本足の前傾姿勢で立っているからどことなく恐竜っぽさがある。
トカゲサウルスと命名したそいつは動きも機敏で、鞭のごとくしならせた尻尾のキレも鋭い。
全身を覆う鱗の硬質な感触からいって、防御性能もそれなりに有していることがうかがえる。
もっとも今の俺の武器は近距離での戦いに優れるツヴァイハンダー。いくら素早かろうが向こうから突っこんでこないと俺に攻撃できないんだから、タイミングを見て剣先で地面をつつき、隆起した土の槍でカチ上げれば瞬殺である。
片っ端から千切っては投げていった。
報奨は一万6000Gと切れた尻尾。なんに使うんだこの気味の悪い素材は。
それにしてもツヴァイハンダーは単純明快でいいな。力任せに振り回しているだけでそこそこ戦えてしまうから、なんも考えなくていい。
こいつを握っている時のゴリラ感は半端ではない。原始人にでもなった気分がする。
原始人が恐竜を狩るって、まさに石器時代だな。
昼飯休憩を挟みつつ、際限なく現れる魔物相手に適当にウホウホやった結果、およそ三時間半で目標金額の五十万Gには到達した。
けど、まだまだ時間は余っている。移動の手間が大幅に省略されている分、もうちょい粘っても暗くなる前に余裕を持って帰還できるだろう。
「あと二十万、追加で稼いでいくからな」
「了解であります。硬貨の運搬は自分にお任せください」
幸いにも治癒のアレキサンドライトのおかげで疲弊はまったくしていない。
黙々と魔物を狩り続け……夕方を迎える前に利益は七十万Gを超えた。
財布代わりにしている携帯用の布袋がパンパンだ。
いやしかし、働いた対価として金がもらえるというのは素晴らしい。やりがいがある。ちょっと前までは九割がたハズレの石だったからな。
本日の成果に満足した俺は、行きと同様ホクトに騎乗して帰路につく。
ここはかなりいい狩場だな。敵もそんなに強くないからミミを連れてこないでも大丈夫だし、その分ホクトに乗ることで移動時間を大幅に短縮できる。
時給換算すると今までで一番じゃなかろうか。
いろいろと肌に合わない町だと思ったが、これなら長期滞在も視野に入れられるかな。